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でもんず  作者:
15/37

第四章 -3

 ケダモノの長い独白を聞き(読み)終えて、俺は問いかけた。


「――その、“相克”っつー『石版(お前ら)が戦いやすい仕組み』の成れの果てが、ガーディアンズ、か」

『そうだ』


 なるほどな。

 こいつら“石板”とやらへの手助けを『公共事業として運用』してしまえば、官僚だの政治家だのといった連中からすれば、自分の財布は全く傷まず、文字通り『奇跡的な』恩恵だけを、お手軽に受け取る事ができる。

 まぁ、よく考えたものだ。

 ――反吐が出る。


「満月の夜ってのは、なんだ?」

『吾らには直接の関係は無い。ガーディアンズによる相克の支援が、満月を基準に行われている』


「お前らには関係ない、のか」

『無関係だ。ガーディアンズが吾らを支援する際には結界を構築し、相克による現世(うつしよ)への影響を、最小限に抑えている。強固な結界の構築や後始末には一定の時間を要する。その基準が満月、なのだろう』


「運営側の都合か。満月の夜に負けた者はどうなる?」

『……既に語った』


「喰われるのか」

『そうだ』


「お前には喰う気がない?」

『そうだ』


「喰われる気もない、と」

『そうだ』


 まぁ、だいたい判った。要するに、だ。


「お前ら“石板”とやらがガーディアンズを使って潰し合いをするから、それを手伝え、と。優勝するとお願いを叶えてもらえますよ、て事か」

『概ね、そうだ』


「願いってのは何が叶うんだ?世界征服でも出来るってのか?」


 かかか、と笑うケダモノ。


『上手く立ち回れば、出来なくもないだろう』


 また微妙な言い回しな……なんだ?。


「答えろ。願いってのはなにが出来る?」

『大した事は出来ない。所詮は紛い物だ』

「……どういう事だ?大した事も無い景品のために、人がそれほど真剣になるのか?」


 にぃ、とケダモノは口元を歪ませる。


『所詮は紛い物だ。無から有は生み出せぬ。出来るのは、契約者の力を普遍化するだけだ』


 なんだ?明らかに、まだ何かを伏せている。

 ……まあいい。どっちみち俺には命がけの望みなんか、ない。景品なんて、まぁどうでもいい話だ。

 椅子の上にあぐらをかいて座り直す。

 こっからが本筋、だな。どこまで肝心な事を引き出せるやら。


「そうか。で、契約者ってのは何だ。そもそも、お前はなんで潰し合いを拒む」

『条件を備えた者が吾らと契約することで、契約者となる。契約者が人の創りし仕組みを利用することで初めて、ガーディアンズ内での相克が成立する。だが、吾は“怠惰”。相克を望まぬ。故に契約も望まぬ』


「契約無しに争ったらどうなる」

『直接に相克を行うならば、契約はそもそも関係が無い。だがガーディアンズを……貴様らの仕組みを用い、契約無しで争ったならば、相克が成立しない。いつぞやのように、ただの遊戯のまま、何も起こらぬ』


「花畑は契約者なのか」

『そうだ』


「……小鳥も?」

『そうだ』


「小鳥や花畑たちの“望み”ってのは、何だ?」

『吾が知る由も無い』


 ……それはそうか。

 石版ならぬ、あいつらが何を望んでいるのかは判らん、と。

 テンポ良く問答が続いているうちに、肝心な問いを投げる。


「……俺は、契約者なのか?」

『違う』


 底知れぬ悪意をその眼窩一杯に蓄えたケダモノは、改めて、にぃっと顎を歪ませてそう告げる。


『違う。貴様は、契約者では、無い』


 ――予感は、あった。

 だが、改めて突き付けられると意味が分からない。


「どういう事だ?。俺はお前と契約したからこそ、こんなハメになっている、と、思ってたんだが」

『貴様は確かに吾との契約の意思を示した。だが、意思を示すだけで契約が成立する道理が無い。そういう事だ』


「契約に必要なものとは、なんだ。答えろ」

『契約の意思の明示だ』


 ……。

『……』


 いや、そこで耳の裏を脚で掻こうとするポーズで誤魔化そうとされても、な?。

 ころんと転がるケダモノ。もう二、三歩踏み込む必要がありそうだ。


「貴様ら“石板”と、人との契約に必要なものを答えろ」

『契約の意思の明示だ』


 ……。

 えーっと。俺は必死で頭を整理する。


 おそらく、このケダモノは、嘘は吐いていない。

 こいつの言う定めとは、こいつら自称石板とやらの創造主、大賢者が与えたものだろう。

 “ただ一つを示せ”と、大賢者が求めたというその結果を出すこと、それ自体について、こいつらには何らかの強制力が働いている。

 おそらく、それには逆らえない。そういう事だと、理解していいはずだ。


 問題はおそらく、ガーディアンズという仕組み、即ち、こいつらと人間との契約全体が、大賢者とやらの意思とは無関係に、(こいつの語った歴史が正しいなら、だが)まるっと『後付け』だ、という点にある。

