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6話 わんことゲーセン

「ゲーセン行きたい」


 期末テスト最終日。全ての試験が終わった正午、机に突っ伏すネコさんはそんなことを言い出した。


「ずいぶんと唐突だね」

「試験期間だったせいで遊べなかったから、溜まってる」

「けどネコさんって勉強して無くてもいっつも成績いいじゃん。遊んでも大丈夫じゃないの?」


 私がそう言うと、彼女はジトッとした目を向ける。その理由に心当たりがない私は首を傾げた。


「私は平気でもわんこは駄目。私が遊んでると『一緒に遊ぼう』って言い出すに決まってる」

「そんなこと」

「ない?」

「……あります。はい、そのとおりです」


 私はネコさんと違って予習復習しないと成績を維持できないので、試験前には我慢も必要なのである。そして他人が遊んでいるの見ていると遊びたくなるわけで。


「だから、その分今日は遊ぶ。異論はないね」

「無いけど……あ、せっかくだしオオカミさんも呼ばない?」

「オオカミを?」

「そっ。人数多いほうが楽しいよ」

「……まあ、いいか。呼んでみたら?」

「りょーかい。来てくれるかな」


 私はオオカミさんに『今から遊びに行かない?』とチャットを飛ばす。それを眺めながら、ネコさんはぼそっと呟く。


「すぐに来る。わんこが呼んでるんだから」

「そうかな?」


 と言ったのも束の間、『行く。すぐ行く』と短いメッセージがスマホに表示された。次いで廊下からばたばたと忙しない音がこちらに向かってくる。


「失礼するっ」


 ドアを開き教室に入ってきた女の子に、教室に残っていたクラスメイトが小さく悲鳴を上げる。ああいや、悲鳴って言うよりは黄色い声かな。だって、こちらに微笑みながら近づいてくる彼女は、美人が形になったような姿だもの。

 腰まで伸びた長くて綺麗な銀髪に切れ長の灰色の目、そして私やネコさんより頭一つ高い身長。堂々とした立ち振舞いもあって、本当に同い年なのかなと時々疑問に思う。


「やっ、オオカミさん。今日もかっこいいね」

「そんなことはない――と言いたいが、君が言うなら素直に受け止めよう。ありがとう」


 オオカミさんは微笑んで、私を軽くハグする。ロシアだと挨拶にこれくらいは普通らしいけど、日本人の私にはちょっと恥ずかしい。

 体を離すとオオカミさんは、目を輝かせながら訊ねる。


「それで、何処に行くのだ? もっとも、ワンコと一緒なら私は何処でも構わないぞ」

「ゲーセン。3人で」


 ちょいちょいとオオカミさんの肩を突きながらネコさんは言う。

 おお、とオオカミさんは頷くと、


「ネコも行くのか。うん、それは楽しみだ」


 今度はネコさんをハグする。


一匹狼(ぼっち)め……」


 抱きしめられた彼女は、鬱陶しそうに顔を背けつつも引き剥がしはしなかった。





 大神(おおがみ)リーリヤことオオカミさんは、今年の4月にロシアから日本に移住し、私達の高校に通い始めたハーフの女の子だ。

 日本語もとても上手だし、勉強も学年トップクラスで運動も体育会系真っ青。容姿もすごい美人という神様が詰め込めるだけ詰め込んだような人物がオオカミさんだ。

 ただ、そんなオオカミさんにも欠点というか悩みはある。


「誘ってくれて嬉しいぞ。周りは皆でケーキを食べに行こうだの、服を見に行こうと言っているのに私は……」


 吊革に掴まる彼女は、悲しげに息を吐く。

 

「また一匹狼(ぼっち)だったの?」

「ち、違う! ただ、誰も声を掛けてくれなかっただけで……」


 ネコさんの辛辣な一言にオオカミさんは俯きしょげていく。吸気口(インテーク)のような癖っ毛も心なしか萎れているような気がした。


「ほら、オオカミさんはかっこいいから皆気後れしてるんだって。嫌いなわけじゃないよ?」

「そうか……なら、まあいいか……」


 私のフォローに彼女は力なく微笑んだ。

 オオカミさんの悩みというのが、友達が少ないということだ。

 『あんな綺麗でかっこいい人に私なんかが』という空気が出来上がっているせいで、声を掛けてくれる人も少ないのだとか。極たまにクラスメイトたちと出かけることもあるのだが、もてなされるゲストといった扱いで友達として見てもらえないらしい。

