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《 Infinity Pioneer Online 》~一般人の兄が妹にオタクに染められる話~  作者: いちにょん
第一章 鎖縛の姫に月下のメリークリスマス
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第二十二話 社畜はゲームの中でも仕事からは逃げられない

 ゲーム内時間で日を跨いで翌々日。現実世界ではすっかり夜だ。

 今日は、オーカがどうしても急がないといけない仕事があるとミサキさんに頼まれて、慌ただしく全蔵達を連れて行った。

 俺も行きたかったが、俺のレベルじゃ厳しいエリアらしく、お留守番。

 代わりに『アヴストュニール商会』の定例会議にオーカの代理として参加することになった。


「あら、オーキ。早いのね」

「ミサキさん、待っててくれたんですか?」

「オーカの事だから大事なところ全部端折ったと思ってね、こっちよ」

「まさにその通りです。ありがとうございます」


 前回、ログアウトしたのが街の中だったので、集合予定時間の三十分程前にアヴストュニール商会の方へ顔を出すと、入口の所でミサキさんが迎えてくれた。

 実際、アヴストュニール商会の中は一度紹介で見たが、詳しい施設や位置取りは食堂しか覚えていない。うん、暴食の罪も納得だ。


「会議自体は普通の会議よ。今月の報告、売上の確認、意識の共通化、それを踏まえての改善点などを話し合うだけだけど、高校生の貴方からすれば珍しいかもしれないわね。自分で言うのもあれだけど、いい経験になると思うわ」

「存分に学ばせて頂きます」

「オーカから資料は貰ってるわよね?預かるわ」

「はい、お願いします」



 場所は移って会議室。

 なんだろう、会議室というより、秘密エージェントの集まりみたいな感じだ。

 学校の教室を二つ繋げたような縦長の部屋。部屋全体が薄暗く、中央のモニターが不気味に点灯している。それを囲むように長机が用意され、各席の所には三角錐のオブジェに名前が記されている。

 なんというか、オーカが好きそう。誰かの趣味だな。


「オーキの席はそこね。そろそろ揃い始めるから待っててちょうだい。あ、何か飲む?」

「あー…じゃあ、コーヒーがあればコーヒーを」

「ホット?アイス?」

「アイスで」

「何か入れる?」

「ブラックで大丈夫ですよ」

「そう」


 ミサキさんはクールだなぁ…。茶目っ気もあるけど、仕事出来ますって感じが凄い。


 ミサキさんは会議室の奥手にある給湯室らしきところでコーヒーを入れて、こちらに持ってくる。

 どうやら自分の分も入れたようで、自分の席にコーヒーを…うわっ、なんだあのミルクの量。ていうか、コーヒー少なっ…!甘党にも程があるな。近いうちに体を…あ、ゲームなら問題ないのか?


