第四十話 鎖縛の姫と白き帝ー17
☆ sideーout
「オーキさん大丈夫ですか~?」
「腕が再生するって気持ち悪いですね…不思議な感覚です」
「結構、四肢の欠損って痛覚が抑えられているとは言え、かなりショックになると思うんですがね~」
「まぁ、そこら辺はゲームだからって割り切ってます」
左腕の肘から先を失ったオーキは無事にオーカに回収され、今は、ママとディフィ、クレアの三名の交代して後方へと戻ってきていた。花宮の回復魔法によって再生した左手を何度も握ったり、開いたりしながら不思議そうに感覚を確かめている。
「それでオーキ殿、何を持っているんでござるか?」
「これだよ。蓬莱の玉の枝」
「うぇっ!?」
醤油取ってと言われて、醤油を手渡す時並に軽い感じでとんでも物をアイテムボックスから取り出して全蔵に渡すオーキ。
全蔵は、手渡された枝をまじまじと見つめて「うぇ!?まじでござるぅ!?ちょっ、まじぃ!?」と最後の方にはいつもの似非くさい語尾が消え去り、本気で驚いているのが伺える。
「いや、重要アイテム!?なんで隠してたでござるか!?」
「説明欄が結構穴抜けに加えて、だいぶん劣化してたから分かんなかったんだよ」
「なら仕方ないのでござるかなぁ…?」
オーキが全蔵に差し出した《蓬莱の玉の枝》は、以前にオーキが見た時とは違い、説明欄と同じく、銀の根を、金の茎を、真珠の実を付けた見たものの目を奪う程美しい枝。
いつ、どこで、どのように変化したのかは分からない。しかし、今ここにある《蓬莱の玉の枝》が本物であることは間違い無いだろう。
「まあ、オーキ殿が嘘をつく必要性もないでござるしな」
「全蔵知ってるか?嘘ってのは相手に真実を知られたくない時につくものなんだぜ?」
「それは拙者には全てを知って欲しいと?」
「お前には真実を知られようが何しようが、どうでもいいってことだよ」
「酷いでござるッ!?」
「取り敢えず、俺は少し休むからよろしく」
「……拙者に膝枕して欲しいと?ちらっ、ちらっ」
「あぁ、大地が恋しいぜ。俺は母なる大地に包まれて寝る!」
地面に四肢を投げ出して大の字で寝転がる。
「オーキ兄、私がしてあげようか?」
「柔らかさ的にヲタキングの方が気持ちよさそう」
「いや、絵面ァ…」
「あと、個人的な欲望丸出しで行くなら花宮さんにお願いしたい」
「お断りします~」
花宮ののほほんとした声で膝枕を拒絶されたオーキは「ですよね~」と覇気のない声をあげる。
声から既に疲労を感じ取られ、話してないとそのまま眠ってしまいそうなほどだ。
「…っし、切り替えた。全蔵、マッサージ頼む」
「あいあいさ~でござる」
「いつもすまんなぁ…じぃさん」
「気にしなくていいでござるよ、じぃさん」
「いや、じぃさん同士の関係性が見えない」
「それはもうぐふふなあれですよ!絶対!![ピー]とか[ピーー]を二人で夜な夜な[ピーーー]してるんですよ!!いいですねぇ、捗りますねぇ…ぐへっ…ぐへへっ……」
「マーサさんまだまだ元気ですね。ちょっと突撃しません?」
「えっ、いや、オーキさん嘘ですよね?私、サイズ的にそれはちょっと…あれ、なんで私の背中に重し的なあれを取り付けて……んにゃぁぁぁぁあああああああ!!!!」
自重を知らないマーサに頭を抱えたオーキは、涎を垂らしながら恍惚とした表情を浮かべるマーサを捕まえる。
ついでとばかりにマーサの背中にアイテムボックスの中に入っていた使用済みの瓶と、先程焼き切れて余った釣り糸を取り出してマーサの背中に取り付けると、オーキはマーサの足を掴んでオルガンシェイクの要領で振り回すと《白帝》に向かって投げ飛ばす。
