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幕開けのクロニクル

この作品は少し前にメモに保存していたものですので投稿が早いです。また投稿というのをした事がなく書き終えたものもこれが初めてですので至らない点が多々あると思いますが楽しんで貰えれば幸いです。

それとこの部分のお話しですがメモに書いていた頃は序章部分と一章として分けていたものです。なので繋ぎが変になってしまっているかも知れません。

内容に支障はないのでそのまま読み進めて頂けると有難いです。

2024年。当時世界は震えた。空想の産物タイムマシンがついに完成するかもしれないと言われた。


そう、今まで誰も証明できなかった物理的タイムトラベルの理論が完璧に確立されたのだ。つまりそれはアインシュタインの特殊相対性理論及び相対性理論を打ち破る過去への移動をも可能とする。


そしてその研究を成功させたアメリカ人クリッタン・サデラとロシアとのハーフで日本人の吉崎牙醒羅(よしざきがざら)がノーベル賞を受賞した。


これからタイムトラベルの実験が開始されるらしいとよく噂されていた年だ。


それから一年がたち人々の記憶からうすれていった、もちろん俺もだ。


 俺はいつも通り高校に行く支度を始め、何気なくテレビの報道ニュースをまじまじとみていた。テレビに映るキャスターが原稿をよみ進めている。


「今日未明またもや札幌市で誘拐事件が発生致しました。警察は三日前から起きている誘拐事件と関連性があるとして捜査を進めています」


 とても発音、滑舌がよくスムーズに軽快に聞こえる。さすがアナウンサー、というところだろう。


 そんなアナウンサーに聞きほれながらここ最近物騒なことが立て続けに起きているんだなーとすこし恐怖を覚える自分がいる。


しかも俺の住んでいる市で立て続けにだ。さすがに関連性があると思っても不思議じゃない。


三日前から連続で誘拐事件が起きたり、殺人鬼とまで言われた一週間連続で老人を殺し回った人がいたりと、まあ物騒な毎日である。もちろん殺人鬼はすでに捕まっている。そろそろこの誘拐事件も終わるのではないかとかってよんでいる。


 2020年に東京オリンピックを開催した後から異常に日本の警察は優秀になったのだ。原因はわからないが心強いに越したことはないと俺はおもう。


まあ実際俺はこんな事件などに興味はない。俺や俺の周りが平和ならそれでいいと思っている。酷いなどと想われるかもしれないがただの高校生にできる事などはない。だから俺はこれが普通だとおもう。


 ふと時計をみると針は8時を指していた。そろそろ出る時間である。椅子にかけられたブレザーを手にとり、袖を通しカバンを背負う。体が急に重くなり、やる気が出なくなるが体に力を入れなんとかやる気を振り絞る。


 机の上に置かれた生徒手帳には喜多見光真(きたみこうま)という名と高校名とごく平凡な顔立ちの青年の写真が記されている。もちろん俺の名前と俺の顔写真である。それをブレザーの胸ポケットにしまい込み玄関の扉を開ける。


「いってきまーす」

 いつも通りの掛け声とともに俺は学校に向かった。





 

  朝早くの通学路は人通りが少なく、冬が近くなってきたからなのか余計にそう感じる。まるで嵐の前の静けさのような俺はそんな不気味さを感じながら歩く。


 ふと目の前に見知った女子中学生の姿が現れる。身長は低めでまだ中学生だからか若干の幼さを残す顔立ちと裏腹に鋭い眼光を放つ瞳。軽快に動くポニーテールが特徴的だ。


「よぅ!朱葉じゃん」

 俺はいつも通りその子の名前を呼んだ。

奈良沢朱葉(ならさわあかは)は俺の近所に住む、元気で生意気な中学生だ。 


「・・・・」


 しかし今日はそうではない様子で、なにやら浮かない顔をしている。いつもは綺麗に結ばれている髪もなんだか元気のないように垂れ下がってしまっている。よくみると大きな瞳は赤く充血したようになっていてまぶたもすこし腫れている。いつものような元気さを感じない。泣いたのだろうか?


