カイトという男{前編}
俺の名前は志波快斗。どこにでもいる普通の中学生だ。クラスには友達もいるし学校の外にもそれなりに知り合いがいる。少しだけ顔が広いどこいでもいる中学三年生だ。
だがそんな俺には普通ではないことがある。それえはこの能力だ。瞬間移動の能力。点と点を移動する能力。間に何があっても関係ない。全てを置き去りにしてどこまでも行ける能力。
そんなすごい力だが、生まれつき使えたわけじゃない。これは与えられた力だ。
俺は中学二年の夏、先生と出会った。夏の暑さを忘れさせてくれるような大雨の中、俺は逃げ込むように公園の東屋に入った。いつになったら止むのか、そんなことは一切考えなかった。家に帰りたくなかったのだ。なんならずっと雨宿りしていたかった。
「少年、お前の望みはなんだ?」
「何だよ爺さん、金ならねえぞ」
「お前の望みはなんだ?」
東屋に逃げてきたのは俺だけではなかった。白髪の爺さんだ。こんな時間に爺さんが出歩いてるのは珍しい。夜の11時だぞ。認知症の深夜徘徊かとも思った。言ってることもわけ分かんないし。
最初は無視しようとも思った。「お前の望みはなんだ?」これしか繰り返さない爺さんに不審に思うも、どうせやることがなかった俺はその会話に付き合った。
「親が、うるせえんだ。勉強しろ、大学に行けなくなるぞ、そんなだからお前はダメなんだ、ってな」
「そうか、なら儂と一緒に世界を征服しないか?」
「は?」
最初は何を言っているのか分からなかった。いいや、理解しようとしなかっただけかもしれない。それがあまりに非現実的で、荒唐無稽で夢物語だったから。
「世界征服?今時そんなこと言うのは厨二病かアニメの中だけの話だろ?」
「では、力を証明したとしたら、お前はどうする?」
「なんの力かは知らないが、そうだな。世界征服手伝ってやるよ。どうせ無理だろうけどな」
この時の俺は思ってもいなかった。この後あんなことが起こるなんて。
半信半疑どころか100%信用も信頼もなかったが、次の瞬間に現れた。綺麗な赤髪を靡かせる美少女が。
「は?」
「こいつは儂の娘の和沙だ」
「は?……え?」
状況が飲み込めない。理解が追いつかない。何をした?マジック?
何もなかったはずの場所に和沙は現れた。たしかにさっきまでは爺さんと二人で話していたはずだ。それなのにいきなり現れた。
「儂が示すと言った力はこれだ。俗に言う超能力の類だ」
「はぁぁぁぁぁぁぁ⁉︎」
超能力⁉︎…馬鹿げてる。この少女が超能力者だとしてそれが何の証明になる。だが俺はこのトリックが暴けない。今は信じてやるしかない。そういう約束だったし。でもこれはこいつだけが使えるのであって俺は平凡な中学生だ。超能力者がいるからと世界征服ができるわけじゃない。
「お前の考えていることは分かる。概ね、和沙だけでは世界征服など無理だと考えているのだろう?」
「エスパー⁉︎」
「いや、儂の能力は違うぞ」
心を読まれたのかと思った。もう目に映る全てが超能力なんじゃないかって勘ぐりたくなる。しかしこの口ぶりだとこの爺さんも超能力者みたいじゃないか。
「この超能力は後天的なものだ」
「へー」
「分かってないな?つまりお前にも超能力が使えるようになるってことじゃ」
「俺にも?」
「うむ」
超能力?俺が?それで世界征服?
馬鹿馬鹿しいと思った。だが同時に面白そうだと思った。世界を征服すれば全て思い通り。大学受験なんかせずに一人でのんびり暮らせるようになる。
「爺さん、俺やってやるよ。この退屈な日々を自分の手でぶっ壊してえ!」
「そうか。なあらついてこい。お前に超能力を授ける」
「授ける?」
超能力ってそんなポンポンあげれるものなのか?それと和沙が消えてる。それも気になる。まさかデモンストレーションで出てきただけ?もしくは俺の幻覚?
爺さんの話を半分聞き流しながら車に乗りこむ。
「俺の家?」
「今日はもう遅い。また明日迎えに来る」
マジかよ。
正直家には帰りたくなかった。だがそれも数時間前までもこと。今の俺ははっきりとした目標がある。やる気に満ち溢れている。親の文句なんかそよ風のごとく受け流せる自信がある。
「快斗!こんな時間に何してたの!」
「夜風に当たってきただけ。ちょっとリフレッシュ。夏休みの課題あるから、ほっといて」
「そ、そう」
ふふふ、完璧だ。これで親の介入は阻止した。あとは俺の目的のために最善の準備をするだけ。
「よし、まずは夏休みの課題全部終わらせるか!」
これから楽しそうなイベントがあるってのに学校なんかの宿題に時間を取られてたまるかっての。今日中に全部終わらせてやるぜ。あの爺さん、明日来るって言ってたけど何時に来るか言ってなかったしな。今日は徹夜だ!
それからの俺はすごかった。過去一番早くに宿題を終わらせて爺さん達が来るのを待った。
「君」
「うおっ⁉︎」
二階にある俺の部屋。窓の外から和沙が顔を覗かせていた。
「普通に玄関でチャイム押せよ」
「お爺ちゃんが、こっちの方が闇の組織っぽいって」
あの爺さん、さては厨二病入ってるな。だがこの場合は普通に玄関から来て欲しい。俺は窓から出るわけにはいかないのだし、どうせ玄関からでることになるのだから。
「今行くから、ちゃんと下で待ってろよ」
「分かった」
和沙はそう返事をすると、幽霊のようにすうっと消えていく。マジで何なの?