「たーまーやー」
「チッ…腐った花火だ」
「汚い花火じゃなくて?」
「あれは頭の中まで腐ってるでござる故」
猫のような断末魔を上げて《白帝》へと飛んでいくマーサを見送りながら、オーキ達は軽くストレッチを行いながら少しずつ体を慣らし始める。
「残り三割……一気に削りますか。早いとこ三つ目持っていかないと面倒そうだし」
「エミリアさん、いけそうですか?」
「はい!まだまだ元気です!」
「エミリーちゃんは遊撃で安全にお願いね」
「はい!」
エミリアは強い。最強の矛と最強の盾を持った王国最強と名高いNPC。
現段階でエミリアと一対一で勝てるプレイヤーは誰一人としていない。
破格と呼べる装備と飛び抜けたスキルだけでは無く、設定に基づき、他のNPCよりも高度な演算能力を持ち、作り込みも生半可では無い。
しかし、エミリアはあくまでNPC、一度死ねばかの世界からは除外され、データとして消えていく。
本来ならばバルクと同じく最前衛を支えて欲しいのがオーカの本音だが、相手は規格外の《ゼノ・モンスター》。
異端と呼ばれる程だ。軽視すれば例え最強のNPCのエミリアだとしても危うい。故に負担が少ない遊撃に回ってもらっているのが現状だ。
「よし、ヲタちゃん支援全開で。みんな、これが最後の休憩だからお別れしといてね」
「きゅうちゃん…お前のことは一生忘れないでござる」
「名付けるな」
「うっ…うぅ…くそっ、なんで最期があんな形で…」
「オーキ、泣くな。あいつは立派に俺たちを癒してくれた。最後くらい笑って見送ってやろうぜ」
「バルク…」
「休憩終わるだけでラスボス前に死んでいった初期メンを悔やむみたいなノリやめてもらえますかねぇ!?」
「勇者主人公の幼馴染で男気溢れる良い奴なのにパッとしない主人公に全部女とられていく感じの戦士の立ち位置でござるな」
「実は魔王の半身で、善を司りながら勇者の成長を見守る兄的ポジションと、勇者を騙す罪悪感と戦いながら勇者を庇って死んだあと、いつも大切に持っていたお守りに真実が隠されてるやつだな」
「休憩一つにどれだけ設定に盛ってるのさ…」
漫才(?)を繰り広げるオーキ、全蔵、バルクに呆れ顔のオーカ。
だが、その口元には先程まで見れなかった笑みが浮かんでいる。
「ふぅ…現時刻、二〇四六。残り3時間16分」
「残り二割強って所でござるかな?」
「あと30分以内に削りきるよ…全員、突撃ー!…あ、ヲタちゃんと花宮ちゃんは突撃しないでね?」
「…最後まで締まらんでござるな」
☆
「はぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
身の丈を越える大鎌を両手に握り、瓦礫を超スピードで駆け上がる小さな体躯。
一歩一歩が鋭く、強く、速く、そして恐ろしく。
一回、二回、三回……オーカは走りながら大鎌を回し、切っ先の速度を上げていく。
夜闇を切り裂き、ヒュンッと短く、高い音を上げて大鎌が吠える。
月光を反射し、一瞬、オーカの顔がその姿を見せる。
人よりも長い八重歯が口元から覗き、その笑みは飢えた獣のように獰猛で、瞳に映すのはただ一つ、《白帝》の首のみ。
湧き上がる闘志を抑えず、私を見ろと、私だけを刮目しろと、その小さな体に《白帝》に負けない存在感を放つ。
『『 GROOOO 』』
《白帝》が吼える。
先程まで身を潜めていた《火鼠の皮衣》による白い炎を纏う《白帝》。
