第二十四話 鎖縛の姫と白き帝ー1
後半、生々しい描写があります。
会議が終わり、オーカ達と合流した俺は隣街へと向かっていた。
「オーキさん、会議はどうでしたか?」
「いい経験になりましたよ」
すっかり定位置になってしまった頭の上からマーサさんが話しかけてくる。
「どんな話をしたのですか?」
「土木関係だとか、レイド戦とか、後はお米の名前」
「おや、ついに決まったのですか?我輩、結構楽しみにしてたですぞ」
「『う米』って名前にしようって話が出てたんだけど、現実世界に既にあるって事で投票になって…二つの米のブレンドで売り出すってことから『お兄ちゃん、義米と実米どっちが好きなのっ!?』になったな」
「あ、それ拙者の案でござる」
「うわ、さいてー」
個人的には『オー米ガー』とか洒落てて好きだったのだが、七割以上の票を集めて『お兄ちゃん、義米と実米どっちが好きなのっ!?』に決定した。ネットゲームの闇が深い。
「全員、街に入ったら武器しまってね~。スラムに入って多分しばらくしたら元締めから接触があると思うから」
「そうなのか?」
「いや、分かんないけど鉄板だから」
「いずれにせよ、リーダー格はいるでしょう」
「……スラム…汚されちゃう」
「クレア殿は既に心と性癖が汚れきっているでござるよ」
「油汚れより酷すぞ」
今移動しているフィールドは初心者の街から直近の場所。高レベルプレイヤーのオーカ達がいる以上、ぐだぐだと喋りながらでも余裕を持って移動出来る。
「そう言えばオーキ殿、その槍斧いつものと違うでござるな?」
「あぁ、さっき会議が終わった後にムラムラマサさんから『ゲームがゲームならエンド武器だったけど、このゲームじゃ意味ねぇから若様にやるよ』って言われて貰った」
「ほほう、オーキ殿の装備は案外黒染めでござるから、真っ白な武器は映えるでござるな」
「それでオーキ、性能は?」
「えっと…クリティカル発生時、効果を倍に。連続クリティカルで倍率を継続。クリティカルが攻撃を3倍だから、6倍、12倍ってどんどん効果を上乗せしていくみたい。その代わり、クリティカル発生をミスして通常攻撃の度に耐久度が総耐久度の一割減っていくらしい」
「それはエグいでござるなぁ…」
このゲームの破格性能は俺でも理解出来た。
他のネットゲームだとクリティカルそのものがステータスに存在したり、攻撃の度に一定確率でクリティカルが発生するのだが、《IPO》は他のゲームと違ってクリティカルの判定がとてもシビアだ。
《IPO》のクリティカル発生は、相手と自分の位置関係、意識、地形、体勢、急所、武器、などなど様々な要因から導かれる『最適』な攻撃や防御を行うと発生する。
オーカや全蔵の話によると、最適なタイミングで攻撃や防御をするとクリティカルが発生するゲームも一定数存在するそうだが、キーボードとマウスで戦う従来のネトゲと実際に体を動かして行うVRでは難易度が段違いだそうだ。
その代わり、クリティカル発生時の効果は凄まじい。素人目に見ても発生すれば大逆転だって可能だと思う。
クリティカル攻撃の効果として相手のVITの数値を無視した防御貫通効果に加えてダメージ3倍。
クリティカル防御の場合、ノーダメージ、相手と自分のレベル差に応じた硬直。ノックバック効果がある。
この破格の効果と、クリティカル発生の難しさからプレイヤーのほとんどは『出たらラッキー』としか考えていない。むしろ戦闘中に意図せず硬直やノックバックが起こるのは困るといった意見も多い。
だが、そこに一定の夢を見ているプレイヤーはいるらしい。
理論上、木の枝でも最適な攻撃と防御を続けていれば相手に勝てるわけなので、近接職でDEXを上げるプレイヤーはいるそうだ。とは言っても、攻略組はビルドにも厳しいらしいのでトッププレイヤーの中にはいないようだ。
「まあ、ネタ武器だよね、それ」