「どうぞ」

「ありがとうございます」

「……何も言わないのね」

「何がですか?」

「視線が私のコーヒーに一直線よ」

「……真っ直ぐ前だけを向いて生きてきたので…」

「…随分と馴染んだようね」

「お陰様で」


 広い会議室で二人きり。席はかなり離れているが、普段の声で十分に届く。


「良かったわ。本当に…私、貴方のファンだったから」

「それは…ありがとうこざいます」

「野球、やめちゃうの?」

「ええ」

「そう…次はサッカー?」

「あの…種目の問題じゃ無いです」

「冗談よ。さて、そろそろかしら」


 おもむろに立ち上がったミサキさんは指をパチンッと鳴らすと、会議室全体が大きく揺れる。


「うおっ!?」


 咄嗟にコーヒーを抑え、机にしがみつく。


「ここが本当の会議室よ」

「……グレードダウンしてません?」

「………改装中なのよ」


 視界が一瞬、暗転したと思ったら先程までの会議室とは打って変わり、質素な長机とパイプ椅子だけの部屋へと変わっていた。

 パイプ椅子には既に他の参加者の人達が座っており、全員がこっちを見てニヤニヤしてる。

 さっきの部屋の方が『ぽさ』があったんだが、演出なのだろう。確かに実はあそこはブラフで…的な流れは格好いいが、グレードダウンしたら格好悪いよ…。


「よぉ、若様。驚いたか?」

「ある意味驚きました」

「ハハッ、俺も最初驚いたぜ」


 取り敢えず空いている席に座ると、隣にはササキさん。食堂には定期的に通っているので顔見知りだ。


「まあ、色々と思うところはありますが、この仕掛けは凄いですね。大掛かりなものなのですよね?」

「いんや、聞いた話じゃ単純な機械仕掛けだそうだ。動力は地下で全蔵の坊主が自転車を漕いでいるらしい」


 全蔵…。どこまで不憫なんだ。忍者だからって行使されすぎなような気もするが、なんかオーカがお尻に蹴り一発入れれば喜んでやってそうな気もするから、心配するのやめよう。


「じゃあ全員揃ったところで定例会議を始めるわ。まず先月の売上は5億2040万4500G。先月比で+3.2%…目標額は5億3000万。分かる通り、1000万近く届いていないわ。主な原因としてダイドハス平原でのタール王国とマアファス帝国の戦争が集結したこと。戦後、すぐに手を切られたわ。復興には両国共にNPCの商会、ティトニス商会に一任。先手を取られた形になった感じね」

「うーむ…またか」

「こちらは新参。致し方ない部分はあろう」


 『また』ということは、ライバル商会なのだろうが。

 取り敢えず、知らない地名や、国が一気に出てきたのでマップを確認しながら頑張って追いつく。


「全体としてやっぱり『ジェノサイド』頼りなのは否めないわ。月初めの闘技大会の賞金が大きいわね。皆も知っての通り、オーカの兄、オーキが入ったことで団体パーティー戦の欠員が入って安定度も増すと思う。それとオーキ、レベル今いくつ?」

「20丁度です」

「ということで、来月はLv30以下のビギナー戦に参加出来そうね。オーカ曰く、スキルレベルがまだイマイチだけど現状でレギュラー戦でも十分戦えるそうだから入賞は期待してるわ」


 闘技大会…毎月初めに行われるPvPのランキング決定戦。

 個人戦、タッグ戦、パーティー単位で戦う団体戦が存在する。それぞれLv30以下のビギナー戦とそれ以外のレギュラー戦があって、上位に入ると賞金が多く手に入ると全蔵から聞いている。

 次の闘技大会では個人戦のビギナー、タッグ戦のレギュラーにオーカと、団体戦に『ジェノサイド』の皆で出ることになっている。これは前々から説明を受けていたので問題無い。


「後は避妊薬、精力剤、お香関係の売上が4500万G。今月、新規にタルトの色街との月契約をバルトが取ってきてくれたから、素材回収を『スクライム』に一任するわ」

「了解」

「目立った所はこれだけかしら。後は似たり寄ったりね」


 『スクライム』。『ジェノサイド』と同じく戦闘部門のパーティーで、魔法による広範囲殲滅を得意としていると聞いた。度々共同で依頼に当たるとも聞いているので、是非機会があったらゆっくり話してみたい。


「じゃあ議題に入るわ。まず、定期レイドボス戦について。トマハ」

「はい、以前から検討されていた週一のレイド戦ですが、現在戦闘員が42名。平均レベルは29。前衛職に偏りが見られ、安定した周回はまだ難しいと思います。我がクランには『ジェノサイド』がいるので人数的な不安はありませんので今後は人員確保から切り替え、後衛職を中心に勧誘して行きたいと思います」

「分かったわ。面接についてはクロカワに任せてあるから、何かあったらそっちに回してちょうだい」

「分かりました」


 なんか凄い会議ぽい。いや、会議なんだけども。野球部のミーティングとは少し違う、らしさが滲み出てる。何も発現していないのに、何か自分が仕事出来る人みたいに思えてきた。


「次、新規事業の土木関係…阿ちゅ羅」

「はい、土木関係に至ってはやはり厳しいと言えます。各街にはNPCの店が絶対と言っていいほど配置してあり、どれも一級の腕を持っています。我々が優る部分と言えば、現実世界の知識ですが、職人の数が圧倒的に足りません。建設関係の仕事をしている方は私を含めて七名。技術もバラバラで、知識もまばらです。加えて、日本の建設は地震など自然災害に強く設計されていますが、この三ヶ月間でこの街を含めた周辺地域で自然災害は豪雨、土砂以外見受けられません。となると、海外の建築技術に目が当たりますが、知識が足りません。使い慣れた道具も少なく、材料も日本のように高品質とは行かない為、仕上がりにムラが出ます」

