第七章 -4
――先手を取ったのは花畑だった。
先に正門をくぐり、俺が続いた瞬間、花畑は視界から消え失せた。
ばんっという音を耳にするのと、俺がとっさに横っ飛びに跳ねたのは、ほぼ同時だった。俺を追うように火花が飛び、着弾する。大半は正門脇の地面に、一部は正門の門扉に。
派手な爆音や猛炎こそ無かったが、着火した場所は即座に煙を噴いて爆ぜた。
「……これが、本気の威力って事か」
思わず漏れた呟きに、パチンと指を鳴らす音が還る。チラっ光る火花が飛び、今度は俺の目の前の校庭が爆ぜる。
「まさか。ただの挨拶だろう?」
――声は、ほぼ直上から聞こえた。
その意味を理解する前に身体が動く。
横っ飛びから、そのままくるりと前転し、前回り受け身の要領で勢いよく立ち上がって走り出し、向き直りながら滑るように距離を取る。
追撃は……来ない。どうやら、本当に挨拶だったらしい。視界の端、門扉近くで煙を吸い込んだのか、軽く咳き込んでいる小鳥。特に怪我は無い様子に一息つく。
花畑を探す。収まりつつある爆煙を割って、すぅっと降りてくる植木鉢。
――虚を突かれた。
花畑のガーディアン……ケンタが、また、えっらく巨大化していた。
鉢に植わっていた“人の部分”の大きさは人間大に、植木鉢部分は家族で入れる巨大な風呂桶並のサイズに。
小鳥のクィンの印象と、ふわふわと付いてきていた時のサイズに騙された……というか、本来そういうモノなのかもしれない。
怠惰も化けると巨大化してたしな。
納得すると、少し落ち着きを取り戻す。我ながら現金なものだ。
植木鉢は腕を組み、例の筋張った笑顔でこちらを見下ろしている。
花畑は植木鉢に片足かけて鉢に乗り、片手をケンタの肩に載せ、共に移動している。
あの、表情の篭もらない顔で俺を観察し、考察している。こちらがどう動くか、どう攻めるか。そこに感情の入り込む余地は無い。
ケンタの頭でチューリップを思わせるつぼみがプルンと揺れる。
二人(?)のポーズがシンクロしていない。
――判る。あのシンクロポージングはお遊びだ。
だが、遊びを真剣にやるのが花畑だ。
こだわりの遊びを放棄するほどに、俺との対戦へ専念している。
それが、覚悟の現れだ。
さっきの火花にしてもそうだ。
花畑は自身に課したルールを厳守しようとする一方、ルールの範囲ならばどんな事でも、やる。
ハメ技でもバランス破りなコンボでも、システムが許容し自分が有利なるならば、いくらでも積極的に使おうとする。
俺自身はその手の技はあまり好きでは無い。だが、使ってくる相手をどうこうとは余り思わない。それも戦略の一つだからだ。
……花畑と俺とは、こんなヘンな所でも噛み合っている。
優等生と怠け者。枠を無視できるHENTAIと、枠の中でしか足掻けない一介の学生。冷静で冷徹なリーダーと、激高ひとつ抑えられない半端モノ。
尽く“違う”のに、妙にウマが合う。
「嬉しいよ。……自分でもおかしいとは思うが」
花畑がぼそっと呟いた言葉に慄然とし、同時に安堵する。次の言葉も大体分かる。
……きっと、俺も同じ気持ちだったから。
「あれ以来、誰とも本気の勝負が出来なかったから、ね」
そりゃあそうだろう。
文武両道、才能と環境を与えられ、努力すら苦にならない男を相手に、誰が何をどう挑めるものか。
葵みたいな……論外、というか、根本的な規格外はともかくとして。
ただ一つ、ただ一人。
ゲームならば、俺だけは花畑ともそれなりに張り合える。張り合えていた。
というよりも、少なくとも近隣で俺と互角に争えるのもコイツくらいしか居ない。
通信ではラグやら混雑やらで、どうしたって言い訳がつきまとう。ガチンコで戦える相手との、本気での対戦が始まろうとしている。
――ゲームは、楽しいか?。
あの日から、幾度となく耳に響いた言葉。
無責任で無自覚だった、あの頃の初等部の担任教諭が、たかがゲームと現実の暴力を同一視して放った言葉。
