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8話 わんこと猫カフェ

「では、2時間のご利用ですね。荷物やコートはそこのロッカーをご利用ください」

「はい、ありがとうございます」


 私は受付のお姉さんから、施設の利用者であることを証明する名札を受け取り、首に下げる。ネコさんとオオカミさんも同様にする。

 コートと鞄をロッカーに押し込めると、きっちりと閉められたドアを細く開けて足元を確かめる。

 

 うん、大丈夫。何もいない。

 私は隙間を通るように室内に入る。すると、むっとした獣臭い匂いが鼻についた。小学校のウサギ小屋もこんな臭がしたなぁ、と懐かしんでいると、


「……くさい」


 率直な感想をネコさんは口にし、


「そう言うな。生き物なのだから仕方ないだろう」


 後ろ手にドアを閉めたオオカミさんは、そわそわした様子で言う。彼女は、ぐるりと室内を見渡して深く息を吐く。


「ああ……ネコがいっぱいいる……可愛い……」


 いつもはキリッとしている彼女も、今は目的のものを前に頬を緩めきっていた。


「私は一人だけ」


 ネコさんは呆れたように言うと、足元に擦り寄ってきた白猫の喉を撫でてやった。


 私達が来ているのは、いわゆる猫カフェだ。時間ごとに料金を払い、その間は猫と遊んだり眺めたり出来るというシステムとなっている。

 ここを希望したのはオオカミさんで、一度来てみたかったのだとか。私も興味があったし、ネコさんはどちらでも良さそうだったので、ゲーセンの次に訪れたのだ。


「いろんな猫がいるんだね」


 カーペットが敷かれた部屋には、6匹ほどの猫がいた。

 ベッドで眠っているものもいれば、キャットタワーを登るものもいるし、従業員用のドアをじっと見つめているものもいる。

 見た目も、白猫がいれば黒猫もいるし、ショートヘアの猫もいればモップみたいにふかふかな猫もいる。

 共通しているのは、どの猫も気ままに生きているということだろうか。


 オオカミさんは、寝転んだ三毛猫の前で猫じゃらしを振っていたが、肝心の猫は見向きもせず突っ伏していた。客だからとサービスするつもりは一切ないようだ。


「むう、猫とは動くものに反応すると聞いたが……違うのか?」

「私に聞かないで」


 ネコさんは、正座した膝の上に乗った白猫を撫でながら答える。

 気持ちよさそうに目を閉じる猫に、オオカミさんは羨ましそうだった。


「ううむ、やはり同族に懐くのか……」

「そういうものかなぁ」


 伸ばした手からすり抜けていく猫に歯噛みするオオカミさんに、私は苦笑して言う。

 まあ、ネコさんが猫っぽいの違いない。自分が興味を持たないことにはどうでも良さそうで、かと思えば不意に寄ってくる。そんな猫の性質と良く似ている。

 なので、猫は追いかけるよりも待つほうがいいのだ。嫌われてないなら、そのうち――。


「むっ、自分から……」


 ほら、寄ってきた。

 頭を撫でてやると、黒猫はさらにせがむように手に頭を押し付けてくる。滑らかな毛の感触と生き物の体温が心地良くて、つい頬が緩んでしまう。

 黒猫は、にゃあと鳴いてその場に横たわる。お腹の辺りを撫でてやると、溶けたチーズのように床に沿って体が伸びていった。


「にゃあ……ふふふ、愛いやつめ……」


 喉元を指先で撫でると満足げに目を細め、ぺしぺしと力の入ってないパンチを撫でる手に向けてやってくる。

 可愛いなぁ……どうして猫はこんなに可愛いのだろう。


「この仕事は時給いくらなのにゃあ?」


 にゃあ。


「そうかー結構貰ってるんだにゃあ。私でも出来るかにゃあ」


 んなぁ。


「そんなに甘くないのかー。お仕事お疲れ様ですにゃあ」


 にゃああん。


「……えへへー。やっぱり猫は可愛いよね」


 私は顔を上げて訊ねると、ぼうっとしたオオカミさんとネコさんは慌てたように、


「ん、んん! そ、そうだな! 可愛いな!」

「そう、可愛い……それだけだから」


 何故か顔を背けて言う。どうしたんだろう?


 私が首をひねっていると、膝の上に重さを感じた。見てみると、黒猫が私の体を支えにして後ろ足で立ち上がっている。

 抱きかかえるように胴体に腕を回すと、そのままにじり登って肩から垂れるように姿勢となる。


「私は遊具じゃないにゃあ……なんてね、ふふっ」

 

 少し体を揺すると、それに合わせて尻尾がゆらゆらと左右に動く。猫的には、ハンモックで眠っているような感覚なんだろうか。


「……なあ、あれは天然なのか。それとも狙っているのか?」

「天然に決まってる。わんこに狙ってやる知恵があるわけない」

「その言い方もアレだが……そうか、天然か……恐ろしいな」

「何か言ったー?」


 背中の方でオオカミさんとネコさんが何やら喋っているようだが、肩に猫を乗せたままでは振り返りづらく、前を向いたまま訊ねる。

 