「……弾が入ってるか分からないロシアンルーレット」
「言い当て妙ですね」
「今後……無いですなぁ。その武器が日を浴びる機会が思い当たらないですぞ」
予想通り不評のよう。全蔵の言う通り、見栄えはいいので完全なお飾りだな。
«黒魔石の槍斧»でも現状、十分な性能だ。街に着いたことだし、これはしまっておくか…。
「んじゃ、レッツゴー!」
☆
簡潔に言えば、とんとん拍子で話は進んだ。
スラム街に入って十五分ほど。十名近くの男女に囲まれ、戦闘になった。
レベルは俺と変わらない程度。オーカ達なら十分に戦えると思ったのだが、狭い路地と地べたに転がったゴミの数々といった慣れない地形。
目、股間、臓器などの急所を的確に付いた攻撃と、そこら辺に転がっているものから自らの服に至るまで全てを用いた攻撃に苦戦を強いられた。
ディフィ曰く『現実世界に置いてのペルーのスラム街で誕生したと言われる《バッコム》という格闘技の動きがプログラムされてますね』ということだった。
初のNPCとの戦闘。こちらも殺さないように手加減をしながらの戦いに時間がかかったが、なんとか無力化。
全員を気絶させた後、黒ずくめの一人の大男が出てきてボスのところに案内された。
他の建物よりも少し劣化が遅れた建物の中、穴だらけの柔らかさが無くなったソファに座って俺たちはボスと対面していた。
大男であった案内役のボブ(命名全蔵)の方がボスだと思いたくなるような頬のところにサソリのタトューが入った細身の男がボスだった。
一応、色々とNPCの名前を見たのだが、職業の所がアンダーボスだったり、コンシリエーレ、カポ・レジーム、ソルジャーなど聞き慣れない職業ばかりでよく分からなかった。
「俺も元々このスラムで育った口だ。親無し、家無し、金無しの辛さはよーく分かってる……同情でも何でもいい、拾ってくれるなら大歓迎だ。ただ、途中で用無しだからぽいだとかは無しな?最近は、人体実験などなんだの物騒だしなぁ…それと、本人の確認は取ってくれや」
事情を説明すると、ボスも意外と気前よく受けてくれた。
『アヴストュニール商会』や『ジェノサイド』はプレイヤー間よりもNPC間で中々にの知名度を誇っているらしく、オーカ達の顔も割れていた事も大きな要因になったようだ。
俺は内心ビビりまくっていたのだが、オーカとヲタキングは漫画やアニメで夢見たスラムの元締めに興奮を隠せておらず、全蔵は『まあ、向こうでも度々付き合いがあるでござるからなぁ』と意味深な事を言っていたし、ディフィとバルクは『筋肉があればマフィアも怖くない。貴方も今日から筋肉神の恩恵に。ようこそ筋肉宗教へ』と言われた。入信したい。
クレアさんはマイペースに『無理矢理…組み伏せられて…』などと意味深な事を呟いていたのでスルー。頭の上のマーサさんも『ボス×コンシリエーレ×貴族の三角関係…スラム育ちの強気ショタっ子の強気受け…ぐふふっ』と涎を垂らしていた。
頼もしいのか、通報した方がいいのか。
「思ったよりも早く話が済んで良かったでござる」
「取り敢えず二人組に別れて勧誘しようか」
「筋肉宗教に?」
「黙れ悪徳宗教」
「今、入信するとプロテインココア味三ヶ月分に加えてプロテインバニラ味がもう三ヶ月分付いてきます」
「でも、お高いんでござろ~?」
「お金に余裕の無いそこの貴方に朗報だ。今なら入信料タダ、年会費無料、5000筋肉ポイント付いてくる」
「間に合い…ましたな!」
「筋肉は全てを解決してくれる。崇めよ筋肉神。実際に入信したオーキくんの話を聞いてみましょう」
「入信して1週間になりますが、自分が生まれ変わったように感じます(裏声)」
「個人差があります…っと、馬鹿やってないで早く行くよ~」
と言う訳で俺と頭の上に乗っていたマーサさん、オーカと全蔵、ヲタキングとクレアさん、ディフィとバルクの二人組に別れて商会への勧誘を続けた。
「ちょっといいかな?」
