第七章 -5
【……何だ、貴様わ】
うん、代弁ありがとう。……っていうか、本気でさっぱり訳が分からん。
「見ての通り……ケンタウロスだ!」
【「見て判るかッ!!!」】
俺とケダモノはシンクロして叫ぶ。
とりあえず花畑を全力で蹴り飛ばす。
横をみるとケダモノは尻尾でケンタを張り飛ばしていた。確かに尻尾は概ね回復している様だ。
おぅ、いい蹴りだ……とか呟きつつ口元の血を拭い、親指を立てながら白い歯を光らせる花畑。けっこー余裕だな、こいつ。もー少し本気で蹴り倒すべきだったか。
ケンタも腰を……首から上の方の腰の辺りを捻ってポーズを作りつつ、ニカっと嬉しそうに笑っている。こっちもダメージは無さそうだ。
えーっと。ああ、ケンタウロスか。
確か元ネタだとウマじゃなくてウシらしいよね。って、クマじゃん!。
あー……いかん、マジあたま回らん。
つーか、アレだ。
「おま……ひょっとして、KENTAって実名プレイじゃ無くて……」
「おう、もちろんケンタウロスの“KENTA”だ。“健太”の意味でもいいぞ。格好良いだろう!?」
――脱ぎたがりのHENTAIは、救い様もなくナルシストでもあった。
つーか、ケンタウロスならCENTAになるんじゃないのか?とかアホな事に気を取られている隙に、健太とケンタのシンクロポージングが始まっている。
いつの間にやら上着とYシャツを脱ぎ捨てた花畑本人に加え、ケンタの人型半身とクマ半身までが一緒にポージングを決めている。あまつさえ、次々にポーズを変えてアピールを続けていた。
――白月の下でも、相変わらずオンステージだった。
あまりに異様な光景に軽く気が遠くなる。
「さぁ……そろそろ始めようか!」
一通りポージングを決めて気が済んだらしいHENTAIがそう宣言する。
「だが断る!」
【……うむ、興が醒めた】
――こっちのテンションは死にそうなほどダダ下がりだった。ケダモノなんて丸まってふて寝モードに入りつつある。こっちも腰砕けで物理的に凹んでいた。
なんだと!?とか驚愕している花畑とケンタ。
いや、もうね。だってね……。なんてゆーか、口から魂抜け掛けてる気がする。精神攻撃だろ?これ!?。
*
「それなら……私がやるっ」
だだっと土煙すら上げそうな勢いで俺の背後から小鳥が飛び出し、花畑たちに向かって走り出す。その手に銀色の光が跳ねる。……剣、か?。いつの間に。
「――私たちが、でしょ。小鳥」
いつの間にか、俺のすぐ脇にはクィン。宣言と同時に何やら詠唱を開始している。
「“制約の叡智”のお出まし、かィ?。ま、肩慣らし代わりなら、それも面白いネ」
「ケンタ……」
自身の石板へ片手を上げて牽制しつつ、こちらへ何かを目で問うてくる花畑。
軽く肩をすくめて返す。
小鳥にしてみれば決着した勝負に水を差された感も強いのだろう。
八つ当たりに近い雰囲気が伝わってくる。
ヘタに止めようとしても逆効果だろうし、ケダモノも本格的に舟をこぎ始めている。取りあえず様子を見る。
クマもどきに肉迫した小鳥が腕を振るうと白銀の閃きが踊り、防ごうと伸ばしたクマの腕に当って砕け散る。
ありゃ?と思って見ていると、小鳥は構わず腕を振い続けている。その度に銀光が閃き、剣は幾度も砕けて舞い散っていく。
その頃になってようやく、それがクィンの呪文で『創られた』剣なのだろうと気付く。
というか、クマが防戦一方で花畑の動きも鈍い。
……なんだ?。
【フン……あれは、聴いていたな。貴様の妹も、どうしてなかなか面白い】
