第二章 -3
それは、紛う事なき、巨大で、立派な、鉢植えだった。
いやまぁ、対比物も無いし。正確なところは大きさの縮尺もわからないのだが。
まぁ、件のゲロ吐き獣と同サイズの全長なんだから、植木鉢としては大きいのだろう。とても。
――だから、大きさについては「たぶん」なのだが。
それは、巨大な鉢植え、だった。
鉢の形は長方形で、一見すると底の深い風呂桶みたいにも見える。
とはいえ、土で埋まっていて、植えてあるモノがあるからには、植木鉢、なのだろう。問題は、その端っこに植わっている代物で……。
人が、植わっていた。
正確には、人型のガーディアンが、腰から上だけ、ちょ~んと植わっていた。
禿頭。筋張った笑顔。こんがりと日焼けした、コゲ茶の肌。薬物でも使ってンじゃねーか?と思わせる、凄まじい張りの筋肉。
腰から上は全裸。腰から下は、植木鉢の土の中に埋まっていて見えない。
呆然と見守るギャラリーに向かって、ミスター植木鉢は凝り固まった様な笑顔のまま、上半身で様々なボディビルのポージングを見せつけている。
禿頭の上には、その頭と同じほど大きな花のつぼみと思しきオブジェが生えていて、ポージングに連られてぷるんぷるんと揺れている。
時折、野太い声が、キレてる!キレてる!と。
「んーと、この掛け声……テーマ音楽……なのか?。なぁ、おい。これ……」
めちゃくちゃに処理能力の落ちた脳みそをフル回転させ、どうにか問いかけようと目を上げると、そこには。
上着とYシャツを脱ぎ捨て、上半身裸でポージングを行うHENTAIが。
植木鉢のソレとほぼ完全にシンクロした見事な動きを続けていた。
もはや誰もが息を呑んで注視する中、ミラーボールの光とオフボーカルの歌謡曲が流れる室内を、二人(?)のパフォーマンスが完全に支配し……。
――最後に、二人(?)同時にニカっと白い歯を光らせてポーズを決める。
惜しみないギャラリーの拍手と喝采の中、とりあえず俺は全力で身体ごと突進して花畑の顔面に掌底をかます。そのままアイアンクローで顔を握りこんで勢いを殺さずに体重を載せ、後頭部を床へと思い切り叩き付けて沈める。
ぱこぉんと、とてもとても良い音が響く。
ふぅ……と一息吐く。
これで、少しは考える時間が稼げたか。
ミスター植木鉢は花畑の指輪の上で微動だにせず、あいも変わらず白い歯を見せたままポーズを決めている。
ピクリともせず泡を吹いている花畑を適当に撤去しつつ、その指から外した指輪をテーブルに置き、届いたピザを皆と摘みながら(届けに来た店員はドアの脇に片された花畑に一瞬ビクっとしてたが)鉢植えを眺める。
マンドラゴラ……アルラウネ……?。まぁ、たぶん、人の似姿をした、植物の化け物なのだろう。それが端っこに植わり、巨大な植木鉢には不自然な隙間が空いている。
同じ姿形の化け物が、真ん中ともう一方の端っこと、あと二体は植わりそうな感じの空間だった。
最終進化形とか称しながら、三体の植木鉢の君が並んでポーズしてる姿を想像し――背筋を強烈な悪寒と戦慄が走る。
……あーサブイボが。
気を取り直し、微塵も動かないその筋張った笑顔に向かって何となく指を伸ばしてみる。
すると、やはり周囲の空間情報をARカメラで把握しているらしく、指が触れる直前にすぅっと、妙にキビキビした動きで避ける。そのままくるんと翻り別なポージングを取りつつ、ニカっと自慢げに白い歯を見せる。
ちょっとムカついたので、ピザと一緒に届いたフォークを手にする。
五月雨式に何度か突いてみたが、上手いこと避ける避ける避ける。
上半身ではなく、植わってる腰なら避けられないだろうと、フェイントを交えつつ腹を狙ったフォークを、今度は植木鉢ごとスッと移動して避ける。
つーか、動けるンかい。浮いてるのか?その植木鉢。
そのままポーズを取って、めっさ良い笑顔。こぼれる白い歯の光。
――なんか、すんごい、腹が立った。
「へいっ、野郎ども!」
以心伝心。
指をパチンと鳴らして合図するや否や、クラスメート達は一斉にマイクやら拍子用の楽器やらを放りだし、獲物を手に構える。フォークが足りないヤツはナイフだったりする。箸を構えるヤツも居る。
――各々装備は違えど、思いは一つだった。
植木鉢の筋張った笑顔に冷や汗にも似たエフェクトが走る。白い歯の光も曇って感じる。
……イケる!。
