第十八話 『女騎士「くっ、殺せ。だが最後に高級魚のマゴチを食べさせてくれたら潔く死ねる…」~絡まる運命の釣り糸~
「オーキ殿、お疲れでござる!これで目標数達成でござるな!」
「お疲れ~…いやぁ、何気に初戦闘だったけど、上手くいって良かったよ」
「いい動きでござったよ。アイテムは拙者の方からミサキ殿にお渡してしておくでござるよ」
滅殺・アビスナート・貴志四世こと、貴志と別れた後、《IPO》にログインすると俺と全蔵の二人だけだった。
食堂で皆が来るまでスキルに付いて確認したり、適当に暇を潰していると、ミサキさんから早急に必要な素材があると言うことで全蔵とフィールドに出てモンスターのドロップアイテム集めを行った。
最初は緊張しながらも、徐々に余裕が出てきて途中からしりとりをしながら三時間ほど狩ると、目標数が集まった。
それにしても全蔵は酷い。動物の名前縛りのしりとりで、「ハイエナ」に対して「ナマケモノ」で返したら「軒猿」と返してくる。一瞬、「る、るかぁ…」と考えてしまったが、軒猿は動物じゃない。上杉謙信に仕えた忍者の総称だ。
しかもそれに対してつついてやると、「いやぁ!いるんでござるよ!軒猿!ほら、アイシュタインが見つけたエクレア領のピタゴラス諸島にある!あれ、ガラパゴス?とにかく、第17宇宙36ーSG銀河に存在する恒星ハットュリゼンゾーに存在する生物でござるよ!!」などとよく分からない事を言っていたのでスルチンで手足を縛ってモンスターを集めるお香を焚いて放置しておいた。
「まだ向こうだと十時くらいだけど、全蔵はどうする?」
「あー、面目ない。今日はママの主従契約について家族会議がござってなぁ」
「ソ、ソウナンダ。オツカレサマ、キヲツケテネ」
一瞬、背筋にゾクリと悪寒が走ったが、気のせいだと信じたい。
俺関係ないよな?無いよな?
「ということで素材に関しては拙者がしっかり届けておく故、オーキ殿は…そうでござるなぁ…このままレベリングしても良し、街の中を観光してみるのもまた一興でござるよ」
「観光かぁ…」
よくよく考えて見たら初日以外、商会から殆ど出てないな。
一度、ゆっくりまで回るのもいいかもしれない。
それに、今まで野球ばかりの生活で観光というものをそれこそ中学時代の修学旅行しか経験が無い。
出来ればオーカ達と回るのが楽しそうだが、今日は一人旅と行こう。
「うん、色々見て回ってみるよ」
「あ、このゲーム、普通に違法行為…例えばNPCの家に勝手に入ってタンス漁ったり、ツボ割ったりすると衛兵さんに逮捕されるのでお気をつけて」
「ありがとう、井戸を覗くのはありか?」
「周りのNPCに変な目で見られるのに興奮するのならありでござる!」
「なしよりのなしで」
全蔵と一緒に街に戻り、商会の前で別れる。
お金は充分にある。最初一万Gしか無かったお金だが、アヴストュニール商会は固定給にプラス歩合給が貰えるらしい。
と言っても、まだロクに働いていないのだが、歓迎会の時に取り敢えず最初は入用だろうからと言われて五百万G程渡された。
チラリとフィールドに行く時に街の屋台の値札を見たが体感、1G=1円くらいの認識でいいだろう。
そう思った瞬間、初心者にぽんと五百万渡すミサキさんに少しばかし戦慄した。金銭感覚が狂いそうだ。
☆
全蔵と別れた後、二時間ほど街の中を目的も無くふらふらと歩いた。
最初は匂いに誘われるまま、屋台で買い食いをした後、何故か大食いに挑戦させられ、現実世界では夜中とも言える時間に食事を摂ることにテンションが上がってしまい、七軒ほど食い散らかしてきた。
仕方ないんだ。小学生高学年の頃から夜九時以降の食事を禁止してたせいで、こんな時間に食事をすることが悪いことだと認識してはいるのだが、ドキドキ感が抑えられなかったんだ。
流石に腹が膨れたので、最初にオーカと待ち合わせをした噴水広場に行くと、ぽつぽつと大道芸をやっていたので眺めていた。
途中、人集りで大道芸が見れなくて四苦八苦していた兄妹がいたので両肩に乗せてあげたりと、一日一善では無いが、少しいい事をした気分で大満足。
四歳くらいの妹の子から別れ際に貰った飴を舐めながら次に向かうのは街にある小さな港。
前々から釣りに興味があったので、釣具屋で釣竿のセットと、バケツ、餌を購入。現実に近いということで難易度が高いと思ったが、釣竿の針に餌を付けて投げれば釣れるらしい。
ただ、自分で錘やルアーなど色々と一から作ることも出来るみたいで、カスタムすると釣れる魚のレア度が上がるとかなんとか。
「あ~…なんとも言えない心地よい倦怠感…」
さんさんと照り付ける太陽は«神麻のズボン»のお陰で適温が保たれ、ぽかぽかと陽気な温度に感じる。
少し生暖かい風が磯の匂いを運び、鼻頭をくすぐる。
これ程までに足取り重く、ゆっくり歩いたのは何時ぶりか、肩に釣竿を、右手に餌箱を入れたバケツを持ってブラブラと港に沿って歩く。ここら辺はまだ船が多く、もう少し奥にいかないと釣りには向いていないだろう。
「んー…ここら辺かなぁ。あれ、先客が………」
めぼしい防波堤を見つけて奥に歩いていくと、先客がいたのだが…。
女版、滅殺・アビスナート・貴志四世…?
