マーロウは不思議な子
「なんということをしてくれたのでしょう」
リヒャルドが呟く。
街一帯の蠢く暗闇がマーロウの放った光をまとう風によって払われ、まるで昼間のような輝きと傷を癒やす効果に人々が歓声を挙げていた。
「ワタクシの力によって街全てが暗闇に包まれたあの光景が、今や謎の光をまとった風で満ち溢れ人々に更なる活気をもたらしております。これには街の住民もビックリ……って違う違う違ぁああうッ!!」
リヒャルドが鋭い眼光をマーロウに向ける。
一瞬身体をビクつかせながらもマーロウは負けじと若干涙目になりながら睨み返した。
「勝手な横槍を入れた挙げ句、ワタクシの力まで跳ね除けるですとぉ?」
ピエロメイクの顔に憤怒が宿る。
だが完全にイリス達の優勢となった今、これ以上の戦いは無意味だ。
「……ガキとはいえ精霊の力は侮れんか。いいでしょう、大人しく撤退しましょう」
「待ちなさい」
リヒャルドが背を向けようとした直後、イリスの殺意を孕んだ声が彼を止める。
「……アタシに刀を抜かせた奴は一撃で殺す。そう決めてるの。撤退なんてあり得ないわよ?」
この好機を逃すかと言わんばかりに切っ先を向ける。
イリスの眼光を思わず見たマーロウはその場にへたり込んでしまった。
だがリヒャルドは逆にイリスを嘲笑う。
「ワタクシの目的はあくまでそこの小僧です。無論アナタは最大の課題となってくるでしょうが……。今は最善策を取らせていただきますよ」
イリスが驚異的な跳躍を以て斬りかかった直後、リヒャルドの身体は一瞬にして無数の鴉となって消えた。
大太刀を振り上げたまましばらく硬直したが、溜め息の後に納刀。
敵を仕留められなかったことはイリスにとってはストレスだ。
だが今はそんなことよりもマーロウだ。
「……大丈夫?」
振り向きざまに声を掛けゆっくり歩み寄る。
マーロウはへたり込んだまま動けない。
「うぅう……怖かった」
「でしょうね。立てる?」
「……立てない、おかしいな。力を……使い、過ぎたの……か、な」
そのままマーロウは脱力し仰向けになる。
気を失っている、命に別状はなさそうだが……。
(こんな小さな身体であれだけの力を……やっぱり負荷が物凄いんだ)
精霊の力に関しては未だに謎だ。
なにより虚怪と精霊が敵対関係だったのは驚愕の事実。
マーロウと出会い、リヒャルドと戦った。
この間にどれだけの収穫があったか。
精霊を知ることで虚怪を知ることが出来るかもしれない。
そうとわかれば方針は決まった。
精霊について詳しいことがわかる場所を知っている。
呪導師達の街、その名も"イビル・ビューティー・ホロウ"。
そこへ行けばなにかがわかるはずだ。
そして姉の行方や姉をさらったあの虚怪のこともわかるかもしれない。
「まずはこの子ね。休ませてあげなくちゃ」
賃金上、宿を再度とることは出来ないので民家でせめてマーロウだけでも一晩預かってもらえる所を探した。
そして運良く親切な老夫婦の家を見つけた。
2人共上がらせてもらい、マーロウはベッドで寝息をたてながら休む。
イリスはその傍らで壁に寄りかかるように眠ることにした。
イビル・ビューティー・ホロウへ行くには馬車で違う街まで行って、そこから徒歩で向かう。
まずはこの街で仕事をしてから向かうこととなる。
(この騒ぎだったし……ギルドも大変そうかもね。しかし、精霊……か)
マーロウ、曰く精霊の子。
精霊に関しては漠然なイメージしかない。
深まる謎は静かになった暗闇と共にイリスの瞼を重くしていった。
考えれば考えるほどに眠気が押し寄せてくる。
戦いの疲れを癒やす為、イリスもまた深い眠りへとついた。