――深呼吸を一つ。
さあ……いくゼ!。
「よせ!」
切羽詰まった声が止める。……ちっ。
「よう、花畑。起きたか」
ギャラリー一同、手にした凶器が一斉に引っ込んでいるあたり流石である。全員が見事に知らんぷりを決め込んでカラオケに戻っている。これだからコイツら大好きだ。
手を上げてこちらを制しつつ、もう一方の手で後頭部をさすりながら、半眼で睨むようにこちらを見つめるHENTAIの冷たい視線。もう、睨まれてるだけで凍りそうだ。
手にしたフォークでピザを刺し、はい、と、そのまま花畑へと手渡す。
「フォークで刺して死ぬ訳じゃ無いだろ、コレ。……死ぬのか?」
くてっ、と倒れて伏せるミスター植木鉢の姿が脳裏に浮かぶ。
……ぜひとも、ヤってみたいな。
「いや、そりゃ死なないだろうけどな。さすがに試した事は無い」
Lサイズピザの一切れを一口で頬張り、一気に咀嚼するとテーブルのウーロン茶で飲み干す。さすがの健啖っぷりに感嘆の声が上がる。
「……まぁいい。始めるか」
自分の指輪を引き寄せて指にはめ、ポージングをしながら花畑はそう宣言した。当然のようにまたも植木鉢の君とシンクロしている。
――練習したのか?、それ。思わず素の感想が漏れる。
「……最近のガーディアンズは、ほんっと変わってンなぁ」
今度は、どこからも否定の声は上がらなかった。
*
改めて一対一で対戦マッチングを終えると、双方のガーディアンの上に体力を示すバーが表示される。
俺はケータイに何も触ってないんだが、それでも勝手に対戦セッティングが終わっている。さっきのマッチングデータが残ってるのか?。やっぱなんかバグってる臭い。
……つーか。
「おぅ……」
息を呑む花畑。ギャラリーからも驚嘆の声が上がる。
――まぁ、うん。……なんだこれ?。
目の前、自陣の上に思いっきり長いバーが、ずみょーん、と浮かんでいる。
“HP”と表記があるから、残体力ゲージなのは間違いないんだろう。
端っこは表示範囲をも超えているのか、角度によっては見切れている。パっと見でも、敵陣の植木鉢と比べて4~5倍の長さに見える。
……体力馬鹿だったのか、ゲロ吐き獣。
FIGHT!の掛け声と派手なエフェクト。対戦がスタートしたらしい。
だが、カバ……なんだか、ゾウ……なんだか、ワニ……なんだか、未だによく分からないケダモノは、戦闘BGMが流れているフィールドですら――。
「――おぅ、寝てる、な……」
依然、思いっきり爆睡していた。
ヨダレっぽいエフェクトを口の端に、身体全体は定期的にゆっくりと揺れる。刻々と減り続ける制限時間。場は完全に凍り付いて……。
「おう、ヒコ!。キミまで寝てどーする」
思いっきり花畑にどつかれた。
「だってなぁ……。寝るだろ」
眠らないハズが無いだろ、春だし。
そう答えながら改めてソファに転がる。向かいで額に手をあてつつ、うつむくように頭を抱える花畑。
おお、花畑のポーズと困まり顔の植木鉢くんとのシンクロが解けてる。なんか既に勝利した気分。
「まぁ、あれだ。好きにやっててくれ」
そのまま本格的にソファへ横たわって尻と背中の位置を調整し、テーブルの上のポテチをつまむ。
……このポテチ旨いな。受付でメーカー聞いとこっと。室内には誰かのリクエストらしい懐メロが流れる。ギャラリーも一気に弛緩する。
――フィールドに展開されてる対戦タイマーが減少し続けている。
ほれ、時間終わっちゃうぞ?と声を掛けると花畑は呆れたように深く息を吐き、気を持ち直したのか表情を引き締めると、ぎりっと腕を組む。植木鉢も腕組み。またもポーズがシンクロしている。やっぱ練習してるのか、それ。
「まぁ、いい。それじゃ……勝手にやらせてもらうぞ?」
花畑の宣言と同時に、腕組みをしたまま宙に浮いていた植木鉢がふらっと揺れると鉢ごと高度を少しだけ上げ……次の瞬間、ぎゅん!と派手な効果音とエフェクトを発し、弾かれたように距離を詰める。
ケダモノの直前で勢いを殺さず脇へ回り込み、右拳を大きく下げたかと思う間も無く一気に腕を跳ね上げ、なおも眠り続けるケダモノの胴体へ、深く強く早く重く、拳を埋めていく。
豪快なヒット音と共に、宙へ浮かされたケダモノ。
植木鉢は雄叫びを挙げ、一気呵成とばかり無数の両拳を叩き込んでいく。
う~らららぁ~っ、とか絶叫してるし。
えーっと……。
――肉弾系かよ!