 高嶺の花過ぎて、自分には届かないと思い込まれているのだろうか。案外手を伸ばせば届くものなのに。


「その顔で『私の友になってくれないか』って言えばすぐにでも出来るのに」

「試したが駄目だった。悲鳴をあげて逃げられてしまったんだ」

「……タラシ」


 ぼそっと言ったネコさんの言葉に、オオカミさんは若干しょげつつも嬉しそうな顔をするという難しいことをしていた。


「ああ、そんな風に率直に言ってくれるのは家族以外ではネコだけだ……」


 そんなことを言う彼女にネコさんは顔をしかめる。私も苦笑せざるを得ない。


「オオカミって、結構天然」

「……そうか?」

「うん、そう」


 友達が出来ないのは、少しズレているのもあるかもしれない。本人としては普通にしているつもりなのかしれないけど。

 そうだろうか、と真剣に考える彼女がおかしくて、つい笑ってしまう。


「私より天然かもね」

「それはない」

「ああ、それはないな」


 ……あれ?




 

 地下鉄を降りた私たちは、徒歩で街の中心にあるゲームセンターへと向かった。映画館、カラオケ、ボーリング。それが詰め込まれたビルの1~2階がゲームセンターとなっている。

 ガラス張りのドアを押して、騒がしいゲーム音が鳴り響く空間へと足を踏み入れる。


「ここがゲームセンターか……」


 興味深そうにきょろきょろと辺りを見渡すオオカミさん。すれ違う人がその度に振り返っていた。


「オオカミさんはゲームセンターは初めて?」

「ああ、一人だとどうにも気後れしてな。ああいった者たちが来る場所だと」


 オオカミさんが顎で示した先には、同じく試験休みだろう女子高生たちがプリクラ台ではしゃいでいた。

 確かに一般的な女子高生がゲームセンターに来たのなら、ああいうことをするのが普通なのだろう。

 けれど、私はプリクラにはそんなに興味がないし、ネコさんは鼻で笑うタイプだ。なのでその横を通り過ぎていく。


「……」


 プレイヤーがいない筐体を見たネコさんは、無言ながら何処か嬉しそうな顔だった。少し早足になる彼女の後ろを私とオオカミさんは追う。


「これは……銃、なのか?」

「そう。敵を撃つ、弾から隠れる。それだけのゲーム」


 それだけ、と言いながらもネコさんは実に楽しげに筐体に置かれた銃を手に取り、コインを投入する。大型画面には、群がる敵を銃撃で薙ぎ払っていくデモプレイが流れていた。

 このゲームは、所謂ガンシューティングというジャンルで、銃型のコントローラーを画面の敵に向けてトリガーを引き、攻撃は筐体下部にあるペダルを離すことで回避するというシステムだ。

