魔物撃滅
湖の魔物が轟音を上げて向かってくる。
ゴミでかためられた肉体を不気味にうねらせながら触手のような器官をいくつも伸ばし振り回してきた。
「イリスお姉ちゃんどうするの!?」
「恐らく弱点は中の人形の首ね。アタシがそれを斬り裂く。その為には……あぁ、あの触手共が使えそうね」
「の、登るの!?」
「勿論。……いい? アンタはアイツに自分の力を思いっきりぶつけるの。アタシのことは心配しなくていい。思いっきりやりなさい!! これはアンタの為の練習でもあるんだから」
「わ、わかった!」
マーロウが力強く掌を合わせた。
あの光の奔流が現れ、両腕を広げると彼の腕を守るように円盤状の動きを見せる。
拳法家のような構えをしながら呼吸を荒くして湖の魔物を見据える。
その瞳には恐怖しかなかったが、立ち向かう意志を見せてくれたのでイリスはそれでよしとした。
湖の魔物が攻撃を仕掛けてくる。
触手を振り回すというシンプルなものだが図体を考えると威力は段違い。
イリスは振り下ろされた触手を躱すや自らの跳躍を以て飛び乗る。
触手はうねって渡るにはバランスが悪すぎるにも関わらず、彼女は慣れた道のように本体目掛け駆け抜けた。
その間にいくつもの触手がイリスを叩き落とそうと迫るが、それ等を全て見切って躱し、落ちそうになるとわかれば違う触手に飛び乗りまた進む。
さながら綱渡りかロープアクションをしているかのようで、湖の魔物もその身軽さにてこずっていた。
イリスは大太刀を振ろうとはせず身のこなしだけでここまで昇りつめている。
だが湖の魔物にとって最も煩わしいのは彼女ではない。
地上で精霊の力を行使するマーロウだ。
「風よ────ッ!」
光の奔流が風に乗り湖の魔物の身体を抉り始める。
精霊の力は虚怪より生まれた魔物にとって天敵とも言える。
未熟ではあるがマーロウの攻撃は、剣はおろか銃器や魔術でも中々死なないしぶとさを見せる魔物相手に十分な効果を発揮していた。
「よしっ!」
自分の力は確かに効いている。
ダメージにより魔物の身体が大きく揺れるが、上のイリスは特に問題にすることなく軽々と長い触手を疾走していた。
僅かながらも自信をつけたマーロウは更なる攻撃に打って出ようとしたが、流石に魔物の逆鱗に触れたか今度はマーロウ自身にも攻撃を仕掛けてくる。
「うわぁ!」
物の破片が矢のように降り注ぐ。
武器になるかどうかも怪しいゴミは、湖の魔物の力と高所からの急降下により大砲発射時の威力を孕んでマーロウを叩き潰そうとした。
「────負けないッ!!」
光の奔流と風圧が攻撃を弾いていくが、物量での攻撃に耐えるにはマーロウはまだ未熟すぎた。
攻撃に圧されて空の彼方まで吹っ飛んでしまうのではないかという圧力に抵抗しながらマーロウは次の手を考える。
イリスは助けに来られない、だがイリスはマーロウの力を信じた。
その期待に応えたい。
この意志がマーロウに大きな勇気と力を与えた。
「────ゼェァアッ!!」
大声を張り上げた直後、マーロウが空へ飛んだ。
光の奔流をまとい、両腕を前に突き出して高速で湖の魔物の周りを飛び回る。
触手による攻撃も破片射出を、まだ不慣れながらも回避していった。
「そこまでやれとは言ってない……」
マーロウの行動に驚きつつもどこか羨ましそうにするイリス。
昔から空への憧れを抱いていた彼女にとって、マーロウのその力は羨望の的である。
「イリスお姉ちゃん、空中から援護するよ!!」
「任せるわ」
マーロウが精霊の力を掌に溜めて一気に魔物の図体に浴びせる。
先ほどより威力の増した攻撃に湖の魔物のコアである人形の首が外部に露出し始めたのがわかった。
だがその分与えたダメージは尋常ではない。
触手共に勢いがなくなり足場が更に不安定なものとなる。
このままではイリスが地上に叩きつけられてしまう。
「もう大丈夫よ。弱点が見えたのなら……"一撃"ね」
イリスは勢いをつけて一気に人形の首まで距離を詰めた。
人形の首が他の物体で行く手を阻もうとしたり自身の身を守ろうと覆ったりで堅牢にしていく。
だがイリスにとってはなんの意味も持たない抵抗だった。
すでに太刀は引き抜かれ、"必ず殺す"という意志のもとイリスはこの魔物と敵対している。
それ即ち────。
「Bite me!」
宙高く飛び上り上段からの唐竹割。
鋭く下ろされる切っ先が、行く手を阻む障害物ごと人形の首を真っ二つに斬り裂いた。
混沌としたこの場で巡った剣士としての直感が、この大太刀をどのように振ればよいかを教えてくれた。
あとはその通りに斬るだけ、全ては一刀にて片が付く。
コアを失った魔物の巨体はバランスを失い水面へとその身を叩きつけるように倒れていく。
任務完了、湖の魔物はイリスとマーロウの手によって倒された。




