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でもんず  作者:
20/37

第六章 -1

 真っ白な月が、町並みを照らしている。

 道路も街も塀もそこかしこが、薄白く染まって見えた。

 見上げると、確かに一昨日の月と比べてまん丸の月。人の目は意外と高精度に図形を判別するんだな、とか、ぼんやりと考えていた。


「ほら、お兄ぃ。急ぐ」


 腕を引っ張っりながら、小鳥が先を行く。こちらへ顔も向けず、急ぎ足で。


 *


『ね、お兄ぃ。公園、行こっ』


 そう小鳥が切り出したのは、もう真夜中近い時間帯。

 日も暮れてから、漫画雑誌を買い忘れたのでコンビニに行くのでボディガード代わりに付いて来いと言いだし、レジを打っていた知り合いのバイトと話し込み、あげく買った雑誌とは別の雑誌を立ち読みし続け、ようやく店を出てからの事だった。


 公園ておまいね、こんな時間から……とごねようとする間もあらばこそ、いいからいいからと、そのまま腕を引っ張っられ足は高台へと向かう。

 小鳥の……というか、ここいら辺で誰かが『公園』と言えば、学園の高等部校舎がある高台の、南側の斜面を利用した自然遊園の事を指していた。


 十五分ほど小鳥に引き摺られ、辿り着いた公園の坂を一番下の溜池広場から見上げる。長い斜面を広い階段状の段差が続いている。

 一番上の段は大きな広場になっていて、かなりの高さまで水を噴き上げる噴水池になっている。タイミング次第では青空に映える虹も眺められるのだが、この時間はさすがに噴水も止まっている。

 広い階段の真ん中は自由に入って遊べる小川が流れ、噴水池の水を下の溜池まで流している。その溜池の水が斜面内に埋め込まれたポンプで濾過され運ばれて、また噴水池から噴き上がる仕組みになっていた。


