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廃村の虚怪

 廃村広間にはあの光の名残がフワフワと浮かんでいた。

 よく見れば光の中になにかが見える。


 人の姿をした小さなシルエットだ。

 

 イリスは警戒しつつも歩み寄ると、脅威の存在が廃屋の残骸から飛び出てきた。

 瘴気のように不定形かつ不安定で、辛うじて小鬼のように見えるなにか。


 虚怪ゴーストだ。

 光に向かってケタケタと笑いながら向かっていき、しきりに光を攻撃して中身を取り出そうとする。


 光が砕けるように散り、中から出てきたのは小さな男の子だ。

 気を失っているのかぐったりして動かない。


 イリスが大太刀を引き抜こうとした直後、気配を感じ取った小鬼が振り向いて小さく唸った。

 近づくなと言わんばかりに威嚇しながら虚怪は指を鳴らすような動作をする。


 すると、周囲に会った草木や獣、泥や壊れた人形が歪な形へと変質していきそれぞれ意思を持ったかのように動き始める。


 虚怪いるところに魔物あり。

 虚怪は悪さをするとき、周囲にある物品や生き物を"魔物化"させる。


 ただし魔物化は強力な分魔物としての活動期間にムラがある。

 1時間で元に戻ることもあれば1ヶ月も暴れまわるものもいるとのこと。


 ごく稀にだが人間も魔物化するらしい。


「……」


 そうこうしている間に魔物の数は一気に増えて、尚も虚怪に歩み寄るイリスを魔物達が囲んでいく。

 爪のような部位を煌かせ、廃屋の木材を手に取り棍棒のように振り回した。


 虚怪が合図を送ると魔物達は一気に四方八方からイリスに襲い掛かった。

 人間とは違うおどろおどろしい殺気。


 通常であれば恐れ腰が引けてしまうだろう。

 だがイリスは口角を不気味に緩ませ、ローブの下で冷静な手つきで佩緒(はきお)をほどく。


「グァアアアッ!!」


 咆哮を上げながらイリスに一斉に攻撃した。

 


 ────しかしイリスの姿はすでになく、魔物達の攻撃によってローブが地面に押し付けられているだけであった。


 魔物は勿論虚怪すらも辺りを忙しなく見渡し始める。

 突然消えたイリスに狼狽し、男の子から目を離していた。


 男の子は意識を取り戻し薄っすらと目を開けている。

 目の前に広がったのは暗雲が立ち込める空。


 その隙間から覗く月の光が地に差した直後。

 男の子はなにかが光と共に飛んでくるのを目の当たりにした。


「グギャッ!?」


 納刀状態の大太刀が凄まじい速度で上空から飛んできて魔物の身体を貫通した。

 崩れ落ち死した魔物に呆気にとられ次の反応が遅れてしまう。


 攻撃はまだ続いていた。


 死んだ魔物の上に音もなく着地するイリス。

 迷彩柄の忍装束が月光に映え、眼光鋭く大太刀の柄を取ろうとする。


 姿を現したイリスに驚くも再び出会えた獲物を逃すまいと再度全員で襲い掛かった。


「ここはアタシの陣地よ魔物共」


 柄を逆手で握りそのまま勢いよく抜刀。

 三尺三寸の刀身が月光に煌めく。


 孕んだ光は剣閃となり魔物を斬り裂いていった。

 逆手抜刀による逆さ斬り。


 1匹目を袈裟斬りに、2匹目を横薙ぎにてその腹を一文字に。

 噴き出る血を躱しながら独楽のように身体を回し次々と斬滅していく。


 不安定な魔物の背中にも関わらず一切ブレぬ技のキレは魔物でさえも恐れさせた。

 最後の1匹は脇を縫うようにして刀身を背後に突き出して、急所を串刺しにする。


 絶命を確認し切っ先を引き抜くや逆手を止めて通常の持ち方で血振りをひとつ。

 突き刺さっていた鞘を引っこ抜き納刀した。


 "一太刀あれば事足りる"。

 これは彼女が学んだ流派の教えのひとつだ。


 『ひとり一太刀で仕留めそれ以上は振らぬ』


 『一太刀振るえば必ず一人は殺す』


 イリスはこの信条に共感し、自身もまた相手を一撃で殺せるよう肉体及び精神の鍛錬を積み重ねてきた。

 例え幾多の罠があろうとも対多数であろうとも、向かってくる敵は必ず一太刀で殺す。

 そういった教えを彼女は歳と共に成長していくたびに可能にしていった。

 

 特に人間相手なら全て一撃で葬ることが可能だ。

 魔物も種類にはよるが、このごろは大抵一撃で倒せるほどにまで成長した。


 こうした強さと精神力であらゆる任務を全うしてきたことから、剣士の界隈でも知らぬ者はいない。


 これが『人斬りの母』と呼ばれる所以。

 あらゆる状況下でも己の最適解を見出し剣を振るってきたことから銃や魔術にも勝る超人であるとも。


   


 虚怪はイリスが軽々と魔物を退治したのが気に入らないのかひどくご立腹だ。

 魔物は大抵頑丈で、剣はおろか銃や魔術でも中々死なない。


 しかしまるで息をするかのように平然と倒してしまったイリス。

 それは彼女の持つ大太刀と修めた『奥義』に秘密がある。


「……生憎アタシの武器は普通のよりちょっと違うの。……まだやる気?」


 虚怪に語り掛けるイリスに殺気はない。

 それが余計に不気味だ。


 虚怪が男の子を人質に取ろうとした。

 だが────気づけばそこに男の子は見当たらない。


「ギギギッ!!」


 虚怪は再度魔物を創りあげる。

 今度は家々を巻き込んだ巨大な魔物。


 廃屋や植物、周りにある岩やらなにもかもを材料に死1匹の魔物として顕現させた。



「オーケイ。もっと壊してあげる……ッ!」


 巨大ではあるがあのゴーストの創り出す程度なら、これは見せかけだけのデカブツだ。

 こんなのよりさっきの盲忍のバクを相手にした方がよっぽど手強い。


 さっさと片付けようとしたそのとき。




「……────」


 声が聞こえる。

 歌声のような呪文のような。


 綺麗で澄んだ幼い声がこの廃村に響いている。


(なにかしら。もしかして……あの男の子? いや、まさかね)


 そう思った直後、巨大な魔物の動きは徐々に鈍くなっていく。

 虚怪もイリスもなにが起きたのかわからず、困惑の色が隠せない。


「こっちだよ!!」


 声の聞こえた方向をみると高台に上ったあの男の子がいた。

 掌を天にかざし力強い表情で巨大な魔物を睨みつけている。


「やぁッ!!」


 次の瞬間彼の掌に光が収束し、投げるようにして放つと稲妻のような軌道でその巨大な魔物の胸を貫いた。


 轟音と共に崩れ落ちる魔物に思わず呆気にとられた。

 

「あれは魔術? いや、魔術にしては……」


 イリスは男の子の方を見る。

 あれは魔術というにはあまりに異質な力だ。


 それこそもっと強大な意志からなるエネルギー。


「……ま、後で言及してみるか。その前に……ッ!」


 イリスは凄まじい跳躍にて虚怪との距離を詰める。

 一瞬のようにして間合いを詰められた虚怪は驚くもなんの抵抗も出来ない。


「とっとと帰りなッ!」


 大太刀による抜刀一閃。

 彼女の刃が虚怪の身体を斬り裂いた。

 

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