「土木関係に手を出せれば強みになると思ったのだけれどね…」

「現在、安価で加工の容易な素材を試している所でさが、結果は(かんば)しくありません。引き続き検討をしていきたいと思っていますが、早期撤退も視野に入れた方がいいと思われます。以上です」

「…そうね。もう二ヶ月だけ様子を見るわ。それで駄目なら諦めましょう」


 住む地域によって建築物の特色が出るのは知っていたが、まさかゲームで関係してくるとは思わなかった。

 現実世界に近くて凄いクオリティだと思うが、そこら辺の融通が効かないのは辛いな。


「次、素材の養殖。花宮ちゃん」

「はい~…薬草を含めた需要の高い回復アイテムの素材の養殖ですが、やっぱり駄目です~。先月案を頂いた試験肥料13種類共に大差なく枯れました~。今月は実地調査ということで群生地に行ってもう一度調べて来ます~。現実世界にある植物は可能なんですけどね~、現地産との違いが見つけられるよう頑張ります~」

「そう。何か必要なものがあったら遠慮なく言ってちょうだい」

「じゃあ~、オーキさん借りてもよろしいでしょうか~?」

「…何故かしら?」

「聞いたところによると~、オーキさんはネットゲームが初めてということで~、同世代のネットゲームに対する知識が無い人の着眼点をお借りしたく~」

「なるほどね…。年配のネトゲ初心者はいても、若い世代でのネトゲ初心者はオーキが初だものね…オーキ、後で予定を詰めたいんだけど、行けるかしら?」

「大丈夫です。現実世界で夜の時間なら大体空いてます」

「分かったわ」


 急に名前を呼ばれてドキリとした。

 おっとり口調の花宮さんだが、大和撫子って言葉が似合う美人さんだ。初恋の保健室の先生に少し顔立ちが似ている。

 頑張って真顔を演じたが、大丈夫だっただろうか。


「若様、顔ニヤけてんぞ」


 駄目だったようだ。


「…こほん……オーキ、その締まらない顔何とかしなさい」

「は、はい…すみません」

「それじゃあ最後ね。これはオーキからの案なんだけど…NPCを雇おうと思うの」


 話は先日に戻る。


 オーカ達とクエストに行った際、この街の隣街に立ち寄った。

 その時にたまたまスラム街を見つけた。オーカ曰く、中世ファンタジーの街の路地裏にはスラムは付き物らしいが、中々に酷い光景だった。

 オーカ達はゲームの仕様ということであまり気にしてないようだったが、少し時間を貰って比較的浅い所にいた小さな子供達に話を聞き、想像を絶する生活に思わず同情してしまった。

 偽善や欺瞞(ぎまん)だと言われても仕方ないが、どうにかしたいとミサキさんに相談した所、全員では無いが子供を中心として一部を引き取って教育し、支部店舗の店員として雇ってくれることになった。

 既に話は進んでおり、この後オーカ達がクエストから帰ってきたら早速スラム街へ向かうことになっている。


「そんな感じなのだけど、教育の方はこっちでやるから商会の中に見覚えの無い人達を見ると思うから何か困っていたら助けてあげて」


 と言うことで、この後一時間半ほど意見交換などが続き、会議が終わった。


 中々に疲れたが、いい経験になった。この後まだひと仕事あるので頑張ろう。

《後書きのコーナー》


[今話の感想]


オーカ「うーん、オチがない」


オーキ「最後のスラムの話がどうしても欲しかった…伏線のために」


オーカ「というか、私の出番が無いんだけど。最近少なくない?オーキ兄だけずっと出ててずるくない?」


オーキ「いや、俺主人公…」


[次回予告]


オーカ「一話挟んで、ようやく一章のタイトルへ続く話になります!」


オーキ「長かった…会話が多い、会話が多いと言われ続けてそこまで経ってないけど、ようやく真面目な話ができる」


オーカ「何話で終わるだろうか」


オーキ「予定では10話くらいだけど…」


オーカ「なんか無駄に寄り道して増えそうだよね。次回、『変人達のティータイム』!」

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