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《 Infinity Pioneer Online 》~一般人の兄が妹にオタクに染められる話~  作者: いちにょん
第一章 鎖縛の姫に月下のメリークリスマス
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第四十四話 鎖縛の姫と白き帝ー21

☆ sideーout


『平民風情がァァァァ!!!我を誰と思うての狼藉か!!!貴様ら全員、そこの娘と同じく縛り、永遠の地獄を味わうがいい!』

「化けの皮が剥がれたでござるな」

物語(ストーリー)が薄れるから言わなかったけど、毎回幼女の姿に変えて求婚&何千年のストーカーとか帝さん、幼女趣味(ロリコン)すぎない?」

『個人的には趣味が合いそうですぞ』


 ディフィに倒され、全蔵に鼻先をチラつかれ、遂に怒り狂った《白帝》。声を荒らげ、咆哮とも取れる音圧で喚き散らす。


 しかし、全蔵達は飄々(ひょうひょう)と言った表情でそれを流すと、煽りを重ねて《白帝》を挑発する。

 だが、全員の頬には一筋の汗が伝う。必死に自分らしく振る舞い、周りに不安を与えないように、何よりも自分を言い聞かせる為に。


「皆、行くよ」


 オーカの合図でママを含めたジェノサイド全員が動き出す。詳細な指示は無い。動きや立ち回りはいつも通り。周りの迷惑にならないように自分がしたい攻撃をする。それだけだ。


 危なくなればヲタキングという最強の支援者が教えてくれる。

 HPなんて見なくても花宮が完璧に管理してくれる。


「これ以上無いほど頼れる支援があれば…この足、止める理由無しッ!!」


 無数の光弾が絶えること無く《白帝》を襲う。

 《白帝》の体で月光が遮られ、新月を彷彿とさせる暗闇の中で空に登る光の(弾丸)

 苦悶の声を漏らす暇すら与えない。全蔵の放つ弾丸は《白帝》の体を裂き、大量のポリゴンが空へと昇る。その光は淡く、まるで《白帝》を通して弾丸の光と繋がって月まで伸びているようにすら見える程。


 銃口が向く先はほぼ真上。掴み、引き、離す。この三つの単純な作業を極限まで敷き詰め、最速の動きをMPが尽きるまで繰り返す。回避する暇すら与えない圧倒的なまでの弾幕。

 しかし、全蔵の心中は穏やかで無かった。


(集中がッ…!着弾位置のバラつき、CT(クールタイム)を考慮したノータイムの射撃がズレてきているでござる…!)


 全蔵の狙いは《白帝》の一点に弾丸を全て撃ち込むこと。

 全蔵の使う銃の一発は、現環境で最高峰の装備を身に付けているとは言え、STRにデメリットを抱え、レベルでしかSTRの数値が上がっていないマーサの打撃にも劣る。

 オーキの«打砕の槍斧»のように全蔵の持つ銃のうち、幾つかは貫通力を高める特殊なスキルを持っている。しかし、それでも《白帝》のVITを超えることは出来ない。

 同じ場所に打ち込むことで部位にダメージを蓄積しなければ全蔵の攻撃はただ短時間にダメージを集中させただけに過ぎない。点の攻撃を狙っているはずが、現状、面の攻撃になっているのはいくら押していても全蔵にとって不本意なことだ。


(銃を減らせばAIM(エイム)は上がり、持続時間は長くなるでござる…しかし、こうして《白帝》を無力化しているのは今のDPSがあってこそ……どちらを取るべきか……!どの道このまま続けていても傷を刻まなければ《白帝》のHPに対して拙者の射撃は焼け石に水…ならば減らすのがベター………!!!)


「ベター…ベターを取るのも大事でござるが…!!消極的な考えは捨てるでござるッ!!AIMが無い!傷を付けられない!!なら減らすんじゃなくて面で傷を付けられるくらい銃を増やせばこっちのものでござるよ!!!でりゃりゃりゃりゃりゃりゃーーー!!!!」


(ここでヒヨってどうするでござるか!オーキ殿は『人生』そのものに刻まれた悪夢を再び見ても尚、立ち上がり、男を魅せた!ならば拙者も少しは格好いい所を見せなければいけないでござる!そして何より、ここでビビった所を見せれば例え勝っても絶対に煽られるのが目に見えているでござる…!それだけは絶対に回避!これ最優先!!!)


