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《 Infinity Pioneer Online 》~一般人の兄が妹にオタクに染められる話~  作者: いちにょん
第一章 鎖縛の姫に月下のメリークリスマス
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第四十三話 鎖縛の姫と白き帝ー20

☆ sideーオーキ=ペンデレエーク


 ───────絶望の匂い。


 選手生命が絶たれたあの日、過度な練習で痛めつけられた体が限界を迎えて倒れたあの日…。


 今でも覚えている。


 例年より遅く梅雨明けが発表された六月二十八日、俺は室内トレーニングの最中に立てなくなり、病院へと搬送された。

 時間を無駄にした。俺は周りの人よりも練習しないといけないんだ。もっと頑張らないと。そんな事を朧気な意識の中で考えていた。

 しかし、検査が終わって俺に突きつけられた宣告は酷く残酷なものだった。


 「野球を続けるのは難しいと思います。これ以上、運動を続ければ、日常生活を送るのも難しい後遺症が残るでしょう」


 続けるのが難しい?難しいなら頑張れば…そう言おうとした俺の肩を愛知にいる親の代わりに付き添ってくれた高橋監督は優しく叩いた。


 もう、頑張ることは出来ないのだと俺は悟った。


 どれだけ苦しくても、体が止めろと訴えても、周りの言葉も聞かずに、それでも野球が続けられるならと頑張り続けた。


 頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って…!


 頑張った結果が頑張ることすら出来なくなってしまった今の俺だ。


 この匂いは…あの時感じた絶望の匂いと同じ。


 報われることの無い絶たれた希望。


「すんすんっ、絶望の匂いってどんな匂いなんでござるか?柑橘系?」

「オーキ、俺達は一刻も早くあの場所に戻らなくてはならない。時間が無い、今、決めろ。ログアウトするか、俺達と共に戻るかだ」

「……俺は…」


 鼻を鳴らして俺に近づいてくる全蔵。そして険しい顔で地面に座り込む俺を見下ろすバルク。


 …座り込む…?


 俺はいつの間に座り込んでいたんだ?


 《白帝》は…?桜華は…?


「確かにこの戦いはお前が言い出した事だ。だが、最後まで責任を取れとは言わない。むしろ、今のお前はいらない。今すぐ広げた風呂敷を置いて去れ」

「これに関しては拙者もオーキ殿を擁護するつもりは無いでござる。確かに先程の《白帝》、本物(・・)を知る拙者でも動けなかったでござる。いやはや、技術の進歩を感じるでござるが……それでトラウマ抉られて我を忘れて足を引っ張るのならログインするのが最善でござるよ」


 体がビクリと跳ねるほど低い声。鬼気迫る表情のバルクが俺を見下ろす。

 全蔵もいつもの軽い感じの口調だが、目が笑っていない。大らかな雰囲気は消え去り、大一番の場面で打者から感じる気迫とはまた異なった刺々しい威圧感を放っている。


「……悪い……今の状況教えてくれないか…」

「どこまで覚えてる?」

「《白帝》が目の前に現れて……あの時と同じ感じがして…そこから…」

「あの後、《白帝》が『蓬莱の玉の枝』を初めとする五つが集まり、カグヤが強制的に街からこの場所に呼び出された。その後、俺達も強制転移に巻き込まれ、足の遅い俺と、棒立ちだったオーキ、お前とそれとフォローの為に全蔵が転移範囲内に残り、ここまで飛ばされたという現状だ」

「…ありがとう…今、落ち着くから……」


 情けない…。散々、時間と迷惑を掛けて…今はある程度割り切れていたと思っていたのに、遊戯(ゲーム)でトラウマ抉られて放心状態になるなんてな…。


「たすけて…助けてくれるって…助けてよ!!!」


 ちょっとずつモヤがかかったような状態だった頭がクリアになると、カグヤの最後の声が頭の中に響いていく。


 切り替えろ。落ち込むなら白帝を倒した(試合の)後だ。

 例えホームランを打たれても、思い描く球が投げられなても、背番号1(エースナンバー)を背負う限り、絶対にマウンドを自ら降りることは許されない。


「ふぅ…………」


 先程までの出来事を全て切り離せ。《白帝》に敗北する事こそが一番の後悔になる。悔いるな、開き直れ。


 今の俺はオーキ=ペンデレエーク。二三桜樹の事は全部忘れろ。


 二三桜樹()が持っていなくて、|オーキ=ペンデレエーク《俺》が持っているものはなんだ?