空虚な眼を薄く開き、ケダモノが眠たげに呟く。聴かれて……聞いて?。誰が……小鳥が?、何を?。
――って、そうか。まずい。
【そうだ】
かかか、と小さく楽しげに笑うケダモノ。
【あやつらは、『貴様の妹に何もできない』。害すれば約定を違える】
ボクは小鳥くんに何もしない。花畑はそう宣言した。
先に校庭へ移動していた小鳥は、塀越しにこっそり聞いたのか何か仕掛けていたのか、いずれにせよそれを盗み聞いていたのだろう。
そして、その宣言は既に有効だと小鳥は判断し、身の安全が保証された自らが剣を振るって戦線を構築しつつ、主戦力であるクィンと距離を取る戦術を選んだ、という事か。
まーた、あいつはそーゆーズルを……。
教育責任者として頭を抱えたくなった。てゆーかしゃがみ込んで抱えた。
早くも興味を失いつつあるのか、瞳を眠たげに閉じながら怠惰は続ける。
【……あの石板とは毛色は違うが、クマモドキも規則を“強制する”類の石板だ。まして自らが定めた約定を違えては、存在すら危うかろうな】
あー……こりゃ本当にまずそうだ。花畑の困った様な目配せはコレか。
止めようと花畑達に目をやると、小鳥はなお砕け散りその都度再生する剣を、クマモドキへ向かって振るい続けている。
大きなダメージを与えている様子もないが、時折わずかに血しぶきも上がり、威力は弱くても一定の効果は上げているように見える。
そうして小鳥が時間と距離を稼いでいる間に……すぐ脇に浮いているクィンからは、凄まじい圧力が発せられ始めている。
どう見ても、何かよほどの大技を放とうとしている。
「――クィン、ダメだ」
落ち着いて、だが断固として声を掛ける。
判る。
この小さな石板にだけは、話が通じる。
実際、クィンは詠唱を中断し俺へと顔を向けた。
軽く傾いた宝冠の裂け目から、戸惑った様子の片目が覗く。
そっと両手を伸ばし、掌でクィンを包み込む。
特に抵抗もないが、構築された圧力も消えていない。一時中断しているだけだ。
クィンの様子に気付いたのか花畑たちから少し距離を取り、こちらを伺っていた様子の小鳥にも声を掛ける。
「小鳥っ、そこまでにしとけ!。じゃないと……」
だってお兄ぃ、とか何とか、ごちゃごちゃ言い始めるのを遮って続ける。
「この子にイタズラするぞ?」
*
…………。
一瞬にして場が完全に沈黙し、静寂が辺りを支配する。
よし、決まった。
すぐさま掌の中で、首まで真っ赤にして声も無くジタバタもがき始めるクィン。てか、本当に可愛いな、この子。
……なんかマジでイタズラしたくなってきた。
面白くなってきたので、つい。
へっへっへとか呟きながら衣装のスカートっぽい辺りをちょんと摘まむと、うーうー唸りながら抑えている俺の掌を、ぽかぽか小さな拳で叩き始める。
本気でパニクってるらしく、さっきまでの練り込まれた圧力はすっかり霧散していた。
「お兄っ!!」
途端、脱兎の勢いでこちらに駆け寄ろうとする小鳥。
……表情が目茶苦茶怖いので見なかった事にする。
クルクル回転しながら笑い始めるケダモノ。
唖然として事態を見守るクマと花畑。
世はなべて事も無し。
剣を横手に般若の形相で迫り来る小鳥の脅威にさらされた、俺の身の危険を除けば。
「~~~~っ!」
真っ赤な顔で息を詰めて肉迫してくる小鳥。
ごめんな、と掌の小さな石板に声をかけ、小鳥の眼前に向かってひょいっと放りなげる。
「わっ、ちょ……っ」
