クロと夜桜見物
「ね、クロ。ちょっと外出てみない?」
帰宅後、尻尾を振ってお出迎えしてくれるクロに手招きしてそう誘った。
いつも家にいるこの黒犬さんだが、運動不足による不健康という言葉には無縁に思える。
のそりと歩き出すクロ。アパートの廊下がクロで一杯になった。
今日はエイプリルフールだが、それとは関係ない。先延ばしにしていた初外出にして、夜桜見物だ。
歩き出すと、自然にクロは私の隣を歩いた。普段ごろごろしている、この巨大な生き物が歩くのを見るのは新鮮だ。
いや、この子ほんと大きいな。
隣を歩くだけで幸せな生き物がいるとは、思わなかった。
近所の河川敷まで歩く。たまに自転車やジョギングの人とすれ違ったが、クロに注意を払う様子はない。
外を一緒に歩く際の、一番の不安要素が消えてほっとする。
やっぱり、この子は、他の人には見えないのだ。
自分にしか、見えないいきもの。
河川敷に着くと、街灯に照らされた満開の桜。いや、もう満開を少し過ぎているだろうか。
昼間の暖かくなってきた熱を忘れたような夜の涼しい風が、ふわりと花びらを枝からもぎ取っていく。
まだ鮮やかな薄桃色の花びらがクロの黒い毛皮に点々と付いて、より一層鮮やかに見える。
遠山の金さんみたいだぞこいつめ!
クロもどことなく楽しそうなのが嬉しい。
また時間を作って、一緒に散歩に行こう。