 このゲームを初めてまだ短い俺が手にした数少ない繋がり。

 その為だけに思考を使い、体を使い、戦うんだ。


「よし…」

「大丈夫か?」

「ああ。軽口を叩けるくらいには余裕が出来た。迷惑掛けた」

「あ、この戦いが終わったらさっきの事は向こう半年程弄るので覚悟しておくといいでござるよ」

「安心しろ、この戦いが終わったら絶縁するから」

「想像以上の仕打ち!?」

「その様子なら問題無さそうだな。時間が押している、早く戻ろう」

「取り敢えず走りながら確認しようでござる」


 現在地は《白帝》から凡そ3キロ程離れた森の中。《白帝》街へ向かう際に通った森だ。目視出来るだけでも倒木がかなり目立ち、足跡もチラリチラリと伺える。


「問題は《白帝》の戦闘有効フィールドが半径一キロだと言うことでござる。最悪、強制退場という事も…」

「いや、それはないだろう。戦闘が終了した時点で『流血』などの特殊なデバフやバフ以外はリセットされるが…」

「特にその様子はないでござるな」

「今は戻る事を考えよう。範囲内にいるヲタキング達との連絡が取れないのが厄介だが、時間が押しているのは間違いない。一秒でも早く戻るのが先決だ」


 AGIを削って他にステ振りをしているバルクのスピードに合わせて俺達は森の中を駆ける。


 状況は大分飲み込めた。後は…


「俺達の無事を伝える事だな」

「ああ、俺達が戻れるか戻れないかで戦略の立て方も変わってくる。この中で一番AGIとSPが高いのは…」

「拙者でござるが、バフ込ならオーキ殿の方がステは高いでござる」

「オーキ、頼めるか?」

「ああ、任せてくれ」


 俺のバフは…切れてるな。MPは、ある程度は時間経過で回復している。『暴食の罪』のスキルを使えば、すぐにでも戦闘に参加出来るだろう。


「拙者から一つ提案があるでござる」

「なんだ…?」

「バルク殿が遅れるのはこの際、致し方ないでござる」

「そうだな」

「しかし、拙者とオーキ殿で一緒に最速で向かうことが出来ればそれがこの場におけるベターでござるな?」

「だが…」

「オルガンシェイクでござるよ」


 むふーっと口元の黒布越しに鼻息を鳴らす全蔵。顔の半分以上隠れているが、ドヤ顔しているのがよく分かる。


「待て、これ以上やったら俺は死ぬぞ?」


 暴食度を上げるために討伐開始ギリギリまで食べ続けた後に景気付けに一回、そして体力を削り切った後に追加でもう一回、最後におまけとばかりに装備とバフでSTRが大幅に上がった状態で一回。既に三回のオルガン・シェイクを俺は短時間で行っている。

 おまけのおまけ?無理だ。ぽーっと鳴る前に天に召されましょされてしまう。


「大丈夫でござるよ、オルガン・シェイクを受けるのは拙者でござる。作戦としては、まず、バルク殿のSTRを極限まで高め、拙者を《白帝》の方へ投げるでござる。その時、オーキ殿はバルク殿が拙者を投げた瞬間にバルク殿を踏み台にして、空飛ぶ拙者にサーフボードの如く乗るでござる!」