その熱は凄まじく、少し離れたオーカの額にすぐに汗がうっすらと浮かぶほど。そしてその灯りは太陽の如く。
「フッ…!!」
《白帝》に負けじとオーカは大鎌の切っ先の速度を上げていく。
その速度は音速を越え、音速を遥か越えた刃は冷気を纏い、周囲の温度を下げていく。
パキリッ。
ヒビ割れるような音が鳴る。冷気によって刃に薄く氷が張り、オーカを中心に刃の軌跡を外縁に球体状に冷気が広がっていく。
「その首…置いていけ……!!」
瓦礫を駆け上がったオーカは、最高到達点から飛ぶと、加速した大鎌を《白帝》の首に叩きつけるオーカ。
《白帝》を纏っていた炎は超高速の大鎌の刃によって分かちられ、そして一部を凍らせて《白帝》の首をさらけ出す。
先程付けた傷口をなぞるように刃が肉を割き、血が吹き出す。
「体は爆死出できている。血潮の石は尽き…心は……心は…もうボロボロだよ!!!」
幾度のガチャで敗北。ただの一人たりとも人権キャラクターをお迎え出来ず、誰一人たりとも非オタクに理解されず。
オーカはただ一人、最高レアリティを手に入れた時の快楽に酔う。
故にオーカはガチャを辞めず。その人生は爆死で出来ている。
「だけど私はッ!ガチャをすることをッ!やめないッ!!!」
何度も何度も大鎌を振るい、《白帝》に傷を着々と増やしていく。
「お前の傷の数はいくつだ?それは私の敗北の証。すぐに切り落として勝利の証を一つ刻んでやるッ!」
☆
「次の攻撃が右に来る確率…50%。予想通りです。フッ、我が知性が恐ろしい」
「それ、ただ二分の一を当てただけでは?」
「クレア殿、拙者が抑えてるうちに追撃をぉぉぉぉ!!!!」
「今は…パス……キてない。これ、妊娠したかな…?」
「ハッ、戯言を………ぬおおおおおおおぉぉぉぉぉぉ!ママぁぁぁぁぁ!」
「ここは兄者に任せて私は先に行きます」
「拙者、タンクはタンクでも避けタンク!抑えるのはバルク殿の役目ではぁぁぁ!?バルク殿は何処へぇぇぇ!」
「オーキさんのところですね~」
「キエエエエエエェェェェェェ!!!!」
指示出しのヲタキング、回復薬の花宮、遊撃のエミリア、首狩りガチャのオーカ、etcを除き、他のメンバーは《白帝》の真正面で賑やかに戦っていた。
「ちょっ、まじ無理でござる!拙者、オーキ殿のタメ張れるくらいVIT低いんでござるよ!あぁぁ!HPが半分切った!エマージェンシー!!メディッーク!!メディッーク!!!」
特に賑やかな全蔵は、今いないバルクの為に壁役を担っている。それも何時もの魔法銃ではなく、使い慣れない盾を持ち、《白帝》の攻撃をどうにかこうにか吹き飛ばされながら防いでいる。
『マーサさん、ディフィさん、全蔵さんに回復薬を。全蔵さん、あと八分十秒耐えてください』
「「了解」」
「八分!?まじにござる!?」
『ママさん、全蔵さんにバフを』
「ヲタキングさんの頼みでも嫌です」
「ママァ!?早くバフをぉぉぉ!バフかけてくれないと死ぬ!!!あと二分もたないでござるぅぅぅぅ!!!」
「チッ……『身体鍛錬』」
ほぼ絶叫に近い位泣き叫ぶ全蔵。持ち前の身体能力と、そこまで長期間では無いものの、別のゲームで盾役をやっていた経験を活かしてどうにか防ぐ。
マーサとディフィからの回復支援を受け、舌打ち交じりにVITへのバフをママから受けた全蔵。
「これで4分…いや5分は耐えてみせるでござる!!!!」
「全蔵…邪魔。今、なんかキた。残念だけど妊娠してなかったみたい」
「クレア殿、キタって何が!?!?」
「[ピーーー]」
