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僕が僕の推しの尊さを語ることになった訳(後)

「それにしても、こんなにいっぱいわたしのことを書けるって……」


 思っていた間、彼女は一度閉じたノートを再び開き、パラパラとノートをめくっていたようだ。

 そして、ノートで顔を隠し、顔の上半分だけ覗かせながら呟いた。少しだけ見えた頬がほんのりと染まっていた。


「その……わたしのこと、好きなのかなって……」


「あ、えっと、その……」


 好きかどうかと言われれば、正直に言えば……普通に異性としても好きだとは思う。が、それを口に出したところで付き合えるかどうかといえば彼女はどう考えても高嶺の花であり、僕自身がそれに釣り合うだけの容姿と能力と度量が備わっているわけでもないので、僕はやはり何も言えずにいた。

 彼女はそんな僕の無言を否定と受け取ったらしく、


「ごめんね、わたしの自惚れだよね」


 やけに残念そうに肩を落としながら、乾いた笑いを浮かべていた。僕が何かフォローしようとするも上手く言葉を切り出せないと悩んでいるうちに、彼女は会話の脱出口を見つけたのか、また穏やかな笑顔に戻る。


「でも、真岸くんは……人を褒める才能があると思う! わたしがこんなに救われたんだもん!」


「人を褒める才能……」


「うん! だからね、その日記を毎日読ませてほしいなって!」


「ま、毎日!?」


「あ、毎日は流石に迷惑だよね……」


 別に迷惑のつもりで驚いたのではなく、推しのクラスメイトが毎日僕の目の前で僕と同じ空気を吸いながら僕に語り掛けるのを想像しただけで鼻血が耳から吹き出そうだと思っただけだ。

 彼女はすごく申し訳なさそうにしょんぼりしていたが、すぐに何かを決意するように拳を握り込んだ。僕もあの手に握られたい。


「じゃ、毎週! 毎週じゃダメ?」


「毎週……ですか?」


「そ。今日みたいにこうやって放課後に屋上でね。……やっぱり迷惑?」


「そ、そんなことはないです!」


 僕は首がちぎれるくらいに横に振った。これで首が本当に取れたらデュラハンになるかもしれないと思えるほどの勢いであったが、そもそもこの日記をまた本人に見せるなんて、むしろこちらが畏れ多い。


「あ、もちろんタダじゃないよ! お礼は……」


「あ、いやお金とかは……」


「ドッキリマンチョコ!」


「……」


 ウエハース状のシール付きチョコをコンビニでいそいそと購入する彼女の姿を想像した。可愛すぎかよ。


「あ、やっぱり安かった? うーん……だったら毎日箱買いするしか……」


「……お礼なんかいらないですよ。えっと……夢咲さんが許してくれるなら」


「そっかあ。優しいんだね、真岸くん」


 背中の太陽に負けない明るさと暖かさを持つその笑顔がまさしく僕に向けて放たれていると思うと、心が張り裂けて飛んでいきそうだった。この笑顔に一体いくら払うべきなのだろうと僕が考え始めたところで、彼女はもう一歩僕の方に詰め寄って囁いた。


「じゃあ、その優しさに甘えて、もう二つだけお願いしてもいい?」


「いいですよ」


 僕は頷きつつ、そう返した。距離が近すぎてそのまま二酸化炭素をジップロックして持ち帰りたい衝動を抑えて冷静に返せた自分を褒めてやりたいほどだ。しかし彼女は、僕のその言い方に少しだけ不機嫌そうな顔を浮かべながら、「それ!」と指を突き出してくる。


「敬語、やめてほしいな。わたしたち同じ年でしょ?」


「あ……」


 尊さ余って敬語になりっ放しだったのをすっかり忘れていた。学年が同じなのだから当然同じ年なのだが、命の価値が同じだとは到底思えないほどに尊すぎてヤバいって感じだった(語彙力)。

 とはいえ、僕も立場が逆なら同じように嫌がったと思うので、僕は咳払いをして、


「……ごめん、夢咲さん。これでいい?」


「ん。お互い対等にね」


 まだちょっと拗ねているような声は出しつつ、彼女は納得したようだった。敬語を止めたことで普段の調子が戻り始めた僕は、なんとか彼女の不快指数を下げられるように笑顔を浮かべるだけの心の余裕が出てきていた。そのまま、僕は訊く。


「もう一個は?」


「えっと、もう一個はね……」


 彼女はそこまで言ってから、両手で胸を隠すように押さえた。と同時、今度は彼女の顔が火でもついたかのように一気に燃え上がる。


「その……あんまり、胸は見ないでほしいかな。別に嫌ってわけじゃないんだけど、すごく……恥ずかしい……」


 ……そういえば、思いっきり胸のことを書いてたっけ。我ながらセクハラじみてるとは書いていて思ったが。


「あっでも日記で大きいって褒められたのは嬉しいっていうか! これからも書いてほしいっていうか! いや興奮してるってわけでもエッチな気分になったってわけでもないんだけど、その……あわわわ」


 一人でものすごく言い訳しながら、両手を扇風機みたいに回している。なんだろう……この可愛い生き物は……。


「と、とにかく! また日記見せてね! なんでも書いちゃっていいから!」


 彼女はそう言うと、日記を僕の手元に押し付けるように手渡してから、


「じゃ、また明日! ばいばい!」


 台風を巻き起こすかの勢いでバタバタと手を振り、バタバタと走り去っていった。勢いで、ひらりと何か見えたように思えるが、僕はといえばあれが白で彼女の心の清さにぴったりの色だ、くらいのことしか思わなかった。殺風景な屋上に、僕一人が取り残される。


「……夢でも見てるのか、僕は」


 尊い、なんて言って誤魔化してるけれど。


 相手は、好きな女の子だぞ。


 好きな女の子の好きなところをありったけ書いた日記を毎週読まれるって、どんな公開処刑だよ。これならさっさと告白して爆死したほうが良かったのではないか。僕の中に小さな後悔が芽生える。そんな時、ふと、彼女の言葉を思い出した。


「わたしね、褒められないと死んじゃうんだ」


 あれは本当だったのだろうか。いや、どう考えても僕をフォローするための方便だったに違いない。いや、もしかしたらもっとたくさん書かせておいて、後から笑いものにするつもりじゃ……

 そんな悪寒が通り過ぎた時、再び僕の頭に彼女の声が響く。


「でも、真岸くんは……人を褒める才能があると思う! わたしがこんなに救われたんだもん!」


 ……そうだよ。彼女は……夢咲七海ちゃんは僕を信じてくれたんじゃないか。だから僕も信じるんだ。後で笑いものにされたとしても……推しの笑顔を傷つけるなんて、人間としてあり得ないのだから!

 とにかく、また日記を書いてみよう。笑われるのは、それからだ。



 ――こうして、僕の世にも奇妙な日記公開が、始まったのである。

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