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4話 ネコさんとゲーム

 アイスを買って来た私たちは、わんこが対戦しようとせっつくのでレースゲームで対戦することになった。

 わんこは、ふんふんと機嫌良さそうにセッティングをしていた。テレビの前のソファーに座って私はそれを待つ。現在品薄の最新機種だと言うのに、よく買えたものだ。


「いや、買ったんじゃなくて貰ったの。お姉ちゃんが抽選でダブったからって」

「お姉さんも好きね。古いゲーム機も大量に持ってたし」

「そうだねー。あんまりにあるからネコさんにも分けたしね」


 彼女が言うとおり、一人暮らしを始めた彼女の姉が置いていったゲーム機の一部が私の部屋にも置かれている。

 捨てるのは忍びないからということらしく、私自身暇つぶしは欲しかったのでちょうど良かった。お陰で今もゲームには困っていない。もっとも、数世代前のレトロゲームが大半だが。


「でも、ネコさんってRPGとかシミュレーションとかやらないよね。どうして?」

「時間がかかるゲームは好きじゃない。もっと一瞬を、刹那的に楽しめるものがいい」

「うーん野性的。ちょっとずつ強くなっていくのもいいんんだけどなぁ」


 わかんないなぁ、とぼやくわんこ。私としては、何も無いかもしれないマップの端から端までを楽しくて仕方ないとばかりに歩き回る彼女のほうがわからない。

 ああいや、わんこだから走り回れれば楽しいのか。うむ、真理を得た。


「なんか雑な結びつけをしている気配がする……」

「気のせい。いいからやろう」

「んーネコさんが積極的なときって何か誤魔化していることが多いような」


 何やらぶつぶつと言いながらも、わんこはコントローラーを私に放る。

 私は、受け取ったコントローラーをカチャカチャ弄ってみる。流石最新機種。押し込んだ時の反応も心地よいし、十字キーだけでなくスティックがあるのもなんだか新鮮だ。

 準備が済んだわんこは、私の左隣に座ると自信満々と言ったふうにこちらを見やり、言う。


「ネコさんはこのゲームは初めてでしょ。ハンデあげよっか?」

「いらない」

「本当? 後で『ずるい!』とか言わない?」

「言わない」

「ふふーん、その余裕もここまでよ! 30分後には私の前に跪いているからね!」


 無闇矢鱈と楽しそな彼女を横目に、私はやはりハンデをつけるべきだったかと考えていた。






「ずるい!」


 そう言ったのは勿論私ではなく、隣で頬を膨らませるわんこだ。テレビに映るリザルト画面では、1位の私が2位のわんこに半周程の差をつけていた。


「本当に初めて? その割に上手すぎない? なんであんなに上手く緑甲羅を当てられるの?」

「『これは』初めてと言った」

「『これは』って……あー! さては、過去作をやりこんでいたな!」


 見破ったというように指を突きつけるわんこ。私は両手を挙げて降参のジェスチャーをとる。

 わんこが言っていた通り、彼女の姉から貰ったゲームの中にはこのシリーズの過去作品もあった。そして名作はどれだけやっても底が見えず、飽きないものだ。なので、ふと『何をやってるんだろう』と我に返るまでプレイを続けたこともあった。


 それを察したのか、わんこはがっくりと肩を落とし言う。


「ネコさん、飽きっぽいのにハマると何時までもやり続けるんだもの。そりゃ勝てないよ」

「やっぱりハンデをつけるべきだった」

「くそう……気遣いの目が刺さる。けど、それは無用な心配だよ」


 わんこは姿勢を正し、テレビと向かい合う。まだまだ勝負を諦める気はないようだ。


「当然。だって負けっぱなしは悔しいし。一回くらいは勝ちたい」

「負け犬になる気は無いと」


 わんこだけに。


「……ねえ、今『上手いこと言った』って思ったでしょ」

「無い」

「嘘。ネコさんって嘘をつく時は右眉が下がるんだよ」

「それが嘘。いいからやるならやる」

「むぅ、バレたか。けど、盤外戦は私の勝ちってことでいいんじゃないかな?」


 ドヤ顔のわんこだったが、盤外で勝ったところで盤上で負ければ何の意味もないのだが、それはわかっているのだろうか。

 まあ、いいだろう。彼女がやる気なら私もそのつもりで答えるだけだ。


「じゃあ、次行くよー」


 わんこがコントローラーを操作し、リザルトを垂れ流していた画面が再びレース開始まで復帰する。

 わんこは前のめりになって、スタートランプの点灯を睨みつける。私は音とタイミングでなんとなく判断するため、ソファーに体を預けきっていた。

 数秒の後、スタート合図が鳴り響く。


「やった、ロケットスタートできた!」


 歓喜の声を上げるわんこ。加速した車体は一気にNPCのカートを抜き去っていく。そこに並ぶのは私のカートだ。僅かに私が先行しているが、これくらいの差は一瞬で縮まるだろう。