「どうした?ばあちゃんと喧嘩でもしたか?」

「・・え?」


 やっとこちらに気付いたようである。これはかなり重傷かもな。


 こいつの家は両親がいなく祖母と二人で住んでいて介護などもしているため喧嘩も絶えないのだろう。この年で介護はキツいし、この時期は受験でピリピリしているもんだしな。


「あんたに話す事でもないよ。気にしないで」


 やっぱりはなしてくれないか。こいつとは小さい頃から仲がいいんだが昔からこういう時には頼ってくれないんだよな。

なので俺はいつも通りの軽口で応答する。


「そっか。なら気が向いたらでいい、誰かにはちゃんと相談すんだぞ。俺はいつでも相談にのってやるからさ」 


「うん。ありがとう。」

 朱葉少しだけ笑顔を取り戻した。 

 

こうして俺のいつもの日常が始まる。





 

しばらく朱葉とくだらない言い争いをし、分かれ道につく。

「じゃあな!学校さぼんなよ?」

「サボらないわよ。」


 俺は朱葉に背を向け自分の高校へ向こうとする。そのとき朱葉の小声が足を止めた。


「あれは・・夢よね。私は誰も殺してない」

 しかしうまく聞き取れなかったので聞き流し俺は高校へ向かった。

 





 

 教室にたどり着くと吉崎刃蘭(よしざきばらん)がハイテンションで迎えてくれる。金髪でロシア人とのハーフでとても綺麗な顔立ちをしている。もちろん身長も高くスタイルも良い。


「オハヨー!!子馬サン!!」


「おはよ~あと俺は子馬じゃなくて光真な!?何回言ったらわかるんだよ!!」 


「Oh~sorry,また間違えてしまいました!日本の名前難しいデス!」


「いや、お前の名前の方がムズいだろ…」


「ソデスカ?」

 わざとらしく微笑む刃蘭に俺は前から気になっていたことを尋ねる。


「なぁ……刃蘭?まさかわざと間違えてたりしないよな?」


「あ、え?日本語わかりませーん」と頭の後ろの方を触る。これは嘘をつくときの刃蘭の癖だ。


「絶対わかってるよな!?なぁ!むしろ日本語のほうができるよな?」


「そ、そんなこと…ないデスよ?」


「じゃあ期末の英語は何点?」

「72です」


 そうこいつは日本に来る前に勉強した言葉だと舐めて毎回英語の時間は寝ているため、まず問題を理解できていないのでさほど高くない


「んで、国語は?」

「92あ、やっぱり80…じゃなくて41デス!」

 わかりやすく嘘をつく刃蘭をすこしあおってみる


「えぇ?41点なの?あぁ~そっかぁ国語苦手だもんなあ。しょうがないかぁー。半分以下も当たり前かぁー。ロシア暮らしだもんなぁ」


「ち、違いマス!!ロシアには10歳の時までしかいません!!それに国語は昔から得意です!ほらこれを……あ、えっーと、あの」 


勢いに任せて期末試験の結果を見せてくる刃蘭であったが日本語ができるというがバレてしまうことに気づく。


それと同時に自分が罠にハマったことを理解する。


「随分と日本語ペラペラのサラサラだな?」

「む、む、参りました……今までゴメンナサイ」

「ハッハッハ!わかれば良い!」


そこで先生が教室に入ってくる。

 いつもの何気ない会話は終わりを告げ授業が始まる。





いくつかの授業をこなしながらつくづく思う。俺は自分の周りのこと以外何も興味が無いのだと。どんな先生の話もまるで面白みを感じない。将来の話をされても正直ぱっとしない。このままで本当にいいのかと焦りや不安を覚えることはあるがやはり俺の周りが、大切な人たちが幸せになればそれでいいと思ってしまう。


そんなことを考えていると、不意に朱葉のことが思い出される。


あいつ本当に大丈夫なのだろうか。

今の俺はそんなことで一杯になっていた。


 学校が終わり、俺は刃蘭と共に帰りの道を歩く。 


「たしか刃蘭はお兄さんに憧れてこっちに来たんだよな?えーっと研究者だっけ?なにやってるの?」 


「たい……」

「え?タイ?」


「え?あ、はい。そうなんですよ。鯛焼きとか食べ物を研究してたはずですよ。」 


「へぇ。つーかなんで、たい焼き?」

「えーっと昨日食べたので」

「ふーん、そかそか」


なぜかさっきから刃蘭にしては妙に歯切れが悪い。なにかまずいことでも聞いてしまったのだろうか? 


