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でもんず  作者:
19/37

第五章 -3

 ケータイを開く。眠るケダモノが浮かぶ。

 躊躇している余裕は無い。何があろうとも。


「起きろ」


 ケダモノが目覚める。


『……なんだ?』

「契約しろ、俺と」

『断る』


 ケダモノは言下に切って捨てた。

 それはそうだろう。こいつにとって、俺との契約には何のメリットも無い。

 ……今のところは。


『……ここは?』


 ケダモノが周囲を見回す。


「こないだのカラオケ屋の個室だ。……電磁暗室の中」


 か、か、か、と声も無く嗤う。


『吾が、ここから逃げられない、とでも?』

「そうは思っていない。というより、そうだとしても、お前には何の痛手にもならない。そうだろう?」

『そうだ』

「俺の話を聞いてもらう。途中で居なくなられても困るんで、な」


 その為だけに、この場を選んだ。


「もう分かっているな。お前には」

『……』

「俺は敗者がどうなるのか、聞いてきた。“願い”の本当の意味も」


 契約者以外には相克と関与できない。小鳥が既に契約者ならば、コイツの力を利用するしか小鳥を守れない。


「俺と契約してもらうぞ、怠惰」

『断る』

「断るな」

『断る』

「なぜ断る?」

『……』

「答えろ。何故、契約を断る?」

『…………』

「言ってやる。お前は欠陥品だ。だから戦いたくないんだ。そうだろう!?」

『貴様……』

「何が“一欠片(ひとかけら)”だ。笑わせるな。お前は完成品だ。だから戦いたくない、そうだろうが!」


 俺の参戦を望む花畑の横槍によって、俺は『ガーディアンズの仕組みの中』で『契約の意思』を示してしまった。

 それ自体は確かにケダモノの主張する通り、ただの片務契約を示したに過ぎない。互いの契約は完成していない。

 しかし、それにより僅かとは言えケダモノと俺とは、強制力で繋がってしまった。


 ――あの、凄まじい徒労感をもたらした夢。


 夢の内容は朧気(おぼろげ)にしか覚えていない。

 だが、遠大で周到な計画の全てが、何もかも崩れ落ちてしまった途方も無い徒労感だけは、否応なしに叩き付けられた。

 あの夢こそ、俺たちが繋がってしまった結果であり、それ故に俺は怠惰を理解できてしまっていた。


全き怠惰(・・・・)、か。文字通りだな。お前は自らの破片を、大賢者が砕いたという“十二の一つ”である“怠惰”を選択的により集め続け、ついには完成させた。そうだな?」

『貴様……』

「まったく、度し難い好き嫌いもあったもんだ。結果としてお前は、大賢者の強制力にすら抗えるほどの完成度を誇り、ついには他の要素を拒否し始めた」

『…………貴様ッ』

「強いはずだ。最強だと?当たり前だ。完成品が、未成品と争ってるんだ。敵うハズがない。弱い者イジメも大概にしとけ」

『……貴、様……ッ』

「悔しいだろう?、腹立たしいだろうが?、怠惰!。お前はもう、何もできない。ただ朽ち果てる日を夢見て、ただ朽ち果てる日を遠ざけるために、ただ怠惰に日々を過ごすしか無いんだ!」