 夏の暑い盛りには子供連れで賑わっていて、俺も小鳥もご多分に漏れず常連だった訳だが、この時期の真夜中近い今はさすがにガランとして誰も居ない。

 繁華街から奥まった場所にあるし、いくら治安も良いとはいえムードもへったくれもない児童公園では、よほどのバカップルでもこんな時間にはそうそう近づかないだろう。

 ――あるいは、強制力で排除されているのかも知れないが。


 公園階段の半ば、踊り場のようになっている辺りまで俺を引っ張った小鳥は、そのまま大きく伸びをした。


「んーーーーーっ」


 街を一望にできる展望を、月が見事に照らしている。


「なぁ、小鳥」

「ん?何?」

「――親父達は仕事で家に寄り付かないし、まぁそれはそれで仕方ないから文句付けるつもりもないんだが……」


 頃合いだろうと、俺は切り出す。左手にはケータイを握り込んでいる。小鳥もそれに気付いている。視線の動きで見て取れる。


「――お兄ぃ?」

「当然、おまいの面倒は俺がずっとみてきた訳で、最近は俺の方が面倒見られてるよーな気がしないでもないが、まぁそれはともかくとして、だ」

「……」

「俺はずーっと、口が酸っぱくなるほど言ってきたよな?。ズルをするな、ウソをつくな」


 煌々と月が辺りを照らす。

 その月を背にした俺の表情を、小鳥は読めているのだろうか。


「まぁ、ズルについては俺も面倒臭がりで普段から楽しようとしてるし、なかなか治らないのも、まー、どーしょーもないかなーとは思ってる」


 ド本音である。


「……お兄ぃ……?」

「けど、ウソを付くな、てのは随分治ってると思ってたし、今は状況が状況だから仕方ないんだと思いたいけど。それでもちょーっと、哀しいな、とは感じてる」


 小鳥が、息を呑む。手にはポシェットから取り出したスマホが握られている。

 おれも手にしたケータイのフリップを開く。ガーディアンズのアイコンを叩く。


「――そうだね、お兄ぃ」


 小鳥はもう誤魔化す様子も無く、淡々と言葉を紡いでいる。


「私はウソもつくし、ズルもするよ。だって……」


 月が一気に白くなる。


「私は、お兄ぃの妹だもんっ」


 勝ち誇った様な小鳥の宣言。

 煌々と白い月が周囲を照らし、世界が薄暗いモノトーンに染まる。

 ガーディアン・システムが結界を完成させていた。


 ――相克が始まる。


 *


 小鳥のスマホをから浮び上がるように、(てのひら)サイズの少女――初めてみる小鳥のガーディアンが顕現する。


 ゆったりとした貫頭衣風の、凝った意匠を施した服がゆるやかに揺れている。

 大きな宝冠を思わせるバイザーが、頭を額から鼻の辺りまですっぽりと覆っている。

 バイザーからこぼれ落ちる髪はうす青く、長い。

 華奢な手足は、世界を染める月の光よりも一段と白い。

 ――どこか、小鳥に近い雰囲気を感じる。


「ほんとは、ね。もっと全然ラクな予定だったんだけど」


 小鳥が歌うように言葉を紡ぐ。


「花畑さんのおかげで、大変な事になっちゃった」

『小鳥。アレは……目覚めている』


 小鳥のガーディアンがそう告げる。よく見ると宝冠様のバイザーに縦一筋のヒビ割れが入っていて、そこから片目……左目?が僅かに覗いている。

 その視線の~宝冠に隠れて判りづらいが~先には、その言葉通りに覚醒し、首をもたげ、獲物を狩ろうと待ち構えるケダモノが、ちろちろと炎の息を吐いている。

 敵を目前にして、怠惰の顎がにぃっ……と開いていく。空気が震える。強固な意志が伝わってくる。


【引き裂いてやろう】

 意思を具現化すべく怠惰が飛びかかろうとした、その瞬間。


 小鳥は、自らのガーディアンの前に、かばうようにして飛び出した。


「――なっ」


 なにやってんだっ!?。

 意識よりも早く、とっさに手にしたスマホを強く閉じる。

 巨大な口を開き爪を大きく振り上げ、今にも相手を引き裂こうとしていたケダモノが、眼前からかき消すように消え失せる。

 数瞬を経て記憶に焼き付いていた怠惰の姿が、小鳥もろとも小さなガーディアンを丸呑みしようとしていたのだと、ようやく気付く。


 どっと冷や汗が流れる。


 小鳥が助かって自覚した安堵は、涼しげにこちらを見やる、当の小鳥への怒気へとそのまま変わる。

 ふざけるなと伸ばした指先を、小鳥はするりとすり抜ける。


 そして耳に届く、小鳥とは違う、小さな声。鈴を鳴らすように、リンと良く通る。


 いつの間にやら小鳥と手のひらガーディアンは位置取りを入れ替え、小鳥が後ろにガーディアンが前に。鈴の声(・・・)は小鳥のガーディアンの詠唱だった。


『王よ、王。汝が目は全てを打ち砕き、汝が手は全てを護りたもう……』


 背筋が凍る。何がなんだかサッパリ分からんが、とにかくヤバい。

 あの夢と同じ感覚。ケダモノの知覚なのか知識なのか、何かが俺にも伝わっている。

 だとすれば……。

 とっさにケータイを声の主――手のひらサイズの少女型ガーディアンへと向け、フリップを開く。

 全き怠惰が瞬時に顕現する。ばぐん!と宙を噛み砕き、その顎が閉じる。


【貴様……】


 こちらへ向き直りながら、空虚な眼窩が背筋を振るわす害意を放つ。

 苛烈な怒気をはらむ、やはり声にならぬ声。もちろん、それに付き合っているヒマは無い。


「後ろ」


 背後を指さす。


【ぬ!?】

『――汝が目に、わが敵を映せ』


 そして、その小鳥のガーディアンの視線の先には――。

 俺と、ケダモノが居た。


 小さなガーディアンの頭が僅かにブレたその瞬間、ケダモノの尻尾が根元から崩れて落ちる。いや、ほんの僅か、かろうじて端っこが皮一枚で繋がっている。

 尻尾の断面から血が迸り、地面を黒く染めていく。


【む、ぅ……】


 さしものケダモノもうめき声を上げる。

 あの呪文だか祝詞だかの意味合いからすると、視たものを破壊する……邪眼、なのか?。バジリスクかコカトリスか。

 厨二病でもあるまいし、やっかい過ぎる。


【ふン、『戦王の視線』か。また珍妙な……】


 やたらもったいぶってケダモノが後ろを振り向く。

 つられて目をやると、小鳥は既に脱兎の如く坂を駆け上がって逃げ出していた。あの小さなガーディアンも居ない。

 丸っきりの遁走だ。


「……」

【……】


 えーっと。

 お、もう見えなくなった。さすがに足早いなー。


【そうか、そうだろうな!】


 呵々として大笑する、声なき声。


【……追わんで良いのか?】


 楽しげにケダモノが告げる。


【吾はいま、手傷を負った。制限時間まで無傷で逃げ切られたなら、彼奴らの判定勝ちになるぞ?】


 ――!!。


【ましてアレは相克の場全体を支配し、規則を強制する類の石板だ。彼我の距離が長くなればなるほど、吾らに不利となる】


 愉しげに呟くケダモノ。ヤバいどころの話じゃない。ケータイを手に弾かれたように立ち上がる。


【ま、吾は構わん。いつも通りだ。お前はどうする?】


 どうもこうもないわ!。

 転びそうになりながら小鳥を追いかけ、全力で坂を駆け登る。身体中が慣れない運動に叫びを上げる。構ものか!。


 バカで考え無しなのは、俺だ。

 事前にケダモノと打ち合わせていた作戦会議を、俺は思い出していた。

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