第九章 -1
契約者と石板が揃って死なない程度にノックアウトし、綺麗に決着が付いた、その後。
相克の時間も過ぎ、結界が解放された真夜中に、初等部校庭で人影がうろちょろしていては――どう見ても警察沙汰、必至。
取り急ぎ意識のない花畑を運んで(俺が!クソ重かった……そのうち殴ろう)向日家の居間へ場所を移す。ソファに横にした花畑へと、小鳥が応急処置を施してるうちに、そのHENTAIが目を覚ました。
「首のお加減、どうですか?」
小鳥が湿布やら絆創膏やら手際よくしまいつつ、花畑に問いかける。
「うん、ありがとう小鳥くん。もう多少痛いくらいで――」
「……折れちゃえば良かったのに」
ぼそっと呟いて救急箱を手に立ち上がり、スタスタと棚へ戻しに行く小鳥。
花畑は首に手を当てたまま、完全に凍り付いている。
向かいのソファで、ウムと強く頷く俺。
テーブルの横で未だにぐったりと反応が無い、ただの屍の如く斃れてる植木鉢。
ソファテーブルの上のケータイ脇に発生しているケダモノ。
植木鉢に戻ったクマモドキの頭頂部には、約束通りケダモノが楽しげに、道端に生えてた雑草を飾っている。ちなみに、花は一本もない。
善哉。
「ま、あれだ。花畑のちょっかいが無ければ、俺はまるっきしこんなンやる気無かったし」
けだるい肩を回しつつ、花畑にトドメを刺す。
「このケダモノはもっとやる気無かったし。したら、小鳥が余裕ぶっちぎりで俺とコレに勝ってた可能性ものごっつ高そうだし。おまい、これから当分ゆわれるぞ?アレ。――だよな?」
ソファテーブルに置かれた小鳥のスマホへ声を掛ける。クィンが瞬時に浮かび上がる。
十分に回復したのか、服や宝冠もすっかり元通りになっている。
彼女はチラとこちらを一瞥し、そのまま花畑へ追撃を入れる。
「……全き怠惰はここ一世紀近く、相克で勝利をしていない。常に判定負けを狙い、後はコマとして猛威を振るっていた。今回もそうだった可能性は極めて高い。貴方の、無粋な横槍が無ければ」
宝冠で顔が隠れて見えないが、どうも花畑を睨んでいる、そんな雰囲気が伝わってくる。
「お……おぉぅ。だが、そうすると、だな。しかし、……ぉぅ」
もはや、意味のある言葉を話す余裕すら、無くした風情の花畑。
小鳥が茶を淹れて戻る。俺の分と、自分の分。
花畑の前には、茶碗一杯のメシ。その上に一欠片のたくあん。
横に急須が置かれているのは、とっととぶぶ漬け喰って帰れ的な表現なのだろう。
おぅふ、とか呻いて花畑がソファに沈み込む。
うんうんうんとさらに深く頷く俺。
実際、初等部からの悪友である花畑も、小鳥との付き合いは長い。
冗談半分のちょっかいはともかく、小鳥のことは妹みたいに感じているはずだ。その“命がけの願い”を決定的に邪魔してしまった、という自覚はあるのだろう。
一方で、こいつの立場と性格からすれば、放置はどっちみちありえない。俺がやらなければ、花畑が直接小鳥と対峙し、止めていた可能性も高い。
やがて胸中の決着がついたのか、落ち込みながらもどこか納得した表情で、済まない、小鳥くん、とだけ告げる。
小鳥も納得はしづらいだろうし、他人に責任転嫁したい気分も分かる。まぁ少し時間は必要だろう。……そうだ。
「そーいや、花畑」
「なんだ?」
よーやく出してもらえた、湯飲みに入った茶をすすりつつ、花畑が顔を上げる。
てか、茶碗は綺麗に片付いて、茶漬けキッチリ食い終わってるし。この漢も大概、侮れん。
「もういいだろ、リタイヤしたんだし。お前の“願い”ってのは、何だったんだ?」
花畑の表情が曇る。
「ああ――、うん。そうだな、それは“話せ”という命令か?」
「はあ?、“命令”って、おま……」
言いかけて気付く。
そうか。こいつらにはもう、ガーディアンズの強制力が働き始めている。嫌でも答えざるを得ないのか。
「――いや、違う。話したくないなら、いい」
安堵の息を吐くと花畑は、ああ、済まん、と付け加えて出された茶を飲み干している。
全くめんどくさい話だな。気ぃ付けないと。小鳥に対しても、そうか。
てか、小鳥はまるで態度変わらんな。花畑への攻撃性は増したよーだが。
実に善哉。
*
「ね、お兄ぃ。気になったんだけどさ」
台所が片付いたのか、ぽすんと飛び込むように俺の横に座り込み、ケダモノを指さしながら小鳥が続ける。
「それ、さっきの勝ち表示の時も名前出てなかった気がしたんだけど。名前を空白とかで入れてる?」
まるっきりの名無しか――それだ。
「いや、単に入れてないだけなんだが。空白ってのはいいな。NULLとかESCとかもいーかも知れん」
「おぅ……何の意味があるんだ?それ。というより、そんなの入らないだろ」