バフを受け、意気込んだ全蔵だったが、後ろからクレアに突き飛ばされ、転びかける。
クレアは最後に放送禁止音を残すと、一人で勝手に《白帝》の腹下へと潜り込んでいく。
「行ってしまわれましたね」
「クレアさんは独特の感性をお持ちですからね…」
『あの人の行動は読めない故、本当に困るですぞ…』
一人|(召喚モンスターと共に)で《白帝》に突撃していったクレアを見送りながら、全蔵達は溜息を吐く。
人はそれぞれ数は違えど多くのリズムを持っている。
ご飯を食べる時、運動をする時、文字を書く時、無意識のうちに人はそれぞれ自分に合ったリズムを使って生活している。
広く言えば、一日を24時間と定め、7時に起床、8時半に始業、18時下校、23時就寝と決まった時間に特定の動きをするのもリズムである。
例えば、オーキは現役時代に相手のバッティングフォームと、自分の投球フォームのリズムをズラす事でバットの芯を外していた。
野球に限らず、リズムというのは大きい括りではなく、細かい所に存在し、人はその自分のリズムに合わせて動いている。
それはこのゲームも同じ。
PvPやPvEを行うプレイヤーには攻め、守りに応じて複数のリズムを無意識に持っている。
しかし、世の中にはいつも例外が存在する。
オーキは、相手リズムと自分のリズムをズラすことを得意とし、
オーカは、相手リズムを自分のリズムに上書きすることを得意とし、
全蔵は、相手のリズムを自分のリズムに巻き込むことを得意としている。
「…1、2、3…触手だと少ないけど[ピーーー]ならサメより1本多い…エーちゃん、興奮しない?」
『シネェヨ』
《白帝》の腹下を潜り抜け、クレアと途中で呼び出されたエーちゃんは、全蔵達を置き去りに、《白帝》の後方まで来ていた。
残す尻尾は三本。二回目の討伐では一回目のように上手く尻尾を削りきることが出来ず、残ってしまっていた。
「やっぱり気づいてる…けど、足りない。来たのは正解……」
クレアとエーちゃん目掛けて伸びる三本の尾。
《白帝》も体のあちこちでオーキ達に暴れられ、思考を複数に割いているものの、しっかりと死角を移動してきたクレアの存在に気づいていた。
しかし、最初のような余裕は見受けられない。尻尾の動きはどこか単調で、素直な軌道を描いてクレアに迫る。
「エーちゃん、左」
『マカセナ』
正面から二本。左から一本。クレアは瞬時に判断して左側をエーちゃんに任せ、自らは正面の二本と向き合う。
「……」
クレアは、乾いた唇をペロリと舐めると同時に、右手に握っていた細剣を無造作に構える。
「んっ…」
寸前まで迫ってきている尻尾をしっかりと両の目で捉えたクレアは僅かに声を漏らすと、バレエ選手のように自身の上半身を逸らし、顔を狙った一本目の尻尾を避ける。
クレアの鼻先を高速の尻尾が通り過ぎるが、クレアは瞬き一つせず、目の前を通り過ぎる尻尾を見送る。
一本目の尻尾が全体の半分を通り過ぎた頃、二本目の尻尾がクレアに迫る。狙いはクレアの腹のあたり。
それに対してクレアは握っていた細剣を逆手に持ち変えると、イナバウアーのような状態から両膝を折り、地面に着いた膝を支点にクルリと体ごと半回転。
タイミングを合わせたかのように先程までクレアの体があった場所に二本目の尻尾が通過する。
「そこ…」
クレアは正面を向いていた状態から半回転した為、正面は見えていない。だが、狙いすましたかのように逆手に構えた細剣を自分の顔横を通り過ぎる尻尾に平行に突き立てる。
シュパッッッ!!
