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でもんず  作者:
10/37

第三章 -2

 ――為そうとしていた。命に代えても果たさねばならぬ、使命だった。


 ――盤石の計画を練り、一つずつ積み重ね続け、全てが順調だった。


 ――悠久の時を経て。いま少しで手が届く、そう思った。己が為した過程と結果、それら全てに満足していた。


 ――その傲慢が招いた不始末だったならば。まだ、諦めもついたろう。だが、その原因も、過程も、結果すらも、ありとあらゆる事象が、(おの)が身の丈の埒外にあった。


 ――己も、誰も、責めることすらできぬ。もはや何もかも(うしな)われ、ただ惰性だけが残された。


 ――故に、眠りについた。眠り続けた。わずかでも永く、少しでも遠く。何もかもが潰え、終わってしまうその時を、ほんの一瞬たりと遅らせるために。


 *


 寝覚めは最悪だった。全身を徒労感が(さいな)む。休日で良かったと思いつつ目覚ましを止め、改めてベッドに転がる。


「起っきろーっ」


 二度寝で意識が落ちる間すらなく、蹴破る様な勢いでノックもせずドアを叩き開ける小鳥の声。断固としてシーツに潜り込む俺。


「――ふぅん?」


 ナニやら不敵な含み笑い。寝る。


「起きないんだったら、フライパン、持ってくるよ?お兄ぃ」


 春眠不覚暁。

 暴力に屈するは言論と睡眠の自由に非ず。まぁ、小鳥相手に言論を問う気は無いけれど。ただただ、眠いだけで。

 あっそ、という呟きの後、とととっと、部屋から出て行く足音がする。そして出際にぼそっと一言。


「……お兄ぃ、フライパンだけど。縦で振り下ろすのと、真っ赤に空焚きしたの押し当てるの、どっちが好き?」


 真っ赤に空焚きされたフライパンを、縦にして頭上に構える暴漢の姿が、ありありと脳裏へ浮かぶ。

 ――間違いなく、俺の命は風前の灯火と化していた。そしてもちろん、俺は冷えたフライパンの底をこそ、心から愛している。


「すぐ着替えて降りるから、下で待ってろ」


 ダメだっ、孟浩然じゃダメだ。……権力無きペンは、剣より遙かに、か弱い。


「ん。冷めるから急いでねー」


 とてとて階段を降りていくその様子が微妙に残念そうだったのは、気のせいだと思う事にしよう。うん。


 *


 今朝の食卓は珍しく純和風だった。

 メインは干物の焼き魚に、何かの煮魚。出汁巻き卵、戻した干し大根の煮物、漬物と味噌汁。

 うむ、日本人で良かった(しみじみ)。

 さすがに漬物は出来合みたいだが、総じてンまいので無問題。小鳥は例によってえらい勢いでご飯を掻き込んでいる。なにやら浮かれた様子。なんだ?。


「お兄ぃ、今日ドコ行く?」


 ――?。


「寝てるよ。だるいし、なんか夢見悪くて調子出ないし」


 途端、上目遣いにものっそい怖い視線を向けてくる小鳥。


「お兄ぃ。奢ってくれるってゆったじゃん」


 ……覚えがない。


「……お兄ぃ?」


 ……。……あ。

 昨日の教室で、自分の小遣いで買ってたから代わりにどうとか言ってた、俺が使っちゃった小鳥のシャンプーだかリンスだかの件か?。

 けど、あれは小鳥が勝手に奢りだなんだと言い出しただけで、俺は何も……。


「……」


 ぢーーーーぃっと、こっちを睨み続ける小鳥。

 無言の圧力が続く。その口元ではえらい勢いで茶碗からごはんが消えている。

 変わらぬペースの咀嚼音と、時折、味噌汁をすする音。

 スマホが投影するニュースの解説だけが、辺りへ淡々と響いている。


「……」


 ……えーっと。


「……」


 小鳥はごちそうさまも言わず席を立ち、かちゃかちゃと食器を片付け始める。普段の乱暴な振る舞いが無いだけに、余計に怖い。……というか、冷たく固い意思を感じる。ひしひしと、痛いほどに。

