第1話 ゼロから始まるダンジョン生活
目を覚ますと知らない天井。
使い古された表現だが、冷静に考えるとなかなかの恐怖だ。
慌てて立ち上がり、周りを見渡しながら必死に昨日の自分の行動を思い出す。
そこに至るまでの経緯は十人十色。
そういえば、昨日は同僚と飲みまくって……。
俺は部活中に倒れたのか……!?
そうだ! 僕は怪しい組織の取引現場を目撃して背後から……。
まあ、長くは語るまい。
とにかく俺が言いたいのはこの物語もそんな感じで始まるって事だ。
●○
「………………………」
俺が最初に知覚したのは土色の天井。
知らない天井だ。
次に感じたのは冷たく硬い床。
ここはどこだ……。
俺は上半身を起こす。
土色の床。
土色の壁。
4畳半ほど広さの室内に俺は横になっていた。
まるで洞窟の中のようだった。
昨日……昨日俺は何をしていたんだ……?
……分からない。
何も分からない。
分からない。
分からない。
「あ……」
硬い床で寝たせいか、若干の違和感のある左肩甲骨を庇いつつ右を向く。
そこには出口があった。
出口といっても扉なんてものはなく、向こう側も丸見え。
数メートルほどの通路があり、外につながっているようだった。
ここから見えるのは青色の空。
緑色の地面。
遠くの方で生い茂る木々。
茶色しかないこことは違い、たくさんの色彩が眼に映る。
俺は無意識のうちに立ち上がった。
自然に出口の方に体が向かう。
「お待ちください」
背後から女の声。
「っ!?」
俺は慌てて後ろを振り向く。
「一体どこへ行こうと言うのですか」
「…………………」
『誰だ』とも『こんにちは』とも言えず目を見開いたまま俺は女を見つめる。
さっきからいたのか……?
全く気がつかなかった。
金髪の長い髪。美しい顔。彫刻のような白い肌。漫画の世界から飛び出してきたような、非の打ち所のない体型。
白く長いワンピースをなびかせ、石になったように動かない俺に声をかける。
「申し遅れました。私、あなた様の助手兼案内人を務めるエルフのリリーと申します」
リリーと名乗る女は深々とお辞儀をした。確かに金色の髪の間から見える耳がとがっている。
「エル……フ?」
「はい。エルフです。驚くのも無理はありませんね。私は神々から特命を受け……」
「エルフ!?」
「え……は、はい! エルフです。エルフというのは……」
「エルフゥゥ!?」
「はいはいはい!エルフです!一回黙っててもらっ……」
「やったああああああああああああ!」
俺は拳を突き上げた。
「え?え?なになになに!?」
「これって異世界転移ってヤツだよな!?」
「そ、そうですけど……」
俺はリリーというエルフの手を取る。
「いきなりエルフに会えるなんて感激だぁ!!」
「そ、そうですか」
「この耳触ってもいいですか?」
「耳!? こ、困ります!」
エルフは眉をハの字にして快諾した。
俺はすぐに彼女の耳に手をやる。
「うわあ! 本物だぁ! 硬い!」
「ひゃうっっ! や、やめてくださぁい」
「あーなるほどなるほど、横に伸びてるタイプなんだね」
「ああんっ! お願いです、んっ!離してくださいっっ!」
「えーっと、付け根のあたりはどうなってる……」
「やめろって言ってんだろこの低脳クソ猿がぁ!!!!」
「はぶぅぎょっ!」
俺はエルフに逆水平チョップをされた。
「おい、短命種族」
「はい」
「てめぇ、自分の立場わかってんのか? なに1人で興奮してんだ気持ち悪い」
「すみません」
俺は正座をさせられ、エルフに説教を食らっていた。
「たっく……こっちだって好きでこんなことやってるわけじゃねえのによ……」
「はぁ……」
「お前、次舐めたことしたら絞め落とすからな」
「はい、すみませんでした」
「分ったなら立て」
「うっす」
俺はジャージのズボンについた砂を払い落とした。
俺の今の格好は全身ジャージである。なんでこんな格好をしているのかわからない。
俺は日本という国で生きていた。だが詳しいことがなにも思い出せないのだ。
年齢、家族、学歴、友人、恋人、仕事……なにひとつとして思い出せない。
ただ自分がライトノベルをよく読んでいたことと、自分の名前がカケルであることだけは覚えていた。
どんな漢字を当てるのかは忘れてしまったが。
「ゴホン、突然ですがカケル様。あなたにはダンジョンマスターになっていただきます」
「ダンジョンマスターか。分ったよ。ダンジョンコアはどこだ?」
「な、なんでもダンジョンコアのことを!? てかダンジョンマスターをご存知なんですか!?」
エルフ——確かリリーとか言っていたか——リリーは大げさに驚いた。
「ま、まさか元の世界では異世界研究でもされていたのですか?」
「え、んん、まあ、そんなところだ」
本当は重度のライトノベルマニアなだけだが。
ダンジョンマスターは文字通りダンジョンを作る者のことだ。別にダンジョンのラスボスとかではない。ただダンジョンの中に宝箱や罠やモンスターを置き、内部に侵入してくる人間と戦うのだ。
「ダンジョンコアはこちらです」
部屋の片隅で怪しく光る真っ白な球体。
電球程度の明るさで光っていた。
「触っていいのか?」
「もちろんです」
さすがの俺も恐る恐るダンジョンコアに手をやる。
『転移者カケルをダンジョンマスターに任命します』
室内にどこからともなく無機質な声が響く。
「……うん。なるほど。大した変化はないな」
俺は自分の体を見回したり、軽くその場で飛び上がってみたが、なにひとつ違和感がなかった。
「こなれてますね。ちなみに——」
「ステータスオープン」