腰まで伸びる銀髪に、遠目からでも分かる端正な顔立ち。手には釣竿が握られているが、儀礼用と軍服の間くらいの真っ白な服。
俺も人のことを言えないが、格好が暑苦しい。長袖に膝上のスカートだが、足はタイツを着込み、俺の履いているブーツよりも長いロングブーツを履いている。
その上から金属製の軽装を着込んでいるから、釣竿が武器にも見えなくも…いや見えないや。
凄い違和感だな。防波堤に似合わない人ランキングで二位くらいに入りそう。もちろん一位は全蔵。
「あれ?」
もしかしたらアヴストュニール商会の人かもと目を凝らして見ると、《エミリア=フィエルダー/Lv86/バルダ王国近衛師団第二部隊副隊長》となっている。
レベルの高さにも驚いたが、何よりも表示される文字が灰色なのだ。
ここに来てから初めて見る色。灰色は確か、ゲームにとって重要人物…だっけ。
なんか凄そうな職業?肩書き?なので、偉い人なんだろう。何で一人で釣りしてるんだろうかとも思うが、お偉いさんもたまには一人でゆっくりしたいのかもなと思い、俺も適当な場所に腰を下ろして釣りを始める。
「ふわぁ~…」
餌を付けて釣竿を海へ放る。そして風を感じながら時々リールを巻いてぽーっと海を見つめる。
「くっ…!また逃げられた…!」
巻いて投げてを繰り返して二十分ほど。ふと、声が聞こえたので、ちらりとそちらを見ると、例の女版貴志こと、エミリアさんが何も刺さってない針を見て悔しそうにしている。
あれ、こんなに近かったっけ?先程は二十メートルくらい離れている気がしたのだが、今は十メートルほどしか離れたいない。釣りのポイントを変えてるのかな?
ピクピク。グッ…!
「うおっ!?」
急に釣竿がしなり、当たりを教えてくれる。
くっ…大きい?いや、思ったより引っ張られない。STRが高いお陰かな?
「くぅぅ…!」
必死にリールを巻き、格闘すること数分。ようやく魚の体力が尽きたのか、釣り上げることに成功する。
うわっ、大きい。50センチくらいか?そしてなんかキモい。
取り敢えず、海水を入れたバケツの中に放っておく。
プレイヤーネームみたいに注視したら何か見えないかな…?
《マゴチ/57cm》
「あ、見れた。マゴチって言うんだ、なんか平べったいし、見れば見るほど微妙な見た目してるな…」
思わず口に出していると…バッシャーン!という音が横から響く。
何事かと音の鳴った方を見ると、あれ、エミリアさんがいない。
…。
落ちた?
「うおぉぉ!まじか!ちょ、!!」
慌てて装備を全部外してインナーとボクサーパンツ姿に。
一向に海面に上がってこないエミリアさんを追って海に飛び込む。
水深は八メートル程。海草をかきわけて潜ると、それほど濁っていない為、すぐにエミリアさんを見つける。
エミリアさんは右腕に絡みついたタコを見てドヤ顔をしていたが、すぐに息が切れたのか、慌てて浮上しようとする。だが、鎧の重さがあるのか中々上手く上がれないエミリアさんは、パニックになっている。
俺はエミリアさんの背後に回って腋の下に手を入れると、人離れしたSTRを使って無理やり持ち上げて浮上する。
「はぁ…はぁ…だい、じょうぶですか…?」
「はぁ…ふぅ…ありがとうございます…助かりました……」
二人で防波堤の上に大の字になって寝転がる。息は絶え絶え、体が酸素を欲している。
「あの、怪我は無いですか…?」
俺はある程度呼吸を整えると、四つん這いになって未だ大の字に寝転がる彼女の顔を覗き込む。
「あの…大変申し上げにくい事なのですが……右腕のタコが取れなくて……どうしたらいいですか?」
エミリアさんは宝石を埋め込んだかのような透き通った金色の瞳に涙を溜めて、こちらの顔を覗き込む。
その時俺は確信した。この人、見た目より駄目な人だ。
☆
「自己紹介が遅れました。私、バルダ王国近衛師団第二部隊副隊長のエミリア=フィエルダーと言います。この度は本当にありがとうございました。もう少しで海の藻屑…いえ、タコの餌にたるところでした」
「御丁寧にありがとうございます。オーキ=ペンデレエークです。本当に気にしないでください、無事で何よりです」
防波堤の上で銀髪の美少女と、体格のいい男が膝を付き合わせて頭をペコペコと下げ合う図。なお、お互いびしょ濡れの模様。
「ペンデレエーク…もしかして【首狩り姫】の…」
「兄です」
「一度、戦場でご一緒しましたが、それはもう惚れ惚れする戦いで…あ、すみません。話が逸れてしまいましたね」