 そんなことを想いながら歩いているとちょうど分かれ道に差し掛かったところで朱葉の姿が目に入る。


「あの子は……」

 その朱葉の姿をみて刃蘭は顔を少し強める。


「朱葉がどうかしたか?」


 顔を強める刃蘭に俺は疑問に思いながら尋ねてみる。


「いえ……気のせいです。どこかでみた気がしまして。お知り合いですか?」


「幼なじみってやつだ。えっーと昔からの友達だ。」


「大切にしてあげてくださいね!では僕はここで。」


 刃蘭は俺に手を振り背を向け自分の帰路へと向かう。


「お、おう」

 少し様子がおかしかったたような気がするが今は朱葉のことが気になりそんなことは頭から抜けていた。


 気づくともう刃蘭はいなく、分かれ道の方へと向かっていた。


 俺は朝のこともあり少し心配していたので朱葉の元へ駆け出して声を掛ける。


「よっ!調子はどうだ?」

「まぁまぁかな……」


「なぁ?なんか悩んでんなら話してくれないか?お前の力になりたい。たまには俺も頼ってくれよ?一応昔からの仲なんだし。」


「そう……ね。あんたになら話してもいいかもね。1人で抱え込むのはよくないしね。」


「だろ?そうと決まれば俺んち来いよ。どーせ父さん仕事だし」

「え?」

「な、なんだよ?」


 少し警戒しているような目で見られる。


「変なことしないでしょうね?」

「しねぇよ!!立ち話もあれかなって思ったんだよ!」

「冗談よ。なにマジになってんの?」


 意地悪な笑みを浮かべる朱葉に俺はやれやれという風にリアクションする。


「なんだよ。普通に元気じゃんか。心配して損した~」


「そんなことないよ。あんたのおかげよ。いつも頼りにしてる」


「お、おう」

改めてこう言われると照れるな。

 いつもはこんなこと言わないのに。







 話し合いの結果、さすがに色々まずいので朱葉の家で話すことになった。


ちなみにおばぁちゃんとの喧嘩ではないらしい。


 朱葉の家は二階建で一階はおばぁちゃんが住んでいてパン屋さんを経営している。


 朱葉は二階に住んでいる。


 しばらく歩くと『ナラサワパン工房』の建物が見えてくる。そう、ここが、朱葉の家だ。


 いつものように裏口から家に入る。正面はお店だからな。おばちゃんの邪魔をしてはいけないと昔から朱葉にきつく言われてたんだよな。


 ちなみに朱葉の家に行くのはこれが初めてではない。まあ昔からの仲だから普通といったら普通なんだがな。


 しかし最近はあまり足を運ばなくなっていたのでかなり久しぶりに感じる。もちろん受験勉強の邪魔をする訳にはいかないというのもあるが年頃の女子の家に頻繁に行くってのはさすがに気が引けて家に上がるのを避けていたのかもしれない。


 まあでもここのパンが美味しくて週一回は通ってはいた。

 ここのパン屋さんは地元で有名な穴場というやつだ。中でもカロリーが低いのにも関わらずボリュームがあり栄養価の高いクリームパンシリーズは女性に人気だ。三度ほどテレビに報道されていてとても人気のあるお店だ。