 だから、直截的にこいつらと大賢者に関わらない部分では、言動に対して強制力が弱く、言い回しにも融通が利くのだろう。

 この奇妙なケダモノは、怠惰に過ごし、果たすべき使命を果たさない為に、限りなく嘘に近い『本当のことを喋らない』という手法で誤魔化しに来ている、そう判断すべきだ。

 ならば……。


「お前ら石板と人との契約に於いて、示されるべき契約の意思の持ち主とは、誰だ。答えろ」

『……石板と、人だ』


 ……そうか。なるほどな。


「答えろ。石板と人との契約には双方が契約の意思を明示する必要があり、俺は契約の意思を示したが、お前は拒否した。だから、俺とお前の間に契約は成り立っていない。そういう事だな」

『……そうだ』


 見下したようにケダモノは答える。そして、興味を失った、とでも言いたげに眠る体勢に入る。

 ふむ……。ま、実際問題として、俺は本当にご大層な願いを持っている訳では無い。

 そりゃまあ、葵とヨリを戻したいとか、もっとも面白いゲームをやりたいとか、もー少し小鳥が兄を敬うよーになってほしいとか、美味いモンたらふく喰いたいとか、願いも望みもそれなりに有るのだけれども。


 ――それらは、奇跡に(すが)ってどうこうなる問題でも、ない。


 だから契約が必要な訳でも契約したい訳でも無いし、そもそも俺が示した契約の意思、ってのも、なぁ……。

 まぁ、一応確認しとくか。


「答えろ。俺の示した契約の意思とは、カラオケ屋で行った承認の事か?」

『そうだ』


「あんな個人認証の中に、契約の内容が示されていたのか?」

『違う』


 ……違う?。


「どういう事だ?」


 にいっと嗤ってケダモノは答える。


『本来、いま貴様が吾に求めている類の説明は、人の構築した仕組みの中で行われる』

「……?」

『その上で、個人認証により契約の意思が示される。貴様の場合、その肝心の説明が丸ごと抜け落ちている』


 ああ、そうか……。ガーディアンズに関わる部分は、人が構築した仕組み、か。当然、その説明も契約も人の構築した範囲にこそある。


『故に、貴様の場合は単なる個人認証が、結果として契約の意思の明示と同等の効果を示した、それだけの事だ』

「契約は石板の管轄ではなく、ガーディアンズ管理者の管轄だって話、だよな」

『そうだ』


 契約に関する一部始終を大賢者が定めたなら、こいつは俺にそれを示す義務が生じる。そうでなければ、使命が果たせないからだ。

 だが、人が構築した“仕組み”の中で副次的に発生している“擬似的な強制力”に過ぎないガーディアンズのルールには、こいつらは(多少は影響されるんだろうが)直截的には縛られない。

 そういう事、だな。


「まぁ、分かった。……もう一つ聞く」


 これは聞きたく無いんだが。聞かない訳にはいかないんだろうなぁ……。


『なんだ』

「お前が俺のケータイに現れたのは、何故だ」


『……』


 あー……やっぱ、ものっそい嫌そうな顔をしている。

 ガーディアンズ起因の強制力に抗っているのだろう。必死に(かぶり)を振っている。


「……答えろ。お前が、俺のケータイに現れたのは、何故だ」


 ひくっと頬の辺りのポリゴンを引きつらせながら、ケダモノは答えた。


『……契約者たる資格の持ち主の中で、貴様が、最も吾に近しいからだ』

「石板は、性質の近い者のところに現れるのか?」


『……』


「答えろ。石板は、自らの性質の近い、契約者候補のところに現れるのか?」

『――そうだ(・・・)


 そっぽを向いて、吐き捨てるように答えるケダモノ。

 こいつは俺を嫌っている。生理的な話なのだろう。何となく判る。だから自分と俺が似ていると認めるのが本当に嫌なのだ。

 だが、俺もこの怠惰の化身に、『お前は性格の悪い怠け者だ』と宣言されてしまったに等しい。


 ――ちょっと、泣けてきた。

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