第六章 -3
息が焼ける。
地面が溶ける。
結界内の副次的な事象であり、俺自身には影響していない。そのハズだ、そう言い聞かせてもなお、身体中が灼熱を浴びて悲鳴を上げる。
ケダモノの、無駄に高い気位を完全に失念していた。それは俺の大失敗だった。貫かれたのは奴の尻尾だけではなく、むしろ矜持にこそ大穴が開いていたのだ。その雪辱のつもりだったのだろう
――くそっ。
もうもうと巻き上がる煙は大半が水蒸気なのか、幸いすぐに散っていく。駆け寄った先、小鳥たちが居た辺りの地面が……俺の側を向いた三角形の角のようにえぐれていた。
違う、逆だ。鋭角に盛り上がったように見える、周囲が燃やされ吹き飛ばされてえぐれ、残った三角形の頂点。そこに、クィンが倒れていた。
宝冠は砕けて崩れ、端正な素顔が覗いている。服もぼろぼろに焦げ落ち、ところどころ火傷状の大怪我をしている。
そして、その三角形の底辺側、灼け落ちてえぐれた周囲とは別世界のように綺麗な地面の真ん中に、小鳥が倒れていた。
気は失っている様だが特に外傷は見当たらない。服や髪にも焼けた様子は無い。
無事か、と。ほっと息を撫で下ろして駆け寄って行く。同時に、そうか、と、ようやく思い至る。
彼女が放とうとしていた、あの呪文。
ケダモノが称していた“戦王の視線”が『汝が目は全てを打ち砕く』のならば、続く呪文の『汝が手は全てを護る』要素も持ち合わせていたハズだ。
それは“戦王の掌”、とでも称するのだろうか。
ケダモノの重装甲をものともせず貫いた、あの視線と同じ力を全て防御へと回し、意趣返しで放たれた大威力の火球をどうにか防いでくれたのだ。
……小鳥の盾となり、灼け焦げながら。
防ぎきれなかった炎が彼女を頂点とし、大地を灼きながら鋭角に抉っていったのだろう。
ごめんな、と思わず声を掛け、そっと彼女を拾い上げ胸ポケットへとしまう。頬を伝わる熱さが周囲の熱ではなく、こぼれた自分の涙なのだと、ようやく気付く。
本当に、何の覚悟も出来ていなかったのは俺だけで、それがこんな事態を招いたのだ。悔しくて腹立たしくて、自分の浅はかさに、何度も腹が立って堪らなくなる。
やがて小鳥の側へと辿り着く。
先に見えた通り、小鳥の方は無事の様だ。
小さく上下に動く胸の鼓動が、心底ありがたかった。背中に抱きかかえようとした瞬間、癇に障る呵々と笑う声が耳を刺す。
【命冥加な。吾と対峙し、よくもまぁ、保ったものだ】
もういちど呵々と大笑。
「~~~~~~~~~~ッ!」
あっさりと我慢は限界を超えた。俺はケータイを懐から取り出すと山中へ向かって、全力で放り捨てた。
*
普段から運動の一つもやってないつーのに、山道を駆け上がるは駆け上るは、もういい歳に育った妹を背負って山道を小一時間も降りてくるわで、体力が尽きないハズがないよなー、とか。
自宅のリビングでソファに突っ伏してからようやく思い至る。
むしろ、自宅に戻るまでは無我夢中でまるで気付かなかった。
火事場の馬鹿力、というアレだったのだろう。
反動で身体中が悲鳴を上げていた。
小鳥を部屋に運ぶのもしんどく、とりあえず居間のソファに寝かせる。
幸い街に降りたあたりで胸ポケットからもモゾモゾとした動きが感じられ、小さな彼女も何とか一命は取り留めていたのが判っていた。
考えてみればあの面倒と手間が大嫌いな“怠惰”が、『石板を殺してしまってはマズい』と分っていながらそこまでの攻撃を仕掛けるハズもない。全ては計算通りだったのかも知れない。
……が、それでも、最初から判定勝ち狙いであれば、小鳥を殺さないように想定した手加減はしていなかった可能性が高い。
石板は殺さない程度に……契約者は殺せる程に。
あのケダモノの邪悪さは、人では無い石板由来のモノなのかとも思っていたのだが。
