囚われ聖女と魔王様。後日談。
現在魔王城に聖女はお嫁入り――から半年。
ここは魔王の執務室。
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「魔王さん、ちょっとお話があります」
「何だ、急に改まって」
「今は春ですよね?」
「そうだが……どうした?」
「春と言えば恋の季節。コボルトさんとオークさん、ケットシーさんが教えてくれました」
「奴等は精神が身体に引っ張られているだけだが――とはいえ、一般的に言うな。何だ、いきなり心変わりでもしたのか」
「あらあら、馬鹿なことを仰ってるとひっぱたきますよ?」
「う、うむ、スマン」
「次はありませんからね?」
「……心しよう」
「よろしいです」
「あぁ、それではお前の話とは何なんだ?」
「先日勇者さんと女戦士さんから手紙が届きまして」
「とんだ恥知らず共だな」
「何でも二人目の赤ちゃんが出来たそうなんです。おめでたいですよね」
「――ちょっと今から滅ぼしてくる」
「まぁまぁ、落ち着いて下さいな」
「何故だ!? 二人目って結婚してから出産までが早すぎるだろうが! 人間の赤子は十月十日腹の中にいるのだろう!?」
「あら、良くご存じですね~」
「ふん、人間のお前を妻にしたのだ。それぐらい知っておかんでどうする」
「……ちょっとキュンときてしまいましたわ」
「う、うむ、まぁな」
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魔王の肩に腕を回して抱きしめる聖女。
魔王はそんな聖女を膝の上に抱きかかえた。
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「うふふふ、何だか照れますね」
「……夫婦なのだ。別に照れることでもあるまい」
「まぁ、男らしくて素敵です。惚れ直して――いいえ、もっと愛してしまいますね?」
「――やはり勇者共を始末しよう」
「あらあら、この流れでですか?」
「この流れだからだ。我が妻に対する侮辱だぞ。捨て置けまい」
「……私としましては今さら勇者さん達なんてどうでも良いのですが、それよりもお話の続きを聞いて下さいませんか?」
「まぁ、お前がそう言うのであれば仕方あるまい。次に手紙を寄越せば滅ぼすが」
「そう伝えておきますね。それはともかく魔王さん?」
「ん?」
「私はもう聖女ではありませんよね? と、言うよりも癒やしの能力があるだけで最初から私は自分が聖女だなんて一言も言ってないんですよ?」
「……そう言えばそうだな」
「でしょう?ですからこれは私からの提案なんですが――」
「うむ。何だ?」
「私も子供が欲しいのですが」
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聖女の突然の攻撃!
魔王に会心の一撃!
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「ゴフッ!?」
「まぁ、どうなされたのですか魔王さん!」
「どどど、どうもこうもあるか!執務室で――しかも日も高い間にする会話ではないだろう!」
「結婚当初から思っていたんですが魔王さんは一般常識に捕らわれすぎですよ? 今はもっとフランクな上司が好まれる時代なんですから」
「上に立つ者に常識がなくて良い訳がないだろう!」
「それはそうですけれど……って、話を逸らさないで下さいませ」
「うっ――」
「そもそも今もって寝室が別々なのはどうしてなのです? もう夫婦なのですから私と一緒の寝室でよろしいではないですか」
「ううっ――」
「それとも魔王さんは私が哀れになって拾っただけで、愛はないと仰るのですか?」
「それは違う!!」
「あらあら、うふふふ」
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膝の上で聖女は嬉しそうに微笑むと魔王の方へ顔を向けて、その額にゆっくりと口づけた。
魔王はそんな聖女の身体を壊れ物のように優しく抱きしめる。
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「急に、どうしたのだ。部下達に何か吹き込まれたのか?」
「いいえ、私がそろそろそういう関係になりたいなと思っただけですよ?」
「そ、ういう関係とか――年若い娘が言うものではないだろう。第一だな、こういう事はもう少しお互いの事を知ってからでも……」
「私、魔王さんのそういう古風なところ好きですよ? でもですね、私が人間である限りいつかは魔王さんより先に死んでしまうんですよ?」
「――――」
「魔王さんの言うその時には、もうきっとお婆ちゃんです。聖女だ何だと言われていたからって私だって女ですから、そんなのは嫌なんですよ」
「――――――」
「それとも魔王さんはもしかして不――」
「違う」
「では童――」
「違――あっ」
「あらあら……ご自分は違うのに私には清らかなまま死ねと仰るのですか? あぁそれと、お相手の方は誰です?」
「う、ううむ、あのだな――」
「言い訳は結構です。相手を庇い立てするなら容赦しませんよ? それともまだその関係性が続いているとでも?」
「それは違う! 断じて違うぞ!?」
「天地神明にかけてもですか? かけられないのであれば今ここで賛美歌を歌いますけど」
「あぁ、天地神明にかけてもいい。今はお前だけだ。未来永劫お前だけがこの私の妻だ」
「……狡い方ですね、私の旦那様は」
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そう言った聖女は今度は魔王の唇に口づける。
体温を持たないその肌は、けれど聖女が知る中で最も温かく感じられた。
魔王は抵抗せずにそれを受け入れていたが、不意にその仄暗い眼下に浮かぶ青い火の瞳で聖女を見つめて言った。
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「お前を妻にした日から、死を間近に感じるのだ」
「……そうでしょうね」
「お前がいない世界など滅ぼしてしまうかもしれん」
「まぁ、それはいけませんね」
「これは強制ではない。だからお前さえ良ければだが――」
「はい?」
「お前に不死の呪いをかけて、このまま永劫共にいたい。ただ――」
「――ただ?」
「この呪いは一度きり。かければ解けぬし、子も成せん」
「――――……」
「……出来れば言わずにいたかった。今のは聞かなかったことにしろ」
「あら、それは無理ですわ魔王さん。私その提案がとっても気に入ってしまいましたもの」
「お前の正気は不在なのか?」
「私は至って正気です。愛していますわ、旦那様。ですから貴方のその愛を、今すぐ私に与えて下さいません?」
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魔王の眼前で微笑むは、世界の希望の元聖女。
けれど今では魔王の寵妃。
その愛情深い微笑みは、魔王の心も魅了する。
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「――約束しよう、我が妻よ。未来永劫お前を離しはするまいと」
「当然ですよ、旦那様。たとえ世界に新しい聖女が産まれても、貴方の妻は私だけ。最初で最後の魔王の妻です」
「ああ、そうだとも。当然そうに決まっている」
「新たに生まれる勇者の剣も、魔導師達の詠唱も、聖女の歌う賛美歌もーー貴方の元には届かせません」
「馬鹿者、それは夫の台詞だ」
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息を吐くように苦笑する魔王の唇に、再び聖女は口づけた。
そうして優しくその細い腕を絡ませて、魔王の耳元に囁いた。
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「ラミアさんやアラクネさん、サキュバスさんにちゃんと聞いておきましたから、今夜の予習はバッチリですよ?」
「全く、お前と言う奴は……」
「愛していますわ、旦那様。だから貴方も――」
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その唇が“愛して下さい”と言うより早く。
魔王は聖女に口づける。
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それは、今からずっと、昔のお話。
けれど、今でもずっと、続くお話。