第四十二話 鎖縛の姫と白き帝ー19
☆ sideーout
「オーキ殿、お帰りでござる。……なんで、バルク殿と取っ組み合いしてるんでござるか?」
「《白帝》から降りる時にバルクを踏み台に俺だけ生き残ろうとしたらバルクに足掴まれて仲良く死んだ」
「それで……」
「いや、その後にトンコツラーメンの紅生姜は必要か不必要かで喧嘩していた」
「仲がいいのか悪いのか……」
「まず何でラーメンなのか突っ込もうよ…」
「オーカちゃん、お帰りなさい」
「ただいま戻りました!」
《白帝》の残りHP、数ドット。
離れていたバルク、オーキに続き、オーカとエミリアも合流を果たす。
「マーサちゃん、最後お願い」
「了解です」
最後はマーサの雷魔法で数ドットを飛ばし、《白帝》の二本目のHPが完全に消滅する。
「さて、鬼が出るか蛇が出るか…」
「虎だろ」
全体的に疲労が溜まっているのか、皆の声音が少しばかし重苦しい。
まだ元気が有り余っているのはこの中で一番レベルの高いエミリアと、徹底的に支援に回っている花宮だけだ。
誰もが輝く光に固唾を飲んで見守る中、その光をかき分けるかのように声が響く。
『───────我が道を阻む者よ』
その声は体の中を直接打つような重く、地響きのような声。
決して大きな声ではない。最初の雄叫びに比べたら雲泥の差だ。
しかし、その小さな声に、オーキ達は思わず唾も溜まっていないのに喉を鳴らした。
光が薄れ、姿を現した《白帝》。その大きさは一回り小さくなり、一頭一尾の姿となっている。
しかし、その存在感は計り知れない。
一歩、また一歩と空気を押し潰して行くかのようにゆっくりと《白帝》が歩みを進める。
《白帝》が近づく度にオーキ達は、体が芯から冷えるのを感じる。肌がピリ付き、口の中が乾いていく。水分を含まない舌が上顎に張り付き、どれだけ呼吸を繰り返しても息苦しさが途切れることは無い。
ここが仮想世界だと言うことを忘れ、本気で恐怖を感じている。
心霊番組やお化け屋敷、お母さんや先生、それらの恐怖とはベクトルの違う、現実世界では感じたことの無い恐怖。
圧倒的な力の隔絶を感じ、死を直感する生物の本能的な恐怖がオーキ達を襲う。
「ははっ、これがゲームとか笑わせてくれるじゃん…?」
「…これは……中々でござるな」
恐怖を紛らわすように口を開いたのはオーカ。口から漏れるのは乾いた笑い。
続いて全蔵も続くが、その声にいつものような覇気は感じられない。
『ほう……既に持っていたか』
そんなオーカ達に構うことなく、《白帝》はゆったりと話し始める。
『これで全て集まった───────礼を言うぞ。これで月を完全に縛れる』
《白帝》は面白そうにゴロゴロと稲妻の如く喉を鳴らすと、その巨体を光らせ始める。
「っ……!?」
そしてその光に答えるようにオーキのアイテムボックスが輝き始める。
突然の光に慌てた様子を見せるオーキ。だが、先程から恐怖が体を支配し、上手く体を動かすことが出来ない。オーカ達もただその光景をなすがままに見つめるだけだ。
そして数秒。オーキのアイテムボックスから拳大の光の塊が一つ、ふわりと空に浮かび上がる。
それと同じくして、《白帝》の体を包んでいた光は四つに分かれる。
オーキの手に入れていた『蓬莱の玉の枝』
そして《白帝》の保有していた『仏の御石の鉢』
『火鼠の皮衣』
『龍の首の玉』
『燕の子安貝』
かつて迦具夜が願った五つの幻の存在。
それらがオーキ達の遥か頭上で光を放ちながら環を描いていく。
『これで再会に幾年も掛ける必要が無くなった。これで長かった逃避劇も終焉へと向かう』