「来たか、少年」
「爺さん、意外と早かったな」
「それじゃあ、いくぞ」
「おう」
爺さんの車で連れてこられたのは山の中にある、これまた闇の組織が使ってそうな工場跡があった。
「ここが儂の自宅兼研究所じゃ!」
「爺さん、研究者だったのか」
「悪のマッドサイエンティストじゃな」
悪のって自称なんだ。まあそうか。何かを既になしていればニュースになってるだろうし、世界中の人間から悪って認識されるころには世界征服の実行に移ってる時期だ。
「それじゃ、手術するからな」
「手術?」
「聞いてなかったのか?呆れたもんじゃ。後天的な超能力っていうのは手術で手に入ると昨日説明ひたじゃろう」
なにそれ聞いてない。そもそも手術って何だよ、怖すぎだろ。それにこの爺さんがするのか?大丈夫な気がしない。
「手術は全自動化ロボットがやつ。そんな心配そうな顔をするな。それに儂は某有名大学の医学教授じゃった男だぞ?」
「意外とすごいんだな」
「意外とは余計じゃ」
しかし、ロボットが…。爺さんにやられるよりはマシな気がするがそれでもやっぱり怖い。
「麻酔は?」
「するに決まってるじゃろ。痛みでショック死したいのか?」
爺さんの恐ろしい発言に首をブンブンと振る。俺だって痛いのはいやだ。それに寝ている間に超能力が手に入るなら、それは願ってもない。
「ここまで来たんだ。怖気付いてなんかいられねえよ」
「よく言った。早速手術室に移動するぞ」
爺さんについていった手術室は俺の想像よりも最先端だった。外観からは想像もつかないような綺麗な内装。道具はしっかりと保管され丁寧な手入れが施されている。これだけの施設が病院にあれば、これを見た患者は絶対に安心して手術が受けられるだろう。
「自分の病院持てばいいのに」
「そうじゃろう?じゃが儂の力は世界征服のためにあるのじゃよ」
妙なこだわりだな。
爺さんのこだわりに触れることなく俺は台に横になる。
「幸運を祈る」
「ああ」
頭上のライトの光に紛れるように俺の意識は白くぼやけていった。
眼が覚めると当然手術室の中。隣には爺さんが満面の笑みで立っていた。気持ち悪っ!
「気分はどうじゃ?」
「悪くない」
何よりも超能力が使えるのだ。まだ発動自体はしていないが、使い方自体は分かる。まるで今まで使っていたかのように、使えることが当たり前かのように脳が言っている。手足を動かすのと同じように使い方が分かる。いや、分かるという表現はおかしいか。手を動かすのに、意識しなければ腕の動かし方が分からない人間はいない。
「それで、お前の能力は何だった?」
「瞬間移動」
「ほう?」
俺の能力の詳細を聞いた爺さんの目が光る。良いものを見つけたと言いたげな表情だ。俺の能力はそんなにいいものだろうか。
「爺さん、この力試してもいいか?」
「ああ、こっちに演習場がある。そこで試せばいい。じゃが、外で使う時は細心の注意を払うんじゃぞ。その辺りの説明も今度するから」
「分かった」
俺は早くこの力が試したかった。瞬間移動と言えば誰もが一度は憧れる能力ではないだろうか。学校が遠いと感じる時。終電を逃してタクシーで帰らなければいけない時。友達との約束の時間に遅れそうな時。思いつくシチュエーションはいくらでもある。
「でもこの力って曖昧なとこ多いよな。制限とかってあるのか?」
「それはお前が試さなきゃいけない」
そうだよな。手探りでやってくしかないか。
俺はとりあえず演習場の端から端に転移する。イメージ通り。何度も何度も繰り返す。今度は見えないところへの転移。これは瞬間移動の醍醐味ではないだろうか。
工場の入り口。爺さんと一緒に入ってきた扉の前へと転移する。出来た。演習場に戻るのも問題なく出来る。試しに自分の部屋に飛んでみたけど、それも出来た。
「こんなすぐに色々出来るもんなんだな」
「お前の能力の場合はそうじゃろうな。例えば焔の能力。あいつはあの出力を出すのに一ヶ月かかった。最初はマッチの火よりも弱かったんじゃ。じゃがお前の能力は威力重視じゃないからな」
「ふーん。それで、俺は何をすればいいんだ?」
「お前にはチームを組んでもらう。情報収集班じゃな。その瞬間移動の能力はそういった方面に強い」
「世界征服は?」
「まだ戦力が足りん。じゃが、一年以内には動き出すつもりじゃ」
一年。それだけの時間があれば、出来ることがもっと増えるかも知れない。
それから俺は能力の発展に力を入れた。修行は基本的にこの基地で行う。チームでの連携も磨かなければいけない。何個かに分かれるチーム同士での対抗戦。多人数戦等を想定したロボットによる訓練。戦争になった時のための戦略学習。学校では決して出来ないような体験を俺は学んだ。そのうち基地内での序列も高い位置になった。
ちょうどその頃だ。サーラが俺たちに絡んでくるようになったのは。
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