「上手く乗れたとして…落ちないか?」

「大丈夫でござるよ、拙者、実例を知っているでござる」

「なら可能性はあるな。ちなみに誰だ?」

「ドラゴンボ〇ルのタオパ〇パイにござる」


 …実例が不安でしかない。


「オーキ、届く、届かないはこの際置いておこう」

「バルク…」

「失敗しても距離を稼げるのなら儲けものだな。やろう」


 そうだな…。今は選り好みしている余裕は無い、成否に関わらず、可能性がある事はするべきだ。


「ミサキ殿からキャッチが入ったでござる。『ミサキさんでござるか?』……『そうでござる。3キロ位離れた場所でござる』……………『あい、分かったでござる』」

「クラマスはなんと?」

「エミリア殿を中心になんとか耐えている状況でござるが、カグヤ殿を庇いながらのこの状況ではそう長くは持たなさそうでござる」

「そうか…益々急がないといけないな、オーキ」

「分かった。やろう」


 バルクと顔を見合わせて頷き合うと、俺達三人はすぐ様、全蔵の作戦を実行するべく、足を止めて配置に着く。


 そうか、カグヤは無事か…。俺のせいで…なんてもしかしたらと気になっていたが…良かった。

 エリア外に弾き出された事でオーカ達との集団通話が切れ、通話不可になっているので状況が知れたお陰で無理矢理冷静にしていた頭が大分整頓できる。

 機転を効かせてくれたミサキさんには本当に感謝だな。


「バルク殿、これでステ強化アイテム、あるだけ全部でござる。惜しみなく使ってくだされ」

「助かる。…オーキ、全蔵、準備はいいか?」

「ああ」

「応ともでござる」


 ごめん皆…今、行くからもう少しだけ耐えてくれ…!



「ちょっ!オーキ殿!べ、ベルトちぎれる!!ちぎれちゃうでござる!!拙者の立派なクナイが出ちゃう!全国生放送されちゃうでござるから!!」

「そんな事言っても他に捕まる場所ないだろ!!それに見えてもパンツだけだから安心しろ!!」

「上軍服、下パンツで空飛んでる忍者って明らかに変質者でござろう!?」


 《白帝》との戦場から転移させられたのは3キロ程。作戦を立てながら500m程走り、全蔵の作戦通りオルガン・シェイクで更に500mを稼ぐことに成功したので残りは2キロ程。

 全蔵のムササビの術なる物でメタリックカラーの風呂敷を使って俺達は空を飛んでいた。


 …技術の進歩って凄いよな。1960年代まで黒電話が主流で人の手で回線を繋げていたと言うのに、今じゃ板チョコよりも一回り小さいスマートフォンで世界中どこでも繋がるのだから…。ちなみに俺はスマホでメッセージを打つのにもフリック操作が出来ない為、画面をタップしてなんとかメッセージを送っている。


 いけない…思考が脱線した。しかし、思考が逸れるのも仕方ないと思う。

 メタリックカラーの風呂敷、小型ジェットエンジン搭載済み!二人合わせて百キロを越える男を乗せても時速二十キロで走る素晴らしい風呂敷だ。風呂敷ってなんだっけ。


「オーカ殿達が見えてきたでござる」

「…ようやくか」


 木々の上を飛んでいた事もあり、遮蔽物の無い状況だったこともあり、巨体の《白帝》は視認していた。

 僅か数分、だがこの数分が凄く長く感じた。俺のせいだ。何としても挽回してみせる。


「…オーキ殿、覚悟はよろしいか?」


 残り五百メートル程。全蔵の声がワントーン低くなり、真剣味を帯びる。

 これまでの茶化したものではない、本気の声。俺は敢えて一度呼吸を置き、《白帝》を睨みつけながら答える。


「ああ、勿論だ」

「フッ…愚問でござったな。ちなみにこの風呂敷、なんで前から使わなかったかというとまだ実験段階でブレーキ的な機能が一切無いからでござる。なのでこのまま《白帝》に突撃するでござるから、よろ!」