「男、服部全蔵…推して参る…!!」



「バルク…私達も本気を見せる時が来たようですね」

「ああ…全身が悲鳴を上げてやがる…早く解放しろと」

「今こそ枷を解き放ち…」

「全ての筋肉に自由(エティマシア)を…」


 オーキ達が前線で戦う中、少し後方でディフィとバルクは肩を並べ、《白帝》を見ていた。

 いや、二人が見ていたのは《白帝》では無い。ただそこに視線があるだけで二人の瞳に映るのは己が肉体のみ。


 厚手のグローブを外し、軍服に手をかけるディフィとバルク。二人は同時に軍服を虹の軌跡をなぞる様に装備を解除する。


 通常、プレイヤーの性別に問わず、無装備の場合、インナーとスパッツのような格好になる。

 防波堤でエミリアが海に沈み、オーキが助けに飛び込んだ時も同様に、装備を外すとセンシティブな部分はインナーとスパッツによって隠される。


 しかし、これを(くつがえ)す手立てが存在する。


 GMコール2480回。


 問い合わせメール5036件。


 送り付けた写真は数知れず…。


 遂に認められた筋肉好き(バカ)筋肉好き(考え無し)による筋肉好き(クレイジー野郎)の為のゲーム的仕様。


 性別を男性に設定してあるプレイヤーのみ、運営がセンシティブな体では無いことを判断した場合、スパッツを残し、上部インナーを脱ぐことが可能となる。


 それはつまり…。


「運営が私達の体を裸としてでは無く、肉体を使った芸術作品(筋肉)と認めた証」

「俺達の肉体美は世界の法則すらねじ曲げる」


 掛けても無いメガネを直しながら大胸筋をピクピクと動かすディフィ。

 力こぶを作り、その作品を最大限に見せつけるポージングを取るバルク。

 まさに強者たる風格。肩で風を切り、大他を踏みしめて歩く姿は王の行進。


 しかし、この仕様。インナーを脱ぐことが可能となるだけ。その他に特別な効果がある訳では無く、ただ、ただ、自分の肉体を見せたいという筋肉マニアの為に作られた仕様。


 つまり、現攻略組ですら手に入らないような貴重な素材を使い、一級品バフにも等しい装備品を脱ぎ去っている状況は弱体化でしかない。


「敢えて装備を脱ぎ捨てることで自らを追い込む。レベル差があろうと、VIT値が素のステータスしかないような今の私達のHPを全損させることは下位のプレイヤーでも可能でしょう。………攻撃を当てられれば」

「極限の状態に筋肉を置くことで獣本来の生存本能を覚醒させる。そして高度な筋肉トレーニング(訓練)を積んだ筋肉は、自らの意思で生き残るための最善の方法をそれぞれが取り始める」

「人間の筋肉は600を越えますが…その一つ一つが思考能力を持ったとすれば……」

「筋肉が脳となり、最適解を出し続ける。攻撃は当たることは無い。これが本当の《脳筋(ブレイン・マッスル)》」

「『背水』など軽く超越した『背筋の陣』を組んだ我々は強いですよ…?」


 この言葉を聞いたオーカは「また何時もの事か…」と呆れ顔。対してオーキは「筋肉を極めるとその領域に…」等と呟いているが、実際、あくまでも一般人であり、VRゲームというカテゴリーの中で対人戦闘が他よりも得意というだけの二人にそんな秘めた力はない。