俺の目の前に半透明の板が出現する。
「ごめん、なんか言った?」
「なんでもありません」
リリーは眉間に三本ほどしわを寄せて吐き捨てるように言った。
俺は改めて自分のステータスを確認する。
———————————————
名前 カケル
レベル 1
種族 ダンジョンマスター
体力 130/130
魔力5/5
知力235
筋力115
速力100
運 85
———————————————
さすがに良いのか悪いのか分からないな……。
「リリー。お前のステータスを見せてもらってもいいか?」
「だ、だめです! プライバシーの侵害です。それに、相手のステータスを見るには特殊な合言葉が……」
「鑑定」
「なんで知ってるんですか!」
———————————————
名前 リリー
レベル 1
種族 ダンジョンサポーター
体力 85/85
魔力140/140
知力125
筋力69
速力75
運 79
———————————————
なるほど、俺は結構知力が高いのか。一方で魔力が全然ないな。
「よし、ステータス確認はこんなもんか。じゃあ……メニュー」
「だからなんで知ってるんですか! 私の存在意義がなくなるでしょう!」
———————————————
メニュー 保有ポイント1200
モンスター
トラップ
リフォーム
ガチャ
———————————————
『モンスター』はモンスター召喚の事だろう。
『トラップ』は落とし穴やつり天井ようなものだろうか。
『リフォーム』は拡張工事や階層追加のことのようだ。
保有ポイントを使ってダンジョンを強化していく。本で読んだ通りだ。
「なあ、リリー。この『ガチャ』てのはなんなんだ?」
「! それはランダムでモンスターを召喚することができるシステムです! 一回あたり100ポイントの消費ですが、100ポイント以上のモンスターが出てくることがあります!」
「ということは、それ以下のモンスターが出ることもあるんだな」
「ま、まあそうですね」
「よし、じゃあぼちぼち構想を練り始めるか」
リリーは思い出したように言った。
「あ、なるべく急いだ方がいいですよ」
「ん? なんでだ?」
「今、ダンジョンコアを感知したランドール王国から兵士がこちらに向かってきてますから」
「は?」
「早くしないと捕まっちゃいますよ」
「ま、まじかよ! そういうのは早くいえ!」
「テメエが耳触ってきたりしたからだろうが!調子乗んな!」
「す、すみません。あと何日くらいで到着するんですか?」
「えーっと……15分24秒ですね」
「あっという間じゃねーか!!」
俺は頭をかきむしる。
「ど、どうしよう、どうしよう……」
「あ、敵の規模は40人ほど。1200ポイントじゃあ……ププ、とても勝てませんね」
「何ちょっと笑ってんだよ!!」
俺は半ばやけくそに叫ぶ。
「これって俺殺されちゃうのかなぁ?」
「あはは、何言ってるんですか。死ぬぐらいじゃすみませんよ」
「怖いこと言うなよ!」
「自由なダンジョンメイクは完全に規制され、ダンジョンマスターであるカケルさんは薬漬けにされた上に洗脳。永遠に人間のいいなりになったまま、高級な素材を持つモンスターを生み続けることになるでしょうね」
「ぎにゃあああああああああ!!」
俺はメニューのモンスターの欄をスクロールする。
「モンスターを選んでも勝てませんよ。相手はあのランドール王国の先鋭部隊。1200ポイントどころか12万ポイントあっても負けるでしょうね」
俺はその言葉を聞いてガックリと膝をついた。
「うっ……うっ……考えてみれば短い人生だった。ありがとうリリー。お前に初めて会った時のことがついさっきの様に思い出されるよ」
「ついさっきですけどね」
「俺の骨は海に撒いてくれ」
「なかなか死なせてもらえないですし、死んだ時には骨も残ってないと思いますが」
「最後に1つだけ……おっぱい触らしてもらっても……」
「死に急ぐのは感心しませんよ」
俺は涙ながらにそこまで言うとあることを思い出した。
「なあ、ガチャを使えば強いモンスターが出ることがあるのか?」
「まあ、ありますね。モンスターは全部でS.A.B.C.D.E.Fの7段階に分かれているんですよ。ガチャの場合は
90%の確率でE以下。
99%の確率でD以下。
99.9%の確率でC以下。
という法則で成り立っているんですね。おそらく、今回の敵に太刀打ちできるモンスターは最低でもA級ですから……」
「0.001%の確率ってことか」
「あはは、10万回やって1回出る計算ですね」
「頼む! 神よ! レアモンスターこい!!」
俺はメニュー画面のガチャをタップする。
そのとたん部屋の中心に魔法陣が現れた。
魔法陣は白い光を発していた。
「うおおっ!」
「まぶしっ」
魔方陣は徐々に小さくなっていき、魔方陣の上に物体が生まれる。
白く光り輝く細長い紐。
魔法陣がなくなると同時に物体の輝きも失われた。
「こ、これは……」
現れたのは全長30cmほどの真っ白い蛇だった。
「あー、F級モンスターの『ロックスネーク』です。推定レベル3〜5。石の様に硬い牙が特徴です。一部地域では神の使いとして崇められています。ロックスネークの皮は幸運を呼ぶとしても有名ですね」
「えーっと?」
「ダンジョンポイントに直すと5ポイント。大損ですね」
「ちくしょーー!!」
俺は壁を殴った。
ダンジョン名 未定
ダンジョンマスター カケル
ダンジョン面積 四畳半
保有モンスター
F級 0体
E級 1体
D級 0体
C級 0体
B級 0体
A級 0体
保有ポイント 1100