 何故なら、このゲームにはアイテムによる他者への妨害が可能だ。故に、余程腕に差がない限りは最後まで油断できない展開となる。

 そして、アイテムを取らないという選択はただのハンデでしかない。よって、わんこに塩を送る気ならアイテムを無視するべきなのだろうが、


「あー! ネコさんのそれ本当に緑甲羅!? 実は赤じゃないの!?」


 容赦なく放たれた甲羅が直撃しスピンするわんこ。その横を颯爽と私のカートがすり抜けていく。


「緑だって。それと、今のはバナナで防げた」

「え、そんなこと出来るんだ」


 わんこはそうなんだーと感心したように頷く。

 『勝ちたい』とわんこは言ったのだ。『勝たせて欲しい』ではなく。だったら、手を抜くのは彼女に失礼だろう。塩を送るにも、やり方はある。

 まあ、負け続けたら拗ねるのも彼女なのだが、食事をすればすぐに忘れるので心配はいらない。


「っとと」


 左に大きく曲がるカーブ。ぐぐっとわんこの体もそれに合わせるように傾く。


「よっと」


 続いて右に大きく曲がるカーブ。今度は反対側にわんこの体が傾き、私の肩にぶつかる。しかし、カーブはまだ続いてるせいか、ぶつかりながらも尚私の肩を押し続けていた。

 すぐ間近に真剣な顔でテレビを睨むわんこの横顔がある。いつもは笑っているような顔が、今はキリッと引き締まっていた。


「むぅ。ネコさん、どうしてそんなに上手く曲がれるの?」


 が、そんな顔のままメトロノームのように左右を往復するものだから、おかしくてつい笑ってしまう。


「ん、ネコさんどうかした?」

「いや、なんでもない」


 本人は気がついていないというのがさらにおかしい。ああ、どうしよう。確かに盤外戦は彼女の勝ちかもしれない。何しろ笑ってしまいそうで、コントローラー操作に集中できなくなっているのだから。


「あ、なんか勝てそう」


 おっと、いつの間にか差が縮まりつつあった。勝ったから何があるというわけでもないが、負けるのはやはり嫌だ。やるからには勝ちたい。

 私は隣のわんこからカート操作に意識を集中し、確実に有利が取れるコースを進んでいく。無理に最速を目指す必要はない、それよりミスしないほうが重要だ。

 わんこも集中しているせいか、無言でコントローラーをさばき続ける。追い越し追い越されのレースも佳境となり、最後の右カーブが近づいていた。


「ここで決める!」


 気合とともに前のめりの体勢だったわんこは、ぐわっと右にコントローラーを切る。それは比喩ではなく、本当にハンドルを切るが如く右に振っていた。

 そして、それはカーブで傾くという彼女の癖も増幅し、


「あっ」

「……っ」


 そのままばたっと私の太腿に頭から倒れ込む。衝撃に視線を向けた私は、ぼけっと見上げるわんこと目が合い、そちらに意識が割かれてしまい、


「……あっ」


 視線を戻した画面には、カーブを曲がりきれず壁に激突する私とわんこのカートが映っていた。その横をNPCのカートが次々と抜き去り、順位が一気に落ちていく。これ以上の勝負はブービー争いにしかならないだろう。

 私は、画面からわんこに視線を移す。呆けたように口を小さく開いてた彼女だったが、困ったように笑うと、


「……えーと、引き分けってことで。いい、かな?」


 お願いしますというように手を合わせながら言った。

 私は肩をすくめると、太腿に乗っかる彼女の頭に手を置く。相変わらずふかふかの髪の毛だ。


「今回だけ。次からは通じない」

「わざとじゃないんだってばぁ。やってたら私が勝ってたし」

「そう。それでどうする? すぐに続ける?」

「んー……」


 頭を撫でられるわんこは思案するように目を細めるが、ただ気持ちいいだけだろう。だから、答えも予想できる。


「もう少し、このままがいい」


 笑顔を浮かべて見上げるわんこに答える代わりに、私はもう一度彼女の頭を撫でてやった。

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