第四十一話 鎖縛の姫と白き帝ー18
☆ sideーオーキ=ペンデレエーク
「背中、カーペットみたいな感じかと思ったら結構硬いな」
「芒の群生地みたいだ」
休憩を終えた俺とバルクは全蔵達とは離れ、《白帝》の体の上へと移動していた。
今いるのは人間でいえば肩甲骨の下あたり。先程、蜘蛛の糸を使って同じ高さまで来ていたものの、いざ立って落ち着いてみると風が強く、《白帝》の動きに合わせて常に弱い地震が続いているように感じられる。
《白帝》の毛はバルクの言った通り芒のようで、触ってみると普段触れ合う動物の毛よりも硬く、長さも俺の首近くまである。
毛を踏み倒し、掻き分けて進むのだが、本当に雑木林に踏み込んだかのようだ。
「オーキ、ここら辺にしよう」
「了解」
俺達が何故背中の上に乗っているかと言うと、先程バルクと全蔵が立てた仮説が合っているかどうかを見る為。そして死角である背中からHPを削る為である。
全蔵が言うには《白帝》が『従魔召喚』を行う時、《白帝》の回りを飛び回るエフェクトが下からは遠くて分からないが、燕では無いかと言っていた。
取り敢えず、最優先事項はそれの確認だ。
そして次に、同じく《白帝》の特殊モーションである『白い炎』を詳しく見るためだ。
《白帝》が体に纏う白い炎は、竹取物語の『火鼠の皮衣』が由来となっているとバルク達は推測しており、それが《白帝》の皮膚本体なのか、はたまたエフェクトが出てきて体を覆っているのか、それを確かめる必要がある。
そこで抜擢されたのが、状態異常耐性のスキルを持ち、リジェネで持続的に回復出来る俺。そして、職業補正によって状態異常耐性が高いバルクが背中に来ていた。
「オーキ、ここら辺の体毛を刈り取って足場を作ろう」
「了解」
バルクの提案に従い、槍斧を振り回して体毛を刈り取っていく。
武器の性能が優秀なので二分ほどで半径1メートルほど刈り取ってしまう。遠目から見たら人で言うところの十円ハゲに見えるかもしれない。
「ヲタキング、オーキだ。聞こえるか?」
『聞こえますぞ』
「取り敢えずこっちはOKだ。あと何分だ?」
『サクスタイガー召喚まで二分。白い炎はまだ法則性が見えていないので不明ですぞ』
「了解」
ヲタキングとの通信を終え、《白帝》の残りHPを見ると二割弱といったところか。
遊撃に回っているエミリアさんが人間辞めた動きしてる俺たちから見ても人間辞めた動きをし始めて《白帝》のHPをゴリゴリ削っているのでHPの減りが早い。
「バルク、取り敢えず攻撃するか?」
「いや、不用意に動いて場所を確定されても困る。背中に届きそうな長い尻尾がまだ残っているから、せめてサクスタイガーの仮説が裏取れるまではここで待機しよう」
「了解」
バルクの指示に従い、先程刈り取った場所から少し離れた場所に身を潜める。
すると、残った三本の尻尾のうち一本が十円ハゲ部分に伸び、手当たり次第に暴れていく。
「あの尻尾、厄介だな」
「どうするバルク」
「時間が無いな…斬れるか…?」
「大分ダメージが溜まってるみたいだけど、一分じゃ難しいと思う。クリティカルが出れば分からないけど、この地響きみたいに動いてる背中じゃ難しいかもな…」
サクスタイガーの召喚まで残り一分。
こうして身を潜めるのにも、震度3程の揺れの続く毛の上では、踏ん張るのも足に集中してないと落ちそうになる。
この状況でエフェクトを見るには不安が残るな…。
「オーキ。尻尾の動きがおかしい」
「引いていく?降りたと判断したのか?」
「いや、どちらかと言うと慌てているように見えたが…」
『オーキ殿、全蔵でござる』
「オーキだ。何かあったか?」
『クレア殿が急に飛び出して尻尾の方へ行ったでござる。関係ないとは思うでござるが、取り敢えずご報告を』
「……すげー、関係ある。後でお礼言っとくよ」
『えぇ……』
よく分からないが、クレアさんのお陰で尻尾が後方に専念してくれたようだ。
これで自由に動くことが出来る。
俺とバルクは顔を見合わせて頷き合うと、先程刈り取った十円ハゲ部分へ戻る。
『従魔召喚来ます』
「エフェクト……確認」
「オーキ、捕まえられるか?」
ヲタキングの合図と共に《白帝》の周りに高速で飛び回るエフェクトが現れる。
なんとなく鳥のような形をしているのは分かるのだが、種類までは断定できそうに無いな…。
「釣り糸で体を縛れば多分」
