第四章 -3
ケダモノの長い独白を聞き終えて、俺は問いかけた。
「――その、“相克”っつー『石版が戦いやすい仕組み』の成れの果てが、ガーディアンズ、か」
『そうだ』
なるほどな。
こいつら“石板”とやらへの手助けを『公共事業として運用』してしまえば、官僚だの政治家だのといった連中からすれば、自分の財布は全く傷まず、文字通り『奇跡的な』恩恵だけを、お手軽に受け取る事ができる。
まぁ、よく考えたものだ。
――反吐が出る。
「満月の夜ってのは、なんだ?」
『吾らには直接の関係は無い。ガーディアンズによる相克の支援が、満月を基準に行われている』
「お前らには関係ない、のか」
『無関係だ。ガーディアンズが吾らを支援する際には結界を構築し、相克による現世への影響を、最小限に抑えている。強固な結界の構築や後始末には一定の時間を要する。その基準が満月、なのだろう』
「運営側の都合か。満月の夜に負けた者はどうなる?」
『……既に語った』
「喰われるのか」
『そうだ』
「お前には喰う気がない?」
『そうだ』
「喰われる気もない、と」
『そうだ』
まぁ、だいたい判った。要するに、だ。
「お前ら“石板”とやらがガーディアンズを使って潰し合いをするから、それを手伝え、と。優勝するとお願いを叶えてもらえますよ、て事か」
『概ね、そうだ』
「願いってのは何が叶うんだ?世界征服でも出来るってのか?」
かかか、と笑うケダモノ。
『上手く立ち回れば、出来なくもないだろう』
また微妙な言い回しな……なんだ?。
「答えろ。願いってのはなにが出来る?」
『大した事は出来ない。所詮は紛い物だ』
「……どういう事だ?大した事も無い景品のために、人がそれほど真剣になるのか?」
にぃ、とケダモノは口元を歪ませる。
『所詮は紛い物だ。無から有は生み出せぬ。出来るのは、契約者の力を普遍化するだけだ』
なんだ?明らかに、まだ何かを伏せている。
……まあいい。どっちみち俺には命がけの望みなんか、ない。景品なんて、まぁどうでもいい話だ。
椅子の上にあぐらをかいて座り直す。
こっからが本筋、だな。どこまで肝心な事を引き出せるやら。
「そうか。で、契約者ってのは何だ。そもそも、お前はなんで潰し合いを拒む」
『条件を備えた者が吾らと契約することで、契約者となる。契約者が人の創りし仕組みを利用することで初めて、ガーディアンズ内での相克が成立する。だが、吾は“怠惰”。相克を望まぬ。故に契約も望まぬ』
「契約無しに争ったらどうなる」
『直接に相克を行うならば、契約はそもそも関係が無い。だがガーディアンズを……貴様らの仕組みを用い、契約無しで争ったならば、相克が成立しない。いつぞやのように、ただの遊戯のまま、何も起こらぬ』
「花畑は契約者なのか」
『そうだ』
「……小鳥も?」
『そうだ』
「小鳥や花畑たちの“望み”ってのは、何だ?」
『吾が知る由も無い』
……それはそうか。
石版ならぬ、あいつらが何を望んでいるのかは判らん、と。
テンポ良く問答が続いているうちに、肝心な問いを投げる。
「……俺は、契約者なのか?」
『違う』
底知れぬ悪意をその眼窩一杯に蓄えたケダモノは、改めて、にぃっと顎を歪ませてそう告げる。
『違う。貴様は、契約者では、無い』
――予感は、あった。
だが、改めて突き付けられると意味が分からない。
「どういう事だ?。俺はお前と契約したからこそ、こんなハメになっている、と、思ってたんだが」
『貴様は確かに吾との契約の意思を示した。だが、意思を示すだけで契約が成立する道理が無い。そういう事だ』
「契約に必要なものとは、なんだ。答えろ」
『契約の意思の明示だ』
……。
『……』
いや、そこで耳の裏を脚で掻こうとするポーズで誤魔化そうとされても、な?。
ころんと転がるケダモノ。もう二、三歩踏み込む必要がありそうだ。
「貴様ら“石板”と、人との契約に必要なものを答えろ」
『契約の意思の明示だ』
……。
えーっと。俺は必死で頭を整理する。
おそらく、このケダモノは、嘘は吐いていない。
こいつの言う定めとは、こいつら自称石板とやらの創造主、大賢者が与えたものだろう。