「ただいまー」

「お邪魔します」

 中に入ると早速おばぁちゃんが出迎えてくれた。 


「あら~光真ちゃんじゃないの!いらっしゃい!今日は上がってくれるのね?朱葉もよかったわね。この子いつも光真ちゃんの話してるのよ~」


 白髪だが、元気のあるおばちゃんだ。年には見えない軽快な足取りで見ての通りのハイテンションだ。


「お、おばぁちゃん!もういいから仕事戻ってよ」


 顔を満開に赤くしている朱葉をみてとっても楽しそうに微笑むおばちゃん。おれはなんだが、心があったかくなるのを感じてつい、頬が緩む。  


「あらあら。照れちゃって」

「て、照れてない!!」


「はいはい。わかったよ。じゃごゆっくり」


「もうっ」と顔を赤くしたまま、朱葉は先に二階に上がる。


「ふふっ可愛いでしょ?」

「え、まあ。」

「隠さななくてもいいのに。」


「本当にあの子はしっかりしてるわ。こんなおばぁちゃんといるのに文句一つ言わないんだから。きっと光真ちゃんのおかげよ。ありがとね」


「そんな、僕はなにも。」


「あの子が両親を亡くしたとき私はなんにもできなかった。あなたが支えてくれたから今のあの子がいるの。本当に感謝しているわ。あのとき崖から落ちたりしなければ……」 


「……」

 そう五年前、あいつの両親は、亡くなったんだ。記憶の中で古い映画のような、ワンシーンが流れる。


 どうしてだろうか?朱葉が泣いて慰めているところは思いだせるのにモザイクがかかったようになぜ亡くなったのか思い出せない。


 不意に頭の中で不可解なノイズが混じる。


 あれ?そうだったか?と、問うように俺の中で過去の記憶との齟齬が生じる。


 まるでなにかが上書きされたかのような感覚に襲われ拒むように今、おばぁちゃんが発した言葉を受け入れることができない。なにかが違う気がしてならない。あの時のことは忘れるはずがない。


 なのにーーーー 


「そんな顔しないの!ほら朱葉が待ってるわよ」

「あ、はい」 


 どうやら知らず知らずのうちに険しい顔になっていたらしい。俺はなんとも言えないもどかしさを胸に朱葉の待つ二階へ向かった。


 今は忘れよう。朱葉の相談が先だ。






 

 階段を上がると一つの扉が見えてくる。その扉を開けると朱葉が部屋の中で座っていた。俺の目の前には一枚の座布団があり、そこに座れ、というように指で指示される。


 俺は小さなテーブルを挟み朱葉の正面に座り込む。部屋の中には窓際にベッド一つとその正面の壁側に向かって机が位置しており扉のちかくに大きなクローゼットと棚が置いてあった。ふと俺は失礼ながら女子中学生にしてはものが少ないように思った。今時の女子の家に行ったことはないのだが、細々としたものが置いてあるイメージが強いのでどうしても少なく感じてしまう。

 

 座ったもののなかなか朱葉は口を開かず、ただ長い沈黙が続いていく。その沈黙に耐えきれず俺は本題に誘導させる。


 「それで、何があったんだ?」

 「少しわかりづらいかも。」

 「大丈夫だ。とりあえず話してみろよ。」

 「たぶん……信じてくれないと思うんだけどさ。」

 「まあ夢の話って感じで聞くからさ。気軽にな?」


 俺もたった今妄想なのか現実なのかわからない出来事に遭遇してしまっている。なのである程度のことなら信じてやれるだろう。


 それに朱葉の真剣な眼差しを見れば冗談ではないのは明らかである。


 「じゃあきくよ?」

 「え?俺が聞くんじゃ?」


 たしか相談事だった気がするんだが、どういうことだ?


 「私の言い方が悪かったね。相談したいけどその前に確認したいことがあるの。」


 「なるほどな。いいぜ。今回限り何でも答えてやろう。」

 「本当?じゃあ気を取り直してきくよ?」


 刹那。雰囲気が一転し、重く苦しいものとなる。


 「私の両親の死因は?」

 「は?」


 心臓を握られたようなとてもぞわっと鳥肌の立つ驚く質問だった。なぜなら今俺が悩んでいるそれと同じだったからだ。


 とても長く重い沈黙がこの部屋全体の空気を暗いモノに変えていく。どう答えればいいのか、わからない。というより思い出せない。ずっとそばにいたのに『忘れた』なんてこと言えるはずはなかった。さらに先ほどのおばあちゃんの言葉が脳裏によぎる。


 『あなたが支えてくれたから今のあの子がいるの。』


彼女にとってこの記憶、出来事はとても大切なものなのだ。


 支えたのは覚えているのになぜだ?何故記憶と一致しない?たしかに崖から落ちたんだ。おばあちゃんの言ってることは正しい。なのにどうしても体がそれを受け入れるのを拒む。


 それは別の記憶だと。


 ここは正直に答えるしかないのではないか?この質問をしてくると言うことは、もしかすると朱葉もこのことをしっかり思い出せない、もしくは、記憶が一致しない、つまり俺のように記憶の齟齬が発生しているのではないか?


 それか一番考えたくはないが、純粋に俺が忘れているのだろうか。


 その確認を含めて俺は意を決しこの沈黙を破る。


 「すまない。わからないんだ。覚えてはいる。でもそれは違うような気がするんだ。」


 「やっぱり、あんたもそうなのね。崖から落ちた。そう、おばあちゃんからは聞いたわ。でも私が経験したのは違うの。交通事故で亡くなったはずなのよ。」


 交通事故!?