彼女――小鳥の石版を見る限りでは、石板の皆が皆、ああいった邪な存在という訳でも無さそうだ。やはり“属性”とやらに関与してくるのだろう。
――つか、まぁ“怠惰”とかって、どーみてもEVILだし、CHAOTICだし、そりゃ悪人だよな。悪人じゃ無い、悪石板か。
そんな益体も無い事をつらつらと考えているうちに、やがてぼろぼろだったクィンの服や宝冠も元の形をぼんやりと映し出し、従前の姿を取り戻す。
ただ、始めから入っていた宝冠のヒビ割れは直らない。そういった意匠にも見えないから、何かの制限が掛かっているのかも知れない。
怪我も急速に治りつつあるように見える。
どっと力が抜けた。ともあれ、一戦を勝ち上がり、小鳥を保護できた。
上出来だと思った。
気も抜けて、ソファへ埋まるように座り込み、何となしに周りを眺める。
向かいのソファには、まだ目覚めない小鳥。
すぐ前のソファテーブルの上には、同じく眠り続けるクィン。二人?して並べると何というか、こう、実に……。
見事に二人とも胸無いな。うん。
それだけではなく、最初に見た時にも感じたのだが雰囲気もどこか近しい。
口調はまるで違っていた。見かけも「髪が長い」くらいしか共通項は無いハズなのだが、魂の温度というか、湿度というか、ごく根本的な部分でとても似通って感じる。
そういえば、花畑と植木鉢もそんな感じだった。
見た目で言えば、植木鉢は普通にボディビルダー系マッチョだし、花畑は運動部系の引き締まった身体なのだけれど、シンクロしてポージングしていると、見事「同じ」雰囲気を感じた。
……なんか、こう、凄く嫌なものを思い出しそうな……。
バンバンと玄関のドアが叩かれる音。時計を見上げると、既に丑三つ時に差し掛かろうとする時刻。
――とても、嫌な予感がした。
ドアスコープを覗いても何も見えない。外の景色は、月に照らされて未だに白い。そして、ドアは膝の辺りから打ちつけられた音を発している。
チェーンを付けたままドアを開けると、そこには。
予想通り、ケダモノが土と葉っぱにまみれ、背中にケータイを乗せて傲然と憤っていた。
――間に合ってます。
そう対応してドアを閉めようかと本気で思ったのだが、鑑みるにコイツは自前でケータイを運んできている。つまり、満月の――相克の夜限定なのか、普段からなのかは判らないが、この状況下で石板は物理的な影響力も持っている、という事で……。
――くっそう。
こいつのバカみたいな破壊力からすると、下手に対応したら家ごと壊されかねん。
大きくため息を吐き、ドアチェーンを外してケダモノを招き入れる。
ぶんぶんと音を立てまくってメール着信を伝えるケータイ。何か文句を付けているらしい。
はいはいと適当にいなしつつ、ケダモノへ『風呂で身体洗ってこい』と言おうとして、そうか、と気付き、一旦ケータイを閉じる。
思った通りケダモノは一旦消失し、土くれだの葉っぱだのといったゴミだけがまるっと地面に落ちる。
ぶんぶんと更に唸るケータイを無視し、玄関を掃除し終えてから開く。うん、汚れが落ちて普通に汚いケダモノ登場。
凄い勢いで埋まっているメールボックスへ、更に連続して着信の知らせが表示される。ちゃちゃっとスクリプトを組み、宛先・送信元・題名が無いメールを一斉削除する。
あんぐりと口を開けて見上げるケダモノ。
文句をすぱっと無視されるとは思って無かったのかも知れない。
つーか、こっち見んな。
「ん……」
リビングから漏れる、小鳥の、声。ようやく少しほっとする。そして、とてもとても嫌な事を思い出す。
小鳥と、クィン。花畑と、植木鉢。
ならば。
俺と、この、ケダモノ?。
――そっくり、だと?。
その場で反射的に玄関のドアを蹴って開け放ち、全力でスマホをどこか遠くへと投擲してしまった俺を、一体誰が責められようか。
いや、責められはすまい(切実)。




