第十三話 ドキッ❤筋肉だらけのPvPレッスン~絡み合う筋肉アナコンダ~
現実世界では既に夜。
部屋を間借りしている友人には、家事を全負担することと、食費を半分払うことで部屋を一室貰っている。
格安どころか、ほとんど俺にメリットしか無いので家事はしっかり抜け目なくする。
「桜樹はさ、これからどうするん?」
「んー…まだ整理が付いてないから暫く放置かな。最近桜華に誘われてゲーム始めたからさ、そっちに逃げてる」
「へー…というか、よくそんなお金あったね、高かったでしょ。あれ、プロ用のやつでしょ?」
「そうなのか?」
「うん、知らないってことはプレゼント?」
「桜華からの」
「愛されてるね~……あれ百万円をゆうゆうと越えるよ」
「え!?数万円とかじゃないのか?」
「いや、普通のVR機だったらそれくらいだけど、あれは……」
桜華、なんてものを送ってるんだ…。毎日磨いた方がいいかな?
取り敢えず後で色々とお礼を言っておこう。ついでに何かして欲しいことがあるなら全力でしてあげよう。
「それで桜樹、今日の夕飯何?」
「オムライス」
「あれ、珍しいね。最近中華ばっかりじゃなかった?」
「んー…久しぶりに作りたくなって」
「…?食べたくじゃなくて?」
「そ。ふわふわとろとろのオムライスが作りたくって」
「んじゃあ、ケチャップでハートマークお願いねー」
「小っ恥ずかしい…」
「美味しくなる魔法もお願い」
藤堂香織。現在、俺が一部屋を間借りしているマンションの部屋主。
俺と同い年の高校二年生で、明日ヶ丘の水泳部に俺と同じくスポーツ推薦で入った。
思春期の男女が同じ屋根の下で…とは、中々問題がありそうなものだが、俺と香織は従兄弟同士。俺の母さんの弟が香織のお父さんだ。
幼馴染とも言えなくは無いが、基本的に会っていたのは盆と正月くらい。毎年欠かさず遊んではいるが、どちらかというと香織は桜華と仲が良い。
俺は二人の買い物の後ろをぶらぶらと着いていくのがいつもだ。
どちらかと言えば気のしれた友人。それが一番しっくりくる。
「ほら」
「ナイフで切ってとろぉーとかじゃないの?」
「そんな技術は俺に無い」
「じゃあさ、じゃあさ、今度デミグラスソースのやつ食べたい」
「……多分出来る」
「さっすが~」
やはり血縁。桜華に似た笑みを浮かべる香織。昼前、久しぶりにビデオ通話で顔を合わせたが、あんまり変わっていなかった。
もし、一年半前の桜華が大人びていったら香織みたいになっていたんだろう。
桜華もまだ高校一年生。これからどんどん女性らしくなっていくだろう。
ちなみに桜華の癖である「にししっ」と歯を見せる悪戯的な笑みは、父さんの遺伝というか、父さんに似た結果だ。
今では厳格な父を演じているが、昔は大人気なく俺に悪戯をしては、小さい桜華と「にししっ」と笑っていた。
「なんかお父さんの顔してる」
「そうか?」
「うん、盆に会ったパパがそんな顔してた」
「伯父さんに似るのは嫌だな…まだ禿げたくない」
「髪って結構遺伝するみたいだから、そのうちあぁなると思うよ」
「冗談でもやめてくれ。ようやく伸びてきたんだから」
「ずーっと坊主だったもんね」
「うん、小学校から7mmをキープしてた」
ふと頭に触れると、短髪特有の癖になるトゲトゲとした感触では無く、ふさっという柔らかな感触が返ってくる。
「あっ、後で課題見せてね」
「あと何残ってるんだ?」
「全部」
「あと一週間も無いぞ?」
「分かんないとこと、面倒そうなとこ飛ばしただけだから、半分くらいは終わってるよ。あ、お茶おかわり」
「ん…。飛ばした所の比率がおかしいだろ…。ほら」
「ありがとー……ぷはぁ…!でもさ、スポーツ推薦の私が一応進学校を掲げてるとこの問題分かると思う?」
「いや、思わない」
「即答かい…いらぬ信頼をありがとう」
小さなテーブルに対面で座り、オムライスを平らげていく。
全部ネットで見れるからと言ってテレビを持たない香織。自ずと食事中は会話が多く、今日あった何気無いことをよく話す。
「明日は、私が手料理ご馳走してあげようか?」
「やめてくれ。まだ死にたくない」
「私の料理をなんだと思ってるのさ」
「特濃トリカブト」
「もっとオブラートに包んでよ…下手な自覚はあるんだから」
「法で捌けない罪」
「…んぐっ…そこまで!?そこまでなの私の料理!?」
しっかりと口に残っているものを飲み込んでから叫ぶあたり、香織らしいと思う。
だが、香織の料理は凶悪だ。初めてこの部屋に来た時、引越し祝いと言って豪勢な料理を作ってくれたが、徒歩三分のコンビニで買ったカップラーメンを食べた結果を聞いて察して欲しい。
