任務完了
形を崩した魔物の肉体は、ガラクタの山と化した。
その中からイリスがのそのそと出てくる。
大太刀の峰部分を肩に乗せながら地上に降り立ったマーロウに手を振る。
たった一撃であの巨大な魔物を倒したイリスにマーロウは全身を以て喜びを表現した。
小さく飛び跳ねる彼に近づきながら大太刀を鞘へ納める。
ローブや装束についた泥を払いながら、イリスは散乱したゴミの山を見渡した。
(ゴミが魔物化か……)
これからはゴミ掃除と魔物退治が並行して行われる時代なのかもしれない。
そんなことを考えながらマーロウと街へ向かう。
先ほどの喧騒が嘘のように、夏の暑さを孕んだ光と微風にて揺れる木々が季節の中の日常の姿を取り戻していた。
小鳥達がさえずり、時折リスのような小動物も見受けられる。
マーロウは夏の暑さに耐えつつも物珍しそうな目で眺めながらイリスの隣を歩いていた。
「ねぇマーロウ、どうやったら空飛べるの?」
「え? ぼくは別にそんな特別なことは……」
「してるから言ってんの。……もしかしてアンタの力じゃないと飛べない?」
「た、多分……」
申し訳なさそうに答えるマーロウの隣で、表情には出さないが雰囲気で落ち込んでいるとわかる。
そう……、と力なく答えるイリスにマーロウは困惑した。
こんなときどんな言葉をかけていいのか……。
「フン、いつか絶対飛んでやる」
「と、飛びたいの?」
「全人類の夢よこれは」
全人類の夢というと、そうなんだと納得したマーロウ。
いつか飛べるといいね、とそう付け加えて。
この言葉にイリスの気持ちは少し和やかになった。
先ほどの戦闘で敏感になっていた神経が丁度いいくらいにほぐれる。
「仕事が終わったらギルドに報告。そしたら報酬が貰えるの」
「報酬? お金が貰えるんだね」
「そう、高い額の仕事引き受けたから馬車に乗る賃金は裕に稼げたわ」
「おいしいごはん食べれる?」
「……まぁ、食べれるんじゃない?」
やった! と年相応の笑顔で喜ぶマーロウ。
彼を見ていると幼いときの自分と姉を思い出した。
(好きなごはんとかになると……いつも2人で喜んでたっけ……)
こんな風に昔のことを思い出すことは今までになかった。
いつだってあの虚怪のイメージがそれを阻むからだ。
灰色の雲の中に薄っすらと見える蹄のついた巨大な2本の足。
大きさはまちまちだがそれでも数え切れないほどにある生き物の口。
今でも鮮明に覚えている。
昔を思い出そうとすると、そのイメージと警鐘音のような音が楽しかった思い出すらも覆い隠すのだ。
しかしマーロウといるとそれは起きない。
楽しかった思い出は思い出として温かくよみがえる。
彼が精霊であるのはもしかしたら本当なのかもしれない。
「……報酬を貰ったら食事にしましょ? 早目にお昼をとって次の街へ向かうわ」
「次の街?」
「イビル・ビューティ・ホロウはその街経由でしか行けないから」
そう言いながらあの街のギルドへと向かう。
任務成功の報告をするのだが……。
「金が……払えない?」