「自重と勢いで体が裂けるぞ」
「縄とか……あ、虫取り網がある」
「なんでだ」
「全蔵に裏手の山で手のひらより大きいカブトムシが取れるって聞いて」
「クワガタは取れるのか?」
「ミヤマとノコギリが。あとギラファ」
「生息地がバラバラだが、これが終わったら皆で行くとしよう」
どうにかあのエフェクトを捕まえられないかと何か無いかとアイテムボックスを探っていると、先日NPCの商店で購入した虫取り網が入っていた。
全蔵の分と予備もと五本程買っておいたので数には余裕がある。俺の分と、バルクの分の二本を取り出してバルクに手渡す。
「それでも遠いな…あんまり時間をかけるとエフェクトが消えるぞ」
「俺のハルバードの先端に虫取り網を釣り糸で固定して…バルク、俺をゆっくりオルガンシェイクしてくれ」
「分かった」
やっぱり釣り糸は偉大である。これがもっと本格的なものならばもっと信用があるのだが、残念ながらゲーム内でもほぼ最低ランクの釣り糸だ。誠に残念。
だが、今はこれのお陰でエフェクトを捕まえられそうだ。ハルバードに釣り糸で虫取り網を取り付ける。しかし、これでもリーチが足りない。少しでも伸ばす為にバルクに頼んでオルガンシェイク(ゆっくり)をしてもらってリーチを稼ぐ。
「オーキ、初めておいてなんだが、俺は手加減が出来ない」
「今更かよぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!!」
俺が巻き終えると、時間が惜しいとすぐ様足を掴んで振り回し始めるバルク。
回り始めて思いました。いつもと変わらなくね?
いや、ガチ装備とバフでいつもよりSTRバカ上がりしてるせいで前より速い!!!!!
血が物凄い勢いで頭に登っていく…!!
内蔵が無理矢理押し上げられて、圧縮されて喉から酸っぱいものが込み上げてくる!!
耐えろぉぉぉ!!俺は誰だ!二三桜樹だ!!俺の特技は投げることだけか!違う!!日本屈指の強打者だ!!!
どんな変化も見逃さない選球眼はトップクラス!!!この目まぐるしく回る中でも俺の眼なら!!捉えられる!!!貴志のナックルに比べれば止まって見える!!!!!!
「無理ィィィィィィィイイイイ!!!」
長さも違えば、踏ん張りも効かない。そもそも殆どエフェクトが見えない!これもう野球関係ねぇ!!もはやエフェクトなのか、天国が見えているのか分からないくらいだ!!
今なら貴志の球が止まって見えるぜ!!!!
「オーキ!手当り次第振れぇぇぇ!!!」
「こんッッッッ……すぅぅぅ……じょぉぉぉぉぉぉおおおおお!!!!!」
もはや頭も正常に回っておらず、血が頭に偏っているせいか、手足の感覚も無くなってきている。
先程まで冷気が俺の唯一無防備な顔を打ち付けていたが、今では痛みすら感じなくなっていた。
肺に残った空気を一気に吐き出し、虫取り網装着式槍斧を視界が定まらないまま乱暴に振り回す。
そして次の瞬間、俺の腕に硬い棒で殴られたような痛みが走る。
「なんか当たった!!!」
「よくやった!!ゲットだ!!!!」
オルガンシェイク改(勝手に命名)を終え、なんとか喉元を這い上がる酸っぱいあれを飲み込むと、俺はゲットしたエフェクトを虫取り網から取り出し、姿を見る。
「燕…だな」
「ああ。これで仮説の信憑性が上がった。お手柄だ」
「ヲタキング。オーキだ聞こえるか?」
『こちらヲタキングですぞ』
「バルクと共に……うぷっ…また吐きそう……」
「バルクだ。例のエフェクトを確保。名前は『宝運の燕』。仮説はほとんど確定と思ってもらって構わない」
『了解ですぞ』
ヲタキングに報告…俺は途中で吐き気がリバースし、リバース仕掛けたが、なんとか耐えた。
取り敢えず、バルクが俺に変わってヲタキングに報告を完了。
「オーキ、大丈夫か?」
「当然…と言いたいが、超きつい」
「残り一割を切りそうだ。白い炎を見れなかったのは残念だが、適当に暴れた後下に戻ろう」
「…拒否権は?」
「あるが、それを使用した瞬間に俺の全権力を持ってお前の社会的地位を脅かす」
「同義って言葉知ってるか?」
バルクの脅しがガチ過ぎて怖い。
まだ頭がフラつくが、時間的余裕が無いのも事実。少しでもいいからダメージを稼いでおかないと…。
「………」
「どうかしたか?」
「いや、攻撃しよう」
俺は虫取り網装着式槍斧から虫取り網を切り離し。