そうそう、それそれ。
ギャラリーの激しいツッコミが俺の麻痺した心の声を代弁していた。
いやまぁ、確かに、見た目肉弾系だよ?ちょーマッチョだし。腕力もありそうだし。けど、鉢に植わってるよーなイロモノなんだから、なんかこう、特殊能力とか、飛び道具とか、そーゆーのを、ね?。期待するだろ、普通。
とか、胸の内でツッコミ疲れている間にも連撃は止まらない。HITカウンタが凄まじい勢いで増え続ける。……のだが。
「……減らねぇなぁ……」
思わずポロっと素の感想が漏れる。腕を組んだまま戦況を見つめる花畑にも聞こえてしまったろう。むっと眉を寄せている。いや、挑発したつもりは毛頭も無かったのだが。
なにやら指示したらしい花畑の動きに連れて、植木鉢の連撃速度が更に上がる。しかし、それでも。
ただでさえクソ長いHPゲージは、一向に削れる様子が無い。
というか、端っこがちょこっちょこっと赤く染まり(たぶん1ドット分なのだろう)すぐに元の色に戻っている。これは……。
「おぅ……回復能力、か」
そう、無尽蔵にも見えるHPゲージを持つ上にほとんどダメージを受けない堅さを備え、あげく体力の自動回復まで行っている、らしい。その肝心のケダモノは……。
フィールド上で連撃を受けて浮かされながら、なお爆睡を続けていた。
鼻提灯がふわふわ揺れてたりする。これ、ひょっとして俺が操作しないと延々寝続けてるのか?。うらやましい。まぁ、そうだとしても、面倒なので手を出す気はさらさら無いが。
やがて制限時間も半ばを過ぎた頃、埒が明かないと見たのか植木鉢が距離を取る。……脚なんて飾りですっと言わんばかりのスムーズな動きが、これまた微妙にキモい。
連撃で開始早々から浮かされっ放しだったケダモノは、植木鉢の両拳という支えを失ってドスンと音を立てて地面へと転がっている。
もちろん、依然として眠り続ける。
うむ、睡眠は大事。
うんうんと頷く俺。釣られて一斉に頷くギャラリー。心温まる光景だった。
一方で植木鉢は全身に汗をかき、ぜーはーと肩で息をして、如何にもスタミナを消耗している。
……ゲームシステム的に、耐久力とは別にそーゆー持久力とか精神力とかの仕様が有るのかどうか知らんが、むしろダメージを受けてるのは一方的に攻め続けた植木鉢側にすら見える。
ゆっくりと一息吐く花畑。ギャラリーも一斉に息を詰める。そして。
「――オゥラァッ!」
らしくもなく、花畑が気合いを入れた裂帛を放つ。
誰もが強力無比な必殺技の炸裂を予想したその瞬間、植木鉢は華麗に身体を揺すりクルっと身体を翻し……。
ケダモノに向かって両掌をかざし念を(?)込め始めた。
――えーっと。
誰からもツッコミが入らない。ギャラリーは全員、戦いに釘付けで呆然自失だった。
「……花畑?」
仕方ないので声を掛ける。
「……。いや、見かけはともかく、な?。実際、結構な火力の技なんだが……」
困ったように返答する花畑。
様々なポージングを決めつつ、掌をかざす動作を繰り返す植木鉢。
意に介さず、なお、ひたすら寝転けるケダモノ。
――実に静かで異様な構図だった。
一応、技は発動している様で、チラッチラッと、植木鉢とケダモノの間に何かのエフェクトが舞ってはいる。飛び道具だとすれば、軌跡が見えづらいのは有利なんだろうが……ともかく地味だ。