 しかし、衣服(拘束)を解き、ステータスの数値は大幅に下がったとしても、ディフィとバルクの強さは完全装備時を上回る。


「見せなければならない。見せることが義務。この体は、見せることで輝きを増す」

「筋肉を愛する者と書いて脱ぎたがりと読む!!」


 冷たい夜風に吹かれても、ディフィ達の体の熱は更に増していく。

 戦闘開始から早数時間、体を痛めて、痛めて、痛めつけた今の二人の筋肉はベストコンディション(パンプアップ)している。

 今、自らの体が、全国で見られている。そう思えば思うほど二人の筋肉は躍動する。


 「脱ぐのはいいからさっさと攻撃しろ馬鹿共」というプレッシャーをオーカの背中から感じ取った二人は、バフを掛け直し、拳を握りしめる。


 同時に駆け出す二人。足の裏でしっかりと地を踏みしめる。

 少し湿った地面の冷たさと、ほろりと柔らかい土を足裏で押し固め、前へ前へと足を踏み出していく。


「ディフィ」

「ええ、コンビネーション・マッスルですね」


 二人は走りながら目を合わせ、頷くと並走を切り替え、ディフィ前に出る。

 二人の攻撃を察してか、オーカ達は二人に注意がいかないように立ち回る。


 《白帝》との距離が縮まると、ディフィはその場で急ブレーキ。後ろを振り返ると片膝を付いて迫るバルクを待つ。


 バルクは重心を巧みに使い、鈍足ながらも鋭さの持つ速度でディフィに迷うことなく突っ込んでいく。

 ディフィは手を組んでバルクの足に合わせて手を前に差し出す。

 バルクの大きな足がディフィの手を捉えると、ディフィは広背筋に力を最大限込め、バルクを空へと放る。


「うちの重機は空も飛べますからね」


 宙を舞うバルクを上目に、ディフィも《白帝》へと振り返り、再び走り出す。


「───────知性的な(インテリジェンス)


「───────野性的な(ワイルド)


 《白帝》の顎下へと潜り込み、鍛え上げられた拳に黄金色のオーラを纏うディフィ。

 対して宙を舞うバルクは姿勢を整えると、オーカの顔ほどある大きな拳に銀色のオーラを纏う。


「「───────『筋牙(マッスル・ファング)』」」


 鈍い音が《トマホ平原》に重く響く。


 バルクの拳がオーキの刻んだ傷に。

 ディフィの拳が全蔵の刻んだ傷に。


 タイミングを完璧に合わせた両者の一撃。

 バルクの落下運動と自重、そして強化されたSTRによる全体重を乗せた振り下ろし。

 それに力負けせず、ほぼ同じ威力でバルクの一撃に張り合うディフィのアッパー。


 威力、タイミング、二人の呼吸が合わさった結果の最大級の一撃は、《白帝》の意識を刈り取ることに成功した。


 白目を向いてその大きな巨体を地面に投げ出す《白帝》。


 《IPO》はゲームであり現実。強い衝撃を与えれて脳を揺らされれば、例え規格外のモンスターだとしても、生命体である以上、気絶する。


「ボーナスタイムでござるぅぅぅぅううう!!!」

「マーサちゃん!土魔法で足固めて!!」

「エミリアさん!」

「はい!行きます!!」


 全員での総攻撃。地面に伏せた《白帝》に対して武器を振るう。


☆ sideーオーキ=ペンデレエーク


「はぁ…はぁ…残り、半分か……全蔵、残り時間は?」

「一時間半ほど」

「《白帝》があの姿になった時は…」

「二時間半と十分ほどでござるな」


 一時間十分かけてようやく半分か…。

 七割を越えた辺りからギアが上がったみたいに強くなったし、ちょうど節目の半分。まだ上がるのか…?


「心許ないな」


 アイテムボックスからMP回復薬を取り出し、飲み干してアイテムボックスの中身をチラ見する。


 十全とあったはずのアイテムの数が一瞥(いちべつ)しただけだが、残り二割を切っている。

 ここ一時間で減りが早い。このままだと《白帝》のHPを削り切る前に尽きる…。殆ど遊撃に回ってヘイトが少ない俺がこの有り様だ。

 バルク達ならネットゲームに精通している分、俺より管理を上手くして節約できていると思うが…それでも消耗は激しいだろう。


「オーキ兄、ここからはこれまでみたいにローテで一人回復したり、体勢を建て直すとか出来ないと思う…ヲタちゃんだけじゃ情報が多すぎてごちゃごちゃすると思うし、疲労で連携も上手く取れないと思う」

「…そうだな」

「私達もオーキ兄のフォローに回ったり出来ないし、花宮ちゃんやヲタちゃんからの支援も格段に減る。あとは…大丈夫?」

「ああ、やるよ」


 息を付く俺の隣に立つオーカ。ゲームの経験が多く、尚且つ、周りを盛り下げないために笑顔を見せて軽口を叩いていたオーカだが、今は見るからに疲労が滲み出ている。


 オーカの言う通り、先程から通話の方も次から次へと情報が入り込んで整理が出来ていないし、ヲタキングからの指示も局所的になってきている。

 これまで四時間半通しての連戦。最初の二時間程で疲れていた体をなんとか気合いとモチベーションで保ち、途中から『ランナーズハイ』のように体の疲れが嘘のように感じていたが、それも少し前に打ち止め。全身に重りを付けているようだ。


