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《 Infinity Pioneer Online 》~一般人の兄が妹にオタクに染められる話~  作者: いちにょん
第一章 鎖縛の姫に月下のメリークリスマス
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第二十九話 鎖縛の姫と白き帝ー6

☆ sideーオーキ=ペンデレエーク


 《白帝》との戦いが控えた三時間前。

 俺達は連携の確認を終え、作戦を含めた最終チェックに入ろうとしていた。


「あ、多忙よ。さんありがとうございました」

「お兄さん、お疲れ様…はまだ早いか。私も寝ずに中継見ながら掲示板盛り上げておきますね」

「ご期待に添えるように頑張ります」

「次会うのは多分闘技大会ですね。楽しみにしています」

「そうですね。その頃には勝てるように頑張ります」

「いや、レベル差ある現状で半分HP持ってかれてるので私の自信はボロボロですよ…」


 あ、多忙よ。さんを含めて手伝ってくれたトッププレイヤーの皆に挨拶を交わして、別れる。

 皆、オーカが選りすぐりしただけあって、いい人ばかりだった。初心者の俺に何度も何度もMP管理の大切さと、やり方を教えてくれたのでMPが減って慌ててポカすることも大分減った。



「アイテムと装備の確認するわよ~」


 場所は同じく裏庭。

 ミサキさん達、生産職の人達が次々と顔を出し、アイテムを説明と共に順番に並べていく。


「上級、中級、下級回復薬の液体、固体が99個(MAX)。上級包帯と上級止血、上級軟膏が各20個。中級、下級が50個。麻痺、毒、石化を含めた状態異常系の回復が即効性が50。遅効性が80……」


 アイテムボックスは初期から100種類のアイテムを持つことが出来る。1種類につき最大99個。同アイテムは100個以上持つことが出来ない仕様になっている。

 俺のアイテムボックスは半分以上…サバ読みました。七割近くが食べ物と飲み物で埋まっている。


 くっ…こんな所で弊害が起きるなんて…今のうちに全部食べないと。


「オーキ兄、よく食べられるね…」

「ササキさんの料理なら土でも食べられる」

「土は料理じゃねぇよ若様…いや、土食文化はあるし、土料理を出してる店はあるにはあるが、俺は扱わねぇ…」

「お客さんが希望してきたらどうするんです?」

「長い板前人生、無茶振りもあったが、流石に客も『土食いたいから美味しく料理して』とは言ってこねぇよ。精々、でっけぇ熊担いでこれ料理してくれとか持ってきた阿呆が昔居たな」

