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 白露が駆けつけたその場所に、青龍と黒龍がいた。

 二人の王子を取り囲むようにして、何人かの付き人達が語りかけている。そのほとんどは、霧生の人間だった。その内、男の四人はその上半身を露わにしている。それを見れば、青龍と黒龍の力はまだ有り余っている状態だと分かった。


「さあ、帰りましょう。青龍様、どうして黒龍様と出て行かれたのです?」

「そうです、黒龍様。カンヘルの印がなかったのは、きっと密通があっただけのこと。黒龍様に全く問題はございません」

「青龍様。あなた様の次のお子にはカンヘルの印がございましょう。大丈夫でございます」


 優しく労わるような声音で語りかける付き人達だが、青龍と黒龍に全く興味のない白露だから分かった。

 二人の王子の瞳に、付き人に対する情がないことに。そして黒龍が肩に担いでいる大きな荷物が、かつて白龍が背負って帰ってきたものと同じことに。


「よせっ! 火焔っ、皆を王子様方から距離をとらせろっ」

「白露っ? 追いかけてきたのか。黙って見てろっ。お前は白龍王子と契約もできなかった役立たずなんだからなっ」


 火焔がそう怒鳴り返してくる。

 そこで青龍が口を開いた。


「なるほど。契約者とは大まかな方角も分かるようになっているのだな。ならば霧生の人間を生かしておくというのは、危険か」


 どひゅうっと、空気をつんざくような音が響き渡る。


「ぎゃぁっ」「ぐぁっ」「ぐふっ」「きゃあっ」「ふぇっ」「ぉげっ」「うぐっ」「・・・え」「・・・あ」


 白露は、目の前で起きた出来事が分からなかった。

 そう、二人の王子についていた筈の霧生の男女が、首や腹などを切断されて地面に転がった事実が。


「お前も霧生だったな。白露と言ったか、白龍についていた男」

「ダメッ。青龍兄上っ、キリューは殺さないでっ」

「やっと追いついたか。心配してたんだぞ、白龍」

「ごめんなさい、黒龍兄上」


 白露と同じ茶色いポンチョを着た白龍がそこで、空を飛んで現れる。目立たぬようにと勝手に拝借してくれたのだろう。いつも同じ格好の白露は、同じ服ばかり幾つも持っている。

 青龍と黒龍の間に飛び下りてきた白龍は、二人の肩にそれぞれ腕をまわして宙に浮いている。いや、よく見れば青龍と黒龍も空中に浮いているのだが。

 周囲に倒れている霧生の男女九人を悲しそうに見渡し、白龍は兄王子達に縋った。


「キリューは殺さないで。お願い、兄上達」

「ま、契約はしてないそうだし? いいんじゃないか、青龍兄上」

「そうだな。なら見逃してやろう。可愛い弟の頼みだからな」


 よく似た風貌の二人の男が、真ん中にいる小柄な弟を支えるように、守るように、微笑む。


「まさかと思ったが、本当にカンヘルの印を持つ人間はお前達にとっては都合のいい存在だったのだな。役立たないと判明しただけで殺そうとするのだから恐れ入る。だが、俺達はそれでやすやすと殺されるつもりはない」


 同じ付き人でも、霧生ではない人間は殺されていない。けれども霧生の人間は目の前で、一瞬の動きで殺されたのだ。誰もが足をすくませずにいられない。


「王子と呼ばれて大事にされているようでありながら、ただ飼われているだけの日々なぞ御免だ。お前達はお前達にとって都合のいいカンヘルの印の持ち主を探せばいい。・・・それでも最後まで信じたかったよ。俺の子供にカンヘルの印が出なかったと知って暗殺者を送りこんでくるまではな」


 三人の姿がどんどんと上空へと上がっていく。


「白龍様っ!」

「じゃあな。これで永遠にさよならだ。俺達は青龍兄上と行く。もう不自由な生活は真っ平だ」

「さようなら、キリュー」


 カンヘルの印を持つ者は、風を使って様々なことができるというが、それは物に対してのものだと誰もが思いこんでいた。

 まさか自分の体を浮かせたり、飛ばしたり、そういったことができるなどと、誰が思ったことだろう。


(こんなことが起こるとは・・・)


 白露は、やがて夜の闇に消えていく姿を最後まで見届けようと顔を空へ向け続けた。

 白龍の袖を引っ掴んで取り戻したかった。けれど、こういう状況下で引き留めたら白龍がどうなるか分からなかった。


(何故、俺を庇った? どうして俺の服を着ていた?)