「いや、なんでもない」

「そう、なんでもない」


 どこか早口で答える彼女たち。そうは聞こえなかったけど、それを追求する前に肩の猫が鳴いた。自分に構えと言っているのだろうか。


「はいはいお猫様の言うとおりに」


 落ちると危ないので、私はうつ伏せに横たわる。ちょっと行儀が悪いけど、他にお客さんはいないし勘弁してもらおう。

 背中は振り向いても見えないが、猫の足が背中を踏んでいることはわかる。肩から数歩移動した所で背中を押す力は止まり、次いでじんわりとした熱と重みが伝わってきた。


「もしかして寝ちゃった?」

「寝た。写真撮ってあげる」


 ネコさんがそう言ってすぐにカシャっというシャッター音が聞こえる。膝に猫が座って動けないネコさんに代わり、オオカミさんからケータイを受け取ると、


「わっ、満喫しきってる。キミ、私の髪を毛布か何かと勘違いしてないかね」


 画面には、私の黒い髪に埋もれるように横になった黒猫の姿が映っていた。体を丸めたその姿は、完全にここを寝床と定めたようだ。


「ワンコの髪はふかふかだからな。それは猫も気に入ることだろう」

「そう? それは嬉しいけど、これじゃ動けないなぁ」


 猫にじゃれつかれるのは嬉しいけど、触ったりもふもふ出来ないのは少し寂しい。せっかくなのだから、もっと触れ合いたかったのだけど。

 そんなことを考えていると、再び小さな足が背中を押してくる。腰から背中へ、さらにその上まで歩みは止まらず、


「わっ、ちょっ。あ、頭の上に……」


 カイロを貼った毛糸の帽子をかぶったような温もりが、重量とともに出現する。首を持ち上げるのもしんどいので、組んだ腕を枕にして突っ伏す姿勢を取った。


「おお、すごいな。随分と懐かれているじゃないか」


 オオカミさんは感心してるけど、こっちはそんなに余裕はない。大人の猫となればそれなりに重いし、遠慮なしに体重をかけてくるので尚更だ。

 彼ら……彼女ら? まあ、どっちでもいいか。とにかく、このままは流石に重いのでどいてもらお――。


「んんっ!? また増えてない!? それも二匹くらい!」

「うん、増えた。毛が長いのとショートの奴。あっ、白いのもそっちに行った」


 せ、背中が満遍なく重い! そして熱い! 猫5匹分の体温がここまでとは……! 

 ね、寝返りをうって追い払う……いや、それは可哀想だ。どうすれば……。


 私は、猫が乗ったままの頭を何とか動かし打開策を模索する。ボールは……無意味だろう。寝入った猫はそんなものに興味を持たない。

 視線を彷徨わせていると、ふわふわした表情のオオカミさんと目があった。


「お、オオカミさん……猫をどけてくれない? ほら、さっき触りたがっていたでしょ?」

「ああ、そうだな。触りたがっていたな」

「な、なら助け……」

Нет(断る)。それが答えだ。猫を撫でているよりも、猫に集られるワンコを眺めていたほうが楽しいからな」


 くっ、なんていい笑顔……! これではあてにならない……!

 ならば、と私は可能な限り振り向き訴える。そこにいる彼女に向かって。


「ね、ネコさん! 仲間でしょ! 助けて!」

「……ふう」


 私の必死の訴えに、ネコさんはやれやれといった風に立ち上がり、こちらにやってくる。

 やはり持つべきものは友……親友……! ありがとう……! とてもありがとう……!


「ほら、()()()どいて」


 私の頭の隣にしゃがんだネコさんは、頭の上に乗っていた猫を持ち上げ窘めるように言う。にゃあ(わかった)、という猫に微笑むと、


「こっちにしなさい」

「え、ちょっ!」


 猫の溜まり場と化した私の背中にゆっくりと降ろす。4本の足に押される感触が、やがて重たいものが寝そべる感覚へと変わる。

 これでは何も変わっていない。というか、むしろ悪化しているのでは? 私の背中に隙間はもはや存在しないぞ。


「ね、ネコさん……お前もか……」

「私は猫の仲間だから。残念ね」


 ネコさんは涼しい顔で言うと、猫がどいた私の頭に手を伸ばす。


「な、撫でるなら私の頭じゃなくて猫を……」

「聞こえない、聞こえない」


 ネコさんは唄うように言って、私に構わず頭を撫で続ける。動けない時に良いようにされる恥ずかしさと、髪を梳く心地よい指使いに顔が熱くなる。

 く、くそう……覚えていろよ。必ずやこの報復を果たすぞ! 嫌って言っても撫でるのをやめないからな!


 そう決意を持ってネコさんを見上げるが、


「もう一匹くらい……乗る?」


 ふんふんと上機嫌に抱えた猫を見せつける彼女に、私はがっくりと項垂れるのであった。

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