 「っ!?」


 急な目眩が発生し、頭が割れそうな痛みが俺を襲う。


 「どうしたの!?」

 「だ、大丈夫だ。続けて」


 「いや、でも……と、とりあえずベッドに横になって!!」

 「わかった……」


 朱葉に肩をかしてもらい、なんとかベッドに横になる。ふわふわの毛布が俺を包み込む。


 「ごめん。私のせいだ。」

 「頼むよ。続けてくれ。もう少しなんだ。」

 「わかったわ」


 どうしても腑に落ちないという顔をしながらしょうがなく黙認される。


 ここでやめるわけには行かない。足りない記憶の欠片が今繋がろうとしている。幼なじみの大事な記憶を失うわけにはいかない。


 俺は歯を食いしばり、朱葉の話を全身全霊で聞く。

 

 「えっと……さっき言ったんだけど崖から落ちたって言う記憶もあって……その……」


 とても話づらいのはわかるがはなしてもらわないと困る。だから俺は精一杯元気な素振りを見せる。


 「もう大丈夫だ。」


 まったくの大嘘であるが、このままだと話は進まない。

 「本当に?」

 「ああ、本当だ。」


 だから俺は起き上がり軽く笑顔を作って見せた。しかしまだ朱葉は不安げな顔で俺を見つめる。俺が相談に乗るはずなのに気付くと俺が気を使わせてしまっている。俺は自分への苛立ちを少しずつ感じながらベッドから降り、元の座布団へと身を運ぶ。

 「はなしてくれ」





 

 それからしばらく時間が経ったが、なかなか話が進まずもうすぐ一時間が経とうとしていた。


 「やっぱり今日はやめよ?光真が私と同じ記憶を持ってるってわかっただけですごく嬉しかったから。」


 「ごめんな。ちゃんと聞いてやれなくて」


 「ううん。少しでも話せて楽になったよ。」


 俺はまた彼女に気を使わせてしまった。俺がこの子を支えなきゃいけないのに。やっと頼ってくれたのに。後悔と苛立ちが混じり合った複雑な感情が俺の中を走り抜けていく。


 「じゃあ、またな」

 「うん。またね」


 これがあいつと普通に話せるのが最後になるなんてこのときの俺は知るよしもなく、俺は朱葉の家を後にした。





 

 自宅に着くと親父がパソコンに向かってなにやら難しい顔をしていた。


 「ただいま」


 リビングにいた父親が迎えてくれる。リビングには大きなテーブル一つの上になにかの研究資料が乱雑していて、中央には自宅用パソコンが置かれていた。その向かいには小型の薄型テレビがあり正面にはソファーが配置されている。


 「おぉー朝帰りだと思ってたよ」


 「帰ってきてそうそう下ネタかよ。」


 「どうだった?久しぶりに朱葉ちゃん家いったんだろ?」

 「特になにもー」


 「まったく。お前ってやつは……男ならもっとだな……そんなんなら朱葉ちゃん他の奴にとられちまうぞ?」


 「余計なお世話だよ。別に朱葉はそんなんじゃねぇーし。それよりまたAIか?」


 「まあな。もうアメリカやロシアでは本格的に始まってるからな。俺達日本も負けてらんないしな。」


 AI。人工知能と呼ばれるものだ。人工知能といっても所詮は人が作ったもの、人間の真似事を入力したプログラム通りにしか動かせない。だが、それを使って一定作業の工業事業には大きな発展を齎した。


 そしてもうそれはほぼ完成されたものでもはや技術者がなにかする事はないと言えよう。ならば一体何をしているのだろうか?俺は疑問に思ったことを口にした。


 「なあ、親父は今なにしてんだ?もうAIは完成したに等しいだろ?」


 「発想が足りないな。AIにはまだまだ可能性がある。ただの真似事を生かした究極の人工知能ができるかもしれない。」


 「究極の人工知能?」


 「その前にお前のAIに対する考え方を直さんとな。いいか?お前の言うAIはプログラム通りに動くシステム『Watson』とか『siri』で、まあ人工知能ではあっても違う類になるんだよ。父さんの開発しているのはAIだ。感情をもった、より人間に近い存在だ。」


