第17話 終わりの終わり
「はあ、はあ……ようやく着いたな」
「疲れた……死ぬ……」
ジュリアがだらりと倒れる。午後10時27分。
俺たちは山の中腹にある洞窟にたどり着いた。
「バッドバット、案内ありがとう」
「キーーーーーーーー」
バッドバットに礼を言い、俺たちは洞窟の中に入っていく。
洞窟は10メートルほど行くとすぐに行き止まりになっていた。野生の動物や浮浪者の住んでいる形跡はない。
「こんなところにダンジョンなんて作って大丈夫なのか?ダンジョンを拡大したら崩落ってことも……」
「大丈夫。ダンジョンはどんなに大きくしても周りの環境に影響を与えないようにできてるから」
「へー、そうなのか」
確かにライトノベルでもダンジョン拡大しすぎて崩落なんて見たことないな。
俺はダンジョンコアを地面に置いた。
「あとは待つだけだな。3人は俺たちの居場所がわかるのか?」
「ダンジョンサポーターはダンジョンマスターの居場所がわかるようにできてるから。きっと大丈夫」
ジュリアが思い出したように手を打った。
「そうだ!11時になる前に【ダンジョンシークレット】を使わないと」
「あ、そうだったな」
ダンジョンシークレットは1メートル四方ほどの布だ。これをダンジョンコアに被せると人間たちからダンジョンコアの発する魔力を感知されることがないらしい。
ただし、使用期限は3ヶ月だ。
「しばらくはダンジョンやモンスターの強化に時間を使わないといけないからね」
ジュリアはダンジョンシークレットをダンジョンコアに被せた。
ダンジョンシークレットを透明になり消えた。
「これで完了ってことなのか?」
「みたいだね」
足元に違和感を感じた。見るとスネにミニアリたちが乗っかっていた。
「ん? どうしたお前ら」
「………」
当然のことだがミニアリの言葉は分からない。そもそも話してるのかも疑問だ。
「どうしたの?」
ジュリアがミニアリに話しかける。
「………………」
「ええっ!? 大変!」
「どうした?」
「ミニアリの仲間が一匹いなくなっちゃったんだって!!」
「マジかよ」
ミニアリは10匹1セットだったはず。
確かに数えて見ると9匹しかいない。
「いつからいなくなったかわかるか?」
「……………………」
「ドタバタしてたから正確には分からないけど、最初からいなかった可能性もあるみたい」
「そうか……すまん、俺の責任だ」
しっかりと確認してやればよかった。
「でもきっと無事だよ。ミニアリは土の中に潜っていれば人間に見つかる可能性はほとんどないんだし。魔力も微弱だから魔力感知に引っかかる心配もないし」
「まあ、そうだな」
「ほとぼりが冷めたらもう一度ダンジョンに戻って迎えに行ってあげよう」
「そうするしかないな……ごめんな、お前ら」
「………………」
「気にしないで欲しいって」
「そうか、ありがとう」
気がつくと時刻は午後10時58分だった。
「そろそろか……」
俺はダンジョンコアに手をかざした。
●○
「…………………」
午後11時。始まりのダンジョンの居住区。
居住区の外から爆音や悲鳴が聞こえるがもう慣れてしまった。
ダンジョンサポーターの私はダンジョンコアに手をかざした。
ダンジョンコアが白色に光る。
「ダンジョン結合」
私がそう言うと、半透明のモニターが目の前に現れた。
『ダンジョンを結合します。結合先を選択してください』
選択と言いつつも示される選択肢は1つしかない。
『【ダンジョン】と【ダンジョン(2)】を結合しますか』
はい。
『結合中……しばらくお待ちください。予定終了時刻12時00分』
あと、私の仕事は結合を見届け、このダンジョンから脱出するだけ。
私はほっと一息ついた。
残り1時間。
今まで経験したことのない、焦りが体を支配する。
せわしなく歩き回ったり、じっとダンジョンコアを見つめるも時間の経つスピードに変化はない。