『貴、様、ァッ!!』


 ごおっと、あり得ない風圧すら感じさせる爆発的な勢いで。全き怠惰が顕現する。


 ――ごわごわと堅く、何者をも寄せ付けぬゾウの肌。

 ――ワニを思わせる太い顎と、ノコギリ状の刃の歯。

 ――白黒一対の鋭い牙は、顎の根元から眼前の敵を目指し、顎に沿って真っ直ぐに伸びている。

 ――カバの如く重鈍で巨大な体躯。それを支えるに相応しく極端に太く、突進力を生み出す為に長く、引き裂くための鋭い爪を備えた逞しい四肢。

 ――太い体躯の幅そのままに続いてうねる、顎と同じくワニを思わせる巨大で強靱な尻尾。

 ――空虚な眼窩は悪意と敵意に満ち溢れて俺を捉え、怒りに震える顎からは炎の雫が垂れ落ちる。


【そこまで望むならば……この場で殺してやろう、向日比古(むかいひこ)ッ】


 怠惰の“声”は、ケータイを介さずに直接脳裏へと響く。

 今のこいつは実体だ。石板の力を全て解き放っている。

 否応なしに、それが判る。

 余りにも威圧的で巨大な真の姿を示した全き怠惰を見上げながら、俺は、なお叫ぶ。


「俺と契約しろ、怠惰!」

【貴様……っ。今さら命乞いか……ッ!?】

「俺が、お前の望みを叶えてやる!」

【!?】

「だから、俺と契約しろ!怠惰ッ!!」


 *


【なん……だ、と?】


 拍子抜けしたように立ち尽くす怠惰。

 だが、次の瞬間には前にも増して怒りが膨れあがっていく。

 馬鹿にされたと思っている。


【貴様……もう一度、言ってみろ】

「俺が、お前の望みを叶えてやる。だから、俺と契約しろ、怠惰」


 一言一句違えずに繰り返す。


【貴様……ッ】

「もちろん、お前の本当の願いは、決して叶わない。俺達は大賢者の掌で踊るのが精一杯だ。そうだな?怠惰。お前の抵抗も、しょせんはその範囲の出来事だ」

【…………】


 叩き付けられる強烈な害意。意識が薄く、遠くなる。……だが、構ってなどいられない。

 振り払ってなお続ける。


「思い出せ、怠惰。大賢者の力の及ぶ範囲の“外”なら……人の理の範囲ならば、勝利さえすればその意思は実現できる。お前は最強なんだろう?』

【……】

「それなら契約さえすれば、お前が勝ち続けるなら、俺が望みを叶えてやる。俺と契約しろ、怠惰ッ!」

【……貴様、己が何を言っているのか分かっているのか?】

「お前こそ分かっているはずだ、怠惰。俺たちはもう、半分繋がってしまっている」


 膨れあがり、部屋ごと壊し尽くす勢いだった瞋恚(しんい)が、一気に収束していく。


【……そうか……】


 ――そうだ、怠惰。


【――ガーディアン・システムの完膚なき破壊――だと?】


 そうだ。

 それが、俺とお前の最適解だ。


 *


 大賢者とやらは、俺たちからすれば神ようにも等しい存在だ。怠惰から流れ込んできた記憶の数々と、ここ数日の異変の全てが、それをどうしようもなく物語っていた。


 その強力無比な加護を打破するには、大賢者自身と同等以上の存在にしか不可能だろう。石板達の相克にしても、それ自体を直接に止めようとすれば同じ事だ。

 怠惰の本当の願い、即ち『相克の完全な停止』は……大賢者と同等以上の力を持たない限り、どう足掻いても不可能だ。


 だが、ガーディアンズを成立させている、石板達に協力し、お零れに預かるだけの下らない仕組みは、人が創り、人が改良し、人が運営している、その程度の代物に過ぎない。

 大賢者の加護から抽出された莫大な祝福と呪詛を用い、運営者に対してその破壊を要求すれば……その程度の“人の運営する仕組み”など完全に壊滅させて、なお余裕でお釣りが来るほどだろう。


 そして、この下らない仕組み(ガーディアン・システム)さえ壊してしまえば、怠惰が“怠惰に”振る舞って終焉を遅らせ続ける限り、相克の収束には無限にも近い時間を必要とする。


 俺はこのクソッたれな仕組みを叩き潰す。それを願う。

 お前はその願いによって、滅びの日を大きく遠くへ伸ばす事ができる。


 俺たちの利害は一致している。

 ――俺と契約しろ、怠惰。


【……】


 怠惰がゆっくりと言葉を紡ぎ始める。


【――貴様は、ただ、妹を助けたいだけだな】

「そうだ」


【貴様は、友を傷つけても構わないというのか】

「そうだ」


【貴様は、貴様自身の命も、人生も、その全てを喪っても構わないのか】

「そうだ」


【それでも、妹を助けられるとは限らない】

「……そうだ」


【妹の願いも打ち砕くのか】

「そうだ!」


 俺は本音の全てを叩き付ける。


「俺は、俺自身の、小鳥を守りたいという欲望のためだけに、小鳥の願いも、花畑の希望も、他のだれかの祈りも全て粉々に砕いてやる。俺の命でも未来でも、俺のモノなら何でもくれてやる。お前の望みも叶えよう。だから――」


【……】


「だから、俺の願いを、たった一つだけ聞き届けろ」


【……】


「俺と契約しろ、怠惰!」


 怠惰は目を瞑り、やがて見開く。

 その空虚な眼窩に、初めて悪意以外の何かが宿る。


【――いいだろう】


 ……っ。


【いいだろう、貴様が正しい(・・・・・・)


 ――……!。


【吾と契約しろ、向日比古(むかいひこ)


 獰猛な石板が、まるで(うた)うように契約を紡ぎ始める。


【吾は全き怠惰。

 吾が牙は千仞に届き、吾が息は万里を灼き尽す。

 吾はこれより貴様と共にあり、吾らを(ふさ)ぐ、その尽くを打ち砕く。

 貴様の全ての願いを寄こせ。

 貴様が求めるただ一つ(・・・・)、吾が助力をくれてやろう】


 ――そうして契約を終えた石板は、空を仰ぐように直上へ向かって大きく顎を開き、呵々として声も無く大笑を続けた。

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