「なにそれすごい気になるでござる」

「また今度な」


 そんな事を話しながらアイテムボックスの中の料理を消費しつつ、新しくアイテムをアイテムボックスの中に入れていく。


「というか、今食わなくても俺のアイテムボックスに入れとけば宴会の時に食えるぞ…」

「いえ、食べられるだけ食べておきたいんで」


 食事すると《暴食の罪》の暴食度が僅かに上がるから少しでも上げておきたいのが建前で、普通にお腹が減っているので食べたいが本心。

 《暴食の罪》を手に入れたから本当に底なしの胃袋になった気がする。


「蘇生薬は残念ながら1人あたり6個だけね」

「逆に60個あるだけありがたいけどね…」

「ほぼ一撃即死の相手だから心許ない事には変わりないでしょ?」

「望むならMAX欲しいところでござるが…」

「まあ、まず無理でしょうね」


 希少アイテムも貰い、アイテムボックスが次々と埋まっていく。


「このアイテムボックスの中身売るだけでひと財産でござるな」

「そんなにするのか?」

「そうでござるな…現状、攻略組が貯めに貯めてようやく500万Gって段階で、この蘇生薬は1個100万Gはくだらないでござるな」

「…ミサキさん、本当にありがとうございます」


 日本円と単価が基本的な変わらないこの世界。今俺が渡された6個の蘇生薬だけで最低でも600万G。

 恐ろしい。アヴストュニール商会の金力半端ない。

 日本の平均収入が400万と少しの世界。汗水垂らして毎日頑張ってくれているサラリーマンの方々の収入をこの蘇生薬6個は越えていく。

 まずいな。蘇生薬が金の延べ棒に見えてきた。


「ちなみに今、オーキが身につけている装備全額合わさると1500万はくだらないわよ」


 俺は膝から崩れ落ちてミサキさんに五体投地した。

 いや、本当にありがとうございます。いつも助かってます。一生ついて行きます。


「オーキ」

「はい」

「アイテムの分配が終わった所で装備の更新いっとこっか?」


 俺の肩を叩くミサキさん。俺がおずおずと顔を上げると、ミサキさんは満面の笑みを浮かべている。

 その笑顔が怖いです。目が笑ってないです。


「…ちなみにお幾らで?」

「諸々込みで3000万」

「これ以上俺はどうしたらいいですか、穴掘り土下座でもしますか?」


 俺はもうミサキさんに一生養って貰おう。人間、お金の前には無力だ。大金積まれたら尻尾振って、お座りから、伏せ、ドッグラン、ムーンウォーク、ブレイクダンスまでお手の物だ。


「オーキ兄、『ジェノサイド』は皆持ってるお揃いの装備だから気にしないで受け取っておいて」

「お、おう」

「はーい、オーキくんお久しぶり~」

「あ、リーゼさん」


 俺が立ち上がると、狙ったようにリーゼさんが建物の中から顔を出す。

 リーゼさんは俺の«神麻のズボン»を作ってくれた人だ。先日、正式に採寸をするのに初顔合わせを済ませている。


「これ、オーキくん専用オーダーメイド!サイズはもちろん、性能までオーキくんのビルドに合わせた出来になってるよ!」

「ありがとうございます……軍服?」

「軍服風だね。どっちかと言うとコスプレ」

「『ジェノサイド』が闘技大会など人目に触れる時に晴れ着(フォーマル)。所謂、ガチ装備ってやつです。普段は皆さん、それぞれの趣味に合わせた装備をしていますが、こういう時だけは一式揃えるんですよ」


 リーゼさんから受け取った装備…というよりも少し重めの服を広げて見ると、軍服だった。

 黒色をベースに金色の装飾品がこれでもかと使われている。ベルトとポケットが多く、編み上げのロングブーツ、軍帽、内側が真っ赤な外套(がいとう)付き。

 こう、実戦向きというか、儀礼用に近いのかな?リーゼさんも軍服風って言っていたし、多分オーカやヲタキングあたりの趣味が全開で入っているんだろう。


「このマークって…」


 手に取って、表や裏など色々見ていると、ふとマントに大きく刺繍されたマーク。


 フランスのエトワール凱旋門を彷彿とさせる大きな門に、その門を支えるように両脇に(そび)え立つ柱。左の柱には粗暴な感じがする鎧を着込んだ男が、右側の柱には素朴な感じのエプロンドレスを着た女性が描かれている。


「あぁ…そういうことか」


 凱旋門は明るい未来。左側の男は俺達プレイヤー。右側の女性はNPC。

 このマークはアヴストュニール商会という名前に込められた想いが詰め込まれている…。

 凄い作り込みだ。


 いや、本当に凄い。


 なんだこれ…刺繍こまかい!うわ、すげぇ、凱旋門の所にみんなの名前が小さく書かれてる。

 この世界ってミシンとかあるのかな?いや、ミシンがあっても凄い。作り込みもいうか、熱意が凄い伝わってくる。


「オーキくんの軍服はSTRとVITはもちろん、AGIとDEXにも補正が入っているよ」

「素材もスライムの核とダンジョンの壁を練りこんだ特殊な糸を使ってるから即再生って言わけじゃないけど、耐久度も少しずつ回復するわ」

「多分、そこらへんの重鎧よりも防御力高いでござるよ」


 あの破格の装備達の更に上と来たか…。ステータスを確認するのが怖いな。いや、最終的には確認しないと問題あるから見るんだけど…今は怖いから後でこっそり見ておこう。

 うん、今見たら俺、ミサキさんが男前過ぎて求婚すると思う。


「そう言えばこの各所にあるベルトって何のためのものなんだ?」


 両の二の腕、手首、太もも、(ふく)(はぎ)、足首の所に細いベルトが取り付いている。格好よくはあるのだが、個人的に無い方がいいと思う。

 俺の感覚が悪いのかもしれないが、格好良さをひたすら求めたこの軍服でこのベルトは少し違和感がある。


「あぁ、対人戦だったり、こういう大型のモンスターとの戦闘だと腕や足が吹っ飛んだりするんだよね」

「このゲームは流血っていうバッドステータスがあるので、止血しないとHPが少しずつ減っていくんですよ~」

「そこでこのベルトを引っ張るわけだ」


 凄い現実的な話が飛び込んできた…。


「色んなところに付いてるポケットも中にクッション材が入ってるんだけど、そこに回復薬のガラス瓶を入れておくと、とっさの時にポケット殴れば回復できるから便利なんだよね~」

