クロと雨のお散歩
クロが、くい、と私の服の袖を甘噛みして玄関ドアの方に引っ張った。
「クロ。……散歩行きたいの? 外は雨だよ?」
夜桜見物以降、ちょいちょいとクロと夜を中心に散歩していた。休日は朝や昼間にも行くが、人が多くて、つい気になってしまうのだ。
私以外に、クロを見える人がいないか。……そして、クロが私より気になる人がいるのではないか、と。
まあ仕事で疲れてるのと、ちょくちょく持ち帰りの仕事があるのも大きい。
休日は時間の許す限りクロを触っていたいというのもある。
しかしそれはそれとして、ワガママらしいワガママを要求した事のない黒犬さんの、唯一の望みだ。
視線を合わせて私を見つめるクロに、微笑んで頷いた。
「……いいよ。行こっか」
梅雨時の気分を晴れやかにしてくれるスカイブルーの傘を差し、揃いのカラーのレインコートを羽織って、クロと夜の街へ繰り出す。クロに合うレインコートなどあるはずもないのでずぶ濡れだが、随分と楽しそうに軽やかなステップで歩いている。私の早足と、丁度同じぐらいの早さだ。
三十分ほど近所を散歩した後、満足したのか立ち止まるクロ。
「もういいの?」
クロが我が家への道を辿る。後を追った。
私もお風呂まだだし、ここは一緒にお風呂とかどうだろう。濡れ犬の足を雑巾で拭くとか実は一度やってみたかったし、大型犬をシャンプーするとか夢だった。
あ、全身プルプルして水を払うのとか見られる?
イベントの予感にちょっとワクワクしながらアパートの入り口まで来ると、屋根のある方へ歩き続けるクロ。
「あ、クロ、待っ――」
すう――っとクロの色が一瞬薄くなった。毛先は白く、淡く、まるで朝靄が陽の光に照らされた途端に消えていくような儚さで。
同時に、クロを濡らしていた大量の水がばしゃりと地面に落ちて跳ねた。
クロは、いつもと同じふんわりとした毛で、完全乾燥済み。
雨の当たらない所で、私を待っているクロ。そう言えば、今までも足とか拭いてないけど家の床綺麗だったわ。
「……うん、お利口さんだね」
私の夢は露と消えた。