 女子が好き好んでやるタイプでは無さそうだが、ネコさんはいたく気に入っている。刹那的な瞬間の連続が堪らないとかなんとか。


「中々面白そうだな。二人でも出来るのか?」

「出来る。やる?」

「そうさせてもらおう。ワンコはいいか?」

「うん、私は見てる方が好きだから」


 そうか、とオオカミさんは頷き2P側の銃を手に取ってスタートボタンを押す。1コイン2クレジット設定なので、そのままゲームが開始される。


「ふむ、なるほど……赤い攻撃が命中弾で、リロードと回避はペダルを離すと」


 画面に表示されるゲーム説明を真剣に聞きながら、オオカミさんは手にした銃を両手で構える。映画のワンシーンかと思うくらいにかっこいい。

 短いデモ画面が終わり、ゲームが開始される。アクション! という筐体からのアナウンスに合わせてネコさんは銃を画面に突きつけ、トリガーを引く。 


「ほう、なかなからしいな」


 一人につき3発撃ち込んで、次の敵に目標を定めるネコさんの姿に感心したように呟くオオカミさん。自身もそれに倣って敵を倒していく。


「オオカミさん初めてやるのに上手だね」


 やりこんでパターンを知っているネコさんはともかく、彼女は初見にも関わらず出現した敵をすぐさま倒していく。射撃も正確でまったく外していない。


「まあな。銃の使い方はロシアで父に習っている」

「へえ、すごい。妙にかっこいいと思ったら経験者なんだ」

「かっこいい……いや、良い。悪い気はしないぞ」


 ふふふ、と含み笑いをするオオカミさん。それを半眼で眺めるネコさんは、画面に赤服の敵を認めるやいなやペダルを離して身を隠す。

 その意味がわからないオオカミさんは首を小さく傾げ、画面に視線を戻す。瞬間、赤服から赤い攻撃が放たれ――。


「おっと、余所見は禁物だな」


 こともなげに回避し、すぐさま反撃する。オオカミさんは無傷のまま、敵が全滅したところでスコア画面が表示された。

 その結果にネコさんと私は声をもらした。


「ん、どうしたネコ?」

「い、いやなんでもない」


 珍しく動揺しているのかどもった声で答えるネコさん。そうか? と不思議そうな顔をしつつも、オオカミさんは流れるデモシーンを熱心に見始める。

 私はネコさんに近づき耳打ちする。


「ねえ、命中弾って見てから避けれるの?」

「……さあ。けど、今は避けたように見えた」

「それに、スコアも初見とは思えない数値なんだけど」

「……それは、少し敵を回したから。私だけで倒したらつまらないゲームと思われる」

「そうなんだ、優しいね」

「それは余計」


 ふぃっと顔を背けるネコさん。褒めたつもりなんだけどなぁ。

  

「二人だけで何を話しているんだ? 寂しいじゃないか」

「あー、オオカミさんがゲーム上手いって話」

「おお、そうか。うむ、確かにそうかもしれないな。ひょっとするとネコより上手いかもしれんな」


 うんうんと嬉しげに頷くオオカミさん。それは、とくに他意があったわけじゃないんだろう。きっと軽い冗談のつもりだったに違いない。

 しかし、ネコさんは違った。すっと目を細めると、


「オオカミ、最終スコアが低かったほうが全員分のジュース奢り」


 そう告げて、先程よりも素早く画面内の敵を掃討していく。さっきは手を抜いたというのは本当だったようだ。


「ん? つまり勝負ということか。いいぞ、受けて立とう!」


 わかっているのかいないのか、オオカミさんは楽しげに言って、ネコさんに負けじとトリガーを引き続けた。

 




「……」

「勝ったんだから、もっと嬉しそうな顔したら?」

「初見にあれだけ食いつかれたら喜べない。次は勝てない」

「そうかなぁ。おっ、もうちょっとで落ちそう」


 不貞腐れ気味のネコさんは無言で100円を追加する。出口間際に近づいた大きなピンク玉のぬいぐるみにアームの狙いを定めると、ボタンを押し降下させる。

 3本爪のアームがガッチリとぬいぐるみを掴み、不安定ながらも持ち上げていく。しかし、油断はできない。アームが動いた衝撃で落下なんて日常茶飯事だ。

 持ち上げきり出口に向かい始めたアームを固唾を呑んで見守る私とオオカミさん。ネコさんは無言のまま、じっと見つめていた。

 ふらふらと揺れながらもアームは出口の真上に到達し、掴んだぬいぐるみを出口へ落とす。ネコさんは息を吐くと、取り出し口からぬいぐるみを引っ張り出した。


「やるな、ネコ。私では持ち上がりもしなかったというのに」

「コツを知っているかどうかの違い。ほら、わんこ」

「ありがとうネコさん。私じゃ取れないからなー」


 自慢じゃないが私がこの手のゲームをしても、コインを入れるとアームが動かせる貯金箱にしかならない。見かねた店員さんが助けてくれるまで取れたことなど一度もない。

 そういうこともあって、腕の中に収まるぬいぐるみが嬉しい。ネコさんが頑張ってくれたということもあって余計にだ。


「ありがとう、ネコさん」


 もう一度お礼をいうと、彼女はまた顔を背けてしまう。けど、ちょっと口元が緩んでいたのは気のせいじゃない。

 私はぎゅっとぬいぐるみを抱きしめる。ふかふかの感触がとても心地よい。そうしていると、 


「あー、ワンコ。その、なんだ」


 オオカミさんは、ちらちらと私とぬいぐるみを交互に見やりながら口ごもっていた。


「なに、オオカミさん?」

「ああ、その。ジュースを買ってくるが、何がいい?」

「んー、じゃあコーラで」

「私はお茶」

「わかった。座って待っていてくれ」


 そう言うとオオカミさんは、足早にその場から去っていく。どうかしたんだろうか?