明らかに喜色を含んだ《白帝》の声音。これから起こることがオーキを含めた誰にも予想は出来ないが、確実に自分達にとっていい事では無いのは確かだ。
《白帝》は空へと浮かぶ環に目を向けると、獰猛な牙を除かせる。
『───────迦具夜よ』
《白帝》が迦具夜の名を呼んだ次の瞬間、環の輝きが増し、地上へと降下していく。
「あ……ぁれ……?」
環が地に降り、パチッと小さく弾けるとそこには居るはずのないカグヤの姿がそこにはあった。
カグヤはオーキ達と同じく状況を飲み込めておらず、視線を泳がせる。ゆっくりとその焦点が呆然と立ち尽くすオーキに定まり、その視線の先の《白帝》へと…。
その瞳ははっきりと《白帝》の姿を映すが、すぐに瞳から光が失われていく。
カグヤは悟ってしまった。この状況を。この絶望を。
そして幾千幾万の時を超えて限界点寸前を保っていた心がポキリと折れてしまった。
───────月が堕ちる。
☆ sideーオーキ=ペンデレエーク
最後の姿を見せた《白帝》。その姿に俺達は唯、立ち尽くす事しか出来なかった。
どんな状況にも物怖じしないオーカが…恐怖なんて鼻で笑ってかき消してしまうようなジェノサイドの皆が、花宮さんが、エミリアさんが、誰一人として《白帝》を前に動くことが出来なかった。
今まで感じたことの無い『恐怖』。
手応えの無いテスト、やらかしてしまった時の母、心霊番組、普段から感じている『恐怖』とは別質。経験の無い恐怖に、心臓を直接握り締められたような感覚に、一言も口を開くことが出来なかった。
動かない。
だが、動かないのは俺達だけ。
《白帝》は悠々と、時間は残酷にも止まることなく動き続ける。
ようやく目の前の事態を把握できるほど落ち着いたのは、視界に居るはずのないカグヤが現れてからだ。
「あ……ぁれ……?」
戸惑い。そんな感情がカグヤから伝わってくる。気づいたら何故かここにいた。そんな状況を飲み込むためにカグヤは視線を巡らせる。
俺へ視線を向けたカグヤだったが、俺はカグヤを見ることが出来なかった。
正確には、カグヤの存在には気づいていた。気づいていたが、《白帝》から目を逸らす事が出来なかった。
《白帝》から知っている匂いがしたから…。あの時と同じ…あの匂いが…。
『男女の逢瀬に横入りをするのは野暮だとは思わぬか?』
《白帝》の声がする。だが、何を言っているのか分からない。
頭が上手く働かない。先程までの疲労感で頭が回らない状況とは違う。
「討伐クエストじゃなくて強制護衛クエストとか正気の沙汰じゃないでしょ!!」
「これ、さっきカグヤ殿を召喚した…強制転移されるでござる!」
「俺は間に合わん!置いていけ!!!」
「オーキ殿!」
「オーキ様!!」
「全蔵、オーキ兄とバルクをお願い!!ママちゃんはこっち!!」
「承知!バルク殿、手を!!」
声がする。だけど、何て言っているか分からない。
分からない。
何も。
何もかも。
何で俺はここにいるんだ?俺はなんのためにここにいるんだ…?
何も分からない。
まただ。
あの時と同じ。
二三桜樹が二三桜樹でなくなったあの時と同じ。
俺の足掻きを、努力を、希望を、全てを奪われたあの時と同じ。
目の前が真っ白に染まって、心に穴が空いて、何も出来なくなった。
野球を失った日の匂い。
あの時感じた───────
───────絶望の匂い
「たすけて…助けてくれるって…助けてよ!!!」
☆ sideーオーカ=ペンデレエーク
『抜け出したか』
「くそっ!護衛クエストなのに盾役がいないなんてっ!!」
討伐クエでも綱渡り状態でやってるって言うのにここで強制護衛クエストとか頭イカれてるでしょ!?