 父さんはおそらくプログラム通り、記憶した通りに動く工業事業などで使われる人工知能との違いを説明しているのだろう。つまり、AIは人間のように成長し、予測できない行動パターンを有するものだと言うことだろう。父さんの言いたいことのニュアンスを掴んだ俺は軽く頷く。


 「それでな。究極の人工知能というのは現在人の手の動きを装置を通してトレースして機械が動かすというのをやっているんだがな。それじゃあ先ほど言ったWatsonなどと同じで感情を持っていない。だがな、そのトレースを人の脳でやったらどうなる?」


 「は!?それじゃあその脳を持つ感情のある人工知能ができる……のか?」


 「まあ……そうだな。その人間の脳のデータを取得しある程度の学習を積んだAIに移植すればもう一人の人間の誕生だ。まあその過程で様々なことはするんだがな。それでも最初からオリジナルの人間は無理かもしれないがより人間に近いものは作れる。欠陥はあるがな。」


 「欠陥?」


 「ああ。人間の脳が引き起こす特別な感情や機能は完璧には表現できない。例えば防衛本能や忘れるなどの高等能力だ。AIはな。一度覚えてしまったことは忘れられないんだよ、感情を持っているが故に。」


 「データをこちらが消せばいいだろ。所詮は機械だろ?」


 「人間より高度な機械的能力に長けてるからこそできないんだよ。例えこちら側がデータを消してもどこかで彼らはバックアップデータをとっていて記憶に一部欠落があればどちらにせよ気づいてしまう。バックアップデータを取っていない場合もな。」


 つまりは機能的に記憶か消えても記憶が消えたことを理解してしまうということだろう。俺達人間には不可能なことだ。消えた記憶が消えたことに気付くなんて高度な機能。それにバックアップデータを取っていれば記憶の再読込も行える。どうやっても消えたことに気付かせずに完全消去というのができないんだろう。


 「と、まあ今はそーいうことをしているよ。」

 「そうなのか。」


 「将来的には人間の脳に直接移植ってのもあるのかもな。かなりのハイリスクだが、アルツハイマーや精神異常が発生しても記憶が消えずにすむ。でも記憶の上書きだからな。違和感は拭えないんだろうな。まあでも父さんがそーいう問題を解決して人類に貢献してみせるよ。母さんのような想いをする人ははもう見たくないからな。」


 「そうだね。」

 俺は、そんな相槌をうつことしかできなかった。みんな大切な人のためになにかをしているのに俺はなにもできなかったと痛感してしまったからだ。


 「なあ……光真。」

 「ん?」

 「いや……早く寝ろよ。」

 「え?あ、うん。じゃあおやすみ」

 「おう!!」


 俺は冷蔵庫からペットボトルのお茶を取り出しキャップを開け口にお茶を含み飲み込む。なんだろう。いつもと違う味がするような……。まあ気のせいだろうと自分の感覚を促しその後俺は深い眠りについた。物凄く深い眠りに。







 翌朝。どうやら疲れていたのだろう。自分でも驚くような時間帯に目が覚めた。幸い今日は土曜日だ。そのことに安堵し、自室を出てリビングに辿り着く。ふと俺は何かの違和感に襲われる。


 「……なんだこれ」


 俺は目の前の景色を呆然と眺めることしかできなかった。リビングにはテーブルひとつしか置かれていない。昨日まで置かれていたテレビやその他の細々とした家具がない。父さんが愛用していた自宅用pcも研究レポートなどいつも通り目に入るはずものがどうやっても見当たらない。


 「どうなってんだ……?」


 明らかに泥棒などの類ではない。考えられるのは父さんの研究を盗もう、あるいは父さんの研究の邪魔をするものの犯行とみていいだろう。とりあえず現状を父さんに伝えるべく父さんの部屋へ向かう。


 コンコンと軽くノックをするが応答はない。まだ寝ているのだろうか?今日は研究所に行く日ではなかったはずだ。行くとしてももう二時間後ぐらいだろう。とりあえず扉を開け、父さんを起こすことにした。だがーーーー


 「っ!?」

 冗談だろ?


 父さんの部屋にはただ風が吹き抜けるだけで跡形もなく全ての家具が消えていた。


 なにが起こっているんだ?父さんは?どこだ?


