第八章 -3
――身体が軽い。
ケダモノは本格的に俺へ身体の制御を任せたらしい。
クマを意識しつつ、くるんくるんと宙を舞っても隙を作らずに動ける。さぁて……。
まずは牽制で火球を放つ。クマの左右へ二発。
当てるのではなく、動きを制限するための布石。
案の定、左右の動きを封じられたクマはこちらの突進を避けるべく、浮き上がりながら後ろへ下がる。
全ての腕が見覚えのある動作を始めている。
千手観音を思わせる四連の張り手が、無数の火箭を放つ。
きりもみ回転で右に左に避けつつ猛突進でそれを突破する。
多少の被弾は意に介さず一気に肉迫し、ケンタの目前で急降下。
白熱した四本腕の直接攻撃を全て回避する。
そのまま速度は殺さず尻尾を大きく振い、その勢いで身体をズラしつつ滑りながらケンタの下方やや脇へと回り込む。
裏拳の要領で放たれたクマ腕を鼻先で避けながら、更に深く地面すれすれまで沈む。
……この一連の流れは、カラオケ屋で、ケンタがケダモノを浮かした時の再現だ。
配役こそ逆だが、互いに次の一手は判っている。
あの時、花畑=ケンタは伸び上がってアッパーから連打を叩き込んだ。
俺=ケダモノも伸び上がって牙を突き刺す動きをしている。
大きく息を吸い込む。
クマは、伸び上がってくる牙を避けつつカウンターを放つべく身構える。
もらった!。
俺=ケダモノはその体勢から大きく顎を開き、息の続く限りと無数の火球を放った。
今までの火球よりもかなり小さく、照準も粗い。
精度も威力も無視し、数だけを求めて連発している。その射出速度はクマの四連張り手を合わせたよりもなお速い。
バラバラと広範囲に拡がって放たれる無数の小火球。
普段の火球が大砲ならば、これは連射式ショットガンの様なものだ。まして図体のデカいクマが、至近距離から撃たれて全てを避けきれるハズはない。
それでもケンタは小火球をかなりの数たたき落とし、被害を防いでいた。開花でブーストされた身体能力は想像以上に高かったらしい。
だが、ダメージは確実に蓄積されている。身体のあちこちの被弾跡が、煙を吹いて焦げている。
距離を取って仕切り直す。
もう一度大きく息を吸い込む。させじとばかりケンタの方から肉迫してくる。そこへ蓄えた力を使ってこちらから突進する。ケンタは紙一重で避け、また改めて互いに対峙する。
また大きく息を吸い込む。今度はケンタも突進して来られない。ならば、ショットガン火球を放つだけだ。
要は、大きく息を吸い込む、というケダモノの予備動作が多くの技で共通している事を利用した、択一戦術。ハメ削りに近いものの、このままなら何とでもなる訳だが……。
【下らんな、向日比古】
まぁ、そーくるだろうな。俺は用意してあった言葉をぶつける。
(わざわざ苦労したいのか?矛盾してるぞ、怠惰。このまま時間切れを狙えば、確実に勝てる。俺に任せて休んでろ)
このままハメ続けてしまえば簡単に勝てる。だが、今やコイツはそれでは納得できない。それが伝わってくる。
俺もケダモノもハメを否定している訳では無い。使えるなら使えばいい。楽に勝てるならそれに越した事はないと思っているぐらいだ。しかし、“格下”相手にそうしなければ勝てないのでは、“楽勝”とはほど遠い。
【そうだ、向日比古。我は全き怠惰。あんな下らぬ輩、一蹴できずしてどうする】
失敗した、と悟らずにはいられない。今やこいつは矜持を満足させる為、楽勝である事が欲しいのだ。そう煽ってしまったのは、俺だ。
【飽きた】
拙い。
そう思った瞬間に身体の自由が利かなくなる。
……いや、身体の支配権を取り戻された、と言うべきだろう。目眩と共に意識がぐるりと回転し、へたり込んで腰を落としてしまう。
見上げる視界に写るのは……全き怠惰。完全なる獣。
怠惰は飛びかかろうと隙を伺うケンタを身振りで軽く牽制しつつ、俺を見下してかかかっと笑う。
止めるようとする間すら無く身を翻し、上空へと急速に浮かび上がる怠惰。
ダメだ。
相手は花畑。勝てる目算があるからこそ、あそこまで露骨に誘っている。そにれむざむざと乗ってしまっては……。
【下らん。罠だと?当然だ。なれば――】
ケダモノはそのまま一気にクマへと急降下で肉迫しつつ火球を放つ。クマは最小限の動きで避ける。大きく移動せず、待ち構えている。地面に着弾した火球が爆発を起こし、辺りは煙と炎に包まれる。
【その罠ごと噛み砕き蹂躙してくれよう!】
爆炎と煙で何も見えない。ケダモノからの感覚も遮断されている。何が起っているのかも判らない。新たな爆炎が爆ぜる音。打撃音。地面を響く振動。
――やがて、煙が晴れると、そこには。
ケンタに組み伏せられたケダモノが、無様に転がっていた。
*
怠惰を組み伏せたケンタ自身もまた、深い傷を負っている。クマの身体も、人の半身も、あちこちが焼け焦げ、裂け、血が滴っている。だが、それでも間違いなくケダモノを押さえ込み、今もなおダメージを与え続けていた。
怠惰の長く太い顎がガッシリと、ケンタの白熱する上半身の掌で固く閉じられている。
ワニを思わせるその顎は、おそらく構造もそれに近いのだろう。
それならば、顎を閉じる力は強大でも、開ける力は比較にならないほど弱いはずだ。
ケンタのパワー系マッチョの筋力を、更に頭頂の花を満開にさせてブーストし、ああもガッチリと押さえ込まれては、もはや顎を開く事は叶わない。自慢の牙もこの体勢では宙を向き、ものの役には立たない。
その身体はといえば、やはり白熱したクマの腕を背中に回され、腕ごとガッチリとホールドされている。
……文字通りのベアハッグだった。
違うのは、本来であれば手と手を重ねて力を込めるべきところを、白熱した掌同士を組み合わせるのはではなく、その鋭い爪でケダモノの皮を裂き肉に食い込ませて固定している点だった。足も蟹挟みの要領で胴体を固定している。
ケダモノの四肢はその身体の太さや大きさに比べ、妙に長い。
体型自体はカバとワニの合いの子に近いが、脚の太さや長さのバランスはゾウのそれに近い。
リーチは長く、多少離れればその鋭い爪を存分に振るえるが、こうも完全に密着されてしまうと徒になる。
尻尾は出てるし自由に動くようだが、その太さと強靱さ故に可動範囲は必ずしも広くない。この体勢ではやはり何も出来はしない。
そして、ケダモノがジタバタと尻尾を動かすくらいしか出来ない間に、その白熱した二対の両手はケダモノの身体と顎を灼き続けている。
――まずい。
これが、ケンタの本当の決め技か……!。