何の意味って、またおかしな事を言う男だな。まぁ、花畑がおかしいのは重々承知なんだが。
「いや、つか。生きてく上で、“面白い”と“面倒い”以外、何か意味って必要なのか?」
ちょっと素で引いたぽい花畑。えー、変態に引かれると、すっごい傷つくんだけど。やだー。
「お兄ぃ……」
小鳥まで人を半眼視してくる。やだー。
ぶぶんっ。
『貴様ッ、吾を、吾が名を何だと思っている!?』
ケダモノからも何やら横槍が入る。
「へ?、何って……そりゃケダモノ」
即答する俺に、コイツまでなんか引いてるし。やだ……でもないな。
おまいは存分に引いててくれ。
「ちょ……ちょっと、ケータイ借りるぞ?ヒコ」
好きにしろと告げるなり、花畑はソファテーブルのケータイをちゃちゃっと叩き、ガーディアンズを起動して設定画面を開く。
向かいから小鳥も覗き込んでいる。
……つーか、クィンも興味津々とばかりに覗いている。意外とお茶目さんなのかも知れん。
その脇で、かかかっと脚で首のあたりを掻いてるケダモノ。植木鉢は未だに屍だった。
「……おぉぅ、確かに名前情報が入って無い、な」
「……名前登録無しって、有りなんだ……」
いや、無しだろう、とか話してる二人。
なんか眠くなってきたな。つーかもうちょっとすると明け方って時刻だし。
「おう、ヒコ。そこで、いきなり寝るな」
寝るよ、こんな時間だし。そーでなくても春なんだし。
「ったく、ウザったいな……名前が必要なら、“怠惰”じゃダメなのか」
「まあ、それでもいいが。それは本来、属性であって、名前じゃないだろう」
ダメなのか。うーんと。
「よし、じゃあKENTAでひとつ」
あんぐりと口を開け、愕然としている花畑とケダモノ。
小鳥はふっと一つため息をついて、湯飲みと茶碗を片付け始めている。
あ、もう一杯くれ、と一声かけ、未だに呆然自失な一人と一匹に向き直る。
「おう……何というか。それは……とても、酷く、不本意だ」
ぶぶんっ。
『名前など、どうでもいい。どうでもいいが、それは断る』
そー言われると、むしろ登録したくなるな、KENTA。
「ヒコ、だから登録してくれるなと今――」
ぶぶんっ。
『いや待て、貴様っ』
あ、弾かれた、KENTA。重複名登録拒否かー。くっそう。
顔を上げると、心底安堵してるっぽい一人と一匹。なんかムカつく。
「えーっと、KENTA2……もダメか。3も入らないな」
意外と人気だな?KENTAシリーズ。
「ちょっとまて!?」
ぶぶんっ。
『向日比古っっ貴様ーッ』
えー、ダメなの?KENTA。やだー。
「ンじゃどんな名前ならいいんだよ。まったく」
小鳥が淹れてくれた二杯目の茶を啜りながら聞いてみる。
「ぉぅ……。いやもう、好きにしてくれ、KENTA以外なら」
憔悴しきった表情の花畑。無理も無い。今日の戦いは壮絶だったからな……。
ぶぶんっ。
『名前などどうでもいい。だが、コレと一緒は断固拒否する』
未だに斃れ伏したままの植木鉢を尻尾で指して拒否るケダモノ。
ぽすんっと、小鳥がまた俺の横に座り込み、ケダモノへ向かって口を挟む。
「っていうかさ、今までの契約者も、名前はつけてたんでしょ?。それはどうなの?」
あ、それは有りか。
「てか、お兄ぃ。名前考えるのが面倒くさいだけでしょ」
うむ、全く以てその通りだ。さすが我が妹、良く判っている。
ぶぶんっ。
『過去の呼び名か、ふむ。――ガネシャ、歓喜、セト、ベヘモット、いくらでもある。好きに呼べ』
……なんかまた、えっらいご大層なのが並んだな、おい。
「じゃ、ケダモノで一つ」
物理的なツッコミが複数方向から入り、断念せざるを無くなる。
「仕方ねーなぁ……」
なんか一斉に止められたので、さっきのから択一で考えてみる。
……まだ比較的マシなのはベヘモットか。それでも大層なこったけど。
つか、他のはカミサマじゃねーか。何者のつもりだよ、とんでもねぇ。
「ベヘモット、ねえ。ンじゃ、ベヒーモスてことで一つ」
ぽちっとな。お、入力できた。もうコレでいいや。
ほい、と小鳥たちにケータイを手渡す。
我ながら、どや顔全開。
よくできました、とか自分で花丸つけてあげたい。
「……花畑さん、これって……有りなんですか?」
「……おぅ……。いや、無しだろう」
何だよ、まだ文句あるのか。
ぶぶんっ。
『どうした?』
わざわざケダモノに向けてケータイを置く花畑。
律儀なもんだ。
「いや、いま登録されたキミの名前なんだが、な」
[べひもす]
白目になって硬直するケダモノ。そーかー、そこまで感動したかー。
てか、瞬膜まで再現されてるって偉いな。
ポリゴン少ないけど。




