表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
でもんず  作者:
9/37

第三章 -1

 世にも腰砕けの珍妙な終焉を迎えた対戦(カード)の後、鬱憤を晴らすようにカラオケ大会は続いた。


 小用があるからと花畑は中座したが、約束通りそれまでの会計は済ませてくれていた様で、盛大な飲み食いにも関わらず、追加分は皆の財布の範囲で無事済んだ。

 自宅への帰り道、手にケータイを持って何とはなしに、あの対戦を思い出す。

 初等部時代に当時のバージョンでのガーディアンズはプレイ経験があっても、お下がりで受け取った今のケータイでは初めての、最新版ガーディアンズ。

 それは、やはり……。


 ――楽しいか?。


 誰かの声が、聞こえた、気がした。

 ――まさか。


 楽しいハズがないだろう?。


 *


 自宅へ戻ると時計は、夜半過ぎまであと少し、という時刻を示していた。

 ただいま、と奥へ声をかけるよりも早く、ぱたぱたと小鳥が玄関口に現れる。


「おかえり、お兄ぃ。お夜食作ろか?食べる?」


 居間からはTVのバラエティ番組らしい笑い声。小鳥は風呂上がりらしく、少し濡れた髪を右頬の脇から肩越しに前へ垂らして軽く束ね、パジャマ姿のまま右手に持ったドーナツをパクついている。


「いや、いい。けっこー喰ってきたから」


 あ、そ。と応えてリビングに戻る小鳥。

 ……にしても、こいつは夜食でドーナツか。太るぞ?。

 ほどほどにしとけよーと一言かけ、荷物を置きに二階の自室へと上がる。机上の充電マットにはケータイを、床へは荷物を放る。

 部屋着に着替えベッドに寝転がりつつ、自室の据え置きゲームとAVセットを起動する。ハマっているオンラインRPGの新DLCが配信されていた。


 ――うむ、至福。


 *


『お兄ぃ、お湯落としたいからお風呂入っちゃってー……ね、ちょっと、お兄ぃ!』


 階下から小鳥の声。

 む……プレイが一段落したあと、そのまま軽く寝落ちてたらしい。つか、どーせ明日は休みなんだから、このまま寝ようかと思ってたんだけどな。


 手間だなあとも思いつつ、風呂に入る入らない程度で、またぞろ騒ぎ出す小鳥をいなす(・・・)方が確実に面倒だ。

 すぐ入る、と階下へ声をかけ、寝間着を抱えて部屋を出る。


「あ、お風呂終わったらお湯抜いといて。ヒマだったら掃除もお願いー」


 階段から居間へ抜けると、TVは深夜映画にシフトしていた。ついでにソファ前のテーブルには、クッキーと紅茶のポット。

 のべつ幕なしで喰ってるよーな気がするよなー、こいつ。ホント大丈夫かね。


「なに、お兄ぃ。やっぱりお腹空いた?食べる?」


 クッキーを一枚、放って寄こす。いや、別に喰いたい訳じゃ無いんだが。

 ん?と首を傾げる小鳥。……まぁ、本人が太らない体質だと言い張るならほっとこう。うん。小鳥の手製らしい塩味で唐辛子の効いた辛口クッキーは、美味いことは美味かった。

 ・・・つか、コレ煎餅って言わんか?米じゃ無いからクッキーでいいのか?。まぁいいや。


 張ってあった湯は、既に生ぬるくなっていた。

 軽く追い炊きしつつ、先に身体を洗う。ついでに掃除。

 ざっくり壁と床のタイルを洗い終え、湯も身体も温まってきたところで湯を桶に汲んで身体を流しつつ湯を撒き、床と壁をブラシでちゃっちゃと仕上げる。

 ヒマかどうかっつーたら明らかに小鳥もヒマそーではあるんだけど、風呂掃除はなんとなく俺の役回りになっていた。

 炊事・洗濯・部屋掃除あたりは小鳥がやる事が多いし、風呂掃除程度の分担に異存は全く無い。湯を汲んで綺麗に流す。ぴかぴかになった風呂場で、気分良く湯船につかる。


 ふう、と一息つくと、その声が風呂場に響く。ぴちょん、と天井から湯気の雫が落ちる。

 親父の趣味で、風呂場も湯船もかなり広い。その分、脱衣所やらトイレやらみょーに狭い多少いびつな構造になってるんだが・・・。まぁ広い風呂は俺も嫌いじゃ無いので善しとする。広い分だけ掃除が面倒なのは玉に瑕。

 そして……ちょっと気を抜くと、つい、カラオケ屋での一幕を思い出してしまう。それだけならまだしも、どうやったら勝てるか、みたいな事を考えていた。


 *


 あの植木鉢の意外な機動性と、肉弾系の連打。

 のみならず、花畑が「結構な火力」と称していたあの間抜けな張り手もどきは、実際にケダモノのアホみたいな装甲と回復力をも貫いて、継続ダメージを与えていた。近接パワー型に加え、飛び道具と機動性の兼備は確かに驚異だ。見かけはともかくとして。


