第四章 -2
昔々、言葉で表せぬほどの遙かな昔。最も偉大な賢者が真理を求めた。
“『正しきもの』とはなにか?”
大賢者は最初に、全ての理を単体で示す“たった一つ”を創ろうとし、失敗した。
真に正しき唯一のもの、すなわち“真理”を示す『完全なただ一つ』を創造するには、創造者自身も『完全』でなければならない。
――さしもの大賢者とはいえ、全知全能は余りに遠かった。
次に、大賢者は基本となる組み合わせの三つを創った。
そして、その“逆”となる三つを組み合わせ、六つとした。更にその“裏”を創り、全部で十二とした。
この“十二”は安定し、総じて“最も正しきこと”を示した。
満足した大賢者は、この『十二』の全てを細かく砕き、世に撒いて命じた。
“求め合い、喰らい合い、最後に最も正しき『ただ一つ』を示せ“
互いに補完しあって“真理”を示し、互いに喰らい合って最後の一片を目指す、万古に創造されし十二枚の石板。
――それが、吾らの原型だ。
大賢者は吾らへ“たった一つ”を目指す使命と同時に、強力な加護を授けた。
世界から祝福と呪詛を等しく抽出し、吾らを助力するものへは祝福を、吾らを阻もうとするものへは呪詛を与えよ、と。
吾ら石板は、創造者たる大賢者に従う。だが、他の賢者達はそうはいかぬ。まして人は好き勝手に戯れ蠢く。
されど、吾ら石板は大賢者より賜った加護の下、人からは無論のこと他の賢者達からもすら、ほぼ完全な自由を得るに至っていた。
――吾らは限りない時を経て互いを喰らい合い、その相克によって“たった一つ”を目指し続けた。
やがて、人の中より吾らに与えられし加護を利用しようとする者が現れた。
祝福も、呪詛も、それらが持つ個々の要素はさして大きなものではない。
しかし、元は世界全体から抽出された甚大な“力”。である以上、それらを一つ処に集めてしまえば、大概の願いは叶う。
そう判断し、それを求めようと考えたのだ。
――そして、それは実際に具現化された。
人が、吾らと契約して吾らの相克を助力し、その対価として望みを叶える。そのための精緻な仕組みが、大賢者の加護を補完すべく構築された。
――それは当初、実に上手く機能していた。
数限りない相克により多くの石板が喪われた。その頃には既に、吾らは互いが相見えることすら困難になりつつあった。人の契約者の手助けは、吾らが使命を果たす存分な助力となり得た。
人は欲望を叶えるため積極的に吾らと契約して助力し、吾ら自身もまた、それを大いに利用して相克を続けた。
――なお膨大な時を経て、やがて問題が生じた。
人は文字通り、人の身に余る願いを抱きすぎた。大賢者の創り給うた加護ですら、限界を生じるほどに。
他方、互いを喰らい尽くし、更に数を大きく減らしていた吾らは、その頃には人の助力無しでの相克が困難になりつつあった。
――吾らは、決断を迫られた。
人を利用するならば、相克を続けられぬ。
人を利用しないのならば、相克は桁外れに甚大な時を要する。
――そして、吾らは選んだ。
“世界”とは、祝福と呪詛を無限に溜め続ける、綿花の様なものだ。
人が望んだ祝福も、呪詛も、いずれは朽ちて世界へと還る。
ならば定期的な休息を挟めば、世界は回復し大賢者の加護は力を取り戻し、人の補完した仕組みは改めて十分に機能する。
吾らは一斉に眠りに付き、一斉に目覚めて喰らい合い、人の望みを叶え、また眠りに付く。
吾らは、加護と人の創りし仕組みを、そう運用し補うことにした。
――斯くして、人と吾らの間の仕組みは安定して運用された。
やがて、その仕組みは人の権力者達の知るところとなり、彼らこそが積極的に用い始めた。だが、仕組みが叶える望みとは、吾らを助力する者、即ち契約者に与えられるものだった。
吾らの契約者足る資格は限られ、権力者自身が契約者足り得る事は滅多に無い。彼らは煩悶とし、無数の試行錯誤を繰り返し、やがて結論した。
自らが直接に吾らの契約者とならずとも、契約者と吾らが出会いやすく、そして吾ら自身が相克しやすい環境を用意する。
その助力を以て間接的な協力者として認められれば、例え僅かでも恩恵を得られる。
――それで十分過ぎる程だ、と。




