第三十話 鎖縛の姫と白き帝ー7
☆ sideーout
「待ってたわよ」
「ミサキさん…どうしてここに?」
カグヤと別れ、街から出たオーキの前にミサキが姿を見せる。
ミサキはいつもの着崩した作業着。腕を胸の下で組み、オレンジの髪を夜風に乗せて小さく揺れさせている。
ただ、いつも通り立っているだけ。場所がクランホームから街の外になっただけなのにも関わらず、オーキはミサキの立ち姿にいつもと違う雰囲気を感じる。
「迎えに来たに決まってるでしょ。ほら、これつけて」
「これって…ヘルメット?」
オーキの質問に、普段通りの少し荒っぽさの残った口調で答えたミサキは、アイテムボックスからヘルメットを取り出してオーキに放る。
それをキャッチしたオーキは、現実世界と変わらないスポーティーな赤いヘルメットに首を傾げる。
これまでゲームの中で様々なアイテムを見てきたオーキ。だが、どのアイテムも現実世界の物と言っても小物か、武器や防具のようなオーキの身近に無いものばかりだった。
物珍しそうにヘルメットをひっくり返してあちこちを見るオーキに、ミサキはくすりと笑うとアイテムボックスに手をかざす。
「乗って、行くわよ」
「…まじですか」
「このゲーム初めてからコツコツ作ってきた愛機よ。ネジ一本から反射板までシステム補正有りだけど全部手作りよ」
ミサキがアイテムボックスから取り出したのはミサキが現実世界でも長く愛機として慣れ親しんだZEPHYR。
現実世界て数台のZEPHYRを持っているミサキだが、その中でも特にお気に入りのZEPHYRχ。
それがミサキがこの《IPO》で作り上げた単車だった。
学生時代、《銅鑼魂舞嫘巣》初代総長として埼玉県下に名を轟かせて暴れに暴れていたミサキだが、現在は父親の家業の手伝いをしている。
学生時代に比べて大人しくなったミサキ。だが、大好きなバイクへの熱は冷めず、大人の心と、スピード規制など気にせず、コールを響かせて走りたい。その一心からこの《IPO》で最初に技術士の職業を取り、コツコツと部品やエンジンを含めたパーツを作り上げ、三日前、ようやく完成したのがこのバイクだ。
「私の湘南コール、特等席で聞かせてあげる」
「は、はぁ…」
「このZEPHYRχは空冷4バルブ直4を搭載…駄目ね、語り始めたら多分五時間経ってしまうわ」
「また今度ということでお願いします」
ドヤ顔で普段見ないテンションのミサキに、若干引き気味のオーキ。
それでもなんとか顔に出さずに無難に対応した自分を褒めたい気分のオーキ。そんなオーキに気づいていないミサキはヘルメットを被り、バイクに跨る。
「それじゃあ行くわよ」
「お願いします」
エンジンがかかり、ゆっくりと加速していくZEPHYRχ。
夜風が頬を撫でる感触を心地よく思いながら、オーキはミサキの腰に手を置いてしがみつく。
「オーキ、今回、《白帝》を倒すのに使った金額はアイテム、装備合わせて7億越え。これ、貴方の借金ね」
「う、うっす」
走ること数分。ミサキに唐突に振られた話題と、その金額の多さに思わず返事をしてしまうオーキ。
「うちの蓄えの殆どを使ったわ。失敗したら…なんて言わせないでね?」
「全力で勝ちます。この歳で借金生活は勘弁なんで」
「それだけ期待しているってことよ。うちの売上全部ベットしてもこの勝利には倍以上の利益がある。私はそう思ってる」
「俺、ミサキさんのそういう男らしいところ大好きです」
勝ち筋は未だ見えず。今回の討伐メンバー、その中に混じった異物。
レベルも低く、ゲーム初心者、未だに自分のキャラクターネームが時々分からなくなる。そんなオーキに迷いも見せずにオール・イン。
そういう大胆さと、男気の強さがミサキという人間の魅力なのだろう。
「ふふっ…ただ格好つけてるだけよ……ほら、見えてきたわ」
いつもと違い、ふんわりと笑ったミサキの笑い声にオーキは珍しいと思ったのも束の間、ミサキが視線を奥へと飛ばす。
それに合わせてオーキも視線を前に向けて、ジッと目を凝らす。
それを見たオーキが最初に思ったのは『動く山』。
遠目からでも分かる大きさ。周りの木々が雑草に見えてくるほどのその大きさに、オーキは息を飲む。
月光の下に照らされ、白い毛並みを輝かせ、六つの怪しく光る瞳は遠くからでもよく分かる。
「あれが《白帝》…」
☆ sideーオーキペンデレエーク
「ミサキさん、ありがとうございました」
「オーカ、時間通りで頼むわよ。あれからちゃんと離れないと巻き込まれるんだから」
「大丈夫、大丈夫、どーんっと任せて」
ミサキさんのバイクで走ること10分程、先に現地に到着していたオーカ達と《トマホ平原》で無事に合流した。
「それじゃあ皆、私たちも中継見ながら掲示板の方も煽っておくから頑張ってね」