 ………フッ………覚悟ってそっちかよ。


「この馬鹿忍者あぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!!!」


☆ sideーout


「兄と忍者が空から降ってきた…」


 気力を振り絞り、エミリアを中心にカグヤを守りながらこれまでよりも一つ頭飛び抜けて強い《白帝》を相手していたオーカ。

 どれだけ必死になって戦っても、攻撃を全て躱すことは叶わず、大幅に減るHPを見る度にアイテムボックスの中のポーションの残量に顔を顰め、どれだけ節約しても回らないMPに苛立ちを覚える。


 早く、早くと自分が焦る度に心臓の鼓動が早くなり、それが秒針を遥かに追い越しているせいで一秒がとても長く感じる。


 どれだけその時を望んだか。頼れる兄と、実力だけは頼れる全蔵の到着。

 様子の可笑しい兄に一抹の不安を感じているものの、オーカの知る兄は何時だって自分の想像を遥かに超え、道を示してくれる。

 あの時も、あの時も、あの時も、オーカが今の人生を歩んで行けるのは、夢を見ることが出来ているのは、兄が先に道を切り開いてくれたからだ。

 兄も人間、万能では無いこと位分かっている。だが、分かっていても期待せずにはいられない。それがオーカにとっての兄という存在。

 兄という一つの小さな存在が、『辛』を『幸』へと変えてくれる。


 うっすらと幻聴のように耳を撫でる兄の声。だが、オーカは確信を持っていた。あぁ、やっと来てくれたと。

 大鎌を握り締め、うっすらと涙をうかべた瞳で夜空を見上げる。


 そしてオーカが見たのは…


 ジェットエンジンを搭載したメタリックカラーの風呂敷を広げ、《白帝》に特攻していく兄と忍者の姿だった。


「『Hey!オーキ兄…頭大丈夫?』」

『実の兄に向かって酷い言い草だな』

「『言いたいことたっっっくさんあるけど、戦えそう!?』」

『迷惑掛けた。後でお説教聞くから…今は俺と全蔵に任せてくれ』

『あの、ちょっ、あの風呂敷、MP依存なんでそんなにMPの残量ないんでござるが…あ、だめ?…はい……』


 オーカはエリア内に入ったことで再び通話が可能になったオーキ達と通話を繋ぐ。

 オーカの問いにやや困り顔で《白帝》の上に仁王立ちする全蔵と、その腰にしがみつくオーキの姿にくすりと自然と笑みがこぼれる。


「『バルクも後で追いついてくるんだよね?』」

『ああ、後から必ず来るよ』

「『なら良し!みんな聞いたね!!行くよ!!』」


☆ sideーオーキ=ペンデレエーク


 《白帝》の体力はまだ一割も減っていない。手数が足りなくて攻撃まで手が回っていなかったのか…。


「ふぅ……全蔵、俺は遊撃に回る」

「それがいいでござろうな。拙者は正面を…武運を祈るでござる」


 最後に布越しににっこりと笑みを浮かべると《白帝》の背から降りていく全蔵。その背中を見送り、俺は軽量化の為に脱いでいた装備を再び身に着け、槍斧を左右に握る。


 感覚を取り戻せ。


 先程の恐怖によって上書きされた《白帝》への恐怖心を押さえ込み、収まってしまった心に再び火をつける。


 確かに俺は戦場を知らない。平和な世界で育った子供だ。しかし、例え届かなくても似た場所は知っている。

 幼少の頃から全てを野球に捧げ、食事も、睡眠も、人生そのものが野球を中心に作り上げる。そんな男達が集まるあの舞台(甲子園)