「いえ、私としましても自慢の妹なので褒めて頂いて光栄です…それで何故、飛び込みを…?」
「お恥ずかしい話…その、初めての当たりに目的の魚かと勘違いしまして…糸が切れた瞬間に何がなんでも手に入れようと…」
「な、なるほど。たまにありますよね、そういうこと。えぇ」
絶対無いけど、取り敢えず話を合わせておこう。
「その…祖父の誕生日に好物のマゴチを食べさせてあげたく、丁度還暦なのでどうしても食べさせて上げたかったのですが、市場でも見つからず、断腸の思いで休暇を取って釣りに来たはいいものの、中々釣れず、焦ってしまい…お恥ずかしい限りです」
「マゴチ…マゴチならさっき釣り上げましたよ」
「ほ、本当ですか!?」
「えぇ、一匹だけですが…」
俺がマゴチを釣りあげたと言うと、エミリアさんは俺の手を取ってぐいっと顔を近付けてくる。
いや、近い近い。美少女とはいえ、初対面でここまで距離を詰められるのは…。
「あの、相場の倍…いえ、三倍出すので買い取らせて頂けないでしょうか」
「いや、あげますよ」
「うぇ!?だ、駄目ですよ!ちゃんとお金はお支払い…はっ!そういうことですね。やはりオーキ様も男性ということでしょうか」
お金はいらないと言う俺に困った顔をするエミリアさんだが、途中で何かを思いついたようで顔を赤らめてこちらの顔ををチラチラと伺う。
嫌な予感しかしないからログアウトしていいかなぁ…。
「くっ…殺せ。貴様の辱めは受けない…。例え我が身を好きにしたとしても、心までは好きに出来ると思うなよ?我が心はあの方に捧げる。だが、マゴチを頂けるのであれば、心に揺らぎが…あぁ、何て卑劣な!私の目の前でマゴチをぶら下げるなんて…!」
よーし、ログアウトしよう!
あの方に捧げた心をマゴチ一匹に揺らされる美少女。最近、脳がキャパシティオーバーを起こすことが多い。
こんな時こそ知性だ。そう、クールに、大胸筋に身を任せて知性を取り戻すんだ。知性があれば全てを理解出来る。
はっ!?毒されている…!?
「あ、あれ…?お気に召しませんでしたか?これが女騎士流の物の頼み方と教えて頂いのですが…」
「失礼ですが、何方に?」
「オーカ様に」
「…身内が大変失礼致しました。マゴチはお持ちください。それと、こちら五百万Gです。お納めください」
俺は誠心誠意を込めて土下座をした。
生まれて初めて土下座をした。
これ以上無いくらいに土下座した。
☆
結局、相場と同じ値段でマゴチを買い取ってもらい、エミリアさんとフレンド登録をして別れた。
NPCともフレンド登録出来るんだなと思いつつ、俺はログアウトし、近くにあったスマホを手に取った。
プルルルルルルルル
「はい、もしもし、超絶可愛いインスタント妹、桜華ちゃんです。さく兄、何か御用で?」
「お話があります。」
《後書きのコーナー》
[今話の感想]
オーカ「あの…」
オーキ「…」
オーカ「お、お兄ちゃん?」
オーキ「…」
オーカ「あ、あのね…?」
オーキ「…」
※この後泣きながら謝った。
[登場人物紹介](アニメを見ようが再開するまでの代わり)
サブヒロイン
名前:厳仙瞳
キャラネーム:ヲタキング
性別:女
年齢:15(中学三年生)
誕生日:4月18日
出身地:愛知県某市
好きな食べ物:抹茶系のお菓子。
初恋の相手:二三桜樹
交際相手:無し
好きな人:二三桜樹
家族構成:父、母、祖父、妹
備考:厳仙十門流兵法極伝という二次元キャラ顔負けの名乗り口上を持つ。(極伝については伝位で検索)
室町時代から続く厳仙家に生まれる。厳格な祖父と父、母に囲まれて育った為、娯楽という娯楽を知らなかったのだが、社会勉強として始めた読者モデルの仕事で出会った桜華にオタクに染められる。
高校は桜華と同じく芸能活動が出来る高校を志望。
実は桜樹と面識あり。紆余曲折も無く、一目惚れ。
美少女好きだが、唯一大人気ソサャゲの『お前の穴を埋めてやる~擬人化ネジ達とすうぃーとな時間~』のヲタちゃんの推しである、ステンレス製六角穴付ボルトM10×50mmネジを推している。
理由としては桜樹に似ているから。
[次回予告]
全蔵「いつもの二人が仲直り通話とかいう意味不な通話を始め、オーキ殿が泣き止まないオーカ殿を慰めているので、拙者が次回予告をするでござる。ケッ!」
※そういうとこやぞ。
全蔵「次回、『月イベノルマは廃人に取っては呼吸~ササキのじぃじとカレー作り~』」