クズとはいえ級友を殴り蹴倒し、自分のものではない血反吐の中で立ち尽くす俺に向かって突き付けた、言葉。
――馬鹿馬鹿しい。あれがゲームであるものか。
「おまいね……これから始まるのは殺し合い、だろうに」
ケータイを持つ手を意識しつつ、彼我の距離と位置関係を計算しながら、そう返す。
「殺し合う?。キミだってそうは思ってないだろう。ただの真剣勝負さ」
花畑は楽しげに笑う。その声も表情も、他人に向けたものではない。心底からわき上がってきた心情の発露だと自然にわかる。
「まァ……手加減は出来ないから、ネ。殺してしまう事もあるだろうケド」
にぃ、っと。笑いながらケンタが口を開く。
つーか、喋れたのか、植木鉢。ちょっと愕然とする。
コイツの目にも悪意はない。純粋に勝負を楽しもうとしているのが、判る。ただし、花畑とは違い、隠すつもりすらない狂気が潜んでいる。……ケダモノと、どこか似通ったものを感じる。
「さァ、始めておくれ。健太もボクも、ずうっと待っていたんだから、サ」
――ゲームは、楽しいか?。
これがゲームなら楽しいだろうさ。否定できない血湧く感覚を覚えながら、俺はケータイを見ずに片手で開く。
瞬く間に“全き怠惰”が顕現する。
昇竜の如く身を翻し、巨大なケダモノが宙を舞う。やがて空虚な眼窩が“敵”を捉え、口元は裂け炎の雫が滴り落ちる。
「さて。傷の具合はいかがカナ?」
ケンタがケダモノの尻尾を見やり、後から十全じゃなかったなんて言われても困るからネ、と付け加えながら問いかける。
目をやると視線で抉られた大穴は既に塞がりつつある。ただし完治にはほど遠い。ゾウの如き厚い皮は裂けたままで塞がらず、その傷口からは肉が覗きうっすらと血も滲んでいる。
【尻尾の焦げが気になるか?小僧】
かっかっと笑う怠惰。
【十全ではないが苦にもならん。吾に手も足も出なかった貴様にとっては、嬉しくも無かろうが、な】
そう、それはそーなんだよな。
カラオケ屋でのアレは本気でも無かったんだろうけど、花畑の様子からして植木鉢が丸っきり手を抜いてたようにも見えなかった。
ケンタは植木鉢の上で揺れながら、派手な動きで肩をすくめる。
「うン、確かに“手も足も出ない”ネ。だから……」
ちら、と楽しげに花畑を見やるケンタ。
「おぅ、手も足も出して戦う事にしよう」
ニカッと笑みを浮かべると、すぅっと地面まで降りてくる植木鉢。脇に降り立つ花畑。
そして……ケンタが立ち上がる。
植木鉢の盛り土が盛り上がって、割れて落ちる。
上半身から下、植木鉢に植わっていた部分には淡い土色の毛皮が浮かび、強大な体躯が翻る。
土から延びた、長く太い“毛むくじゃらの腕”が鉢の縁を掴むと、ぐいと押しやるように勢い良く屹立する。
その圧倒的な体重に負け、手が掛けられた端を力点にして、鉢は土を撒きながら大変な勢いで傾き、その勢いのまま回転しながら、上空へと跳ね上がった。
立ち上がったケンタの上半身は腕を組んだまま、出現した“もう一対”の毛むくじゃらな腕は、宙から落ちて来た鉢を受け止め、武器か何かのように脇に添えて仁王立ちで笑みを浮かべる。
……えーっと。何だコレ。
――目の前に現れたのは、たぶん、クマだった。
クマ?が、風呂桶みたいな植木鉢を脇に構え、立ちふさがっていた。
見るからにクマの身体、クマの手足。デカい。肩までで3mちょっとはあるだろう。
横幅も2mゆうに超えている。その指先には、触れれば肉どころか骨まで裂かれそうな、長く鋭いかぎ爪。それだけで十分過ぎる程に脅威な訳だが……。
――問題は、その首から上だった。
巨大なクマの体躯の首から上に、例のマッチョボディが生えていた。
筋張った笑顔が、5m近い上空から見下ろしている。空も飛んでいないのに。
クマの首から生えた上半身のケンタが、ポージングを決めながらニカッと笑う。
もちろん花畑もシンクロしている。
うん、さっぱり判らん。
……何だコレ。