 共に過ごした間、白龍は自分のことをどう思い続けていたのだろう。

 深夜とあってすぐにその姿は分からなくなったが、白龍が兄王子達と繋がっていたことだけはもう疑う余地がなかった。






 ある大きな港町があった。

 そこに暮らす三兄弟は、ふらりとやってきて住みついたのだが、瞬く間に船乗り達から引っ張り凧である。

 長男の青龍、次男の黒龍。どちらであっても船に乗せれば、船旅は安全。しかも災難が避けるばかりか、彼らが乗った船を襲った海賊船こそ散々な目に遭うときたものである。どれだけの大金を払ってでも雇いたいというので、三人が暮らす家はとても大きい。

 三男の白龍は、基本的には家にいて、兄達と一緒でなければ決して船に乗らない。その三男もまた海の神に愛されているともっぱらの評判である。


 そんなある日のこと。

 三兄弟が住む家の扉を叩く男がいた。


「はーい。今行きまーす」


 その音に気づき、バタバタと階段を駆け下りてきて扉を開けた白龍は、そこで動きを止めた。


「やっと見つけた。・・・よりによって第三王子と契約もしていなかった考えなしだと霧生からは勘当され、馬鹿にされ、本気で方向しか分からないから道には迷うわ、野宿ばかりだわ、それでもやっと見つけた」


 まさにそんな恨み言も出てくるだろうなと、それがよく分かるやつれっぷりだった。旅の道中でも散々な目に遭ったのだろう。着ている服も所々が破れている。


「キリュー」


 白龍が信じられないというように呼べば、白露(しらつゆ)が白龍の肩を抱くように掻き抱く。


「俺が間抜けだったのはよく分かった。無神経だったのも。それは謝る。だけど、頼むから言わせてくれ」


 おずおずと、白龍の手が自分にまわされた男の腕にそっとかけられる。


「初めて見た時から目が離せなかった。俺はあんたにイカれてる。だから、・・・結婚してくれ、輝映(きえい)


 何か言おうとして、だけど言えなくて、白龍の目から涙が流れる。


「だーれに断って口説いてんだ? おいコラ、このクソ霧生」

「ぐぇっ」

「青龍兄様っ、蹴らないでぇっ」


 背後からの踵落(かかとお)としにより、白露は床に沈んだ。


「全くだ。俺らの目の前でいい度胸してんじゃねえか」

「どへぇっ」

「黒龍兄様っ、踏まないでぇっ」


 更にその背中をげしげしと踏みにじられた。


(そ、そうだった。こいつらがいたんだった)


 青龍により扉が閉められた途端、白龍の姿が揺らいで輝映の姿へと変化する。すると、青龍は嬉しそうに輝映へ近づいて抱き上げ、頭を撫でた。


「まーったく、こういう虫が湧いて出るから、可愛い妹には男装させとかなきゃいけないんだな」

「青龍兄様、・・・そこで踏まないであげて」

「とりあえず外に蹴り出しときゃいいかねぇ」

「黒龍兄様、本当に実行しないで。お願い」






 エフリート王国は、カンヘルの印を持つ直系の人間が王になっていた。

 カンヘルの印とは、緑色をした杖の形の痣である。


「だから王子や王女は、誰がそのカンヘルの印を継ぐのかを調べる為にも、似たような世代の男女と一緒に宮殿へと閉じ込められる。だけどお母様は私が産まれた時、やがて私を襲うのは、各領から差し向けられた男達全員を相手にする運命だと、泣き崩れたそうなの」


 そんな汚いナリでうちの可愛い妹に近づくんじゃないと海に放り込まれた白露は、輝映の沸かした浴室で体を温めさせてもらい、そしてやっとお茶を出されてもてなされていた。

 目の前にいる男二人の存在だけで、もてなされている気分は全くなくなるというものだが。


「既に青龍兄様、黒龍兄様は産まれていた。だからお母様は私を男だと言って、だけど体が弱くて長生きできそうにないと、そう言って私を部屋から出さず、乳母と一緒に育てたの。そんなお母様を悲嘆に暮れさせたのは、私のカンヘルの印が決して小さくないことだった」