 俺はそっと部屋の扉を閉める。消えた?いや出掛けている可能性もあるよな……。俺はどう考えても有り得ない非現実的な考えしか肯定できなかった。


 自室に戻ってみると掛け時計の裏になにかが見え隠れしていた。俺はそのなにかを取り出す。それは父さんからの手紙だった。


 「これはっ!!」


 俺は勢いよく封筒を破り、手紙を確認する。


『突然の出来事で驚いていると思う。たぶん父さんはお前にもう会えない。だからせめてこれからお前の助けになることをある方法を使ってこの手紙にして送った。今日本では大変なタイムマシン実験が行われている。研究を正しい方向に導くためにお前には大変な無理をしてもらわなければならない。父さんの研究やタイムマシンを悪用すれば世界は崩壊する。だからお前の力で世界を救ってほしい。お前には関係ないと想うかもしれないがこの実験の対象はお前と朱葉ちゃんなんだ。』


 「なっ!?」


 まだ手紙は途中だったが、そこまで読んで手紙を机に置き、朱葉の家へと向かう。そのとき俺の頭の中には朱葉のことしかなかった。


 俺は勢いよく掛けだしていた。

 「待ってろ!朱葉!!」


 俺は昨日の出来事が頭から離れない。あいつの記憶にも俺の記憶にも現れたあの齟齬。そして父さんがしてくれた人工知能移植の話。なにかが繋がりそうなんだ。そして決め手は俺と朱葉が実験台にされていて父さんが消えたことだ。もしかしたら俺たちは誰かに記憶を操作されているのかもしれない。とにかく朱葉が心配だ。今起きていること、話さなきゃならないことが山積みだ。


 俺は足をさらに早く動かし道を急いだ。


 やっとの思いでナラサワパン工房に辿り着いた。時刻は18時近くを回っていた。この時間帯は人通りも多いし大丈夫なはずだ。だがしかし辺りはまるで人の気配を感じさせない。


それにいつもは香ばしいパンの香りがするはずなのに鉄のような不快な臭いが漂っている。ここら辺は人の行き交いが多いものの、建物が少ない。近くに大きな公園があるのみで建物らしい建物は見当たらない。だからなにが起きてもおかしくはないし今日に限って人がいない。


 こんな状況だからか悪い方向へと考えが進んでしまう。ともかくこの胸騒ぎを止めるためにも朱葉の安否を確認するべく裏口から朱葉家へ入る。不用心にも扉に鍵は掛かってない。それがまた俺の胸騒ぎをさらに高めていく。


 中にはいるとは明かりが灯ってなく暗い闇に包まれていた。


 「頼むから……無事でいてくれ……」

 「だ、誰……?」

 震えた女の子の声が聞こえてくる。

 「朱葉っ!?」


 二階へ向かう階段の付近に震えた声の主、つまり朱葉の姿があった。


 「大丈夫かっ!?おばぁちゃんはっ!?」

 俺は状況を把握するために朱葉に近づく。


 「だ、だ……め。来ちゃ……うぐっ!?」

 「どうしたっ!?待ってろ!!今行くからな!」


 俺は覚束無い足取りで朱葉のもとへ向かう。何でだろう。朱葉に近づくにつれ鉄の臭いが濃くなっていく。


 刹那。グチャと足に何か液体のようなものが付着した。俺は恐る恐るその付着した液体を指先に付ける。


 「ひっ!?」

 指先には赤黒いなにかがくっついていた。そのなにかが血であることに時間差で理解する。


 そしてその液体の近くにゴロッと大きな赤く染まった頭部のようなものが転がっていた。そのものの周りには白い毛のようなものがついていた。


 俺はゴクリと唾を飲み込みゆっくりと転がして見てみる。感触で気付いてしまう。これは、体が切断された醜い誰かの頭部だ。目からは目玉が飛び出ていてとても見ていられるものではない。そしてこの白髪。もうだれかわかっている。