 これはアレだ。理不尽だと思っても反論したら負けるパターンだ。くっそぅ。


「……どこ行きたい」


 つーか、そもそも小鳥の中じゃ、なんで今日の今日に『どっか行く』って話になってんだ?。


「あそこ!ほら、駅前にハンバーガーの新しい店できたでしょ。ほら、お兄ぃ、すぐ用意する!」


 がばっと向き直ってテーブルに乗りだし、弾けるようにせかす小鳥。

 つか、駅前の新しいハンバーガーの店って……。あれファーストフードじゃなくて専門店だろ、オイ。奢りっていくら掛かると思っ――。


 文句を付けようと顔を上げると、もうニコニコと溶ろけるチーズみたいな笑顔で、こちらを眺める小鳥。

 俺は毅然として言い放った。


「――ちょっと、食い終わるまで待て」

「ん。お兄ぃ、お代わり要る?。お煮付けもまだあるよ」


 一段と相好を崩し、もう嬉しそうな、小鳥。


 *


 昼にはまだ全然早いだろ、つーかよく考えたら朝メシ喰ったばっかじゃねーかと思いつつ、引き摺られて駅前。更に引っ張られて、複合映画館(シネコン)へ向かう。

 つーか、何ゆえに映画?。


「んー、だってせっかくお兄ぃと出てきたのに、ご飯だけじゃバッカみたいじゃない」


 で、当然の如く勘定はコッチ持ちにする気だろう。

 コイツはね、もうね……。昔っからこーゆー、ズルいっつーか、セコいっつーか……。


「あのな、小鳥」

「ん?」


 もう、当然という顔で映画の吟味を始めている小鳥を改めて眺めると、結構気合いの入ったお気に入りを身につけている。よく見ると髪型にも随分手を入れている。

 こいつなりに楽しみにしてた、のか。

 ……たく。


「――なら、映画の分は出すけどな、メシは割り勘な」


 ちょっと拗ねた顔。


「お兄ぃ……デートでそーゆーセコいこと、言う?。もう、ほんっと。しようが無いなぁ」


 なんで俺が悪い事になってんの?とか、いや、そもそもデートじゃねーだろ、とか、ツッコミたくて仕方なかったのだが。

 それを始めると終わらなくなるので必死でスルー。

 そんなんだから葵ちゃんにフラれるんだよ?とか言われた時には、流石に泣きたくなった。


 ――くっそう。


 結局、映画は小鳥の趣味で、いま流行っているというアクションものを選択。

 古い映画を最新SFXと3DCGを駆使してリメイク、人気実力兼ね備えた俳優陣による生まれ変わった傑作!……という触れ込みだった。隣席の小鳥は大喜びで見入っている。

 俺の方は元作の方を以前に観ていて、何というか、話の筋書きは名作なのにテンポが一々悪く、どうにも飽きが来る。かといって寝るとまた小鳥が怒るのは確実だし、ぼーっと派手なSFXを眺める事に注力する始末だった。


 これが葵だったらなら。『出よか、比古(ひこ)』とか、すぐ察してくれただろうな、とか、思わず考えてしまう。


 ……胸の奥がチクリと痛む。


 仕方なく3Dグラスを外し、話の筋立てに一喜一憂する小鳥を横目で眺める。

 まぁ、それはそれで面白くはあった。


 *


「……ンで」


 ようやく苦行の如き時間が終わり、ハンバーガーをパクつく。

 映画の尺が最近の作品にしてはみょーに長く、ランチの時間から少し外れた入店時間となったにもかかわらず、店内は満席近くに混み合っていた。どうやら流行っているらしい。商売繁盛で結構なことだ。

