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でもんず  作者:
12/37

第三章 -3

 がたん、と強く揺れる。


「あ、起きた?お兄ぃ」


 気づくと、小鳥の肩にもたれて眠っていた、らしい。空いている電車の座席。というか、客は数えるほどしか乗っていない。

 あー……。

 そうか、ゲーセンが一段落して、今度は隣駅まで服の買い出しに付き合わされたんだっけ。てか、戻りの電車で一駅、ほんの数分の間にうたた寝をしてたのか。ほんっとに疲れてんなぁ、俺。

 肩を軽く揉みながらふと外を眺めると、車窓は既に夜景を映していた。


 ――えらい明るく、景色が白い。

 月が、丸い。

 怪訝そうに小鳥がこっちを見ている。


「……なんか、また変な夢みてた」


 内容は、ほとんど覚えてないんだが。

 ふああ、とあくびをかみ殺して伸びをする。


「ふーん。あ、鉄橋。もう、着くよ」


 小鳥の言葉通り、見覚えのある風景が流れ始め、やがてアナウンスが流れ電車が止まる。荷物を抱えてプラットホームへと降りる。

 ハンカチで軽く汗を拭く間に、他の乗客は改札への階段へ向かっている。

 ……ホームのベンチに妙なヤツを見つけてしまう。

 小鳥が近寄って声をかける。


「――花畑さん。こんばんは」


 手元の本へ向けていた顔を上げ、花畑が応える。


「……こんばんは。小鳥くん」

「何やってんだ?おまい」

「おぅ、ヒコ。見ての通り、プラットホームの長いすに腰掛けて本を読んでいる。ああ、これは文庫の澁澤だ」


 本の内容は訊いてないんだけどな。

 にしても、どっちみちHENTAIか。妙に高尚だが。

 つーか。


「なんでわざわざこんな場所(トコ)で、とゆー話なんだが」


 この会話の噛み合わなさは、なんか嫌な既視感を覚えるなー。


「ああ、さっきまで車内でコレを読んでいて、な。降りてから一区切りつくまで、と思っていたんだが……長引いてしまったみたいだな」

「そうか」

「おぅ」


 そして目線を落とし、ぱらり、とページをめくる花畑。

 ――ンな訳がないだろう。


「……おう、良い月だな」


 薄雲が晴れたのか、さぁっと降り注いだ月光に花畑が夜空を見上げる。ホームの屋根越しに、丸い月が煌々と辺りを照らす。


「満月か……」


 俺も釣られて見上げる。


「いや、満月は明後日(・・・)だ。そうだね、小鳥くん」

「――ええ、そうですね」


 何やら目で通じ合っている二人。

 ……Youたち、もう付き合っちゃいなYo!。もちろん、俺が全力で阻止する訳だが。


「そうだ、一つ花畑(おまい)に聞いときたかったんだが……」

「どうした?」


 月の光が、ホームの電灯よりも白く辺りを照らす。

 何かを察したのか、先行くよー、と、小鳥がその場を離れる。


「――昨日のケータイの件、なんだけどな」


 カラオケ店の中は、簡易とはいえ電磁暗室になっていた。だからこそ、山のようにスタックしていた更新要求が止み、花畑は俺のケータイからガーディアンズの初期起動を成功させた。そのハズだ。

 そのタイミングで届いていたメール。


 “吾は、吾なり”


 電磁暗室の中へ、メールが届くはずがない。

 官製で強力な権限を持ち、OSにまで食い込んでるゲームを……いくらコイツでも、外部からのクラウド支援も無しに直接弄れる道理は無いだろう。

 ましてケータイを手渡したのは俺自身だ。あの状況は偶然産物以外の何物でも無い。

 だが、あの場でそんな細工ができたヤツも、他にはいない。


「なぁ、花畑。あのゲロ吐き獣……」


 わざと一拍、溜める。花畑の表情は変わらない。


「……何でポリゴン、あんなに粗いんだ?」

「――おぅ、アレな。なんであんな(・・・)なんだろうな。俺も不思議に思ったんだが……まだ何かヘンなのかも知れん」


 思わせぶりに投げたどうでもいい問いに、シレっと答えを返す花畑。心底不思議そうに首をひねっている。


「そうか。ケータイ側のリソース足りなかったのかも、な」

「いや、それは無い。あの機種は型こそ旧式だが、今でも基本スペックは最高に近い」

「……そうか。ま、いーんだけど」


 丈夫なだけじゃなかったのか、アレ。つーか、揺さぶりにも全く動じていない。

 逆に、こっちの目を射貫くように見つめている。冷静な瞳の色。感情がまるで籠もっていない、だが、空虚ではない。

 そこに込められているのは――明確な意思だ。苛烈なまでの。


 そうか、と思う。


 長い付き合いだ。ふざけてやっているのではないのは、分かる。

 同じように、自分の仕掛けを『俺が気づいている』事にも、十二分に気づいているのが、分かる。

 むしろ、隙を見せているようにすら感じる。

 今日も、ココでわざわざ待ち構えていたのは間違いない。

 変態で不条理だが、ヘンに礼儀や人付き合いには真面目なこいつが、ここまでやるのだ。意味があるのだろう。

 それを読み解け、と言外に伝えている。

 ――お兄ぃ、置いてくよー、と、改札へ向かっていた小鳥の声。いま行くと声をかけもう一度、花畑に向き直る。


「んじゃ、行くわ」


 軽く手を振る。


「おぅ。また、な」


 文庫本を持った手を振って返してくる。そして、背を向けようとした瞬間……。


「そうだ、ヒコ。覚えてるか?」


 ……?。


「――キミが春休み前に助けた、隣のクラスの女生徒」


 あー……。何かと思ったら、あれは助けたっつーか……。


「階段で倒れてたから保健室に運んだって、それだけだけど?」


 なんだ?。強烈な違和感が纏わり付く。


「彼女な、退学したそうだ。生徒会で小耳に挟んだ。キミにも縁がある話だったから、一応、伝えとこうと思ってな」


 そう、このHENTAI完璧魔人は教師からも生徒からも人望が厚いんだよな。今は生徒会副会長、次期会長も当確とかって噂も漏れ聞く。その辺のツテで聞いた話なのだろう。


「……そうか。分かった」


 よく分からんが。まぁともかく。


「おう、じゃあな」


 挨拶を終えると、花畑は改めて長いすに腰を下ろし、澁澤を開く。

 苛立ちの混ざり始めた小鳥の呼ぶ声へ適当に返しつつ、改札へと足を向ける。

 はぁ、と、一つ嘆息。


 ――まったく、心底、面倒なこった。

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