 ともあれ、すぐに戻ってくるだろうしその時に訊けばいいだろう。私たちは言われた通り、休憩用のベンチに座って待つことにする。

 

「……んっ」


 ネコさんは取り出したスマホの画面を見ると、何故か渋い顔になる。4回ほど親指を動かし、少し間を置いて通知音が鳴った。そしてさらに顔が渋くなっていく。


「どうしたの?」

「……なんでもない」

「ほんと? ケータイ鳴ってるけど関係あるの?」


 短い間隔で通知音を慣らすスマホを指差すと、ネコさんは鬱陶しそうな顔でカバンに戻そうとし――何か思いついたようにそれを止める。


「わんこ、肩寄せて」

「……? こう?」

「もっと」

「もっとって……ぶつかるよ?」

「いいから」


 何がしたいんだろうと思いつつも、私は言われた通り隣りに座るネコさんに肩を寄せていく。彼女の肩にぶつかる寸前、ネコさんは私の首の後ろに腕を回すと、


「わっ」


 そのまま肩を抱き寄せる。肩はぶつかるどころか押し合い、頬がくっつきそうな距離に彼女の顔がある。


「ネコさん?」

「そのまま。ああいや、笑顔で。ピースしてもいい」

「……いえーい?」


 よくわからないまま私は笑顔を作ってピースをする。

 すると、ネコさんはもう一方の腕を前に伸ばす。その手には横向きのスマホが握られていた。

 フレーム内に肩を寄せ合う私達の姿が写り、シャッター音が鳴る。撮った写真を確かめると、ネコさんは満足げに頷きスマホを操作していく。


「どうしたの急に?」

「わんこは知らなくていい」

「ええー、なにそれ。気になるよ」


 不満げな私にも何処吹く風で、ネコさんは上機嫌に通知音が鳴り続けるスマホを眺めていた。その顔は、どこか得意げだった。

 わかんないなぁ、と私が呟くと、オオカミさんがこちらに戻ってくるのが見えた。しかし、その表情は沈んでいる。

 それは例えるなら、楽しみにしていた映画が思っていたものと違ったが、面白いことに違いはなかった。そんな表情だ。


「おかえり、オオカミ」


 意地悪そうな笑みを浮かべるネコさんに、オオカミさんは無言でお茶のペットボトルを差し出すと、そのまま顔を寄せてこそこそと話し始めた。


「あれはずるい……私はワンコがぬいぐるみを抱いているところを撮ってくれと頼んだだけだろう」

「知らない。私はわんこが抱いている写真としか聞いていない」

「それにしても逆じゃないか。お前がワンコを抱いている写真だったぞアレは……」

「ずるいと思うなら自分で頼めばいい」

「それは……恥ずかしいだろ」

「じゃあ我慢するしか無い」

「ぐぬぬ……」


 周りのゲームの音が混ざっているせいで、彼女たちが何を喋っているのかはよくわからない。

 ただ、一人だけ蚊帳の外というのは面白くない。私はネコさんとオオカミさんの肩を軽く揺する。


「ねえ、二人で何を話してるの? 私も混ぜてよ」

「い、いや大したことじゃないんだ……うん、本当に……」

「じゃあ言えばいいのに」

「ネコは黙っていてくれ……あーその、な?」

「な? って言われてもなー。言ってくれないとわかんないよ」

「それはだな……あー……」


 いつものかっこよさは何処へやら。意味のない身振り手振りを繰り返すオオカミさんに、私は首を傾げることしか出来ない。


「……ふふっ」


 しどろもどろになったオオカミさんをおかしそうに眺めていたネコさんはお茶を一口飲む。

 勝利の美酒だと言うように、満足げに喉を鳴らした。


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