11時30分。ようやく結合率が50%を超えた。
その時。
廊下の奥から扉を開く音が聞こえた。
そして何かが投げ込まれる音。
最後に再び扉が閉まる音。
「…………」
恐る恐る部屋を出て、廊下をのぞく。
「!!」
そこにはボロボロになったステンノーが倒れていた。
「ステンノーさん!」
私は慌てて彼女に駆け寄る。
「………ヒュー………ヒュー……リ……リー……」
ステンノーの右目には矢が突き刺さっていた。
それだけではない。
太もも、左肩、脇腹、そして背中にも矢を受けている。
特に脇腹の矢は深々とステンノーの体に突き刺さっていた。
「わ……るい……ねぇ……。ヒュー……ヘマを……ふ……」
「喋らないでください!」
空気が漏れるような呼吸音を出しながらステンノーが苦しそうに喋る。脇腹の傷が致命傷になりかかっているらしい。
メニュー、と叫ぶが私の目の前に透明な板が現れることはない。
「ああ、結合中だから……くそっ!」
私は悪態をつき自らの服を割く。
そしてステンノーの脇腹に刺さる矢に手をかけた。
「歯をくいしばってください」
「………………っ」
グシャリ、とグロテスクな音をたて、矢が抜ける。
「うがあっ……」
たまらずステンノーは声を上げた。
私はすかさず布を脇腹に押し当てる。
「……ウルスも……長く……は持た……ない」
ステンノーが細々と言った。
私は無言で右太ももの矢に手をかける。
「ぐっ…………ヒュー……ヒュー」
私はステンノーの右太ももに布を巻いた。
「アンタは……逃げな…………」
思わず治療の手が止まる。
「あと……30……分……くらい……なら、まだ……戦える……」
さっきよりも外の騒音が近く聞こえた。
私はステンノーの左肩に刺さる矢に手をかけた。
「馬鹿言わないでください」
「………ヒュー……」
ステンノーは笑みを浮かべた。
10分ほどでステンノーの治療は終わった。
治療といっても矢を引き抜いただけ。右目には刺さった矢を抜かれた時、ステンノーは激痛に転げ回った。
「ヒュー……ヒュー……」
時刻は11時40分。あと20分はここを守りきらないといけない。
私はバッドバットの部屋に行くと止まり木をへし折り、木刀を作った。
時刻が11時55分になった時、また扉が開いた。
「!」
リリーが見たのはミノタウルスのウルスだ。
しかしその背中には大量の矢を受け、体の大部分を火傷しているようだった。
ウルスは自分の部屋に駆け込むと、筋トレ用の岩を持ってきて玄関の扉の前に置いた。
さらに各部屋からベッドを持ってくるとそれも玄関の前に積み重ねる。
しばらくすると玄関が激しく揺れた。外から人間が扉突破しようと押しているのだ。
玄関を抑えつつ、ウルスは叫ぶ。
「愚かな人間どもめ!!たかがダンジョンのために何千何万の同胞を見殺しにするのだ!!勝てもしない相手に挑むのが貴様らの美学と言うのならそれは傲慢だ!生き延びることこそが生命の真の理!生きとし生けるものの義務!獣以下の下等種族が! 」
温厚なウルスをここまで激怒させるとはどれほど壮絶な戦いがこの扉の向こうで繰り広げられたのか。私は想像できなかった。
「12時まで……ダンジョンコアを……守っとけば……良いんだね……」
ステンノーが喋る。
「もう一度言うよ、リリー……逃げな……」
「逃げたところで人間に捕まってしまいます」
「ここで捕まるより、100倍マシだモーーー!」
扉がギシギシと音を立てる。結合完了まであと5分。しかし、扉があと5分も持たないことは私の目にもよくわかった。
「さあ……行くんだよ!」
ステンノーが立ち上がり、扉を抑える。
「マスターによろしくだモー!」
ミノタウルスが笑顔を浮かべる。あきらかな作り笑いだった。
歯を食いしばる。
私は木刀を投げ捨てた。
「私は——」
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