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ぼくはマーロウ、アタシはイリス

 ────ザシュッ!!


 イリスの寸部の狂いのない白刃一閃が虚怪ゴーストの腹を斬り裂く。

 彼奴の身体が一瞬跳ね飛ぶように反応した。


 血は出ていない。

 虚怪は仰け反ったまま硬直する。


 イリスは終わったと言わんばかりに再び納刀。

 虚怪に対し背を向けて男の子の方へと近づく。


「あ! お姉ちゃん! ゴーストまだいるよ、まだ倒せてないッ!!」


 男の子が叫ぶ。

 だがイリスは平気そうな顔で首を横に振った。


「だいじょーぶ。あれでもうなんとかなってるから」


「なんとかってッ! ……あ、あれ?」


 男の子が虚怪の方を見るとなにやら様子がおかしい。

 まるで飼いならされた犬のようにその場に座り込んでいる。


 なにごともなかったかのように、廃村の風景をぼんやりとみているようだった。

 そしてそのまま霧のように霧散し消える。


 戦いが終わり、あの喧騒は嘘のように2人を夜の廃村特有の不気味な静けさと暗さが包み込んでいた。


「虚怪はどんな手段を用いても殺せない……。長年研究されてきたけど唯一殺せるのは虚怪に魔物化されたモノだけ。……でもアタシの刀と技ならあんな風に無力化出来るの」


 そう、虚怪ゴーストは殺せない。

 今まで様々な方法が試されてきたがどれも効果はなかった。


 魔物化の期間が短いとはいえそれでも被害規模は小さくない。

 虚怪を倒すことは実質不可能とされている。



 だがイリスのこの大太刀は違った。


 ある日彼女が極東の島国まで足を運んだとき、廃れた神社を見つけた。

 山奥の忘れ去られたような場所にあり、苔や草木で境内が溢れかえっていた。


 そこはかつての『縁切り神社』であったそうな。

 かつての災害で誰も訪れることがなくなってから大分経っているらしい。


 奉納されていた『縁切りの大太刀』と一冊の『奥義書』


 イリスはしばらくその神社に籠り奥義書の訓練をした。

 その奥義こそ文字通りの『縁斬り』


 異能や祟りなど、自分に降りかかるあらゆる悪縁を断ち切る為の各々の斬撃及び魂の境地。

 荒唐無稽とも言える技であったが使ってみればあの虚怪を鎮静化出来るというのだから驚きだ。

 


 今となっては彼女の愛刀として前線にて活躍する。

 そして今、あの男の子を助ける為に使用した。


「こっちおいでー」


 そう言ってイリスは男の子に降りてくるよう手招きした。

 男の子は素直に高台から降りてイリスの元まで短い足で一生懸命に走ってくる。


 こんな夜の時間に、しかも物騒な廃村に子供がいるのは途轍もなく奇妙なことではある。

 だがイリスはこの男の子が何者であるかを知りたかった。


 天空から光をまとって舞い降りて、巨大な魔物を一撃で葬ったあの魔術とはいささか違うパワー。


 虚怪ではなさそうだが……。


「ねぇ、アンタ名前は?」


「マーロウ。それがぼくの名前だよ。お姉ちゃんは?」


「イリス・マルヤム。見ての通りの剣士よ」


 マーロウと名乗る男の子。

 白を主とした出立にはどこか先住民的な紋様や装飾が施されている。


 金色の髪にまん丸な青い瞳。

 背は小さく大体7歳か8歳か、それくらいの年齢の幼い子だった。


「マーロウ。アンタは何者なの?」


「ぼ、ぼく……?」


「アンタ空から光に包まれて降りてきたのよ?」


「その……ぼく……」


 風が吹き木の葉が寂しく揺れては落ちる。

 同様にマーロウも俯いてしまい表情に影を落としていた。


「思い……出せない」


「へ?」


「わからない。どうしてぼくがここにいるのか。お父さんやお母さんの顔もどこに住んでたかも……」


 次第にグズグズと泣き始めてしまった。

 こういうときどうすればいいかなどイリスにわかるはずがない。


「あー……じゃあちょっと質問変えていい? アンタあのとき変なビーム出したじゃない? その前に詠唱かなにかをやってたみたいだけど……。あれってももしかして"精霊のうた"?」


 精霊のうた。

 それは昔から伝わる童謡のようなものだ。


 大地と天空を讃える歌であり各地によって様々な表現方法がある。

 イリスがあのとき聞いたのは、そのメロディだった。


 しかし童謡があの凄まじいパワーを引き出す呪文かなにかだなんて聞いたことがない。

 もしそうだとしたら今頃世界中大惨事になっているだろう。


「せいれいのうた? ……う~ん、よくはわからないけど……あのときこれだけは思い出せた」


 ────"困ったときやどうしようもなくなったとき、このうたを歌いなさい"

 マーロウの頭にかすかに残っていた記憶の残滓。


 男とも女ともとれぬ声が脳裏にこびりついていたのだ。

 そしてあの巨大な魔物をみたとき、行動に移したということらしい。

 

 勇気のある子供だ。

 素直にイリスはそう思った。


「……精霊のうたがあの力の引き金、か。う~ん……どうしよっかな」


 不安そうに見つめてくるマーロウを見下ろしながら考える。

 今まであらゆる魔術を見てきたがあの力は魔術とは似て非なるもの。


 なにより魔力の波動を感じなかった。

 それこそ自然の力が意思を持ってマーロウに味方をしたような。


 ここへ来る前幻覚の神父が言っていたことを思い出す。

 この先へ行けば災厄が訪れる、と。


 それが彼なのだろうか?

 そう言えば虚怪はマーロウを襲おうとしていた。


 あの行動はなにを意味するのだろう?

 考えるほどに謎は深まるばかり。


 ただひとつ言えることは、マーロウを中心になにかが起ころうとしているのではないかということ。

 イリスは決断を下す。


「ねぇマーロウ」


「な、なぁに?」




 ────アタシと一緒にこない?


 これこそがふたりの馴れ初めであった。

 

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