「食器は水付けといてくれ。風呂貰うぞ」
「あい~。いつも遅めなのにどうしたの?」
「九時半から桜華にゲーム呼ばれてるんだよ。風呂入った後も洗い物して、弁当作って、ストレッチもしたいから早めにな」
「いつもすまんね~。お弁当美味しいからついつい頼んじゃうんだよね~」
「部屋借りてるんだ、もっと色々と言ってくれてもいいくらいだぞ?」
「ん~…考えとく~」
「あ、課題は机の上に纏めて置いとくから勝手に取ってっていいぞ」
「あざっすー!!」
香織は野球について何も言わない。
野球部を辞めて寮の居心地が悪くなり、暫くクラスの男友達の家を渡り歩いていた時、「それならうち来なよ」と軽い感じで言ってくれた。
二三桜樹が春の選抜で怪我をした事はテレビで少しニュースになった。
その後、甲子園前に多くの記者に質問攻めに合い、正式に野球部を退部する事を告げると、それもまた『消える天才』などとニュースになった。
そして夏の甲子園。ニュースを見ていなかった多くの甲子園ファンが俺の不在を知った。明日ヶ丘の試合がある度に解説の人が何度も何度も俺の名前を出した。
甲子園の最中も、明日ヶ丘に取材として俺を呼びつけ、明日ヶ丘のドキュメンタリーを作るなど言っていたが断った。
何が感動の秘話だ。
何が部員を影から支えた天才だ。
二三桜樹という人間はグラウンドでしか生きられない。
グラウンドでこそ輝く。そう誰よりも自分で思っている。
ただただ重みだった。連日届く地元の友人からの励ましのメールも、春の選抜で争った他校の友人からの再戦を待つというメールも、見舞いに足を運ぶチームメイト、コーチ、マネージャー、監督の言葉が。
何もかもが過去の俺を讃え、今の自分を哀れむように思えた。
そんな中、香織は何も言わずに、何も無かったように迎えてくれた。
お陰で気持ちの整理が付いた。ぐちゃぐちゃに荒れていた気持ちも今では大分落ち着き、こうして虚無感を未だ感じながらもゲームが出来る余裕が生まれたのも香織のお陰だろう。
本当に香織には感謝しか無い。
今度、ナイフで切るトロトロのオムライス、作ってみようかな。
そう思いながら俺は湯船に体を沈めた。
☆
「ドキッ❤筋肉だらけのPvPレッスンー!」
「ドキドキ要素皆無でござる」
「ほら、死と隣り合わせな状況ってドキッとしない?」
「念の為確認するが、レッスンだよな?」
九時半過ぎ、予定通り《IPO》にログインし、オーカ達と合流する。
夜はメンバーの集まりも良く、全員集まったのだが、なんでも緊急で仕入れたいアイテムがあるということで残ったのは俺と、オーカと全蔵、ディフィの四人だ。
「この前のぱわぁれべりんぐぅとメンバーがあんまし変わらないな」
「まあ、私はオーキ兄の世話係だし、ござるとディフィはPvPがそこそこ得意だからね~」
「そこそこ?」
「そこそこ」
絶対嘘だ。現実世界の昼間…食堂でササキさんが言っていたが、ジェノサイドは攻略組とレベルが10ほど離れているのにも関わらず、生産クランの強みである装備の充実さと、テクニックでタメを張るどころか、ボコボコにしてると言っていた。
「私はゲーム歴が長いから経験と、相手の癖を盗んだりしてるから…まあ、PvEよりは自信あるよ」
「性格の悪さが滲み出る戦いでござる」
「ござるは…うん、忍者的なあれで強いよ」
「分身の術でボコボコのボコでござる」
「ディフィは普通に格闘技を織り交ぜた柔軟な動きと、相手の急所を的確に抉っていく知性的な戦いが得意だよ」
「ここにいると、インテリジェンスが分からなくなる」
取り敢えず、ここにいる三人はジェノサイドの中でも対人戦が得意という認識でいいだろう。
「えーっと、オーキ兄の武器は《槍斧》って呼ばれる武器なんだけど、使う上で判断力がいる武器ですっ。どの武器でも状況に応じた対応ってのが必要なんだけど、槍斧はその対応の選択肢がべらぼーに多いんだよね」
「槍、斧、そしてソードブレイカーに似た役割があるでござるからな。それに乱戦になれば自然と棒術も混ざってくるでござる」
「認識としては四つの武器を同時に扱うと考えていいでしょう」
四つの武器を同時に…流石にそこまで複雑では無さそうだが、確かにそれに似た感覚はありそうだ。
「《槍斧》のLv1の武技スキルは…『強突』、『強打』の二つだったよね?」
「合ってるでござる」
「武技スキルの発動には三つ方法があるんだけど、一つ目はステータスの所有スキルから武技スキルを選んで発動を選択すると発動するんだけど…面倒じゃん?」
「戦闘中にそんな余裕は無さそうだな」