“ただ一つを示せ”と、大賢者が求めたというその結果を出すこと、それ自体について、こいつらには何らかの強制力が働いている。
おそらく、それには逆らえない。そういう事だと、理解していいはずだ。
問題はおそらく、ガーディアンズという仕組み、即ち、こいつらと人間との契約全体が、大賢者とやらの意思とは無関係に、(こいつの語った歴史が正しいなら、だが)まるっと『後付け』だ、という点にある。
だから、直截的にこいつらと大賢者に関わらない部分では、言動に対して強制力が弱く、言い回しにも融通が利くのだろう。
この奇妙なケダモノは、怠惰に過ごし、果たすべき使命を果たさない為に、限りなく嘘に近い『本当のことを喋らない』という手法で誤魔化しに来ている、そう判断すべきだ。
ならば……。
「お前ら石板と人との契約に於いて、示されるべき契約の意思の持ち主とは、誰だ。答えろ」
『……石板と、人だ』
……そうか。なるほどな。
「答えろ。石板と人との契約には双方が契約の意思を明示する必要があり、俺は契約の意思を示したが、お前は拒否した。だから、俺とお前の間に契約は成り立っていない。そういう事だな」
『……そうだ』
見下したようにケダモノは答える。そして、興味を失った、とでも言いたげに眠る体勢に入る。
ふむ……。ま、実際問題として、俺は本当にご大層な願いを持っている訳では無い。
そりゃまあ、葵とヨリを戻したいとか、もっとも面白いゲームをやりたいとか、もー少し小鳥が兄を敬うよーになってほしいとか、美味いモンたらふく喰いたいとか、願いも望みもそれなりに有るのだけれども。
――それらは、奇跡に縋ってどうこうなる問題でも、ない。
だから契約が必要な訳でも契約したい訳でも無いし、そもそも俺が示した契約の意思、ってのも、なぁ……。
まぁ、一応確認しとくか。
「答えろ。俺の示した契約の意思とは、カラオケ屋で行った承認の事か?」
『そうだ』
「あんな個人認証の中に、契約の内容が示されていたのか?」
『違う』
……違う?。
「どういう事だ?」
にいっと嗤ってケダモノは答える。
『本来、いま貴様が吾に求めている類の説明は、人の構築した仕組みの中で行われる』
「……?」
『その上で、個人認証により契約の意思が示される。貴様の場合、その肝心の説明が丸ごと抜け落ちている』
ああ、そうか……。ガーディアンズに関わる部分は、人が構築した仕組み、か。当然、その説明も契約も人の構築した範囲にこそある。
『故に、貴様の場合は単なる個人認証が、結果として契約の意思の明示と同等の効果を示した、それだけの事だ』
「契約は石板の管轄ではなく、ガーディアンズ管理者の管轄だって話、だよな」
『そうだ』
契約に関する一部始終を大賢者が定めたなら、こいつは俺にそれを示す義務が生じる。そうでなければ、使命が果たせないからだ。
だが、人が構築した“仕組み”の中で副次的に発生している“擬似的な強制力”に過ぎないガーディアンズのルールには、こいつらは(多少は影響されるんだろうが)直截的には縛られない。
そういう事、だな。
「まぁ、分かった。……もう一つ聞く」
これは聞きたく無いんだが。聞かない訳にはいかないんだろうなぁ……。
『なんだ』
「お前が俺のケータイに現れたのは、何故だ」
『……』
あー……やっぱ、ものっそい嫌そうな顔をしている。
ガーディアンズ起因の強制力に抗っているのだろう。必死に頭を振っている。
「……答えろ。お前が、俺のケータイに現れたのは、何故だ」
ひくっと頬の辺りのポリゴンを引きつらせながら、ケダモノは答えた。
『……契約者たる資格の持ち主の中で、貴様が、最も吾に近しいからだ』
「石板は、性質の近い者のところに現れるのか?」
『……』
「答えろ。石板は、自らの性質の近い、契約者候補のところに現れるのか?」
『――そうだ』
そっぽを向いて、吐き捨てるように答えるケダモノ。
こいつは俺を嫌っている。生理的な話なのだろう。何となく判る。だから自分と俺が似ていると認めるのが本当に嫌なのだ。
だが、俺もこの怠惰の化身に、『お前は性格の悪い怠け者だ』と宣言されてしまったに等しい。
――ちょっと、泣けてきた。




