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クソザコスライム

「ゴミ、ゴミ……。生きてるだけのゴミ。略して生ゴミ!!」


 イリス達からなんとか逃げおおせた戯曲王にして魔物化した凶悪なる道化師リヒャルド。

 あの街から数千kmも離れた場所で、彼はとめどない吹雪にさらされる山脈の上から、見渡せる限りの景色を見つめていた。


 その景色の中にて、日々の営みに微笑みを浮かべる人間に向けて彼は毒を吐いていく。


「ろくに能力もないくせに感情だけはいっちょ前の生き物共め……。ワタクシは今も尚、人間が……世界が憎い。ワタクシの目的はただひとつ。この魔物化の力で世界を面白可笑しくしちゃいまっしょぉおおお!! 戯曲王は世界をも変えるのDEATH!!」


 絶叫ともとれる憎悪のにじんだ言葉。

 凍てつく風と雪と共に彼の情熱は遠くへと流れていく。


「人間がどれだけ強がった所で虚怪ゴースト魔物ワタクシにも勝てるはずがないのです。……だが、不安の芽は摘んでおかないと、ね」


 一通り叫び終えた後、彼は発狂にも似た狂喜に満たされながら全力疾走で下山する。

 魔物化した彼なら雪崩も吹雪もなんのその。


「人間共を殺すなどワタクシには造作もないですが、とりあえず置いときまっしょぉおおお! ……今のワタクシの目的はあの2人組。人斬りと精霊なんぞが仲良くしやがって……気に入らん」


 憎悪をにじませながらイリスとマーロウのことを思い出す。

 あの戦闘で見せた2人の戦い方。


 魔物化したとはいえ油断はならない。

 忌々しいがまるで神話から飛び出してきたかのようなあの強さは敬意を評する。


 だが、つけ入る隙は必ずある。

 力業だけでは奴等は傾かない。


「待ってろや精霊のクソガキィ! そしてイリス・マルヤムッ! 貴様等の強さはあの戦いで十分に把握した。次会うときが貴様等の最期ですよぉ!! ウワァーッハッハッハッ!」


 山脈に雪崩とリヒャルドの笑い声が響く。

 それは雪崩が止まったと同時に、彼の姿ごとこの山脈から消えてしまった。





◇◆◇◆



 イリス達は次の街へと向かう馬車に揺られていた。

 夏ということで陽光と熱がなんとも言えぬ気温を生んだ。


 馬車には屋根がついているものの、風のない道のりでは余計に湿度が精神にくる。


「こんなときでもよく寝られるわねアンタ……」


 イリスの隣でマーロウが彼女に寄り掛かりながら眠っている。

 寝汗に顔を濡らしながらも、安心しきった様子で寝息を立てていた。


 彼を連れて行くと判断したのは自分だが、マーロウはイリスにとても懐いている。


 理由はわからないがまぁ気にする必要はない。

 マーロウのお陰で旅に進展が見られそうだ。


 イリスも一寝入りしようかと考えた。


 イリス達以外に乗客はいない。

 まさに快適な旅、と思いきや。


「あらら……橋が崩れてらッ! お客さん、申し訳ねぇ。次の街へ行くにはこの橋を通らなきゃいけなかったんだけど」


 巨大なアーチを描いた石橋。

 今いる断崖絶壁より30m先の向こう側を繋ぐ巨大な通路は、まるで強大な力によって中心から叩き落とされたかのように崩れている。


 マーロウなら飛んでいけそうだが自分はそうはいかない。

 話によるとその先へ進むのなら、歩いて森の中へ入るしかないそうだ。


「恐らく虚怪ゴーストの仕業ね」


「なんでそう思うんだい?」


「森は虚怪やつらのテリトリーのひとつ。橋を崩して森に入る人間を呼び込んでるのかも。……悪さをする為にね」


 中年の小太りな御者ぎょしゃはギョッとして身震いする。

 

「あ、アンタそんなおっかないこと言わねぇでくれよ。夜眠れなくなるだろ。……お姉さんは平気なの? 虚怪ゴースト相手にさ」


「アタシは慣れてるから。……ここからは歩いていくわ。ホラ、マーロウ起きて。歩くわよ」


 マーロウを起こし、ここまでの賃金を支払う。

 壊れた大橋を迂回して、森の方へ入っていった。


 以前通った首吊り街道ほどではないが、この森の道は不気味だった。

 所々に不自然にねじ曲がったように育った木がある。


 それは奇しくも人の顔にも見えた。

 マーロウは怖がりながらも、イリスのローブの中に隠れるようにして傍を歩く。


「アンタ魔物相手にあんなに戦ってたのに……」


「こういう場所苦手なの」


 イリスは呆れたようにこめかみに手を当てた。

 リヒャルドや湖の魔物との戦いではあんなにも頼りになっていたのに。

 

「だだだ、大丈夫だよ! 虚怪や魔物が現れても……ぼぼぼぼぼ、ぼくが、やや、やっつけてあげるから!」


「どの口が言うか」


 しばらく進んでいくと、不意に魔物の気配がした。

 すぐ近くの草むらだ。


 シンと静まっていた森の道に、草をかき分ける音と慄然たる雰囲気が漂う。

 マーロウも覚悟を決め、戦闘態勢に入る。


 イリスは音の出所は勿論、周囲にも気を配った。

 自分達が囲まれている可能性を考え、鯉口を切ろうと大太刀に手をかける。


 すると草むらからそれは出てきた。


 ブヨブヨとした見た目の水色の球のようなモノ。

 ゆっくりとした動きでそれはイリス達の目の前に現れた。


「……なにこれ?」


「これは……クソザコスライム? 珍しいわねこんな森に現れるなんて」


 クソザコスライム。

 それは侮蔑の意味での名前ではなく、そういった種類の魔物である。


 40年前、『クソザコ』と言われる名前の湿地に大量に出現した魔物であるが、まるで名前の通りであるかのように戦闘能力がない。


 あまりに無害過ぎて、他の魔物や虚怪ですらも見向きもしないほどだ。

 本来は水辺などにいる存在であるのだが……。


「マーロウ、ほっといていいわ。コイツはクソザコスライムって言って、本当の意味でのクソ雑魚よ。餌にも水にもなれないから他の魔物や生き物にも食べられる心配がないんだって」


「ふ~ん……」


 そう言って戦闘態勢を解除した瞬間。





「誰がクソ雑魚や。いてまうぞワリャァ!!」



 不意に声が聞こえた。

 声はスライムから発せられている。


「……ねぇスライムって喋るの?」


「え? ……あ、いや、喋らないはず……いやマジで?」


 イリス達が驚愕のあまりポカンとすると、クソザコスライムは怒ったように飛び跳ねながら喚く。


「かーッ! 礼儀のなってへん奴等やな!! オレは()()()や!! 虚怪ゴーストのせいでこないな姿になったんや!」


 クソザコスライムもとい"彼"は小さなその身を器用にバウンドさせながら、イリス達を一瞥する。




「……オレは『ミシマ』いうねん。かの島国"倭ノ本(わのもと)"随一の色男やでぇ」


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