 悲しさと裏腹に気持ち悪さが込み上げる。

 あまりのグロさに俺はその場に嘔吐してしまった。

 「はぁはぁ。朱葉これは……一体?」


 俺より何倍も辛いのは朱葉だ。今、あいつのそばに居てやらなければ。


 「ちがう!違う!違う!私じゃ……私じゃないの!!」

 「大丈夫だ……わかってる」


 「っ!?いやっ!だめなの!!早く!早く!逃げて!!」

 「大丈夫。大丈夫だから。」


 こんな事態に陥れば誰だってパニックになる。俺だって訳がわからないんだ。


 「ちがうの!!はやく!」

 「わかってる。お前じゃないのはちゃんとわかってる」

 「だからちが……」

 「朱葉?」


 朱葉は急に黙り込む。

 「どうしたんだ?」

 ゆっくりと朱葉はこちらに近づいてくる。

 「朱葉……?」

 「……フフ」

 「え?」


 朱葉との距離が狭くなり目の前に朱葉が立ち尽くしている。


 明らかに様子がおかしい。

 「どう……っ!?」


 刹那。朱葉の顔は未だかつてないほどに歪んだ。その表情に圧倒的殺意を感じた俺は朱葉との距離を瞬時に取る。


 「……フフ。やるねぇ……さっきのばぁさんとは違う」

 「なっ!?」


 朱葉の手には鋭く光る血塗られたナイフが握られていた。

 「冗談だろ?朱葉?」


 信じたくない現実を前に俺はその現実を震えながら否定した。


 「いいねぇ。その表情……たまんねぇよ。」

 「答えろよ!!朱葉!!」


 話を逸らし訳のわからないことを話す朱葉に俺は全力で心の底から叫ぶ。ーーーー頼むから否定してくれ。


 「……フフ。話す必要はないだろう?ここで俺にバラバラにされるんだからな!!」


 そして俺の叫びも虚しくナイフの斬撃が半円を描き首元を鋭く狙う。


 俺はギリギリてかわしたものの掠ってしまい首から少し鮮血が流れる。


 「ぐっ!」

 とりあえず逃げるしかない。俺は近くにあった椅子を朱葉にぶつけて裏口から逃げ出す。


 辺りはすっかり暗くなっていた。全力で走り出すが精神の疲労からか足が絡まり転んでしまう。


 殺される。どうして朱葉があんなことを……一体、なにがどうなっているんだよ。そしてあの頭部が頭から離れてくれない。生臭い鉄の臭いも、泥つく血も、体に今まで感じたことのない恐怖と悲しみと怒りが今の俺の中を駆け巡っていく。


 俺は急いで立ち上がり自宅へと足を急がせた。

 自宅に辿り着いくと家の近くになぜか刃蘭の姿があり、声を掛けられる。


 「こうま!!こっちです!!」

 「え?なんでお前が!?」

 「いいから、はやく!」

 「わ、わかった」


 家の裏道を通り小さな公園遊具に隠れる。

 「ここまでくれば大丈夫でしょう。」


 「はぁはぁ。一体なんでこんなことに……」

 「それはですね、この手紙に記されています。」


 刃蘭は胸元のポケットから父さんからの手紙を取り出す。

 「それ!?」


 「先ほど家から持ってきました。勘違いしないで!僕はコウマの味方です」

 「お、おう」


 「それでですね……っ!?コウマ!!後ろ!」

刃蘭は青ざめた顔を俺に向ける。

 「え?」


 振り返った時にはもう遅かった。強い一撃を頭に喰らわせられ俺はその場に倒れ込む。強い衝撃を喰らったせいか意識が徐々に遠のいていく。そんななか、刃蘭と黒い服をきた男の話し声だけが聞こえてくる。


 「貴様!!どういうつもりだ!!」


 「それはこちらのセリフだ。お前なにやってる?任務は?」


 「……っ。まさか朱葉さんに先に手をだすとは想いませんでしたよ!あんな子になんてことを!!コウマのことだってそうです!あなた達は!……っ!?」


 バタンと刃蘭もその場に倒れ込む。そして俺の意識も薄れていき、この先のことは記憶にはない。


 どうしてこんなことになってしまったのだろうか。俺にはなにもわからない。ただひとつ言えることはこのままではいけないということだ。


 わからない事象の連続の中で俺はただ、後悔をした、朱葉を救ってやれなかった、と。何度も繰り返し、心の奥底で後悔し続けた。


 そして俺は願い続けた、どうかこれが俺のつまらない妄想であってくれと願った。

 

これは俺が体験したタイムマシン開発により運命を翻弄された人達の物語である。

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