 それは皆も同じなのだろう。合間を見ては激励を飛ばしていたが、徐々に口数が減り、今では殆ど無言の状態が続いている。


「本当にこれを削り切れば最後。きばってくよ」

「おう!」


 オーカは俺の腰をバシンッと一発叩くと、大鎌を構え直して白い炎に包まれる《白帝》へと走っていく。


「オーキ殿」

「全蔵」

「拙者のこれを渡しておくでござる」

「いいのか?」

「モーマンタイでござる。それに、もしもの事があってもオーキ殿なら何とかしてくれるような気がするんでござるよ」

「過大評価だな…」

「この戦いが終わった後、拙者の評価が過小評価になるくらいのご活躍、祈ってるでござるよ」


 オーカに続いて俺の隣に並んだ全蔵。アイテムボックスから蘇生薬を取り出し、俺へ手渡す。

 俺は既に蘇生薬を使い切り、花宮さんが管理してくれていたとはいえ、HPの残量を常に気にして戦っていた。一回の保険があるか無いかではかなり気持ちの余裕に差が出るが…。


 文脈から察するに、全蔵も最後の蘇生薬なのだろう。俺が生き残るより、全蔵が生き残った方が勝率は高いのは間違い無いが…。俺の心意気を勝ってくれてのことだろう。これ以上の追求は野暮ってものだ。


 全蔵は俺の背中にオーカ同様、パンッと耳心地のいい音を出しながら叩く。


『オーキ氏』

「ヲタキング、何かあったか?」

『こういう時なんと言っていいか分からないですが…最後の最後まで我輩は支援しますので…主人公、おを任せしました』

「ありがとう」


 不器用ながらも心のこもったヲタキングの応援。ここまで何度もヲタキングの指示に助かって来ている。

 それが最後まで支援してくれると言うのだ。これ以上に心強い言葉はない。


「あれ…?」

『我輩の持つバフの中で最も強力な『三種の神器』ですぞ。任意のステータスを三つ、上げることが出来る故、STR、AGI、DEXを上げて起きましたぞ』

「助かるよ」


 突如、俺の体を温かな緑色のオーラが包み込む。体の底から力が溢れ出るような感覚を不思議に思っていると、ヲタキングが説明をしてくれる。

 これは遠く離れたヲタキングからの激励なのだろう。ある意味、先の二人よりも効いたな…。


 自分の口角が少し上がるのが分かる。


「オーキさん」

「やっぱり次はマーサさんでしたか」

「先輩達からの餞別(せんべつ)みたいなものですよ~」

「ははっ、ありがとうございます。嬉しいです」

「私からはそうですね~…言葉や物よりもとっても効果的なものをあげましょうかね~」


 ぽふりと頭の上に着地したマーサさん。いつも通りのふんわりとした声で話しかけてくる。


「効果的?」

「いやぁ、少し恥ずかしいのですが…加護的な?」

「か、加護…?マーサさん、神様か何かなんですか?」

「野次と共に太陽の女神様は微笑みますから」

「野次……あっ…………まじですか?」

「まじですよ~」

「いつから…」

「オーカちゃんとはオフ会したこともあるので、割と最初から知ってました」

「……いつも応援ありがとうございました」

「いえいえ」


 うふふと上品に微笑むマーサさん。否、太陽の君…。

 俺の小中学生時代。そして高校時代、俺の試合を良く見に来てくれていた人が二人がいた。明日ヶ丘(大阪)に移った後も見に来てくれるとは思っていなかったが、本当に頻繁に来てくれていた。


 選手のプレイに対して罵声も歓声も素直な評価を飛ばす爺さん。試合の最後にはどれだけ酷い内容でも拍手を送ってくれる仲間内で野次と爺を掛けてやー爺なんて呼ばれているお爺さん…。

 そしてそのお爺さんに連れ添っていつも微笑んでる太陽の君。

 純白のワンピースに身を包み、艶やかな黒髪を腰まで伸ばし、その純粋な笑顔で俺たちを勝利へと導いてくれる(友人談)……俺たちの勝利を女神こと『太陽の君』。


 中学生の頃から年上のお姉さんと言うことで仲間内で人気があり、高校時代なんて部内で太陽の君に恋してる奴が何人もいた。


 まさかその正体が…貴腐人(マーサさん)だったなんて…。


「これで勝率上がりましたよね?」

「確定演出って奴ですよ…多分」

「その不確かさはどこから…」

「いえ、想像よりも随分と(よど)んだ太陽だったもので…けど、ありがとうございます。心強いです」

「それでは次の『サクスタイガー』が来たので行ってきます~」


 マーサは背中から生えた四枚翅で俺の頬をペチンと叩くと飛び去っていく。

 その背中は、俺の知る誰よりも小さくてとても大きく感じた。


「次は私達の番ですね」

「だろうな…」


 続いて俺の両隣に立つのはディフィとバルク。ここまで来ればなんとなく分かる。皆、最後の踏ん張りの前に俺を激励しに来てくれている。それもわざわざ自己紹介順に。


「オーキ、私からの助言は簡単です。勝利を掴みたいのなら今ある全てを使って戦いなさい。その手に握った槍斧も、貴方を構成する体全てがオーキの武器です。そして、相手に情けは要りません。容赦なく叩き潰しなさい」