取り敢えず、分かったのは警戒心がやたらと強い。取り付く島もなく、逃げられる。
そこで話を聞いてもらう為にまず、保存食とお金を少し最初に渡す。
やっていることが不審者と何ら変わりないのが心苦しいが、この方法を取ってから少しずつ話を聞いてもらえるようになった。
「オーキさん。あの子にも声掛けましょう」
「そうですね」
勧誘を初めて二時間ほど。かなり慣れてきた事もあり、俺とマーサさんは次々と声を掛けていた。
次のターゲットと言うと不審感があるが、行き止まりの路地に体操座りで体を縮こめている女の子だ。
「ちょっといい…っ……」
右手に保存食を握って近づき、これまで通り話し掛けた瞬間、俺は息を呑んだ。
少女の体は血で汚れていた。ただ、これまでも服が血で汚れていたり、酷い傷があったりしたが、この少女の血の量はおかしい。
少女を中心に水溜まりの如く血が広がっており、まだ距離があると言うというのにブーツがピチャリと水音を鳴らす。
路地裏ということで日が当たらず、暗くて分からなかったが、俺の足先から全て血で汚れている。
壁も鮮血が飛び散り、しかも今々付着したものから、時間が経って黒く変色したものも見受けられる。
異常。
確かにスラム街はお世辞にも衛生的とは言えない場所だ。そこはゲーム内でも多少の美化はあれど、長居したい場所では無い。
だが、この少女がいる奥行二十メートルも無い行き止まりの路地裏の通路。ここだけは明らかに他と隔絶した異常性があった。
「マーサさん、回復薬!」
「は、はい!」
少女の服とも言えない布から見える白い肌には生傷が刻まれており、血がどくどくと絶え間なく流れている。
「…いらない……近づかないで」
クレアさんと同じようで決定的に違う、抑揚どころか感情の無い淡々とした声音。
その声の主が誰のものかは直ぐに分かった。
「喧嘩…では無さそうだし、誰かに襲われた…けど、この血の量は…」
ここに死体が転がっていたのならまだ納得出来た。けど、目の前の光景は無慈悲にこの血は全て少女のものだと物語っている。
「近づかないで」
もう一度告げられる声。
俺とマーサさんはそれでも気にせず少女に近づき、液体状の回復薬が入った瓶をひっくりがえして少女の体にかけていく。
最高級品と言われて渡されている回復薬。すぐ様、少女の体の生傷を癒していく。
「なんで」
ふと、膝に額を当てていて見えなかった少女の顔が上げられる。
「っぅ…」
「これは…」
回復薬で綺麗になった少女の肌。恐らく顔にあった傷も治っており、幼いながらも端正な顔立ちが視界に入ったが、俺とマーサさんの視線はその顔を見ることが出来なかった。
頬に刻まれた鎖の模様。よくよく見ると少女の体を縛るように鎖が見て取れる。それはタトューのようで、違う。痣のような肌に直接刻まれたものだと一目で分かる。
「これ?凄いでしょ…?どれだけやっても取れないの」
感情の無い声、だがどこか皮肉めいた顔で少女は呟く。
次の瞬間、少女は二の腕に爪を立てる。痩せ細った二の腕に爪がぐいっと突き刺さり、血が滲む。そして少女はその爪を無理矢理手前に引き、肉を抉る。
飛び散る鮮血。頬に飛び散った少女の血が、俺の頬を伝う。
少女の血の生暖かさが鮮明に感じられ、目の前の光景に思考が追いつかない。
だが、反射的に取り出した回復薬を少女の二の腕に振りかける。
綺麗になった少女の肌。だが、その肌には変わらず鎖が巻きついている。
「これで分かった…?誰だけやってもこの鎖は無くならない。何度やっても、鎖は出てくるの。腕を切り落としても生えてくる。どれだけ血を流しても死なない。もう無理だから。最後くらい放っておいて」
《緊急クエスト発生:鎖縛の姫と白き帝ー制限時間27:36:14》
急に視界に表れるインフォメーション。
俺は静かに少女に目を凝らした。
《カグヤ/Lv2/月住の姫》
次回『鎖縛の姫と白き帝ー2 追憶』