 自分の夢の為、チームの皆の為、絶対に負けられないという真剣な想いと想いのぶつかり合いを俺は知っている。


 肌がピリつくような緊張感を、あの熱さを、全身から湧き出る闘争心を。


「『悪戦苦闘』、『変食』」


 バフを掛け直し、槍斧をギュッと握り締めると、《白帝》の頭の方へと駆け出す。

 肌を撫でる夜風がやけに冷たく感じる。しかし、心に熱が灯って行くのが分かる。熱い血潮が身体中を駆け巡る。


「これから先、お前に息付く暇を与えない」

『我の頭の上で子鼠のようにちょこまかと…振り落としてくれよう』


 《白帝》の体は頭に向かうに連れて揺れが激しくなる。それだけオーカ達が善戦してくれている証拠だ。

 前足を振るう度に背中が跳ね上がり、地震のように振動が《白帝》の全身を駆け巡る。


 一歩、右足で《白帝》の背を強く蹴る。


 二歩、右手に握られた槍斧の槍を目線の先に突き刺し、揺れる《白帝》の体に合わせて左足の角度を変え、足裏をしっかりと《白帝》の背中に付け、蹴り抜く。


 三歩、ここで《白帝》の体が大きく揺れる。右前足を振るった証拠だ。左の肩甲骨がぐっと上に上がり、逆側が下がる。坂のように傾く体に、俺の体も宙に浮く。まだだ、ここで潔く振り落とされて諦める程、今の俺は諦めが悪いぞ!

 先程刺した槍斧を引き抜き、左手の槍斧を傾く《白帝》の背に刺す。腕と腹筋の力を使って傾く背に足を付け、そのまま着いた左足で駆ける。


 四歩、この勢いを殺すことは絶対に許されない。体が落ちる前に右足を強引に背に付け、現実世界ならアスファルトにクレーターが出来るような強さで背を蹴る。


 五歩、振るった右前足が戻り、傾斜が緩やかになっていくが、構わない。左足で背を蹴り、六歩、七歩と力強く進んでいく。


「振り落とせるものなら振り落としてみろよ…!」


 首に辿り着き、残るは頭を登るのみ。傷だらけの首が、目に入る。この傷一つ一つがオーカの頑張りだと思うと胸が熱くなる。


『貴様、誰の許しを得て我が頭に足を踏み入れている?』


 明らかに怒気が含まれた声音が《白帝》の頭を通じて下から耳を打つ。

 思わず足がすくみそうになるが、グッと奥歯を噛み締めて耐え、無理矢理笑みを浮かべる。


「随分と追い詰められているみたいだな。怒鳴って終わりか?」

『無理矢理振り落とされる方が好みのようだな』

「それは嫌だな。どうしたら許して貰えますかね?」

『ハッ…まずその傲慢な態度を改めて、我の前で頭を垂れるところから始めるといい。そうしたら一考してやろう』

「じゃあ地面に降りたいから頭下げてくれッ!!」


 わざわざ立ち止まって《白帝》の話に乗ったのは俺の場所を一定に確定させ、ヲタキングからのバフを貰うため。

 自前のバフと合わせてかなりの強化。一人でカグヤから遠ざけるためにフル強化で《白帝》を押し返したらしい(少し見たかった)ディフィのSTRの半分程。油断した《白帝》の脳天に叩き込むには十分だ!


 全力垂直跳びの後、『加重』のスキルを発動。くるりと宙返りすることで槍斧に遠心力を加えて加速。二本の槍斧のタイミングを合わせて《白帝》に振り下ろす!


「オラァッ!」


 流石ゼノ・モンスターと言うべきか…普通のモンスターなら空の彼方に飛ばされるような一撃でもHPバーに変化は見られらない。HPの総量もかなり頭が可笑しいが、先程の一撃で全くと言っていいほど刃先がくい込んでいない。やはり急所故か、ここだけVITの数値が桁違いに思える。

 

 思考を少し外に飛ばしつつ、顎を地面に叩きつけた《白帝》に全蔵達が追撃を加えるのを確認し、叩き付けたことによって手に伝わる痺れを無理矢理握り締めて押し殺す。

 あれでも1ドットと減らない《白帝》のHPを削るには手数が必要だ。


 押せ!! 押せ!! 押せ!!