「とは言っても、激しい動きをしてると割れたりするので保険の保険ってところでござるな」


 当然と言えば当然だが、機能性も考えられてるんだな。


☆ sideーout


「……何で無言で隣に座るの」

「駄目だったか?」

「……」


 時刻はゲーム内時間で17:05。

 《白帝》との戦闘まで1時間を切ったこの時間に、オーキは一人、カグヤの元へ訪れていた。


 スラム街のボスへ預けたカグラだったが、やはりと言うべきかオーキの予想通り、最初会った血に汚れた路地裏で座り込んでいた。

 それを発見したオーキは無言でカグヤの隣に腰を下ろす。


 そんなオーキに文句を言いたげなカグヤだったが、オーキが確認を取ると何も言わずに少しだけオーキとの距離を取る。


「…どうするの?」

「何が?」

「………白帝」


 数分の沈黙の後、口を開いたカグヤ。

 オーキへの質問に、オーキが質問で返したことに少しムッとしたカグヤだったが、それよりも質問の答えが聞きたかったのか、再度問い直す。


「倒すよ」

「……無理」

「やってみないと分からないじゃないか」

「貴方は人。あれは『人』を辞めた怪物。人は怪物には勝てない」


 カグヤの問いかけに間髪入れずに倒すと答えたオーキ。

 だが、カグヤはそれを真っ向から否定する。


「なんで?」

「なん……なんでって…それが当然だから」

「……カグヤは優しいな。大丈夫。ちゃんと終わらせるから」

「…無理。あと頭撫でないで」


 ついつい小柄なカグヤが自分の無謀な挑戦を止めようと不器用ながらに言葉を尽くしてくれる姿に可愛げを覚えたオーキ。

 無意識に頭を撫でるが、カグヤはそれを軽く手を跳ねのける。


「カグヤ…もしさ、もし、自由になったら何がしたい?」

「………」

「それだけ元がいいんだからどんなお店でも看板娘確実だな。俺的には定食屋がいいかな。その日の日替わり定食をカグヤが運んでくれて、すぐ食い終わって、物足りなくて、お代わり頼むとカグヤが嫌そうに運んでくれる。中々よくないか?」

「勝手に決めないで」

「なら決めといてくれ。また迎えに来るから、その時にでも教えて欲しい」


 ウィンドウから時間を確認したオーキは、これ以上は遅刻してしまうと話を切り上げて立ち上がる。


「……も、もし、貴方が戻って来れたら………なんでもない」

「なんだよ、気になるじゃないか」


 立ち上がったオーキに、少し戸惑いながらオーキを見上げるカグヤ。

 もぞもぞと口篭って言い切るのを避けるカグヤにオーキは屈託の無い笑顔を向ける。


「どうせ無理だから」

「なら、もう一度会いに来たらおかえりって笑顔で迎えてくれ」

「………………考えとく」


 先程はすっぱりと断ったカグヤだったが、今度の提案は暫しの長考の末、保留となった。


 そんなカグヤを見て、もし本当にカグヤの笑顔が見れたのなら…と今からそんな事を考えてしまう。


「………」


 カグヤは自分に背中を向けて歩いていく青年を見つめる。


 何度も期待して、希望に(すが)って、夢を見て、それでも駄目で、もう何も信じられなくなって、それでも諦められなくて。


 今までカグヤを助けようとした人は何人もいた。

 だが、誰もが白帝の前には無力だった。

 下手に同情されれば誰かを巻き込み、殺してしまう。


 ただ、そんな中で、温かで、不思議で、どこか懐かしい雰囲気を持った青年にもう一度カグヤは希望を見た。


(信じても、いいのかな……最後の最後…これで駄目なら………)


 カグヤは枯れた瞳にじわりと温かなものが溜まっていくのを感じた。


「今夜の月は一段と綺麗だ」


 最後に夜空を見上げ、白く光る月を見てオーキは呟いた。


「………」


 カグヤはそれに釣られて夜空に浮かぶ故郷を見上げる。

 





 ───────嗚呼、月よ。









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