 そこで輝映は、白露を見た。


「霧生のカンヘルの印を持つ者との契約は、その胸の中央に、契約者のカンヘルの印がそのまま映し出されるのね? 私は、子供の頃からお母様に言われ、カンヘルの印を常時使い続け、自分のまさに皮膚一枚外側に空気の層を作り、声の響きを低くし、顔すら違うように見えるよう訓練し続けていたわ。かえって自然の風を操るよりも神経を使うそれのおかげで、私のカンヘルの力は常にほとんど使い果たしていた。だから印はとってもとっても小さくなっていたの」


 そこで白露は口を開いた。


「君は、俺が霧生で刺青を入れ直している時、上半身を出している晩に現れたことがあった。その時、君はその本来の顔に戻していた。だから、俺の胸を見て君のカンヘルの印を表すそれが大きくなっているのに気づいたんだな」

「そう。だからお兄様達に頼んで調べてもらったの。カンヘルの印を使った時とそうでない時の変化する大きさ。それは自分達だけじゃなく契約者にも分かるものなのかと」


 そうして確認した後、三人は話し合ったのだ。

 それはどうしてなのかと。自分達のカンヘルの力が強い時と弱い時、それらを彼らは把握することで何を目的に行動するのかと。


「つまり、暗殺なのよね? あなたは霧生で言ったわ。契約者とは、殺す為のものだと」

「ああ、そうだ。カンヘルの印を持つ人間は、時に厄介でコントロールしにくい。だから、血統を繋ぐ人間が判明したら、それ以外は処分するんだ。その為に女を宛がい、時にはこういったやり方を使うことで、長くエフリート王国は栄えてきた」


 肯定する白露だったが、三人の兄妹にとってそれはもう分かりきっていたことらしい。

 いや、霧生領で輝映を従妹だと思いこんでいた白露がおめでたくも全てをばらしたようなものなのだろう。


「だけどね、私達は殺されるのは嫌なの。分かってるとは思うけど、兄様達に手を出すなら、私、各領の領主達を一気に殺すわ。あなたが第三の宮殿を空ける時、私は様々な領へ出向き、場所を調べていたのだから」


 なるほどと、白露も納得せざるを得ない。一人で暮らす哀れな王子は、同時に監視を外された存在でもあったのか。

 おそらくカンヘルの印を受け継ぐのは、輝映の子供なのだ。だから青龍と黒龍の子供にカンヘルの印は現れなかった。

 今、自分の胸を見たならどれぐらいの大きさになっているのだろう。


「生憎と、今となっては霧生の第一王子、第二王子の契約者は全員死亡。第三王子についていた俺は契約しなくていいだろうと呑気な見通しをしていたおかげでどこに行ったかの追跡もできない役立たずとして追放。・・・誰ももう、三人の王子達を見つけることなどできない」


 白露は、青龍と黒龍に頭を下げた。


「というわけで、俺も行く所がないんです。だけど幸せにしますから妹さんをください」


 青龍と黒龍は視線で話し合った。そして、ニヤリと笑う。

 どうやら王子として綺麗な服を着ている時よりも、こういう生活が性に合っているようだった。


「いいぜ。ただし、俺と同じ船に乗った後ならな」

「青龍兄様っ、海で白露を溺れさせたりしないでぇっ」

「しょうがない。じゃあ、俺と魚釣りにでも行くか」

「黒龍兄様っ、(さめ)の住む海域に連れていかないでぇっ」


 二人の兄にしがみついて止めようとする輝映に、さすがの白露も前途多難を悟らずにはいられない。

 広い家なのでそこに住まわせてはもらえたものの、様々な試練を乗り越えて白露が輝映と結婚できたのは、それから半年後のことだった。






 かつて、カンヘルの印を持つ者を王にして栄えた国があった。

 けれどもいつしかその国は(ほろ)び、その名残りは瞬く間に消え去っていった。






 初めて見た時に、あなたが私を本当は嫌いだって気づいた。

 それでも心細いその場所で、私にはあなたしかいなかった。

 長い不在が辛くて、そして本当の私の顔を知ってほしくて。

 本当の自分を偽物にして、それでもあなたが好きだったの。

 愛しているわ、愛している。

 互いの体に浮かぶカンヘルの印が消えない限り、ずっとあなたを愛してる。

 その無神経なところも、その私にイカれてるところも。・・・あなたの全てを。

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