気まずい沈黙が続く。よーやく閾値にでも達したのか、ケダモノの尻尾から一筋、煙が上がる。
「よし、燃えた!」
――それだけかよ!。
俺も含めたギャラリーから総ツッコミが入る。
スタミナを使い尽くしたのか、ぜーはーぜーはーやっている植木鉢。凄い量の汗エフェクト。ケダモノの尻尾は……お、意外と景気よく燃えてる。
当初は線香の様だった一筋の煙が、今は紛れもない炎と化して尻尾の先を包む。ケダモノは相変わらず眠り続けていたが、時折ひくっひくっと痙攣した様な動きを始め……。
やがて、ぱっちりと目を見開いた。
――おおーっ。
ギャラリーが沸き、拍手が上がる。あちこちでハイタッチと喜びの声。
うむ、感動的な場面だ。俺も目頭が熱くなるのを止められない。立ち上がってピザを一枚受け取るついでに、ハイタッチの輪に参加してみる。
ゆっくりと首を振って辺りを見舞わずケダモノ。そして、もう一度寝る。シアワセそーに。口をムニャムニャと動かしながら。
寝るのかよ!というツッコミは入らない。
まーそーだろーな、と、みな予想していたのだろう。炎は更に激しく燃え上がる。症状進行型の技なのかも知れない。
ちり、ちり、とHPゲージが減り始める。ついに延焼速度が回復能力を上回ったのだろう。これは……。
ヒクッと痙攣すると、もう一度目を覚ますケダモノ。そして。ゆっくりと尻尾に灯る炎を認め、少しだけ首を傾げ……次の瞬間、凄まじい勢いで跳ね上がる。
場が、期待と緊張で盛り上がる。文字通り反撃の狼煙が上がるのか!?。
――まぁ、えらい勢いで燃えて煙を上げてるのは、ケダモノ自身の尻尾な訳だが。
目覚めたケダモノを前に、花畑が腕組みを解く。植木鉢も回復したのか、花畑とシンクロするように、両腕を下ろしつつ、ゆっくりと拡げる。
明らかに何か大技を狙っている。切り札だろう。そして、ケダモノは。
あんぎゃーとか叫びつつ、相変わらずばたばたと走り回っていた。
――あー……。尻尾、熱そうだもんなぁ……。
ギャラリーから合いの手じみた感想が漏れる。全く以てもっともだ。
今度はふんぎゃーとか叫んで逆方向へ走り回っている。さすがに痛そうに見える。その割にHPゲージはあまり減っていない。ただ、回復速度は下がっている、気がする。
寝てると回復力が増えるパッシブスキルなのか?。目が覚めた分だけ回復力が落ちてるのか、それ以上にあの奇妙な技が効いてるのか……。
そんな感想を抱いているうち、とーとつに制限時間が切れる。そーいや対戦タイマー見てるの忘れてた。
結局、双方ともマトモな活躍は見られず終い、結果は植木鉢の判定勝ち。
HPバーの視覚的な長さは圧倒的に~それこそ数倍という比率で~ケダモノの方が長いままだったが、体力の消耗率で勝敗判定されたらしい。
……まぁ、植木鉢は全くHPゲージを消耗していないのだから、妥当っちゃ妥当なトコだろう。やがて勝者の名前が表示される。
【WINNER IS KENTA】
――実名プレイかよ!。
ギャラリーから総ツッコミが入る。シンクロナイズドポージングを次々に決めつつ、勝ち名乗りを受ける本人と植木鉢。ツッコミは見事なほど完全にスルー。白い光がこぼれ落ちる。
最後の最後に、コレか。
……わが親友、花畑健太。やはり恐るべき漢だった。