「それで残り二つは頭の中で使う武技スキルをイメージして発動ポーズを取ると発動するよ。これが一般的なスキルの発動だね。ござる~」
「拙者の職業は暗殺者。スキルは暗器なのでござるが、スキルには職業との兼ね合いで発生する武技スキルがあるでござる。武技スペシャルスキルで武技SSと呼ばれるでござるが、その中の一つの無音斬りは刃を有する武器を持ち、刃を水平方向に構えて0,5秒のタメを作ることで発動するでござる」
全蔵は懐から苦無を取り出すと、足を肩幅に開いて腰を落とし、苦無を水平に構える。
すると、苦無に紫色のエフェ…エフェ…なんかキラキラが集まっていく。
「フッ!」
全蔵が短く息を吐くと同時に全蔵の体が高速でブレて、ビュオンッという風切り音が耳を撫でる。
「これが武技スキルの発動その2。条件入力型。メリットは狙いや、威力等々調整が自分で効かせられる点。デメリットは必ずタメを作る必要があること。暗殺者は軽職…スピード重視の職業だからタメが短いけど、私やオーキ兄みたいに大武器を使う場合はタメが長いから注意…そして二つ目が…」
「『無音斬り』」
先程よりも速く、構えてもいない全蔵の苦無に紫色のエフェ…カ…エフェキ…エフェク…そう、エフェクトが集まって武技スキルが発動する。
「これが武技スキルの発動その3。音声入力型。タメが半分以下になって、その状況から最速で技を繰り出す。メリットとしてはとにかく速い。デメリットとしては狙いが自分ではなく、スキル頼りなのと、口に出すことでPvPだと相手にバレやすい」
「なんとなくこっちの方が強い気がするな」
「んー…けど、ほとんど音声入力型は使わないかな。ていうか、使ってるの見ると「はじめたばっかりかな?」って思うね。時と場合にもよるけど攻略組で使ってたら確実にバカにされるかな」
オーカがここまで言うということは、今口にしていないデメリットが音声入力型の発動にはあるということだろう。
「んー…分からないな」
「取り敢えず使ってみよう!」
「了解」
俺は腰のベルトに付けているアイテムボックスと呼ばれる、アイテムをプレイヤー個人が収納出来る小さな箱を取り出すとそこから【魔黒石の槍斧】を取り出し、それとなく構える。
「オーカ殿、ディフィ殿…オーキ殿は何日で気づくと思うでござるか?」
「これを何日で気づくかで見込みが変わってきますからね…二日以内なら満点でしょう」
「オーキ兄なら多分一回で気づくんじゃない?」
「一回で気づかれたら最短記録を持つ拙者の忍者としての矜恃が…」
「元から無いようなもんでしょ」
「やってもいいか?」
「うん、どかっとやってー」
コソコソと話すオーカ達を後目に、武技スキルを発動させる。
「『強打』…うおっ!?」
口にした瞬間、赤色のエフェクトが槍斧を包むと、強引に体が引っ張られる。
踏み込み、握り込み、全身の筋肉が強制的に伸縮され、槍斧が振られる。
体が別人に動かされているみたいで凄い違和感。けど、なんか、こう、もっと漠然とした違和感が残る。
「うーん…?」
もう一度武技スキルを発動させずに、同じ動きをしてみる。
こっちは何となくしっくりくる。もう一度、武技スキルを使った時を思い出して体を動かすと違和感がある。
「オーキ兄どうかした?」
「いや、武技スキルを使った時、速いのは分かったんだけど、体に違和感が残ってさ…こう、グッとこないというか、軽いというか……あ、体重の乗りが違うのか」
「せいかーい!!さっきチラッとヒント混ぜてたけど、音声入力型は音声入力した時の体勢から最速の一撃を出すけど、最大の一撃じゃないから、同じスキルでも打ち込み加減でダメージ判定が異なるこのゲームだとダメージが全然稼げないんですよこれが。だから音声入力型は体に動きを覚えさせる為のもので、攻略組は条件入力型を使うのです。よく気がついたねー!」
心底嬉しそうにオーカは手を叩いて俺を褒める。
重みは違うが、バットのスイングに似た動きだったので気づいたのだが、どうも体の軸がブレているというか、足に体重が乗り切ってない感じがした。
オーカからトリックを聞いて納得。
「まさか本当に気づくなんて…拙者、忍者やめようかな」
「あ、そうスっか。お疲れ様で~す」
「オーカ殿酷い!」
「じゃあ武技スキルの発動を覚えたので、実践訓練といきましょー!」
[後書きのコーナー]
オーカ「今日は色々としょーりゃく!」
オーキ「申し訳ないです」
オーカ「PvPが長いので、二分割。ということで次回、『ドキッ❤筋肉だらけのボディビル大会~それただのボディビル~』」
オーキ「お楽しみに~」