 防御については、まぁ、打たれ強いようには見えなかった。……全裸だし。

 けど、フォークを避け続けたあの回避性能からすると、そもそも簡単にはダメージが入れられない可能性が高い。

 仮に攻撃を避けきれなかったとしても、あの植木鉢の意外な器用さからして、如何にも固そうな植木鉢部分使って受けて流す、くらいは平気でやるだろう。

 当然、避ける・受けるで流された後には、姿勢が崩れたトコにカウンターを喰らう事になる。しかも連撃で。


 技の装備バランスから言えば、決め技は特殊攻撃系だろうな。

 大方、高威力・高範囲型の投げか拘束技ってトコか。飛び道具であのダメージ、投げが必殺扱いなら威力は相当に油断ならない。


 色物に見えて~実際コレ以上無いってほどに見事な色物だったが~性能的には堅実で隙が無い。

 なるほど、HENTAIに見えて実際は見た目以上にHENTAIだが、スペックは異常に高い花畑本人とシンクロするはずだ。


 一方、ケダモノは……。

 ……。

 ――まぁ、何にもしてなかったしなぁ、アレ。評価しようがないよなー。


 プレイヤーの俺が操作してないんだから、そりゃそーだって話ではあるが。

 むしろ、操作はおろかガードすらせず放置されながら、ロクにダメージも受けないあの装甲と回復力こそ異常というべきだろう。あのアホみたいなHPゲージはもう、論外だし。

 てかアレ、バグじゃないのか?ルール違反じみてるんだけど。


 ポリゴンが粗いので判りづらいが、カバを思わせる巨体からすると動きは遅いと見た方がいい。けど、跳ね起きてからあんぎゃーふんぎゃー駆けずり廻ってた時の脚は結構、速かったな。

 意外に突進力はあるのかもしれん。


 ワニじみた巨大な顎は、やはり噛み付いて食いちぎるのが勝ちパターンか。

 そーいや顎といえば、牙もついてたっけ。牙が前方に延びてるんだから、防御力にモノを言わせて攻撃を食らいながらそのまま突進し、牙で突き刺す、てなあたりが基本攻撃かも知れん。いかにもダメージ無視性能(スーパーアーマー)付いてそーだし。

 小技を潰してそのまま入りそうな雰囲気ありありだろう。


 突進して牙で突き刺し、その勢いで噛み付いて強大な顎で相手を砕きつつ、太い首を回して投げ飛ばし、体重を載せて長い脚で踏み潰す。さらに床から跳ね返ったところを、あの太い尻尾で張り飛ばし……てなあたりの動きは定番だよなー。まぁ普通にコンボになってるだろう。

 色違いの牙にも何かギミックが有りそうに思える。おお、夢ひろがりンぐ。

 ぴちょん、と雫が落ちた音で我に返る。


 ――楽しいか?。


 ……ああ、楽しいよ。認めたくはないけれど。

 ゲーマーの血が騒ぐ、といえば大袈裟だろう。単に好きなだけだ、本当に。

 もっと言えば、別にアプリゲームが嫌いな訳でも無いし、ケータイやスマホで独自の進化を遂げたゲーム群も、それはそれでよく出来ていると思う。ソシャゲにしてもそうだが、単に好みのジャンルでは無いだけだ。

 嫌いなのも、腹立たしいのも、官製の(・・・)ゲームだ。


 *


 うー、だる。


 のぼせ気味になって、あわてて湯を抜いて風呂を出る。と、居間のソファでは小鳥が食べかけのクッキーを手にしたまま、画面の消えたTVの前で優雅に舟を漕いでいた。

 俺もそうだがところ構わず寝るクセはお袋もそうで、向日(むかい)家伝来っつーか、遺伝っつーか、どーでもいいトコで血の繋がりをヒシヒシと感じる。

 寝るといえば親父は立ったまま寝るんだよな……あれは次に帰って来た時にでもコツを聞いておこう。何かと便利そうなスキルだし。


 腕をまくり、よいしょぉっと声を掛けて小鳥を抱きかかえる。

 お姫様抱っこしてもほとんどお約束影ができないあたり。ほんっとこいつも胸ないよなー、とか思いつつ小鳥の部屋へ。細身で背も低めなくせに、結構重い。さすがに体育会系、一応、筋肉質なのだろう。

 全然鍛えてない身としては、抱えて二階へ上がるだけで、腕がだる痛くなってくる。

 そーいや、意外と葵が軽いんだよな。中等部の頃、何キロだって聞いたらカバンの角で殴られたけど。くっそ。

 小鳥を寝かせて自室へ戻り、ベッドで寝転びつつ、ゲームの続きを眺める。


 やがて、ぶぅんとバイブ音。

 ケータイがチカチカと光り、振動で机から落ちる。


 ……これもなー。バイブが強力なのは判り易くていいんだけど、充電中ですら落ちるのはどーにかしてほしい。落ちたはずみか、開いたフリップから画面が目に入る。メール着信を告げるアラートがいくつか。

 諦めてケータイを拾い上げ、確認。悪友たちからの回覧メール、小鳥から本気でどーでもいい内容の報告メール、葵から、なんだかよく判らない苦情のメール。まぁ、この辺は今更だし後で眺めよう。

 そして、フィルタをかいくぐった無数のスパム。

 そーいや今日は部屋戻ってからメール掃除してなかったっけ、とか思いつつ、フィルタを起動しスパムを一括でゴミ箱に放り込んで行く。

 スパムフィルタにも引っ掛からず、既知メアドでもないメールが一通、目にとまる。

 タイトルは無し。……というか、送信元も宛先メールアドレスすら見当たらない。

 メールの中身は……。


(われ)は、(われ)なり』


 何の呪術かと呆れつつ、ヘッダを確認しても情報は一切なし。

 着信時間は……ちょうど、カラオケ屋で花畑が大暴れしてた頃の時刻だった。オカルト好きならゾッとするところかも知れない。

 ま、例によって不具合動作だろ。ケータイを受電マットをへ放り、ベッドに潜り込んでとっとと眠ることにする。

 眠りに落ちようとする耳元に、呵々と。誰かの嗤う声が、聞こえた。

 ――ような、気がした。


 ……とても、嫌な、嫌な笑い声。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