第三章 -3
がたん、と強く揺れる。
「あ、起きた?お兄ぃ」
気づくと、小鳥の肩にもたれて眠っていた、らしい。空いている電車の座席。というか、客は数えるほどしか乗っていない。
あー……。
そうか、ゲーセンが一段落して、今度は隣駅まで服の買い出しに付き合わされたんだっけ。てか、戻りの電車で一駅、ほんの数分の間にうたた寝をしてたのか。ほんっとに疲れてんなぁ、俺。
肩を軽く揉みながらふと外を眺めると、車窓は既に夜景を映していた。
――えらい明るく、景色が白い。
月が、丸い。
怪訝そうに小鳥がこっちを見ている。
「……なんか、また変な夢みてた」
内容は、ほとんど覚えてないんだが。
ふああ、とあくびをかみ殺して伸びをする。
「ふーん。あ、鉄橋。もう、着くよ」
小鳥の言葉通り、見覚えのある風景が流れ始め、やがてアナウンスが流れ電車が止まる。荷物を抱えてプラットホームへと降りる。
ハンカチで軽く汗を拭く間に、他の乗客は改札への階段へ向かっている。
……ホームのベンチに妙なヤツを見つけてしまう。
小鳥が近寄って声をかける。
「――花畑さん。こんばんは」
手元の本へ向けていた顔を上げ、花畑が応える。
「……こんばんは。小鳥くん」
「何やってんだ?おまい」
「おぅ、ヒコ。見ての通り、プラットホームの長いすに腰掛けて本を読んでいる。ああ、これは文庫の澁澤だ」
本の内容は訊いてないんだけどな。
にしても、どっちみちHENTAIか。妙に高尚だが。
つーか。
「なんでわざわざこんな場所で、とゆー話なんだが」
この会話の噛み合わなさは、なんか嫌な既視感を覚えるなー。
「ああ、さっきまで車内でコレを読んでいて、な。降りてから一区切りつくまで、と思っていたんだが……長引いてしまったみたいだな」
「そうか」
「おぅ」
そして目線を落とし、ぱらり、とページをめくる花畑。
――ンな訳がないだろう。
「……おう、良い月だな」
薄雲が晴れたのか、さぁっと降り注いだ月光に花畑が夜空を見上げる。ホームの屋根越しに、丸い月が煌々と辺りを照らす。
「満月か……」
俺も釣られて見上げる。
「いや、満月は明後日だ。そうだね、小鳥くん」
「――ええ、そうですね」
何やら目で通じ合っている二人。
……Youたち、もう付き合っちゃいなYo!。もちろん、俺が全力で阻止する訳だが。
「そうだ、一つ花畑に聞いときたかったんだが……」
「どうした?」
月の光が、ホームの電灯よりも白く辺りを照らす。
何かを察したのか、先行くよー、と、小鳥がその場を離れる。
「――昨日のケータイの件、なんだけどな」
カラオケ店の中は、簡易とはいえ電磁暗室になっていた。だからこそ、山のようにスタックしていた更新要求が止み、花畑は俺のケータイからガーディアンズの初期起動を成功させた。そのハズだ。
そのタイミングで届いていたメール。
“吾は、吾なり”
電磁暗室の中へ、メールが届くはずがない。
官製で強力な権限を持ち、OSにまで食い込んでるゲームを……いくらコイツでも、外部からのクラウド支援も無しに直接弄れる道理は無いだろう。
ましてケータイを手渡したのは俺自身だ。あの状況は偶然産物以外の何物でも無い。
だが、あの場でそんな細工ができたヤツも、他にはいない。
「なぁ、花畑。あのゲロ吐き獣……」
わざと一拍、溜める。花畑の表情は変わらない。
「……何でポリゴン、あんなに粗いんだ?」
「――おぅ、アレな。なんであんななんだろうな。俺も不思議に思ったんだが……まだ何かヘンなのかも知れん」
思わせぶりに投げたどうでもいい問いに、シレっと答えを返す花畑。心底不思議そうに首をひねっている。
「そうか。ケータイ側のリソース足りなかったのかも、な」
「いや、それは無い。あの機種は型こそ旧式だが、今でも基本スペックは最高に近い」
「……そうか。ま、いーんだけど」
丈夫なだけじゃなかったのか、アレ。つーか、揺さぶりにも全く動じていない。
逆に、こっちの目を射貫くように見つめている。冷静な瞳の色。感情がまるで籠もっていない、だが、空虚ではない。
そこに込められているのは――明確な意思だ。苛烈なまでの。
そうか、と思う。
長い付き合いだ。ふざけてやっているのではないのは、分かる。
同じように、自分の仕掛けを『俺が気づいている』事にも、十二分に気づいているのが、分かる。
むしろ、隙を見せているようにすら感じる。
今日も、ココでわざわざ待ち構えていたのは間違いない。
変態で不条理だが、ヘンに礼儀や人付き合いには真面目なこいつが、ここまでやるのだ。意味があるのだろう。
それを読み解け、と言外に伝えている。
――お兄ぃ、置いてくよー、と、改札へ向かっていた小鳥の声。いま行くと声をかけもう一度、花畑に向き直る。
「んじゃ、行くわ」
軽く手を振る。
「おぅ。また、な」
文庫本を持った手を振って返してくる。そして、背を向けようとした瞬間……。
「そうだ、ヒコ。覚えてるか?」
……?。
「――キミが春休み前に助けた、隣のクラスの女生徒」
あー……。何かと思ったら、あれは助けたっつーか……。
「階段で倒れてたから保健室に運んだって、それだけだけど?」
なんだ?。強烈な違和感が纏わり付く。
「彼女な、退学したそうだ。生徒会で小耳に挟んだ。キミにも縁がある話だったから、一応、伝えとこうと思ってな」
そう、このHENTAI完璧魔人は教師からも生徒からも人望が厚いんだよな。今は生徒会副会長、次期会長も当確とかって噂も漏れ聞く。その辺のツテで聞いた話なのだろう。
「……そうか。分かった」
よく分からんが。まぁともかく。
「おう、じゃあな」
挨拶を終えると、花畑は改めて長いすに腰を下ろし、澁澤を開く。
苛立ちの混ざり始めた小鳥の呼ぶ声へ適当に返しつつ、改札へと足を向ける。
はぁ、と、一つ嘆息。
――まったく、心底、面倒なこった。