 叩き込んだ勢いを空中に逃がしてバク宙。そしてその勢いを使って何度も何度も槍斧を同じ場所に叩き付ける。


 叩き付けること十程…。



 ズガンッッッッ!!!



「うおっ!?」


 ジリジリと少しずつ顔を上げ始める《白帝》との耐久レースを繰り返していると、唐突に鈍い音が響き、《白帝》の体がグラリと傾く。


『待たせたな』

「バルク!!」

『まあ、《白帝》の体を揺らしたのは私なんですがね』


 唐突な足場の消失から慌てて空中で姿勢を整えていると、通話を通してバルクの声が聞こえる。

 てっきりバルクの仕業だと思ったが、ディフィが気を利かせて立て直す間を作ってくれたのか。槍斧を回収したとは言え、絶賛、降下中だが…。


「ナイスキャッチ」

「あ、ありがとう、エーちゃん」


 咄嗟のことで体勢を整えたは良いのだが、捕まるものが無くてゆっくり降下してた俺を受け止めたのは『走れエロス』ことクレアさんの従えるモンスター。触手いっぱいの二足歩行イソギンチャク。

 触手を上手く使って『キニスルナヨ、キョウダイ』と文字を作っている。凄く距離感が近いです…。

 非常に有難いんだが、なんかヌメヌメするぅ!


「エミリーちゃんを一旦下がらせて、遊撃に戻す。バルクはカグヤちゃんの方をお願い」

「任された」


 《白帝》の正面で先程振りに全員が揃い、皆の顔に笑顔が零れる。正直、元の原因のほとんどが俺なので笑っていいか悩む所。誠に申し訳ない。


「再び集結!我ら殺戮部隊、ジェノサイド!!」

「今から貴方を倒す者たちの名前です。その身に刻んでおけ」

「ここから先、一歩たりとも前に進めると思うなよ?」

「緊縛プレイ…」

『既に解析は完了済み…我輩の手のひらで踊ってもらいますぞ』

「どれだけ雑魚を召喚しても私の魔法で消し炭ですからねっ!」

「え、これなんか言わないと駄目なの?あと、全蔵が死ぬ気で耐えてるからそろそろ加勢しようぜ」


☆ sideーout


「カグヤ…さん?でよろしいでしょうか~?」

「……なに…」

「不思議ですね~、こんなに小さいのに私よりも年上だなんて」


 バルクが前線に復帰し、安定感を取り戻した戦場で、後方で控えていた花宮が《白帝》との戦いの行方を静かに見守るカグヤに話しかける。

 カグヤの反応は凄くか細いもので、花宮に視線すら向けることは無い。


「オーキさん…あ~……よく食べる男の子…?から伝言です~」

「……」


 そう言えばカグヤはオーキの名前を知っているのか、そもそもの疑問をもった花宮は、取り敢えず伝わるであろうオーキの特徴をあげる。

 案の定、オーキと言われて「誰?」と言った様子のカグヤだったが、よく食べると言ったあたりでその瞳が揺らぐ。

 その反応に少し可愛さを覚えながら花宮は先程オーキから伝えられた内容を噛み締めてながらカグヤに伝える。


「ごめん。必ず助けるから。だそうですよ~」


 捻りも何も無い、気の利いた言葉でも無い、その言葉に花宮は相変わらず(・・・・・)真っ直ぐな人だと少しクスリと口元が緩むのを感じる。


「大丈夫……なんて少し無粋ですかね~」


 花宮はカグヤの視線が《白帝》ではなく、しっかりとオーキを捉え、その瞳に温かな涙を浮かべていることを確認すると、花宮はそっとカグヤから視線を外した。


「……勝って」




 ───────小さな月の音が風にのる。




桜樹くん、仕方ないとは言え、情緒不安定すぎる気がする。

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