第8話 世界が変わる
世界の管理者と名乗る女が視界から消える。
「なんだったんだあいつは……」
俺は誰にでもなく呟いた。
ジュリアは少し泣きそうな顔をすると、俺の質問にたどたどしく答え始める。
「あのね、あいつは世界の管理者って言って……この世界を支配する立場にいる者なんだ。カケルは異世界転移者だからなんとなく察しがつくと思うけど、『世界』は複数存在するんだよ」
「別の惑星ってことかい?」
「いや、違うよ。そんな次元の低い話じゃない。私たちが見えないところには宇宙規模で別の世界が広がっているんだ。とてつもなく似ている世界もあれば、何もかもが違う世界も。
例えば『太陽が2つある世界』『人間のいない世界』『猫に羽の生えている世界』『魔法のない世界』『空が赤い世界』『宇宙が存在しない世界』……本当に様々」
「……にわかには信じられないモー」
ミニアリ達は一箇所に集まって触覚をぶつけ合っている。
スライムはプルプルと震え、アカトカゲはテーブルの上をせわしなく動き回った。
言葉を話せないモンスター達もジュリアの言葉に困惑しているようだ。
「続けるね。そんな各世界を支配しているのが『世界の管理者』と言う機関。どう言う因果がわからないけど、奴らはすべての世界を監視し、干渉できる立場にあるの」
「『神』……に近いのかもしれませんね」
「まあ、立場だけはね」
ジュリアは吐き捨てるように言った。
「カケルがこの世界に来たのも奴らの仕業だと思う」
「そんな奴らを敵に回しちまったってことは……」
俺はことの大きさに今更ながら気がついた。
「文字通り、世界は変わっていくよ」
ジュリアは悲しそうに、しかしはっきりとそう言った。
●○
同時刻。ランドール王国王城、国王の部屋。
「国王陛下。つきましては行方不明となった第3中隊捜索のため第5大隊を捜索隊として向かわせていただきたく思います」
銀色の鎧を着た男がハキハキと喋る。
兜を外し脇に抱えている。
その若々しい声色や立ち振る舞いとは裏腹に、顔は頬に傷のある壮年の男性だった。
「あ、いいよいいよ。いいと思う」
それに答えたのは金色の冠をかぶり、赤いローブを着た髭の生えたおじさん。
大きな茶色の机に置いてある書類の束に突っ伏しながら死んだ魚のような目をしたまま答える。
「国王陛下。あまり適当な返事をされては困ります」
「いーじゃん別に。お前が間違えたこと言ったことないし」
「はぁ……そう言う問題ではないのです。国王陛下、そんなことでは民への示しが……」
「ああーー!うるさいうるさーーい!!」
国王陛下と呼ばれる男は顔を上げ、ドタバタと四肢を振り回す。
「もう書類整理は嫌じゃ!お前ばっかりずるいぞ、好きなことで生きていけて! ワシも騎士が良いー!」
「そういう家系だからしょうがないではないですか。全く、いつまで言ってるんですか。もうすぐ50でしょう」
「うるさい!人は自分が年を取ったと感じた瞬間から老い始めるんじゃ、余計なことを言うな!」
「何を美魔女みたいなこと言ってるんですか」
「そうだ!ワシもその捜索隊に参加したいのぅ!」
「寝言は寝て言ってください」
「もう、敬語で人を罵倒するなよ。そんなやつこの世にお主くらいしかいないぞ」
○●
「へくちっ」
「リリー、風邪か? ネギだそうか、ネギ。首に巻いて寝ると一発で治るぞ」
「黙っててください」
●○
「とにかく、第五大隊を派遣しますので」
「ハイハイ、わかりました」
「ハイは一回でしょ!」
「お母さんかお主は!」
鎧の男は少し眉をしかめると失礼します、と言って背中を向ける。
「あ、ロジャー。ちょっと書類整理手伝ってくれない?」
「新兵の訓練があるので」
「頼むよー」
「嫌です」
「そこをなんとか」
「嫌です」
「一生のお願い!」
「919回目です」
無意味なやり取りを続ける2人。
鎧姿の兵士はランドール王国軍第一連隊隊長、ルーカス・ロジャー。
大陸屈指の名将である。
対して王冠をかぶったおじさんはランドール王国国王、ランドール・ドリオン。
就任20年目を迎えようとする人気の国王である。人気の理由はその親しみやすい性格故だろう。
「大陸最大の王国、ランドール王国の権力者2人がこのような親しい間柄とは意外ですわね」
「!」
第三者の声に一瞬で反応し、剣を抜き構えるロジャー。
ランドール国王も素早く椅子から飛び上がり、短剣を構える。
「あらあら、そんなに驚かなくてもいいのですよ」
「曲者だ! 誰か来い!!」
ロジャーが叫ぶ。
「うふふ、むだですわよ。外の兵士は明日の朝まで目覚めませんわ」
「バカな……レベル85と83だぞ……」
「剣を収めてくださらない?お話がしたいのです」
「黙れ!そこを……」
「いや、ロジャー剣を下ろせ」
国王が短剣を下ろしロジャーに言葉をかける。
「バカを言うな、ドリオン!」
「聞こえないのか、連隊長」
「!………」
国王の言葉を聞き、剣を下ろすロジャー。
しかし、その表情にはやはり警戒心が見える
「ご理解感謝いたしますわ」
「いや、こちらこそとんだ失礼をした」
曲者の姿。美しい容姿に背中から生えた大きな羽。
細い手足にくびれたボディ。
「申し遅れました。私は世界の管理者。この世界を統べる者です」
「ふむ……聞き馴染みのない名だ。詳しくお教え願いたい」
「もちろんです。私の知ってることなら何なりと」
世界の管理者は妖艶な笑みを浮かべた。
○●
「はあ……」
俺はベッドに横になり、ため息をつく。
本当にいろんなことがあった1日だった。
ダンジョンマスターに任命されたと思ったらいきなり強すぎる敵の襲来。
ダメ元でガチャを引いたら『魔王ジュリア』の誕生。
『ストーンスネーク』が『ゴルゴーン』のステンノーに。
『トツゲキギュウ』が『ミノタウルス』のウルスに。
敵を倒して大量のダンジョンポイントを手に入れた。
早速居住区を作り、みんなで昼ごはんを食べた。
そこに現れた『世界の管理者』。ジュリアを返すことを拒否すると人間に肩入れすると言い残し、消えた。
ステンノーもウルスも超強いし、ジュリアはそれ以上に強いのだろう。DPにもまだまだ余裕がある。
このままダンジョン運営を軌道に乗せたいところだ。
しかし、気になるのが世界の管理者による肩入れ。
果たして人間がどれほどの力と知恵を絞って俺たちと対峙するのだろうか。
どうしようもない不安を抱きつつ、俺は泥沼のような睡魔に沈んでいった。
保有DP 143219
「なあ、ステンノー」
「なんだい、ウルス」
「世界っていっぱい存在するんだモーな」
「面白いような、少し恐ろしいような話だね」
「どんな世界があるんだろモーね」
「太陽が四角い世界……」
「魚が空を飛ぶ世界……」
「モンスターのいない世界……」
「ステンノーが巨乳の世界……」
「亀が走り出す世界……」
「世界のない世界……」
「………………」
「………………」
「おい、ウシ。2個前なんて言った?」
「……………」
「なんて言った?」
「…………」
「目開けろ。石にしてやるから」
「………」
「オイコラ」
「……」
「オイ」
「…」
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