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でもんず  作者:
24/37

第六章 -4

 30分ほどして、ケダモノは、今度は藻と水草まみれで戻ってきた。


 ……そうか、小川におっこちたか……。

 だいたい、どこら辺まで飛んでったのか見当がついた。ちょっと悪い事したかなーと思い。


「軍事規格準拠の、丈夫な防水ケータイで良かったな?」


 そう慰めの声をかけると、もの凄い勢いでケータイがぶんぶん唸ってメール着信。

 さっきのスクリプトで苦情メールをまるっと削除し、もう一度投擲……しようとしたら、土下座をするような姿勢を見せるので、とりあえず止めとく事にして、ケータイを閉じる。

 そうか、自前で帰ってくるのはそーとー面倒くさいのか。今度から躾に利用してみよう。うん。


「何やってんの、お兄ぃ」


 少し前に目覚めた小鳥が、居間から声を掛けてくる。

 クィンのおかげで怪我こそ無かったものの、心身ともにかなり消耗していたらしい。

 自分の部屋に戻るのも嫌がり、目が覚めてからもガーゼケットにくるまったままソファに寝っ転がっていた。

 ……まぁ、文字通り生きるか死ぬかだったものな。


 一方、クィンはまだ目覚めていない。ただ、宝冠や服はほぼ元通りに修復され、火傷や怪我も見える限りは回復している。


 ――ああ、そうだ。早めにあのクソ野郎に釘を刺さないと……。


 悪い、すぐ戻ると居間へ声をかけ、玄関の外へ。積もってる水草の始末は後にしよう。

 ケータイを開く。

 ……すぅっと現れる“怠惰”。


「おい、俺は目茶苦茶に怒ってる。分かってるよな?」

『……妹のことか。アレは不幸な事故だった』


 しれっとほざくケダモノ。予想はしていたが、それで怒気が収まるハズも無い。


「あと何回、投げ捨てて欲しい?」

『吾が悪かった』


 土下座。

 ……えーっと。


「――ウチに戻ってくるまでに何があった?」

『――聞くな』


 そうか。何か本っ気で哀しい事があったらしい。……そのうち、何かしらで追求しよう。


「……まぁ、それならそれは、ともかくとして、だ」

『……うむ』


 大きく息を吸う。できるだけ、激昂しないように自分を押さえつける。


「いいか?良く聞け。俺は小鳥を護る。“相克”の最中だろうと関係ない。小鳥が護れないなら……お前がそれを邪魔するなら。俺は全身全霊でお前をKO負けにさせる。判定負けなんかで逃がすものか。惨めに負けたまま、どこかの石板に喰われて消えてしまえ」


