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森の奥で出会ったのは、かつての嫌味な美人将校

 ミシマと名乗るクソザコスライムは飛び跳ねながら2人に近寄る。


「数年前に虚怪ゴーストに魅入られたせいでこのザマや。魔物化は期間限定ちゃうんかい!」


「……人間が虚怪によって魔物化すると、比較的長くなっちゃうみたいね」


「イリスお姉ちゃん! プニプニ! これすっごいプニプニだよ!」


「ちょ、やめぇやガキ! あーもう……」


 目を輝かせるマーロウに玩具のようにされるミシマ。

 半ば諦めかけで、ミシマは溜め息交じりに近況を話した。


「こんな森の中に()()人が入ってくるとはなぁ。最近は騒がしいなったもんや」


「また? この森ってそんなに人間の出入りが多いの?」


「とは言うても、大抵が軍人や。……あの軍服はグルーフィン帝国のもんやな。間違いない。以前あそこの女性士官に何度もナンパしたことあるでよう覚えとる」


「グルーフィン帝国の? ふぅん。なんの用かしら」


「多分、虚怪ゴーストと魔物の調査やないか? この国も近い内に帝国の傘下に入るで、その前に現地査察しとんやろ。この森にも虚怪出るって話やしな」


 物珍し気にミシマのスライム体にベタベタ触れるマーロウにげんなりしつつもミシマは説明を続ける。

 その中でイリスが個人的に興味を持った情報を得た。


「ちょっと奥へ入ることになるけど、野営地があるんや。そこに軍人さんが仰山ぎょうさんおるわ。……その中でとびっきりの美人がおるねん。長い金髪に緑がかった綺麗な瞳、小麦色の美肌! 軍服という堅苦しい格好でありながらも、あのはち切れんばかりの胸部の美しいラインでぱっつんぱっつんや!! タイトスカートがまたたまらん……どや?」


「いや、どや? って聞かれても。……だけど、もしかしたら」



 彼の話す女性への思いには興味はなかった。

 だが、その人物が誰を指しているのかイリスには心当たりがある。


 憎しみではなく、妙な懐かしさ。

 胸糞悪くなる過去の思い出と虚脱感に近いものがイリスの胸中で黒く駆け巡る。


「……案内してもらえる?」


「お、ええけど。どうしたんや?」


「そいつを知ってる。……2年前に出会い、アタシは傭兵として彼女の部隊に所属してたことがあるの」


「……なんや深い理由がありそうやな。よっしゃ、案内したる。オレもそのべっぴんさんに会いたいしな! ウワハハハハッ!」


「……ねぇ、君を抱きしめたままでいい?」


「降ろせや」



 こうしてミシマの案内の下、野営地まで足を運んだ。

 マーロウに抱きかかえられながらも、ミシマは比較的安全な通り道を選んでくれる。


「ここら辺も最近は魔物が増えてるでな。余計な戦闘は避けるべきや。……さぁ着いたで。あそこが帝国軍の野営地や」


 森の中にあった広場。

 そこには物資やテントが立ち並び、幾人もの兵士達が周囲を警護している。


「兵士の大半は銃を持ってる。……ウィンチェスターね。腰にはサーベルとガンベルト、か。流石は帝国、最新式の装備ね」


「そりゃあ、魔物やら虚怪やらと戦うんや。生半な装備じゃ殺しきれん」


「銃でも中々死なないのよ連中は。……さ、行くわよ」


「行くって……おい姉ちゃん! 待てや!」


「まてやー!」


 イリスに続き、ミシマの口調を真似たマーロウが続く。

 堂々と歩いてくるイリス達を見て、兵士達はギョッとして銃口を向けながら進路を閉ざした。


「動くな! 止まれ!」


「貴様何者だ? この国の軍人ではないようだが……」


 兵士達にジリジリと詰め寄られる。

 凄まじい殺気と警戒心が向けられ、思わずマーロウはミシマを抱きしめたままイリスの後ろに隠れた。


「────……ここに『エリーシャ・チャフグレネード』って女将校、いる?」


 イリスは臆することなく女性の名前を口に出した。

 その名前に兵士達は一瞬どよめく。


「貴様、中尉殿になにか用なのか? ……まさか、暗殺者か!?」


「違う。……"イリス・マルヤムが来た"って伝えてもらえればわかるわ」


「イリス・マルヤム……。人斬りの母(ブラッディ・マリー)ッ!? ……まさか、中尉が言っていた最強の剣士」


 全員銃を下ろす。

 兵士のひとりが急いで部下に合図し、テントへと走らせた。

 数分も立たぬ内に、テントから軍服をまとった女性が現れる。


 エリーシャ・チャフグレネード。

 その見た目はミシマが言っていたのとほぼ同じだった。


 帝国の軍服に、少しウェーブがかった長い金色の髪。

 緑色の両の瞳は艶めかしく光り、小麦色の肌は太陽光でより栄える。


 腰にはピースメーカーを備えたガンベルトと短剣を。

 軍服からでも十分に膨らみの見える女性的胸部に、ぴっちりと下半身にフィットしたタイトスカート。


 軍人という存在でありながらも、蠱惑的な微笑みと身体から放たれるフェロモンは、見る者を魅了した。

 兵士達は彼女が現れるや、道を開き、敬礼を以て迎える。


「あ……」


 イリスの後ろに隠れていたマーロウは、その美しさに思わず見惚れ、ミシマをべちゃりと落としてしまう。


「あら、妙なお客さんね。生憎だけど傭兵は間に合ってるわ。今1人雇ってるから」


「別に売り込みに来たわけじゃないわよ」


「そうみたいねぇ……あら」


 エリーシャはイリスの後ろに隠れていたマーロウに歩み寄り、視線を合わせるようにして話しかける。


「可愛らしい相棒さんね」


「あの……えと……」


 顔を近づけられマーロウはドギマギとしだす。

 目と目を合わせて話しかけられないマーロウを見て、彼女は優しく微笑んだ。


 そして人差し指で、マーロウの顎を軽く上げるようにして更に顔を近づける。


「こんにちわボク。……美人は初めて?」


 完全に顔を真っ赤にして動けなくなってしまったマーロウをからかうように、エリーシャはイリスそっちのけで彼をいじっていた。

 それを見ていたイリスは溜め息を、クソザコスライムのミシマは羨ましそうに見る。


「アンタ……どうして軍人に復帰してるの? ()()()()()()()()()()()……」


「あら、気に掛けてくれるの?」


「うるさい、あとマーロウをあんまりからかわないで。アンタは見るからに子供に悪影響だから」


「失礼ねぇ、私子供大好き人間よ」


「……まだ、子供を好きでいるのね。考えられないわ」


「かもね」


 イリスとエリーシャには因縁がある。

 それはごく一部の者しか知らない。


 野営地に吹く風と木漏れ日が柔らかくも寂しく2人を包み込む。

 兵士達もマーロウもミシマも2人の関係性を詳しく知らないのだ。


「……テント入る? 昔のよしみと可愛い男の子を連れてきたお礼を兼ねて、コーヒーくらいは入れてあげるわ」


「あら、そ。じゃあいただこうかしらね」


「オーケー。……配置に戻りなさい。彼女等は私がもてなします。"大佐"が帰ってきたら伝えて」


 そう兵士達に命令し、イリス達をテントの中へ案内した。

 虚怪を追って森の中へ、するとそこには旧知の者が。


 マーロウのことといい、バエルのことといい、ミシマのことといい。

 奇妙な縁に恵まれていると、イリスはふと思い巡らす。


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