足元の十円ハゲに槍斧を突き刺し、ダメージを蓄積させていく。
……。
カグヤは今頃どうしているだろうか。
泣いているだろうか。怒っているだろうか。怯えているだろうか…。
笑ってるってことは……無いだろうな。
笑わせてあげたい…よな。
ただの設定だとしても、その設定を元に、その設定を持ってカグヤは生きている。
何百、何千年じゃ足りないくらいの昔から、生きる場所を縛られ、自由を縛られ、《白帝》に抗いつづけている。
カグヤは言った。《白帝》を倒す事は無理なのだと。
そして…
カグヤは俺に語った。これまでの経緯を。これまでの想いを。
まだ、諦めていないんだ。何回殺されても自分を保ち続けている。
助けを待ってる。
この状況を変えてくれる何かを。
たかだか二十年にも満たない間の人生で生きた気になってる俺なんかが助けるなんて烏滸がましいのかも知れない。
「バルク」
「どうした?」
「俺、このゲーム楽しいよ」
「……そうか……そうか…それは良かった」
物覚えついて少ししてから野球に触れ始めた。
結果が見えず、嫌になって放り出した事もある。
それでも楽しくて、野球やっている瞬間が自分らしく入れて、一番大好きな事だ。
それが出来なくなったと分かった時、俺の心は折れた。
今までの人生が無駄になったと思った。
費やしてきた一日、一日が泡となって消えた。そう感じてしまった。
最初の故障から自分の歩いていく方向が分からなくなって、自分がどこにいるのか分からなくなって、どこを向いていいか分からなくて、正解が見当たらなくて、周りが真っ暗で、心細くて、自分が自分でなくなっていくような気がして───────
───────それでももがいて、擦り切れて擦り切れて、最後の最後で擦り尽くして───────
───────俺は、野球を辞めた。
涙は出なかった。薄ら笑いを自分に貼り付けて、必死に自分を作ろうと思った。
『野球』が生き甲斐で、文字通り人生で、俺という人間を形成していた。
だから野球が無くなった俺を周りがどう見てくるのか怖かった。
それでも周りは俺に優しかった。
俺はその優しさに俺は救われて、俺を完全に見失った。
俺はいてもいい。俺は『野球』が無くなっても皆は俺に優しくて、俺の存在を認めてくれた。
けど、『野球』で人生を作っていた俺は、『野球』を失って何をすればいいのか分からなかった。
野球の無い俺には何が出来るのか。野球の無い俺は何を必要とされているのか。
野球の無い俺はいてもいいが、その俺は周りに何を期待されているのか。
それが分からないまま、野球を失った唯の二三桜樹の抜け殻は、今日まで過ごして来た。
まだ、俺が期待される『何か』を見つけられてはいない。
まだ、俺のこれまでの人生に変わる『何か』を俺は知らない。
まだ、正解の『何か』は分からない。
けど、このゲームを初めて、俺は久しぶりに心から笑えた。
オーカに久しぶりに会って、ミサキさん、ジェノサイドの皆に会った時、笑ってしまった。
どちらかと言うと、嘲笑に近い感じでもあったし、キャラの供給過多で笑うことで自分の精神的不安定をどうにかしたとも言えるが……久しぶりに笑って、楽しいと思えた。
笑顔を浮かべた時、言葉に表せられない心地良さがあった。
そして、固まった心が解されたような気がした。
カグヤも多分、昔は笑っていたんだろう。
何気ない会話に、一喜一憂して、心から笑っていたんだと思う。
笑うことで何かが解決するわけじゃないけど、それでも幸せな気持ちになるのは俺がよく知っている。
だから、笑って欲しい。
《白帝》を倒しても、あの子がお爺さんやお婆さんに会えるわけではない。月に帰れるとも分からない。
けど、笑って、少しでも幸せになってくれるのなら。
「俺は…頑張れるよ」
「…どうかしたか?」
「いや、何でもない」
「そろそろ全損する。降りよう」
気づけば《白帝》の残り体力はギリギリ目で見えるくらいまで減っている。
早く降りて皆と合流した方がいいな。
「バルク…これってどうやって降りるんだ?」
「気合いだ」
「つまり?」
「ノープランだ」
「……オーケー、飛び降りよう」
「いわゆる紐無しバンジージャンプだな」
「そう。いわゆる飛び降りだ」
うん、飛び降りたら途中でバルクを踏み台にして俺だけ生き残ろう。
蘇生薬はまだあるし、一度痛い目に合えばいいんだ。コノヤロウ。