『貴様……ッ』


「……黙れ。俺が本気なのは分かってるな?。お前は、ものの(ついで)で小鳥を殺そうとした。あれだけは絶対に許さない」


『……』


「小鳥には勝ったんだから、もう相克の中で小鳥と争う意味は無い。だからといって、見捨てて利用するなら、やはり許さない。俺の言葉を忘れるな」


 燃えさかるような怒りで震えながら、空虚な眼窩で俺を()め付けるケダモノ。

 俺もそのままにらみ返す。暫しの間、睨み合いが続く。


 普段ならば俺の心の方が折れてしまっても不思議は無かったろう、それだけの圧力が押し寄せる。だが、ここは俺も退かない。退くわけが無い。

 ……暫くして。


『……良かろう、向日比古。貴様が正しい』


 ふっとかき消えたように怒りを収め、視線を逸らしたのはケダモノの方だった。


『吾も少し、はしゃぎ過ぎたやも知れん』


 ――はしゃいで、だと?。

 理解しがたい言葉。だが、ウソを付いているようにも見えない。判る。本当にそう思っているのだ、このケダモノは。

 何か、魂の根本的な基準が俺と「違う」事を痛感する。

 それでいて、どこか確かに共感できる「近しい」ものを否定できない。

 ~~~くそうっ。


『だからっ投げ捨てようとするな!悪かったと言っとろうが!』


 あー……。


「すまん、テンションが上がってしまった」


 息を大きく吸って深呼吸。気分転換がてらに見渡すと、周囲は相変わらず白く月が照らしている。


 ――ん?。


 何やら、街灯がチラチラと瞬いて見える。月が大きく光り、辺りがなお薄白く染まる。

 この既視感は――。


『石板……いや、契約者もだ。いるな』

「契約者の位置を感じ取れるのか。小鳥の石板(クィン)じゃなくて別の?」

『別の石板と、契約者だ。感じる。ごく近い』


 そうか。まぁ、だとしても、もう俺たちには当分関係ないが。


 *


 居間へ戻ると、クッションがぼふっと顔面を直撃する。

 それ自体は大したことないが、飾りボタンが額に当たって、けっこう痛かった。


 一瞬ムっとしたが、お兄ぃ遅い!と、少し涙ぐんだ顔でこっちが叱られては、ろくに反駁もできない。納得しがたいものを感じつつ、悪かったとクッションを放って返す。

 小鳥は鼻をすすりながらクッションを受け取り、そのまま身に掛けたガーゼケットごと胸の前に抱える。

 棚からティッシュの箱を取り出し、ソファテーブルの上に置く。

 チーンと鼻をかんでティッシュをゴミ箱に放る小鳥。箱の横には小鳥のスマホ。その脇に、まだ回復しきっていないのか眠ったままのクィンが横たわる。


 ソファセットの横の食卓に俺のケータイを放ると、椅子を引いて座りこむ。

 小鳥の向かいのソファは空いていたが、膝が疲れで未だにがくがくと笑っている。

 ふかふかのソファに沈み込んで座ってしまったら、二度と立てそうになかった。


 膝ごとクッションを抱えてソファの上に体育座りをし、上目遣いにこちらを見上げる小鳥。

 何か文句をつけたいのだが、その先が見つからない。

 そんな表情。


 悪さをしたのを叱ると、こいつは昔からこんな風だった。叱られて、自分が悪いのは判ってる、でも、自分にも言い分はある。そう、目が語っている。

 今回の事で叱ったつもりはないし、どっちかっつーとこれから叱り飛ばそうと思ってたんだが、小鳥からしてみれば既にこっぴどく怒られた様な気分なのだろう。

 まぁ分らんでもない。


 ぐぅ、と腹が鳴る。小鳥の。


 顔を真っ赤にして俺を睨む小鳥。俺が悪いのか、とか、今さら、とか、まぁ幾つもツッコミたい気分だったが、こっちも体力は限界だ。

 軽く笑って立ち上がる。膝もまだ少し笑っている。


「メシ、残ってるだろ?」


 腹へったと呟きながら、粥でも作ろうと台所へ足を向ける。


「――鍋焼きうどん」


 また、いきなりハードル上げやがる。……おまいね。

 小鳥は続けて、冷蔵庫の冷凍室にうどんとお肉、野菜室にネギと根菜も少し、練り物も少し余ってるから、と付け加えてくる。

 まぁ、それなら何とかなるか。


 小さめの土鍋にダシを張り、材料を適当に切って放り込んで火に掛ける。煮えたら凍ったうどんを入れて、少し緩くなるまで煮込んで終わり。

 簡単な食い物だが、うどんはこないだ小鳥に言われて足で踏んで作った手製だし、そこそこ美味いのは保証済みだった。

 ほぼ出来上がったとこで一人用の土鍋に小分けし、もう一度軽く火にかけてからソファテーブルに運ぶ。

 俺も小鳥も、なんだかんだであっという間に食べ尽くしてしまう。


 食事を終えて、ふぅ、と一息吐く。そして……ようやく異変に気付く。


 居間の時計の針が、張り付いたように動かない。

 それだけならばただの故障かもしれないが、家の周りの音がまるで聞こえない。

 いくら丑三つ時も廻っているとはいえ、住宅街で生活音も車の音も、家の外から何も聞こえないのは……。

 跳ねるように立ち上がり、掃き出し窓のカーテンを開く。


 ――まだ、月が白い。


『……気を付けて』


 鈴を鳴らす様な、透き通った声。何を感じたのか、いつの間にか目覚めていたクィンが少しフラつきながら身を起こそうとする。

 するっと彼女の宝冠が滑り、ソファテーブルでからんと音を立てて幾度か跳ね、そのままカーペットの上へ落ちる。手を伸ばそうとしてよろける小鳥を制し、自分の手を伸して宝冠を拾うとクィンに返してやる。


 一瞬、息を呑む。


 青くグラデーションの掛かった長い髪。透き通るような、けれど不健康さは微塵も感じさない、白い肌。こちらを見上げる瞳は薄く緑に輝き、想像してたのよりも、また随分と……。


「――美人さんだな」


 思わず、素の感想が漏れる。

 ぽおっと肌を薄紅に染め、すぐさま俺の指先から宝冠を受け取って、顔を隠すように身につけるクィン。

 小鳥の方から、ものっそい圧力を感じる。横目で見ると、視線で人を殺しかねない程の勢いでじとっと睨み付けられている。

 何でやねんと思うが、どー考えてもヤブ蛇臭いので敢えて触れない。

 ぶぶんっ。唸るケータイ。フリップを開くと、びゅんと巻き上がるように現れるケダモノ。


『来るぞ』


 カーテン越しに庭を挟んだその先、今さっきまで誰も居なかった塀の上に、腕を組んだ体格のいい男の人影。真っ白の月光が、スポットライトのように照らしている。

 その脇に浮かぶ、植木鉢状の“何か”。


「――で、だ」


 俺はカーテンと一緒に掃き出し窓をガラガラと開け、待たせたか?と呼び掛ける。

 淡々と(いら)えが返る。


「いや、そうでもない」


 そうか、それは良かった。素直にそう思った。

 これでも、小鳥を止めるチャンスを作ってくれた事、それ自体には心底感謝している。手厳しい遣り口ではあったが、文句を言える筋合いでもない。


 シャツにスラックス、頭にはキャップを被っている。ただそれだけの格好が、内包された肉の圧力でうねり、腹立たしいほどにさまになっている。白光の中で腕を組み、俺たちを見下ろしている悪友へ……俺は言葉にせず呟く。


 お前は何を望み、何を願うんだ?。

 ――花畑。

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