奥義・縁斬り
「ワタクシの名はリヒャルド。かつては戯曲王とまで呼ばれた劇作家でございます。ひょんなことから虚怪から素敵なパワーを貰いましてね。さぁてそこの精霊の坊ちゃん。ワタクシにぶっ潰されておしまいなさい」
「待ちな。この子が精霊ってのが意味わかんないんだけど?」
自らの正体に困惑するマーロウと舌なめずりをするリヒャルドの間に割って入るイリス。
「おやおや人斬り様がうるさいですねぇ~。黙っとってつかぁさいな。君には関わりないのよん、さて……魔物化した影響なんでしょうかねぇ? 精霊を見ると……ムカムカしちゃうんですよねぇ。潰したいくらいに」
「……やらせると思う?」
「お~っとっと。人斬りの母とまで呼ばれたアナタに馬鹿正直に突っ込むなんて無謀はしませんよぉ~? たったの一撃でどんな敵も抹殺する女剣士。ワタクシ、よぉく存じております。ただ……」
リヒャルドが指を鳴らすと暗闇の中から這い出でるようにリヒャルドの分身達が現れる。
同じピエロメイクでニタニタと笑いながらイリスとマーロウに殺意を向けていた。
「……踊っていただきましょう。これだけの人数、果たしてどこまで捌けますかな?」
「いつまで能書き垂れてんのよ。────人数分だけ刀を振ればそれで全て終わるわ」
イリスは大太刀を引き抜く。
これだけの大人数を相手に戦うというのか。
この光景を見たマーロウは再び恐怖に襲われた。
なぜ自分が狙われるのかすらわからない。
精霊という存在、虚怪という存在。
それらは一体自分となんの関係があるのか。
しかし考える時間などなく戦闘の火蓋は切られてしまう。
「さぁ踊れッ!」
「こっちですよぉ~」
「ホラホラホラァ!!」
ランダムに動き回りイリス達を囲みながら蠢く暗闇を操る。
闇の魔術かなにかと似ているが、まったく次元の違う技だ。
「ひぃッ! 来たぁ!」
「マーロウ、大丈夫。……アタシから離れないで」
蠢く暗闇が無形ながらもその悍ましい力を2人にぶつけていく。
魔術師達が光の魔術等を行使しても抑えられなかった未知なる力。
リヒャルドはほくそ笑んだが、次の瞬間度肝を抜かれることとなる。
「き、貴様……ッ!」
イリスとしがみ付いていたマーロウは無傷でその場に立っていた。
暗闇にのまれもせず、刀を引き抜いたまま佇んでいる。
奥義・縁斬り。
異能や祟りなど、自分に降りかかるあらゆる悪縁を断ち切る為の各々の斬撃及び魂の境地。
それはときとして邪気や敵の幸運さえも退ける。
この奥義の前には蠢く暗闇さえもイリスを傷つけられない。
運命操作も精神干渉も全ては断ち切られるべき悪縁として処理される。
まさに虚怪や魔物化した存在を狩るにはうってつけのゴミ処理屋。
同時に人間からも恐れられる人斬りの母。
「アタシに恐怖は通じない。どんな困難さえも斬り伏せる……。一人一太刀でいいわね?」
大太刀を正眼に構え重心を低くどっしりとした構え。
魔物は魔術でも銃でも中々死なない。
だが今のイリスの殺傷能力はそれを上回る。
獲物の傍にいる女剣士の桁違いの力を前にリヒャルドは思わず身震いを起こした。
悪寒────?
否、武者震いだ。
「いぃぃいいですねぇえ!! やれるものならやってみなさいッ!!」
リヒャルドの叫び声の直後、またしても信じられないことが起こる。
────イリスが消えた。
音もなく、影もなく、そして気配もなく。
彼女の姿が忽然と消えた。
今いるこの空間から姿を消したのだ。
そして消えたとほぼ同時にリヒャルド本体を除く分身全てが真っ二つになって消滅した。
零縮地。
それは瞬間移動にも等しい妙技。
音も気配もない、無音静寂を保ったままに相手の懐に潜り込むことが出来る技。
中でも1番恐ろしいのが零縮地からなる斬撃であり、それを《零斬》と呼ぶ。
殺気はおろか太刀筋すら相手に感知させず、急所をえぐることの出来る恐ろしい技だ。
この斬撃を見切れるのは、同じく零縮地を習得した者以外にありえない。
縁斬りと零斬の合わせ技。
気づけばイリスはマーロウの元へ戻っておりゆっくりと納刀していた。
「ハハハ、ハッハッハッハッハ!!」
リヒャルドは狂ったように拍手喝采を送る。
イリスは彼の態度に今までの相手とは違うなにかを感じた。
「楽しくなってきましたよぉ? そろそろ本気で参りましょうか。序章はここまでです」
「オーケイ。一太刀でケリをつける」
二人の間から流れる悍ましいまでの闘気。
きっとこの街が壊れる程度ではすまないだろう規模の戦いをマーロウは素人ながらに予想した。
それは阻止せねばならない。
「い、イリスお姉ちゃん! 逃げよう! 戦っちゃダメだよ!」
「ちょっと黙ってなさい。ようやく温まってきたトコなの」
「坊やは後でたっぷり料理してやるから……待っててよん」
2人共妙なスイッチが入ってしまい今にも爆発しそうだ。
心なしか目が血走っているようにも見える。
(ぼくが……ぼくがなんとかしなきゃッ! でもどうすれば!)
マーロウは必死に考える。
すると胸の奥でなにかが呼びかけた。
────精霊の力を使え、と。
(力を────? この戦いを止める為の力を……ッ!)
次の瞬間、マーロウはイリスの前へ出てリヒャルドと向き合うように立つ。
「え、ちょ……なにッ!?」
「小僧ッ!」
この戦いを止める力でありこの街の人々を守る力。
マーロウの身体が黄金の輝きに包まれ、掌に魔力ともゴーストや魔物の物とも違う力が宿っていく。
「────"風"よッ!」
光の奔流をまとった風がマーロウよりより街全体へと駆け巡っていった。
「こ、これは────ッ!!」
リヒャルドが叫ぶ。
それはイリスも見たことのない神秘的な光景だった。