 本格的なレストラン形式だけに値段は少々……どころではなく、高校生風情のランチにしては結構シャレにならない値段になった。

 まぁ確かに美味い事は美味い。ボリュームもかなりあるし満足はできそうだ。


「ん?。なに、お兄ぃ」


 同じくハンバーガーに齧りついてる小鳥。既に二皿目である。

 一皿目が届いた途端、あ、これ美味しーとか言いつつ速攻で追加オーダーを入れるあたり、完全に割り勘という仕組みの穴を付いてきている。

 我が妹ながら相変わらず侮れん……。


「おまい、なんで今日はそんな、やたらとはしゃいでんだ?」


 小鳥のテンションは普段からかなり高い、が、いくら何でも今日は不審に過ぎる。


「んー。まぁ、ね。今のうちに、やりたいことやっとかないとなぁ、って」


 あ、お兄ぃコレ半分食べない?とか言いつつ、三皿目を注文する小鳥。

 もちろん喰う。ちょっと腹具合びみょーだけどな。

 ……確かにウチの高等部の部活、まして体育会系は、葵の様子見てる限りかーなーりー大変そうではある。

 ただ、まだまだ一年の始めだし、受験云々もずっと先の話だろうに。

 大学だってエスカレータで進むなら赤点さえ取らず、余程の素行不良が無ければどうとでもなる。

 今一つ釈然としないが、まーこいつなりに、何にしろ考えがあるのだろう。


「……ま、いいけどな。何か有ったら俺でも葵にでも適当に相談しろよ?」


 葵は今でこそ区画一つ分ほど駅近へ越したが、元々は隣家に住んでいて、小鳥にとっても幼馴染みで姉貴分であり、中等部時代からは部活の先輩でもある。


「……ん。ありがと、お兄ぃ」


 じゃ、さっそく、と。

 その後、シネコン付属の大型ゲーセンというか、小型遊園地というか、まぁ簡易テーマパークに引っ張り込まれて午後一杯潰れることになった。


 *


 ――なんかもう、死にそうにだるい。


 そーでなくても寝覚め悪いのにえっらい疲れる目にあっていた。

 ゲーセン内をアチコチ引っ張り回され、対戦ゲーの相手をさせられ、時々湧いてくる小鳥目当てのナンパを追い払い、プライズ(景品)の荷物持ちを仰せつかり、さしもの小鳥ですら多少は悪いと感じたのか、ごめんねーお兄ぃ、とか言いながら労ってくる珍イベントまで発生する始末だった。

 今も休憩所で突っ伏してる間に、小鳥は飲み物をを買い出しに行っている。ま、これはこれで、こっちも助かるのは、ある。

 少なくとも、こうやって忙しくしてれば。あの疼痛のように身を苛む徒労感とは、無縁で居られる。


 トン、と、ショートサイズのコーヒーカップがテーブルに現れる。


「どう?お兄ぃ。楽になった?」


 ……小鳥に気を遣われるほどヘタばってたのか、俺。ちょっと衝撃を受ける。


「――なに、どしたの?。ヘンな……まぁ、元からちょっとヘンだけど、一段とヘンな顔して」


 顔の造作については突っ込むな。おまいと違って親父似なんだよ、俺は。コーヒーを啜りつつ(いら)えを返す。


「あー、まぁだいぶ楽にはなったよ。サンキュ」


 お(ため)ごかしではなく、水分を摂ったら意外と楽になった。


「ん。お兄ぃ、朝から調子悪そうだったもんねー」


 体調が悪そうだと分かってて、それでもあえて気を遣わず連れ回す辺りが小鳥(こいつ)の真骨頂である。

 その小鳥はテーブル向かいに自分の分のカップを置いて、荷物を脇へ並べながら椅子へと腰掛ける。


「で、どしたの?。くびでも寝違えた?」

「いや、なんつーか。夢で見た、無意味な努力っつーか、徒労感っつーか、ちょー無駄な感じが、なー……」

「???」


 眉を寄せる小鳥。見事に通じてない。んー、と。


「賽の河原って分かるか?」

「ん?三途の川の、河原でしょ?」


 よく知ってたな、と思いつつ続ける。


「ああ。そこでまぁ、小さな子供が死ぬと、親より先に死んだ親不孝の償いだとか、自分より先に親が死んでたらその供養だとかの意味合いで、河原の石を積むんだよな。……なんで石を積むと償いだの供養だのになるのかまでは、知らん」

「――うん。で?」

「ああ、ンで……」


 コーヒーをもう一口。


「石を積み上げ切ったら完成なんだけど、その直前に鬼が出てきて突き崩す、そっからまた最初っから積み直す、ってのが定番な訳だ。何時まで経っても終わらない。それに近い骨折り損のくたびれ儲け、みたいな感じが、なー。なんかずっと、夢の中から続いてんだよな」

「ふーん?」

「崩しても崩しても、延々積もうとしてくんだぜ?周り中で一斉に。やってらんねーよなー、みたいな」


 小鳥がみょーな顔をして、びみょーに引いてる。


「……お兄ぃ、崩す方なんだ……」

「……いや、夢の内容はイマイチ覚えてないんだけど。何となく」


 言われて気づく。

 そうだな、普通は石を積む方に自分を投影するもんかも知れん。

 夢の内容は(おぼろ)げで、細かいとこはサッパリ覚えていない。ただ、そうか。小鳥のおかげで何となく、分かった気はする。


 石を積むこと自体に“意味”がある子供の側ではなく、仕事だから石を崩してる、ルーチンワークとして無駄に膨大な時間を過ごす、そんな印象がずっとあったのか。なるほど。

 まぁ、それが分かったから何が変わる訳でもないんだが。とはいえ、気の持ち様とはよく言ったもんで、理解出来たらまた少し楽にはなった。


「ん、したら休憩終わり。もうちょっとお願いねー、お兄ぃ」


 まだコキ使う気まんまんな悪鬼が、目の前で満面の笑みを浮かべていた。

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