「はい!」

「俺からは…そうだな、忘れるなよ(・・・・・)。今、なんでお前がここにいるのかを。ゲームを楽しみ、少女を救い、最高の幕引きをする為だ。そう硬い顔をするな。気負う気持ちは分かるが、無理にでも笑顔を浮かべていけ。そうすれば自然と気が晴れる」

「ああ…!」


 俺の気合いの入った返事に、二人は満足そうに頷くと、両肩に手を二度ほど、ポンポンと叩く。

 振り返ることなく《白帝》へと向かってく二人の後ろ姿は格好良かった。


「それでクレアさん…人がちょっと気を引き締め直そうとしてる時に何してるんですか…?」

「おまじない」


 ふと、左手の小指に違和感を覚えてそちらを見ると、俺の横でしゃがみ、小指になにやら糸のようなものを巻き付けているクレアさんの姿があった。


「糸…じゃなくて髪ですか?」

「そ」


 小指に巻き付けられた糸にじっと目を凝らして見ると藍色の細い…クレアさんの髪が巻き付けてあった。

 先程、おまじないと言っていたので何かあるのだらうが、この人がやる事なす事裏がありそうで怖い。


「私からは……そう、…もしオーキが最後のトドメを刺す時、躊躇(ためら)ったら駄目…迷わず振り抜いて…それが出来れば合格」

「躊躇わず、振り抜く…」

「そう。オーキは色々と経験してきてない…から、現実と仮想の境界線が曖昧……まだ、自覚してないならいいけど、そのうち多分、気になると思う……だから、今は何も考えずに…振り抜いて」

「分かりました。ありがとうございます」


 クレアさんは俺の小指を両手でギュッと強く握ると真っ直ぐ俺の目を見つめ、珍しく長々と話す。

 まだ少しの付き合いだが、クレアさんがここまで喋るのは本当に珍しい。それだけ、重要な事なのだろう。

 俺は力強くそう答えると、クレアさんはスっと俺から目を離し、最後に小指を更にギュウと強く握ると《白帝》の元へとエーちゃん達を連れて戻っていく。


 小指に残った温かな熱が、夜風に吹かれて熱いと錯覚するくらいに存在感を放つ。

 うん、抽象的な表現だが、クレアさんからパワーを貰ったような気がする。


『あー、あー…ご飯いっぱい食べる男の子、聞こえますか~?』

「えっと、多分、俺ですか?」

『正解です~。次は私から一言』


 クレアさんで終わりかと思ったが、間髪入れずに花宮さんから通信が入る。

 何故か呼ばれたことも無い呼称で呼ばれたが、今は気にしないで、花宮さんの言葉をしっかり聴こう。


『私からは…そうですね~……まあ、頑張ってください』

「あ、はい」

『何か気の利いた言葉を言いたかったのですが…まあ、ゲームでの面識はほとんど無いので気にしないご愛嬌(あいきょう)ということで~』

「いえ、言葉を貰えただけで嬉しいです」

『ああ、ではでは~…勝ったら膝枕をしてあげることを少し考えましょう』

「考えるだけですか」

『考えるだけです~』


 花宮さんの気の抜けた声を聞いていると全身の強ばった緊張が解れていくように感じる。

 膝枕が無いのは……うん、凄く残念だが、今は考えることを辞めよう。……もしかしたらしてくれるかもしれないしな!


『続いて最後に…お姫様からお言付けです。『勝って』…だそうですよ~』


 お姫様が誰かなんて無粋な事は言わない。


 カグヤは助けられることを望んでいる。


 《白帝》に勝つのは無理だと言いながらも、俺たちの勝利を願ってくれている。


「さあ、ラストダンスだ。勝とう」




試合観戦中のマーサ「ふふふっ(煌めく汗、少年たちの熱い思いのぶつかり合い!たまりせん…えぇ、たまりせん…!!ビバ、青春!!素晴らしい!高校野球はBLの宝庫ー!!)」


野球部員「太陽の君が微笑んでいる!お前たち絶対勝つぞ!!」


桜樹「お、おう(こいつら怖い)」

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