お金を稼ぐにゃまずギルド
朝起きるとベッドにマーロウがいない。
先に朝食にありついていたようだ。
まるで孫のように可愛がられながら、パンをおいしそうに頬張っている。
せめて声ぐらい掛けろよとは思ったが、それすら忘れるほどに空腹だったのだろうと軽く肩をすくめた。
「すみません。朝食までいただいて……」
「いいのですよ。こんな小さな子を連れての旅だからきっと今まで十分に休まらなかっただろうし」
老夫婦が微笑みかける。
突然空から降って来た、などとは言えない。
パンと木の器に入った薄味のスープでの腹ごしらえ。
夏の朝とはいえ、スープの温かさは五臓六腑に染み渡る。
やや張り詰めていた神経がマッサージされていくようにほぐれていった。
久々に懐かしい雰囲気の中で食事を摂れたかもしれないとイリスはふと思い耽る。
「おじいさん、おばあさん、ありがとうございました!」
「お世話になりました」
「道中お気をつけて」
老夫婦に見送られながらイリス達はこの街のギルドの方へ向かった。
イリスほどのレベルになればギルドに行かずとも街等に居れば依頼者側からなんらかのコンタクトを取ってくる。
裏世界で生きているとよくあることだ、こちらの腕を見込んで高い金を積んで頼みに来るのだ。
首吊り街道で出会った盲忍のバクもその手の稼ぎで食っていってる。
だが、今はその依頼を待つ時間はなさそうだ。
それにじっとしているのもなんだか性に合わない。
まずは仕事で金を稼ぐ、多少の無茶ならこちとら日常茶飯事だ。
「ギルド行くわよ、はぐれないでね」
「ねぇギルドって?」
「お仕事ちょうだいってねだるトコ。……昔は商工業とかの組合だったらしいわ。漁師に大工、仕立て屋とかね」
「へー、難しいね」
昨晩の騒動で壊れた建物を直す大工達。
市場もこの街の活気を失わせないように各店舗が負けじと客寄せをしている。
「皆すごいね」
「この街の人達は根本から逞しい。ちっとやそっとじゃくじけやしない。……さて、もう着くわよ」
朝から賑わう市場を抜けると小洒落た木造建築物が見えてきた。
あれこそがこの街のギルドであり昨晩の騒動からかギルドに入ろうとする者は少なく感じる。
自由扉を開いて中に入ると、受付嬢がにこやかに迎えてくれた。
「いらっしゃいませ。……あら弟さんですか?」
「……仕事、なにかある?」
興味津々にギルド内を見渡すマーロウをよそにイリスは話しを進めようとした。
詮索するなという意図を察した受付嬢はリストを手に取り目を通す。
「報酬高めなやつね、難易度は問わない」
「……それでしたら~」
2人が話を進める中マーロウはイリスの傍でじっとしていた。
小難しい話ばかりなので少し退屈になってくる。
そのとき────。
(あれ? 音楽……、誰か楽器を弾いてるのかな?)
マーロウの興味が窓の外へと向けられる。
イリス達の話はまだ終わらなさそうだったので少しだけ様子を見てみることに。
背伸びをしつつ窓から外を覗くと川が見えた。
その川辺に座って弦楽器を弾く男が見える。
焦げ茶色のテンガロンハットに文字かなにかのような紋様が描かれたマントのような布を肩にまとっていた。
腰に見えるのは二挺の銃、────ガンマンである。
彼が弾く旋律はどこか懐かしくも雄々しい曲調だった。
気が付けばマーロウは建物の外へと出て彼の傍まで歩いていた。
男は演奏を止めることなくずっと弾いている。
マーロウは立ったままずっと聴いていた。
そして演奏が終わる頃、マーロウの存在に気付いていたように男が口を開いた。
「御静聴感謝するよ。僕の演奏はどうだったかな?」
こちらににこやかな表情を向けてきたのでマーロウも笑顔で答えた。
「すごくかっこよかったッ!」
「それはなによりだ。僕もこの曲が好きでね」
男は余韻に浸るかのようにその弦楽器で簡単なメロディを奏で始める。
マーロウは彼の横に座り、その音色に耳を傾けた。
「おじさん、名前は?」
「おじさん、かぁ……。うん、ま、おじさんだね。僕はルドルフ、旅するガンマンさ」
ルドルフと名乗るガンマンはマーロウに笑いかけた。
親しみのあるその表情と声にマーロウは一種の安心感を覚える。
「……君、ギルドの建物から出てきたけど……もしかして今ひとりなのかい?」
「ううん、イリスお姉ちゃんと一緒だよ」
「そっか、ちゃんと見てくれる人がいるんだね。……でも、勝手にこうして出てくるのはちょっとまずかったんじゃないかな? ────ホラ、君の後ろ」
マーロウはそっと後ろを振り向く。
するとそこには睨みつけるようにマーロウの後ろで佇むイリスの姿が。
「このバカたれ。離れるなっていったでしょうが!」
「わっ! ご、ごめんなさいッ!! ……このおじさんと話してたの、すごくいい音楽だったから」
「なに言ってるの、最初っからアンタひとりしかいないわよ」
「……え?」
マーロウはルドルフのいた場所に視線を向ける。
いつの間にやら彼は姿を消していた。
まるで煙のように消えてしまったルドルフをマーロウは周りを見渡して必死に探す。
だがどこを見ても彼らしい人影はなかった。
「ホラ、仕事取ってきたからさっさと行くわよ。……言っとくけど、アンタにもキチンと働いてもらうから」
「あ、うん。わかった」
イリスの傍を今度は離れぬようついていく。
時折川辺の方を見るがやはりルドルフはいない。
奇妙な現象にマーロウは小首を傾げた。




