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かつての幼馴染

「払えないってどういうことよそれ?」


「あの、その……」


 受付嬢の様子がおかしい。

 受注前までは普通に接していたのに、急によそよそしくなった。


 マーロウにはまた表で待ってもらっている。

 正直な話、こんな所を見られなくてよかった。


 そしてその元凶たる存在が現れる。

 彼女にとってそれは懐かしい顔だったが、今の状況では単なる邪魔でしかない存在。


「聖騎士第四小隊長、バエル・ハウエルンだ!」


 白銀に輝く鎧を身にまとった一団が現れ、その中からイリスと同い年くらいの若い騎士が前に出る。

 金色の短い髪に緑色の瞳で、この一団の中でも一際ひときわオーラが強く、若さと情熱に満ち満ちている好青年。

 実を言えば彼はイリス・マルヤムと同じ村の生まれであり幼馴染でもあるのだ。


 性格は実直で真面目。

 誰よりも熱い心を持ち、かつて聖騎士であったモルテに対し強い憧れを抱いている。


 久々の再会に喜ぶべきなのだろうが状況が状況だけに、イリスが抱いたのは懐かしさよりも苛立ちだった。


「バエル……どういうつもりよ」


「わからないのか? 君のような()()()()に渡す金はないと言ってるんだ。……本来なら今ここで逮捕してやってもいいんだが、生憎僕はここに現れたリヒャルドという賊を追うのに忙しい。だからこれぐらいに留めてやる。」


 したり顔でイリスに冷たく言い放つバエルには、憧れの聖騎士となったことでの自信と活力に満ち溢れていた。


 銃器等の飛び道具の発展と共に騎士という職業は大きく廃れていった。

 魔力の扱いに長けている騎士、即ち聖騎士と言われる存在は魔術師と同格に重宝される。


 選ばれた存在であるという優越感とイリスの姉モルテと同じ職につけたという誇りが彼を大きくした。


 彼もまたモルテを失って悲しみを負い、それを忘れない為に聖騎士へと上り詰めた。

 だがイリスにとってそれはむなしい虚飾きょしょくしか映らない。


「……フン、うちの姉さんにいつもデレデレしてた奴がよく言うわ」


「なッ!?」


 嫌がらせと言わんばかりに過去をえぐる。

 モルテに対し聖騎士としてだけでなく、年上の異性として見ていたのもイリスは把握していた。


「こっちは命懸けで湖の魔物を退治依頼を完遂したってのに、権力使ってでもアタシの邪魔したいわけ? 肝っ玉の小さい男だねアンタ。流石いっつも姉さんの胸とか見て鼻の下伸ばしてただけはあるわ」


「やめろ! うるさい! 見てない!」


「言っとくけど姉さんも知ってたからね?」


「嘘? ……って違うそうじゃない! 話をそらすな!!」


 周りの目を気にしつつバエルは咳払いをひとつ。

 イリスに図星を突かれたことでかなり動揺したらしい。


 事実、村にいた頃は常にイリスに優位に立たれていた為、頭が上がらない部分を未だに残している。

 だがここで持ち直し、バエルは真剣な面持ちで話し始めた。


「いいか、ボクは聖騎士として誇りをもって任務にあたってる。かつての君のお姉さんのようにね」


「見りゃわかる。うっとうしくらいにね」


「……あの人は優秀な聖騎士だった。だが、今の君はどうだ? 君の生き方はお姉さんの意志に反する────」


 そう言いかけた直後、イリスは大太刀を素早く引き抜き、切っ先をバエルに向ける。

 一気に緊張が走り周りの聖騎士達が剣を引き抜こうとした。


 しかしバエルはそれを手で制する。

 ギルド内にイリスの怒気が充満し、切っ先を通して明確な殺意がバエルに向けられていた。


「もっぺん言ってみろ。遺言として聞いてあげる」


 先ほどからの苛立ちのボルデージがついに限界点まで上がった。


「……何度でも言う。君の生き方はお姉さんの悲しむ生き方だ」


 互いが火花を散らしながら、イリスが先に動こうとしたとき、丁度マーロウが騒ぎを聞きつけて中へ入って来た。


「イリスお姉ちゃん?」


 キョトンとしながらその光景を見るマーロウ。


「……だ、誰だ? この子は」


 バエルがいぶかしげにするとイリスは溜め息混じりに自分の連れであることを告げる。

 同時に大太刀を納め、萎えたわの一言。


 場の空気が若干ほぐれ、誰もが胸を撫で下ろす。

 バエルもこれ以上騒ぎを起こす気はないようで、部下達を率いて立ち去ろうとした。


「イリス……これからの時代、どこにも属さない生き方は難しい。根無し草は続かないぞ」


「組織に属せば姉さんをさらった虚怪ゴーストを追えない」


「だからって、そうやって金で人を殺し続けるのか?」


「アンタは国の意志に従って戦場で人を殺す。アタシはアタシの意志に従って戦場で人を殺す。……なにが違うの?」


「……話にならないな」


 2人は全くの平行線だ。

 同じ憧れの存在を持ちながら、進む道はまるで違う。


 バエルが立ち去った後、イリスはその辺にあった椅子に腰かける。

 ギルド内が徐々に元の活気を戻していく中、マーロウが傍でイリスを心配そうに見ていた。


「マーロウ、そんな目で見ないでよ」


「あの……さっきの人……」


「気にしなくていい。昔の馴染みよ。……さて、お金どうしよっかなぁ」


 悩んでいると先ほどの受付嬢がやって来た。

 手には金の入った袋が。


「あの……これ、ギルド長からです」


「……払えないんじゃなかったの?」


「報酬は渡せません。ですが、ギルド長がお礼としての手間賃を、とのことです」


 湖の魔物という強大な敵を倒してくれた、そのせめてもの礼。

 仕事の報酬としては渡せないが、魔物退治の為に苦労してやってくれたイリス達への感謝。


 誰もなしえなかったこの仕事を受けてくれて、ギルド長も大変喜んだそうだ。

 浮世の義理、渡世の筋目というやつか。


「ありがと、ありがたく貰っておくわ。……ここのギルド長によろしく言っといて」


「はい、その……ありがとうございました。これで、あの湖のお祭りが再開出来そうです」


「お祭りすんのはいいけど、ちゃんとゴミ持って帰んなさいよ? じゃないと虚怪ゴーストがまた悪さするわよ」


 受付嬢はにっこりと微笑んで頷いた。

 祭りともなればまた活気に包まれる。


 まだ虚怪や魔物の脅威が消えたわけではないが、この街ならばきっと大丈夫だろう。

 イリスはそう確信し、マーロウを連れてギルドを後にする。


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