クレアが突き立てた細剣は、先程の《蜘蛛の型・縛陣》で尻尾に付けていた傷跡に的確に切っ先が突き刺さっている。
尻尾は既に止まることを知らず、クレアに突き刺された切っ先から尻尾の皮膚と肉を浅く裂き、血が大量に吹き出す。
「まだまだ…」
少しずつ角度を付けて切っ先を深く突き刺して行くクレア。
だが、《白帝》はそれを許さない。最初にクレアを襲った尻尾がクレア目掛けてUターンして迫っている。
「それは多分…悪手…」
そう小さく呟いたクレアは、アイテムボックスから短剣を取り出し、左手に構えると先程と同じく上体を逸らす。
正座で上体を後ろに寝かせた体勢になったクレアの目先を再び尻尾が通り過ぎる。
そして、垂直に構えられた短剣は、目先を通り過ぎる尻尾を細剣同様傷つけ、鮮血を散らす。
「エーちゃん大丈夫…かな?」
二本の尻尾をやり過ごしたクレアは脇見でエーちゃんの様子を伺いつつ、再び襲いかかる尻尾に意識を向ける。
今度は同時に左右から襲いかかろうとする二本の尻尾。
《白帝》は、先程までのクレアの動きどころか、戦いが始まってから終始、クレアの動きを覚えている。
オーキの言った通り、プレイヤーの動きを見て、覚え、学習し、対策を練ってくる。
「右と…左……タイミングは………」
左右から押し寄せる尻尾に、クレアは細剣と短剣をクロスするように構え、腰を低く待ち構える。
『『GRRRROOOO』』
二本の尻尾とクレアの距離が数十メートルを切った時、《白帝》が低く唸る。
尻尾とクレアが衝突するまで僅か一秒。その瞬間、両者が動きを見せる。
《白帝》は尻尾の片方を急遽進路変更し、地面へ突き刺す。その衝撃により土はめくり上がり、砂塵が舞う。
クレアのレベルがいくらトッププレイヤーに近く、装備が一級品とは言え、まともに一撃を食らえば危うい。それは《白帝》も理解している。故に片方を目くらましに使い、もう片方を確実に当てるつもりだ。
「やっぱり…やめた」
一方でクレアは、興味をなくしたかのように構えを止めると、後ろを向いて歩き出す。
クレアが後ろを向いたことでクレアの目に砂塵が襲うことはなく、大きな揺れに躓いたことで《白帝》の二本目の尻尾も空振りに終わる。
「ちょっと痛い……」
衝撃で数メートルほど飛ばされたクレアは軍服に付いた土を軽く払うと、アイテムボックスから弓を取り出す。
「なんか…急に遠距離の気分…」
クレアは自然な動作で弓を構え、矢を放つ。
放たれた矢は、大きく放物線を描いて全蔵たちの方にある《白帝》の目に突き刺さる。
「エーちゃん、戻ろ」
『タイミングカンガエロヨ』
クレアは未だ尻尾と格闘戦を繰り広げるエーちゃんに戻ろうと提案すると、さくさくと全蔵たちの方へと戻っていく。
《白帝》の尻尾も困惑したように空中でクルクルと円を描く。
これがクレアの厄介な所。自分の直感と気分のみで動く超マイペース。
自分自身も先が読めない動きに敵味方問わず惑わされる。
PvP最強のオーカが格闘技に精通したディフィよりも、クレアと戦いたくないのは、クレアのリズムが誰にも読めないからだ。
攻め時なのに攻めず、守り時なのに守らない。
大剣、細剣、短剣、弓、銃、戦うスタイルもその時の直感と気分で決まる。
なのにも関わらず、結果はプラスに働く。
「ただいま」
「うおっ!?クレア殿!?」
「なんとなく帰ってきた」
急に帰ってきたクレアに驚く全蔵だったが、すぐにいつものことだと《白帝》に意識を向け直す。
この時、誰も気づいていない。クレア自身も、戦いに精通したエミリアも、苦楽を共にしてきたジェノサイドも、この中継を見ている一万近くのプライヤーさえも。
気づいているのは《白帝》のみ。
クレアの行動によって生じた疑問を。
高性能なAIを積んでいるからこそ。
これまで数時間、クレアがヲタキングの指示に従って合理的な動きをしてきたからこそ、《白帝》は疑問に思った。
さっきの行動は何かと。何故急に後ろを向き、自分の目を潰したのかと。
何か仕掛けてくるのか。注意は必要か。と。
だからこそ《白帝》の動きには迷いが生まれる。
これが後々、ジェノサイドを大きく助けることになる。
これぞクレアの真骨頂。自分すらも予想していない相手に不信感を覚えさせる気まぐれ。
相手のリズムを自分のリズムで掻き回す。
それこそがクレアがジェノサイドで最も厄介と呼ばれる由縁である。




