第八章 -4
「王手、だな」
ぼそり、と呟く花畑。
コイツは決して慢心をしない。今も油断なく戦況を見守っている。だが、それでも勝ちを宣言するに相応しいと、判断したのだ。
……俺の判断とは異なるが。
「どうだい?手も足も顎も出せない、ネ」
喜色満面のケンタ。
あの状況からここまで引っ繰り返したのだから、大金星だろう。
ここまでの劣勢や、格の違いで見下す怠惰の態度にも思う所があったのかも知れない。張り付いた様な笑顔ではなく、心底から喜んでいる。
かかか、と嗤う声。
【嬉しそうだな、小僧。くすぐり合いが、其れ程に気に入ったか?】
顎が閉じられているのに、声が?と一瞬疑問に思う。が、そもそも動物然とした叫び声以外、このケダモノは口からは発していない。単に意識が伝わっているだけだと思い出す。
一方、ケンタの顔に……初めて笑顔以外の色を浮かぶ。
怒りと戸惑いがないまぜになった表情。
怠惰が“くすぐりと表現したこのベアハッグもどきは、確かにダメージを“与え続けて”は、いる。だが、決してダメージの“蓄積”には繋がっていない、という事実に気付いたのだ。
身体を固定しているクマの手足ですら、ケダモノの余りに太く固い胴体を“締め上げる”事はできない。
顎にしてもただ“閉じている”だけで、それ自体はなんらダメージにならない。
ダメージソースは白熱した四つの掌で、相手を灼いている点に集約される。
だがケダモノの顎にしての背中にしても、クマの掌が当てられた場所が焦げているだけで、その範囲は全く拡がっていない。
灼ける端から皮が盛り上がり肉が膨らみ、元に戻り続けている。
「おぅ、そこまで……」
花畑が感嘆の声を上げる。常軌を逸した回復能力。
……つーか、ゲームじゃお馴染みの再生能力ってのも、実物を拝むとかーなーりエグい絵面だな、これ。
*
ともあれ俺も、この状態が怠惰への“致命的ダメージには至らない”とすぐに気が付いていた。
つか、自ら罠に飛び込んで ~終了~ じゃあ、さすがに間抜け過ぎる。怠惰も判っていてわざと喰らっている。
けれど、現状が千日手なのは相変わらずだった。
実際、ガーディアンズ……というか、この相克に於ける勝敗の判定基準ってのがどんなものなのか、俺には詳細は分かっていない。
ケンタが怠惰を組み伏せるまでに相当のダメージを受けてるのも明らかとはいえ、勝敗が与ダメージ総量とかで計算されたら、ダメージを受け続ければ、このまま負け確定の目も十分にあり得る。
まぁ、いくらかはこのベアハッグもどきから脱出できそうな手もあるし、俺が思いついたって事は怠惰にも伝わってるハズだから、その気ならとっくに脱出してるんだろうけど……。
【どうした?小僧。本当にこれで手仕舞いなのか?】
あー……。やっぱ、アレだ。
『手も足も出せなかった相手の手も足も封じたと思ったら、実は遊ばれてただけでした』
……って現状を、クマに思い知らせたいだけだ。ほんっと性格悪いよなーこのケダモノ。
「ケンタ。出し惜しみは無しだ。本当に」
花畑の強い意志が篭もった声。まぁ、そうだろうな。
ケンタが表情を改め、呟く。
「――猛き“炎の”贄獣、全き怠惰。見くびっていましたネ、心から謝罪しましょう。そして……」
花畑に一つ頷くと、ケンタは体勢を保ったまま半眼になる。頭頂の花が激しく、炎を吹いているかのように輝き出す。
最初にケンタの掌が熱を放った時もそうだったが、仕組みとして花弁が剥がれ、灼け落ちてこそ全力を出せる仕組みらしい。ならば、花が咲いて残っているのはおかしいと、ずっと思っていた。
「その、ご自慢の炎で灼き尽くして差し上げますヨ!」
*
とたん、熱量が跳ね上がった。
掌どころではない。ケンタの全身が光り輝いている。
これだけ離れていてもなお、凄まじい熱波が伝わる。
さしものケダモノも……。
……。
えーっと?。
「ケンタ。だから、出し惜しみは無しだ」
右手をあてた頭を軽く振りつつ、花畑がぼそっと命じる。
ケダモノの被害は、確かに焦げる範囲こそケンタに接している身体全体に拡大していたが、それだけ、だった。
まだ、再生速度の方が勝っている。
ケンタの頭頂の花は光り輝きつつ、なお咲き誇り続けている。
花弁が散っていない。
これまでのケンタの様子からして、あの花は花弁を散らせててこそ、力を発揮する。
あれだけ大見得を切りながら、それでもまだ全力を出していないのだ。
ケンタは心底哀しそうな顔で……ケダモノではなく、花畑を見つめている。花畑は冷酷に告げた。
「出し惜しみは、無しだ。見ての通り、やはりそれでは勝てない」
ケダモノに向き直り、歯を食い縛り、じっと見つめるケンタ。心中で自問自答を続けているのだろう。
どうやら、後先を考えてるとか云々ではなく、本っ当に花が散ってしまう事が堪えられないらしい。
びみょーに可哀相になってきたぞ、おい。
それにしても、そうか。それで延々と勿体つけて出し惜しみを続けてた訳か……。
【小僧。そろそろ、その鬱陶しい頭を眺めるのも飽きてきたぞ?】
ケンタの表情が凍る。ケダモノが鬱陶しいと揶揄したのは、その禿頭ではない。
花だ。
【約束してやろう、小僧。その下らん頭が禿げ上がったら、後で道端の花でも添えてやる】
そして、心底楽しげに呵々として笑う怠惰。
ケンタの顔から全ての表情が消える。熱量が更に跳ね上がる。
彼らが組み合って倒れている地面が溶けて沸騰を始めている。一枚、二枚と花弁がはらりはらりと落ちていく。
「手も足も出せない無様を晒し……灼けて焦げて崩れて死になさイ!怠惰!!」
その絶叫に偽りは無い。
ケダモノの皮はボロボロと燃えて炭となってなお輝いて崩れ、やがて肉に届き骨まで焦がすのは時間の問題だった。
ついに、ケダモノの全身が焼け落ち始めた。