最後にそう言い残してミサキさんは再びバイクに乗り、走り去っていく。
「300秒前」
「よし、グループ通話開くから皆参加ね。作戦は予定通り。開幕はオーキ兄、作戦総指揮はヲタちゃん。全部予定通りとは行かないと思うけど、何がなんでも勝つよ」
俺の着ている軍服装備とお揃いのスカート型の軍服装備を着込んだオーカが真剣な表情で皆を見つめて小さく頷く。
「…ふぅ…どうしようでござる。中継されたら拙者の格好良さに惚れてしまう女子が…今後、変装した方がいいでござろうか」
いつもは忍び衣装の全蔵も今日ばかりはお揃いの軍服装備を着ている。ちゃっかり鼻まで黒い布で隠しているので露出面積は何一つ変わっていないが、黒い布と安っぽい語尾以外忍者のアイデンティティが皆無だ。
「兄者、安心してください。人気が出るのは間違いなくオーキ様です」
こちらは打って変わって忍者らしさが本当に皆無のマーちゃん。
急遽参加と言うことで申し訳ないが、実力は申し分無い。生産職から選ばれるだけの事はある。
「所詮は獣風情。私の知性の前には雑魚同然です」
いつものように掛けていない眼鏡をくいっと上げるディフィ。今すぐ脱いで筋肉を露出させたいのか、もう片方の手が凄くぷるぷるしている。
「ふふふ…楽しみですねぇ……血が滾りますよ」
不気味な笑みを浮かべて空中に佇むマーサさん。
何気にこの人が一番血の気が多かったりする。掲示板でも《黒妖精》なんて呼ばれていた。
「どゅふふ…遂に我輩の力が愚民共に…俺TUEEEEE展開ktkr」
マーサさんに続いて奥ゆかしい可愛らしい声でそう呟くヲタキング。
完全支援職で全体の指揮を任せられている彼女(彼)は今回の作戦の要とも言える。発言はあれだが、全信頼を置いて指示に従いたいと思う。
「前線は俺が維持する。思う存分暴れるといい」
軍服を着たゴリラにしか見えない風貌のバルク。だが、この軍服を押し上げるような隆起した筋肉が今回ほど頼もしいことは無い。
「死なない限り回復しますので皆さん頑張ってください~」
今回、マーちゃんと同じく《ジェノサイド》以外からの参加となる花宮さん。回復職の彼女はアイテムで間に合わない時の俺たちの生命線でもある。
初恋の人に似ているので凄く視線が吸い寄せられてしまうのが難点だ。
「……中継……公開羞恥プレイ…」
いつも通りの変態さ加減を見せるクレアさん。だが、今日はこのいつも通りの感じがとても安心出来る。
ただ、腰の細剣の柄から伸びる鎖が首のチョーカーに繋がっていることを除けばだが…。うん、これは勝つためには仕方なかった。あまり思い出さない方が俺のためだな。
「さて、皆行こうか」
ヲタキングと花宮さんは《ドミナスの丘》へ移動。他の俺たち八人は、このまま《トマホ平原》で《白帝》を迎え撃つ。
それぞれが武器を構え、ゆっくりと近づく《白帝》に視線を向ける。
「バルク、思いっきり頼む」
「ああ、任せろ」
俺は槍斧を右手に持ち、予定通りバルクの元へと向かう。
バルクはオルガン・シェイクの時のように俺の足を持ってその場でゆっくりと回り始める。
「じゃあオーキ兄、頼んだよ。カウント、10、9、8
」
予定時刻まで残り10秒。バルクの回転速度がどんどん増していく。
「行ってこい」
「行ってきまァァァァす!!!」
バルクはハンマー投げのように加速した俺の体を《白帝》へと放り投げる。
俺は加速する視界の中、空中で姿勢を整える。
「『悪戦苦闘』、『加重』、『変食』」
『5、4、3』
自己バフを掛けて、《白帝》の頭上、最高到達で『加重』のスキルを発動。二つのスキルを『変食』で強化。
耳からはグループ通話でのオーカのカウントダウンが聞こえる。
時刻は17:59:57。
現実世界では朝の6時だ。本当なら今頃香織の朝ごはんを作っているであろう時間。
だが今日だけは違う。
待ってろよカグヤ、ドヤ顔で帰ってきてオルガン・シェイクしてやるからな!
「おはよぉぉぉぉぉぉございまぁぁぁあああああすぅぅぅ!!!!」
ドスンッ。空気を震わせるような低い音と、手に伝わる鈍い衝撃と共に俺の槍斧が《白帝》に突き刺さる。
《緊急クエスト:鎖縛の姫と白き帝が開始されました。参加人数11/48。制限時間ー6:00:00》
《全プレイヤーに通告:ゼノ・モンスター《白帝》にプレイヤーが勝負を挑みました。中継を開始します。》
《全プレイヤーに通告:参加メンバーは以下の通りです。
▽
オーカ=ペンデレエーク
オーキ=ペンデレエーク
服部全蔵
ヲタキング
マーサ
ディフィニション
バルク
クレア
服部ママ
花宮
エミリア=フィエルダー》
ようやく戦闘開始です。
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