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首吊り街道

 あれから9年後の真夏のとある夜。

 生温い風が吹き、夜空に暗雲が覆った。




 ────首吊り街道。

 俗にこう呼ばれるこの古い街道の脇には大きくそびえ立つ杉並木がある。


 その木の枝枝にはまるで祭日の飾りつけのように首を吊って死んだ者達が年中ぶら下がっているのだ。

 それぞれの木の表皮にはよじ登った際に出来たとされる無数の爪痕等がある。


 誰かに手伝ってもらったのではなく自らの力のみで登ったのだ。


 犠牲者は年々増えこの国のお偉い様方も頭を悩ませていた。

 なぜこのようなことが起きてしまっているのか詳しいことは不明。


 だが……噂では"ある存在"の仕業ともされている。

 突如として現れた、あの身の毛がよだつほどに恐ろしい物の怪共。

 

 通称『虚怪ゴースト』と呼ばれている存在達だ。

 


 ────そしてここにもその正体を探ろうと旅をしている者がいる。

 過去に最愛の姉をさらわれ、絶望の淵にまでたたされた少女。


 闘う力を身に着けたイリス・マルヤムは傭兵等をしながら情報を集めていた。

 かつて聖騎士の姉と同様、剣の遣い手として世界中を旅してまわっている。


 彼女を知る者は"人斬りの母(ブラッディ・マリー)"と呼ぶ。 



 そんな彼女は訳あってこの街道を歩いていた。

 次の街へ行く為の近道だ。


 危険な道のりではあるが、有り金が少なくなってきたので早急に稼ぐ必要がある。


 進んでいくと見えてきたのは分かれ道。

 右へ抜けると集落だ。


 だがそこにもう人はいない。

 数年前に滅んだと聞いている。



 イリス・マルヤムはローブをマントのように羽織り暗い道を進んだ。


 今年19歳になる少女で凛とした目付きに亜麻色の長髪。

 顔に表情はあまりなく、常にアンニュイな雰囲気を醸し出していた。


 ローブの下は迷彩柄の忍装束のような、少し露出の多い出立となっている。

 身体つきはやや平坦でありながらも、鍛錬を重ねた者のみが持つ無駄のない肉質。


 修めた流派こそ不明だが数々の異能者や豪傑をその手で屠って来た実力者。


 愛刀として腰には刀身3尺3寸の大太刀を天神差しにして佩き、いつでも引き抜けるよう周囲に気を張っていた。



 

 

「ようイリス。相変わらずノロマしてんなぁ?」



 木々の間から声が聞こえる。

 そこには見知った男が立っていた。


 黒いレザーアーマーでその身を包み、目には梵字が描かれた布を巻いている。

 歳はイリスよりずっと年上で、裂けんばかりに歪ませる笑む口からは鋭くとがった歯が見えた。


 様々な武器をその身に備えその姿は『歩く武器人間』と化している。


「……盲忍のバク、か」


「如何にも。おぉっとそう構えんな。今俺様は仕事中だ。聞き覚えのある足音と息遣いだったから挨拶しただけだよ」


 『盲忍のバク』

 極東の島国の生まれで忍者と言われる影の集団に属していた。


 現在は凄腕の殺し屋として世界中を飛び回っている。

 盲目ながらも忍びとしての腕は一流。


 その超人的な能力の高さと卓越した武器術はトップクラスの実力者であることの証明。

 なにより目に付くのは彼の腰についている異様な武器だ。


「それ……今流行のリボルバーってやつ?」


「ピースメーカーと言ってくれ。俺様のようなタフガイにぴったりのカッコいい武器さ」

 

 そう言ってバクは腰背部と右腰部のショルダーホルスターから回転式拳銃を2挺取り出し見事なガンスピンをして見せる。


 それにしてもピースメーカーとは……。

 名前に反してそこら中で血飛沫地獄が作れそうな武器である。


「イリスお前もどうだ? 刀一本じゃあこの先きついぜ?」


「……銃はアタシの主義じゃない」


「へっ、頭の固ぇ女だ。……じゃあもう行くぜ。今度の客は金払いのいい奴だが時間にうるさいからな」


「あっそ」


「……テメェとはいつか必ず決着をつける。そのときまで精々無駄死にしねぇこった! カッカッカッ」


 そう言うや音もなく姿を消した。

 相変わらずお喋り好きな忍者だ。


 それはともかくとしてイリスは再び歩みを進めた。

 廃村を越えた先には街があるからだ。


 その街で一仕事して稼ぐわけだが一番の難所がある。

 それが今から通る廃村だ。


 ────きっと出る、虚怪ゴーストが。


 

 鯉口を切るように刀に手を添える。 

 懸念を抱きつつもイリスは道を進み続けた。


「……ん? あれは」


 ようやく廃村が見えてきた辺りのことだった。

 空から廃村の方へ輝くなにかがゆっくりと舞い降りるのが見える。


 今までに見たことのない神秘的な光景だ。

 仄暗い大地と廃村に柔らかな光が広がっていく。


 純粋に興味を持ったイリスは駆け足で廃村まで行くことに。

 だが、それを阻む声と存在が突如目の前に現れる。




『行ってはダメだイリス・マルヤムッ!!』


 突如目の前に現れたのは神父服をまとった50代近いであろう男性。

 彼女を制止するように右手を前に出しきつい口調で叱った。


「……またアンタか」


『イリス、今ならまだ間に合う。あそこへ行けばとんでもない災厄に見舞われるぞ』


 彼の名は『ヴィルヘルム神父』

 イリスの幻覚の中にのみ現れる謎の存在。


 傭兵として動き始めた時期からイリスの前に頻繁に現れるようになった男であり、なにかとイリスを説教したがる。

 最近の悩みの種のひとつでもあるのだ。


「アタシはこっちに進みたいの。邪魔しないで」


『あの廃村へ行くことは断じて許さん。君は自らの人生を見つめ直す義務があるッ!』


 ガミガミと頭ごなしに怒鳴り散らすこの幻覚に常々嫌気を感じる。

 

「なんで行っちゃいけないのよ?」


『行けばまた君はその剣を抜くだろう。今の君の剣は惨劇しか生まない。いいか、君は狂っている。私の言葉に耳を傾け魂を浄化すべきなのだ』


「うっさいってば!」


 そう悪態をつきつつ神父の脇を通り過ぎる。

 神父は溜め息をつきつつも幻覚らしく忽然と消え去った。



 ────廃村。

 中央には広間があり教会や小さな学び舎らしきものまである。


 入口には旅人を歓迎する文章が書かれた看板があるが、オンボロで詳しい文字を解読するには至らなかった。


 どの建物も長い間風雨に曝され、崩れているものもあれば苔が生え蔦が絡まっているものもある。

 今や無人の場となったこの廃村で、イリスは嫌な気配を感じ取った。



「……いる。中央にある広間ね」


 大太刀の鯉口を切る。

 そしてゆっくりと広間の方へと歩いていった。

 


 

 

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