目の前のクィンを両手で確保しつつ、俺の目の前で足をもつれさせて転びそうになる小鳥。
その細い腰の辺りに手を回しひょいっ支えると、小鳥はその場にくにゃっとへたり込み、真っ赤な半泣きの表情のまま俺を見上げ、両手の中のクィンと交互に見比べて……やがてぎゅっと小さな石板を胸に抱きしめた。
すぐにも予想される小鳥からの被害を抑えるにはどーしたらベストかなーとか考えていると、パチン!と指を鳴らす音。
――っ!?。
とっさに小鳥を背後へかばいつつ、花畑達の方へ視線を向ける。
苦笑を浮かべながら右手を胸の辺りまで上げ、ケンタへ何か指示をだしている様子の花畑。……まるで害意を感じられない。
違う、何かがおかしい。
戸惑っているうちに、背後からズン!と大きな音と、大地を振るわせる振動。
振り返ると、目の前には巨大な植木鉢。
それは……小鳥たちの座り込んでいた辺り。
これが降ってきたのか!?。
一瞬にして血の気が引く。ひざがガクガクと震える。
落ち着け、とパニックになりかけている自分へ無理矢理に言い聞かせる。
『花畑は小鳥に手を出せない』大丈夫だ。小鳥は無事なハズだ。
だが、クマもそれに含まれるのか?本当は手が出せたんじゃないのか?。
動悸もますます速くなる。鉢へ手を伸ばすのと、もう一度パチンと背後で音がしたのはほぼ同時だった。
目の前に鎮座ましましていた巨大な植木鉢が、すぅっと透明に変わる。
その中で呆然としていた小鳥が俺を見上げる。
小鳥の胸元でクィンが軽く俺に頷いて平気だと合図を送ってくれる。
手を伸ばしかけたまま声もなくへたり込むと、その指先が鉢に当る感触。透明になっただけで、間違いなく鉢はそこに有るらしい。
「驚かせたか。悪かった」
もう一度背後から、花畑の声。大きく息を吐いて立ち上がり、向き直る。
「――まったくだ」
まだ膝が震えている。
「おぅ、本当に済まん。だが……」
更に詫びを入れようとする花畑を手で制す。
判ってる。コイツは小鳥たちを隔離しただけだ。
やり場の無い憤りに変わった、さっきまでの絶望感は未だ胸の中で渦巻いているが、それをコイツにぶつけるのは筋違いだ。
筋違いなんだが……まぁそれはそれとして、たっぷりお返しはしてやろうと固く決意する。
【コレは放っておくのか?】
尻尾で植木鉢を指しながら、ケンタへ楽しげにケダモノが声を掛ける。
張り付いた様な筋張った笑顔を浮かべたまま、上と下でシンクロしながら腕を両掌を胸の前で握り合わせ、胸の筋肉をきゅっきゅと振るわせて返答するケンタ。
……つーか、何の肉体言語だ。それ。
「その中なら大概は安全だ。小鳥くんたちを気にせず、存分にやり合える」
かかか、と怠惰が笑う。
【武器が使えないのは差し障ろう?】
花畑はわざとケダモノの……治りきっていない尻尾の辺りを見やり……。
「なに、ハンデさ」
と続ける。あー……コイツもほんっとに負けず嫌いだな。ケンタもさっきの謎肉体言語で同意を告げている。……のだと、思う。たぶん。
【ほぅ……】
楽しげな雰囲気を包みながら、瞋恚が膨れあがっていく。ケンタがまたも胸筋をぴくぴくと振るわせて差し挟んでくる。
「それに……ネ。そんなもの、全き怠惰の本気には役に立たないだろう?」
肩をすくめつつ苦笑する花畑。
「ま、雑談も準備運動も……ここまでだ」
空気が楽器の弦のようにギリギリと張り詰めていくのを感じる。
「さぁ、ヒコ。はじめよう!」
すぅっとケンタから距離を取り、花畑は心底から嬉しそうに……そう宣言した。