少し離れた場所にいたヲタちゃんが選択肢に含まれてなかった時点でプレイヤー数の最も多い場所を狙った範囲強制転移!!そんなのAGI犠牲にしてVITにステ振りしてる盾役殺しにも程があるでしょ!
どうする、どうする…考えろ私。オーキ兄の様子が気になった咄嗟に全蔵を傍に付けたのが間違えだった?他の人なら……違う、今はそんなこと考えてる暇ない!今のことを、どうやってカグヤちゃんを守りながら《白帝》を倒すかでしょ!
急に喋ったり、強制転移させたり、本当訳わかんないことしてくれちゃって…!!
バルクに続いてVITが高いのは…ママちゃん。だけど他と結構どんぐりの背比べって感じだし…!
クレアちゃんのテイムモンスター達も使って…けど、手数が減った今、手数の頼りはクレアちゃんだけ…!!
皆のスキル…HPは!?MP!SP!防具と武器の耐久度は…誰か…誰か…ヲタちゃんは…いや、新しい形態の今、後方から分析出来ないの辛い…!
ぶっつけ本番って時点でトライアルアンドエラーが基本のネトゲじゃ厳しいってのに!くそっ、くそっ、くそっ!!
ディフィはSTR極振り馬鹿だし、マーサちゃんじゃ的が小さすぎる…!
「私が行きます」
「エミリーちゃん!?」
「私の『矛盾』なら、あれを抑えられます。迷ってる暇はありせまん」
「確かにそうだけど…エミリーちゃんは私たちと違っ………」
私達と違って生き返らない。その言葉が出てこなかった。
エミリーちゃんの何時になく真剣な瞳に、私は何も言えなかった。
「誤解しないでください。今、ここにいる私はかつて貴方達と戦場を共にした戦友のエミリアでも、オーキさんに恩を返しに来たエミリアでもありません。バルダ王国近衛師団第二部隊副隊長のエミリア=フィエルダーです!あの少女が何者かは分かりません。事情も知らぬまま戦っているのは事実です!しかし、ここで王国である以上、私はあの少女を守る義務があります!是非は問いません。最後の防波堤、私が努めさせて頂きます」
くすんだ色の矛と、使い込まれた小柄なエミリーちゃん用の盾。それらを真っ白な肌が赤くなるほどギュッと握り締めて私を見つめるエミリーちゃんの瞳は一度だけ見た事のある戦場で戦う戦士の目だ。
有無を言わせないその瞳は…あの時の……。
それに、これ以上迷っている暇はない。
「エミリアさん、お願いします」
「承りました」
「全員!エミリーちゃんに盾役任せる!ディフィ、《白帝》をカグヤちゃんから離して!!マーサちゃん、サクスタイガーは全部任せる!クレアちゃん、結果的に上手く行けば文句は言わないから好きに動いて!ママちゃん、サポートよろしく!!ヲタちゃん、指示を!!花宮ちゃん、全員のHP管理よろしく!こっちはもうHP見ないから!!!」
今は出来ることを出来るだけ、出来ないこともやらないと駄目だ!
私は素早く指示を出すと、大鎌を構えてディフィ達と交戦中の《白帝》に向かって走る。
「出来るだけ…ではなく、離せですか…無茶言ってくれますね…!!」
「私なんて常に十一対一ですよ?」
「結果的に…指示ふわふわ…」
「サポートって一言で言いますが、かなり抽象的では…?」
「我輩、指示だけなんですが…」
「HP見ずに戦うとか…えぇ…」
それぞれ文句…花宮ちゃんは若干引いてる気がするけど、そう言いながらも私の指示に従って動いてくれる。
これだけじゃ足りない…持って五分…いや、三分も無いかもしれない。
バルク、全蔵……そしてさく兄…。
「早く戻ってきて…!」
これでFinish!?な訳無いでショ!!




